第104話 バジルの胃
翌日の早朝、セイヤは部屋のベランダにいた。ユアたちはまだ寝ているため、ベランダにはセイヤ一人だ。
セイヤは制服のポケットからテニスボールほどの青い鉱石を取り出し、魔力を流し込む。
ツゥ―――――――ンンンン
そんな音とともに、念話石に魔力が流し込まれていき、数秒もたたないうちに誰かへとつながる。
「キリスナ=セイヤか?」
「ああ」
声の主は、聖教会十三使徒のひとりバジル=エイトだ。セイヤの持っている青い鉱石はバジルにしか念話できない特別な念話石だった。
「悪いな、遅れて。今ちょうどそっちとレイリアの中間地点だ。もう少しでつくから、それまで持ちこたえてくれ」
バジルが真剣な声音で言っているのがわかる。しかしセイヤにはそれが面白くて仕方がなかった。
「うっ……」
「どうした? そんなにやばいのか?」
笑いをこらえているだけのセイヤだが、バジルにはセイヤが大ピンチで苦しんでいるようにしか聞こえなかった。だから直後、言われた言葉に間抜けな返事をしてしまう。
「悪い、もう帰ってもいいぞ」
「は?」
セイヤの突然の言葉に驚くバジル。無理もない、なぜならバジルはセイヤがブロードを倒してモカを救出したということを知らないのだから。
そしてそんなことが起きるとは、微塵も思っていないから。
「モカ=フェニックスは救出した。ちゃんと無事だ」
「ほっ、本当か?」
微かにも信じられない事実を言われ、驚くバジル。まさかセイヤが、様子見だけでなく、そのまま救出するとは、バジルも考え付かなかった。
「ああ、今は街に戻ってきている。少し休んだらすぐに帰るから、そっちは帰る際に面倒な手続きがないように頼む」
「あ、ああ」
いまだに信じられないバジルは、どこか心あらずといった感じだ。しかしすぐに切り替えると、同時に胃が痛くなるのを感じる。
バジルはモカ救出のため、聖教会に増援を頼んでいたが、その必要がなくなってしまった。本来はそれがいいことなのだが、これではバジルのメンツが丸つぶれだ。
さらにそこに加えて、救出したのが魔法学園の生徒では、聖教会のメンツも丸つぶれになる。
「あとセレナとアイシィが先にレイリアに戻っているから、できたら回収してくれると助かる。アイシィは一度死んでいるから、その辺は考えてな」
「はあ?」
衝撃的な事実をさらりと言うセイヤに、バジルは再び胃を痛くなるのを感じる。
一度死んで生き返らせたということでも驚きだが、それよりも『フェニックスの焔』を使ったことに驚く。
『フェニックスの焔』はその強力な力から使用が制限されており、簡単に使っていい魔法ではない。実は使用のたびに、始末書を書かなければならないのだ。
そして当然、今回の状況から考えると、始末書を書くのはバジルだ。
聖教会の始末書は、とても面倒だと知られており、十三使徒も悲鳴を上げるほどだった。
それが今のところ、セイヤたちの救出に関してと、『フェニックスの焔』に関しての二種類。一種類だけでも泣きたくなるというのに、それを二回だ。
「もうないか? これ以上はもう俺の胃がもた……」
「あっ、あと敵側にアルセニア魔法学園教頭のザッドマンがいたから、一応レオナルドも調べておいてくれ」
「ぐはっ……」
バジルが血を吐いた。
魔法学園は厳重に管理されている機関の一つであり、もちろん雇用にも厳しい。慎重に調べられた情報から、厳選して、教師に雇う魔法師を選ぶ。
一般教師でも厳しい選考だというのに、教頭がダクリアの人間ということはかなりの大問題である。
これはアクエリスタンの教会及び、レイリア王国全土を含む大問題だ。幸い、一般の国民はダクリアについて知らないため、大事にはならないが、聖教会はおそらくパニックになるだろう。
さらに他のスパイを探すにしても、各地の教会もダクリアの存在を知らないため、探すのは難航する。
そしてこの問題に関しても、当然ながら始末書が必要になる。書くのはもちろんバジルだ。
(また始末書が……)
重大な案件であることは間違いないが、その分、説明が大変だ。
バジルはその後、部下に慰められながら、レイリアへと戻っていくのだが、そんなことをセイヤが知る由もなかった。
「さて、今日にでもレイリアに帰るか」
セイヤはそう言いながら、新たな一日を迎えるのであった。
いつも読んでいただきありがとうございます。その後シリーズ第三弾をお送りしました。それにしても短かったですね(笑) 話の都合上バジルさんを出さなくてはいけなかったので短いですがこのような形になりました。
三話続いたその後シリーズですが、この話をもって終了になり、次の三章エピローグをもって三章も終わりになります。よかったら次もよろしくお願いします。
次も明日には更新できるはずです。




