第101話 魔王ブロード=マモン
「フォッフォッ、誰が二つの属性しか使えないといった? この技はお主たちの国で使われる強力な結界術みたいじゃのう。はて、魔法を恐れるお主に破れるかのう?」
喜々とした表情を見せるブロード。
「まさかレイリアの魔法を使うとは……」
「フォッフォッフォッ、これが経験の差じゃ」
強力な結界である『五風殺結界』に閉じ込められてしまったセイヤは、どうにかして突破口を見出そうとするが、どう考えても魔法を使わないと破ることはできない。
「その結界は少しアレンジしてあってのう、時間が経つと中の空気が腐属性の魔力の粒子で埋め尽くされるようになっているのじゃ」
ブロードの言葉を聞き、焦るセイヤ。もしこれがほかの魔法師だったら、セイヤも冷静でいられたであろう。
しかし目の前にいるのは魔法の才能こそないものの、魔晶石の複数装着や、無人偵察機などを作り出す天才だ。いつ腐属性の魔力の粒子が空気を満たすかもわからない。
(代われよ)
ずっと頭の中に響く声も、次第に強くなっている。もし次闇属性の魔法を使えば、自分の肉体は再び声の主に奪われると、セイヤは確信していた。
魔法を使わなければ、腐って死ぬ。魔法を使えば、肉体を奪われる。
どっちを選んだとしても、セイヤには厳しい選択だが、死ぬよりは肉体を奪われた方がまだいい。
そう思ったセイヤは、右手に握っている大剣デスエンドに闇属性の魔力を流し込んでいく。半端な威力の魔法では『五風殺結界』を破ることはできない。
大剣デスエンドに浮かぶ文字が、かつてないほどに紫に輝きはじめる。
「ルイン」
セイヤの言葉と同時に、セイヤを閉じ込めていた『五風殺結界』とその支えである『火柱』は、一瞬にして跡形もなく消える。
その消え方は、あまりに自然で、消されたとは思えないほどきれいだ。
「フォッフォッ、魔法を使っ……なんじゃと!?」
『五風殺結界』を消滅させられたにもかかわらず、ブロードは余裕の表情を浮かべていたが、すぐにセイヤの纏う雰囲気が豹変したことに気づく。
すでにセイヤは、いつものセイヤではない。いつものセイヤの意識は再び水中にあり、ゆっくりと水底に向かって沈んでいく。
「お主……まさか……」
ブロードの驚く顔はセイヤが魔王モードになった時よりも激しく、どこかセイヤの姿に恐怖心を覚えているようであった。
「貴様……生きておったのか……」
「何のことだ?」
ブロードの言っていることが全く理解できないセイヤ。
無理もない、なぜならブロードがその人だと思っている者は、セイヤではないのだから。しかし、セイヤの今の外見といい、纏う雰囲気は、ブロードの知るその人と、全く同じだった。
「とぼけおって! その人を見下す眼が気に食わんのじゃ! その眼ごと消し去ってやるわい『腐霧』」
ブロードが左手に握る杖の魔晶石が輝き、セイヤに向かって、すべてを腐食させる霧が噴射させられる。今回の『腐霧』は噴射された瞬間に空気までを腐食させており、先ほどよりも強力なことがわかる。
「消えろ」
しかし噴射された『腐霧』は、セイヤのなんでもない一言によって消えてしまう。
「おのれぇぇぇぇ」
「無駄だ。散れ」
「なぬ!?」
ブロードが再び魔法を行使しようと杖に魔力を流し込むが、セイヤの一言によって、杖に埋め込まれて魔晶石がすべて砕けてしまう。
「くっ……」
セイヤのことを睨むブロード。
ブロードの目の前にいるセイヤは、先ほどまでのセイヤとは完全に別人だ。その眼は、見るものすべてを見下しており、魔法を行使することに何の躊躇いも持っていない。
瞬間的にブロードは悟った。半端な魔法では、セイヤをどうすることはできないと。使うなら、自分の使える魔法の中で最強の魔法を使うしかないと。
「腐なる灰の憩い、肉を食らう死の灰、腐なる力を鎧し、肉体を御身にささげよう。『腐の魔人』」
突如としてブロードの背後の現れたのは、大きな上半身だけの魔人。大きさにして約二十メートルは越えているであろう。
その顔や体の所々は、包帯のようなもので巻かれており、包帯の隙間からは『腐霧』のようなものが発生している。
地面から生えた上半身だけの大魔神が放つ威圧感はかなりのものだ。
「ファッ、ファッ、ファッ、これぞワシの最強の僕である『腐の魔人』じゃ。
その肉体はワシのストックしていた両腕両足それぞれ百本ずつを生贄にして生まれた最強の魔神よ。お主ごとき、この『腐の魔人』の前じゃ、一瞬で死ぬ」
『腐の魔人』の放つ雰囲気は、ブロードの手足を合計で四百本生贄にしただけあって、かなり強力だ。
その場にいるだけで息苦しくなり、体が震えだしそうになる。術者のブロードでさえ、どこか怖がっているように見えるほどだ。
しかし『腐の魔人』の正面に立つセイヤは、まるで見えないかのように気にしない。
