第100話 腐属性
「その忌々しい姿……なるほど、よくわかったわい」
豹変したセイヤの姿を見て、なにかに納得したような仕草を見せるブロードだが、その瞳は先ほどより鋭い。
どうやらセイヤの魔王モードの姿には、いい思い出がないらしい。
「もしお主がそうだというのなら、ワシの初手を防いでもなんら不思議ではない」
「ほう、あんたはこの姿のことを知っているのか」
セイヤは自分でもよく分かっていない魔王モードのことを知る素振りを見せるブロードに、詳しい話を聞きたかったが、セイヤにはそんなことをしているほど時間はなかった。
先ほど、少しの時間であったが肉体の支配権を奪われた影響のためか、いつもよりも魔王モードのコントロールがきつく、長時間の使用は難しかったから。
今もセイヤの脳内には、「代われ」という声がジンジンと響いており、自分の意識を保つのもかなりしんどい状態だ
「フォッフォッ、教えると思うか?」
「安心しろ、最初から聞く気はない」
「どこまでも憎たらしい奴わい」
ブロードは手元のリモコンを操作して、再びミサイルをセイヤに向かって発射する。
だが、ミサイルごとき、魔封石の干渉しない状況下ではセイヤに通用するわけもない。ましてや今のセイヤは闇属性に特化した魔王モード、セイヤに向かって発射されたミサイルは、セイヤの『闇波』により一瞬でその姿を消滅させる。
「無駄だということがわからないのか」
「フォッフォッフォッ、そうじゃのう」
魔王モードになった今、セイヤにミサイルなどの攻撃は当たるはずもなければ、意識をそらさせることもできない。
ブロードは顔こそ笑っているが、その眼は全くといっていいほど笑っていない。
「今度はこっちから行かせてもらうぜ」
セイヤは自身の足に光属性の魔力を流し込み、脚力を飛躍的に上昇させる魔法『単光』を使い、一気にブロードへと大剣デスエンドで斬りかかる。
セイヤの攻撃に対し、ブロードは再びリモコンを操作した。今度はちょうどセイヤが先ほどまで立っていた地面が開く。そして中から無数の蜂が飛び出して、セイヤの背中に襲い掛かる。
ブーーーンという羽音を立てながらセイヤに迫る蜂は、もちろん本物ではなく、ブロード作ったロボットだ。だがその先端の針には麻痺薬が仕込んであり、一回でも刺されただけで、すぐに痺れてしまう。
「無駄だ」
セイヤは後ろを振り向きもせず、『闇波』を行使して蜂の集団を消滅させるが、思ったよりも手ごたえがなかった。
手ごたえのなさを不審に思ったセイヤは、一瞬だけ後ろを振り向いてしまう。するとそこにあったのは大きなスピーカー。そのスピーカーが羽音を出していたのだ。
「ちっ、そういうことか」
スピーカーが発していた羽音は、後ろを向いて蜂の数を確認しなかったセイヤに対して、実際よりも蜂の数を多いと認識させた。
それにより、セイヤはすべての蜂を消滅させたにもかかわらず、羽音を聞いて認識していた数よりも少ないことに、気を取られてしまったのだ。
スピーカーの生み出すダミーに気づいたセイヤは、そのまま大剣デスエンドでブロードに斬りかかったが、後ろを向いてしまった分、遅れたため避けられてしまう。
しかしそれでもブロードの右腕を切断することはできた。
「くっ……」
右腕を切られて苦悶の表情を浮かべるブロードは、切断された己の右腕を媒体にし、魔法を行使する。
「腐なる灰の憩い、我が肉体を餌に現れよ。『腐の空間』」
次の瞬間、切断されたブロードの右腕を中心に、半径五メートルほどの空間が腐食を始める。右腕は腐っていき、空気もどんよりとして、悪臭を放ち始める。