そんなセイヤの仕草に怒りを覚えたブロードは『腐の魔人』にセイヤを攻撃するように命じる。
「やるのじゃ『腐の魔人』。あの生意気な小僧をお前の体の一部にしてしまえ!」
『腐の魔人』の右手が、セイヤのこと掴もうとする。その速さは、その巨体に似合わず、かなり速い。
「フォッフォッ、死ねぇぇぇぇ小僧ぉぉぉぉぉぉ‼‼‼‼‼‼」
ブロードの叫びと共に、ものすごいスピードでセイヤに迫る『腐の魔人』の右腕。しかし、その右腕はセイヤを掴むことはできなかった。
いつの間にかセイヤの右手から左手に握り替えられていた大剣デスエンドが、『腐の魔人』の右腕を防いでいたのだ。
さらにセイヤは開いている右手を『腐の魔人』方へ向けると、魔法を行使する。
「デスホール」
次の瞬間、『腐の魔人』の胸の中に、小さな紫色の球が出現する。
その球は、闇属性初級魔法である『闇球』と形は似ているが、放つ禍々しさが格段に違っていた。
『腐の魔人』の胸の中に出現した紫色の球は、徐々に大きくなっていき、『腐の魔人』の体を飲み込んでいく。
「なんじゃ……なんじゃこれは……」
目も前で起きる信じられない光景に、動転しているブロード。そんなブロードをよそに、紫色の球は『腐の魔人』の体すべてを飲み込んでいき消滅させた。
その光景は、ブラックホールに飲み込まれてく哀れな大魔神にしか見えない。
「信じんぞ……ワシは信じんぞ。『腐の魔人』はまだいるはずじゃ……出てくるのじゃ『腐の魔人』」
その存在を完全に消滅させたというに、ブロードは『腐の魔人』を呼び続ける。そんな哀れな老人に、セイヤ大剣デスエンドを持って近づいていく。
「来るな……来るな……ワシは二区の主であるブロード=マモンじゃぞ! ワシを殺したらどうなると思っているのだ? 他の主たちがお前を殺しに来るぞ!」
わめき叫ぶブロードに、セイヤは無言で大剣デスエンド振り上げる。
「やめろ……やめるのじゃ! お前が望むものをくれてやる。金か? 女か? それともここにある……」
「黙れ」
「ぎゃあああああああああああああああ…………………」
静かに振り下ろされた大剣デスエンドが、ブロードのことを斬ると同時に、その肉体を消滅させる。
ブロードが完全に消滅したことを確認すると、セイヤは大剣デスエンドを手放して消す。そして右手を頭に押し付けて、苦しそうな表情を浮かべた。
「ちっ、久しぶりの外だというのにもう活動限界か……これだからこの体は……」
「終わった……」
水底に背中をつけながら、セイヤは水面の先で繰り広げられていた自分とブロードの戦いを見ていた。
ブロードは最後に、とても二百年以上生きたとは思えない醜態を晒して、消えていった。ダクリア二区での戦いはこれで終わったはずだ。
しかしセイヤは今、自分の肉体の支配権を失っている。魔王モードで闇属性を使った代償だ。おそらくもう肉体の支配権を得るのは難しい。
そんなことを考えていたセイヤの目の前に、水面から何かが飛び込んできた。ゆっくりとセイヤに向かって落ちてくるなにか。
その姿は魔王モードの時のセイヤとそっくりである。
「おい」
魔王モードのセイヤが、金髪碧眼の姿をしたセイヤに呼びかける。
金髪碧眼のセイヤは何が起きたか理解できていないような表情で、魔王モードのセイヤを見ていた。
「おい、返事をしろ」
「あっ、ああ」
言われたままに返事をする金髪碧眼のセイヤに、魔王モードのセイヤがため息をはく。
「はあ、しっかりしろよ。お前の肉体を返すというのに」
「えっ?」
「えっ? じゃねーよ。こっちは久々の外で疲れたんだ。さっさと代われ」
金髪碧眼のセイヤのお尻を思いっきり蹴る魔王モードのセイヤ。その姿は、セイヤの心の中で「代われ」と言っていた存在とは、どこか違う感じがする。
「どうした? 速くいけよ」
「あ、ああ。ところでおまえは誰なんだ?」
かねてよりの質問をする金髪碧眼のセイヤだが、魔王モードのセイヤの答えはいつもと同じだった。
「俺はお前だよ。だからさっさと行け」
次の瞬間、金髪碧眼のセイヤは水面から思いっきり引っ張られる。そして気づいたら、目の前には先ほどまで戦っていた広間が広がっていた。
「お前はいったい……」
セイヤはそんな疑問を残しながら、仲間のもとへ向かうのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
これにて三章の戦闘はすべて終わりました。次からかなり短いその後シリーズを書き、エピローグを書いてから四章へと入りたいと思います。四章では舞台をレイリアに戻し、セイヤのかつてのクラスメイトも出てくる予定です。
それでは次もよろしくお願いします。
次は明日中に更新できる予定です。