そんな空間の中には、もちろん腕を切った張本人であるセイヤも含まれていた。
「邪魔だ。デスウェイブ」
直後、セイヤの右腕に持っている大剣デスエンドから闇の波動が生じ、腐食する空間を、ブロードの右腕とともに跡形もなく消滅させる。
「デスウェィブとは、またまた忌まわしい技を使いおるわい」
「ふん、これであんたの右腕とリモコンは消滅した。自慢の機械仕掛けも使えないぜ」
「フォッフォッ、甘いのう小僧」
左手に持った杖を大きく一回地面に叩きつけるブロード。すると、ブロードの後方にあるまだ開いていなかった壁が開いて、何かがブロードに向かって飛んでくる。
ブロードは杖を置き、左手で右肩付近を持つと、ゴキッ! という音とともに肩から残っていた右腕を外した。
そして飛んできたなにかを、左手でつかむとそれを右肩にはめる。
「フォッフォッフォッ、これで治ったわい」
ブロードは笑いながら自分の右腕をセイヤに見せる。そこには先ほどと何も変わらぬ右腕が生えており、セイヤが斬った後など全くなかった。
「まさかお前はサイボーグだとでもいうのか?」
「フォッフォッ、そうじゃ。じゃが、すべてではないがのう」
「まったく天才の考えることはわからないな」
「フォッフォッ、褒め言葉として受け取っておこう」
苦笑いを浮かべるセイヤだが、その内心はかなり焦っている。セイヤの中で響く声が先ほどよりも強くなっているからだ。
原因は先ほど使ったデスウェィブだ。これにより、セイヤはそう簡単に闇属性魔法を使えなくなってしまう。
「死ぬ前にモカ=フェニックスの居場所を教えてくれると嬉しいんだがな」
「フォッフォッフォッ、お主は相当自分の力に自信があるのだのう。そんなお主にワシから一つ警告でもしてやろうぞい。過信はいつか己を壊す。この言葉を肝に銘じておいた方がよいぞ、小僧」
「ありがたい言葉だが、今は関係なさそうだな」
「礼儀を知らぬ小僧じゃのう」
セイヤは自分の足に『単光』を行使して、ブロードに向けて一気に加速する。セイヤの加速に対し、ブロードは杖を使って魔法を行使する。
「『腐霧』」
「魔晶石か……」
ブロードの杖から詠唱なしですべてを腐食させる霧が放たれる。ブロードの杖をよく見ると、そこには紫色に輝く複数の魔晶石が埋め込まれており、その数だけ魔法を無詠唱で発動できるようだ。
魔晶石を複数同じものに埋め込める技術など存在しないため、ブロードがどれだけ天才なのかがうかがえる。
本来なら『闇波』で消し去りたいところだったのだが、魔法節約のため仕方がなく、セイヤは大剣デスエンドで無理やり切り裂いて、道を開く。
そのため、服の一部が腐って無くなるが、気にしない。
魔法で霧を消滅させずに、大剣で切り裂く姿をブロードが面白そうに見る。そして再び杖をセイヤに向けて、魔法を行使する。
「『火柱』」
次の瞬間、セイヤの足元から一本の大きな火柱が発生した。セイヤはその火柱をとっさに横に回避する。
だが回避するセイヤの姿を見たブロードが、ニヤリと笑みを浮かべた。
「お主、その姿で闇属性魔法を使わぬようにしておるな」
「ちっ……」
『腐霧』といい『火柱』といい、セイヤは『闇波』を使わずに避けていた。それに魔王モードになる前には感じられなかった魔法行使に対する躊躇いも感じられえう。
そのことからセイヤが闇属性魔法を行使することに、躊躇いを持っていることぐらい、ブロードでなくても誰でもわかる。
「魔法への恐怖心といったところかのう」
ブロードに言い当てられ、嫌そうな表情をするセイヤ。ブロードの言う通り、セイヤは心の奥底で響く声が強まることを、気づかぬうちに怖がっていた。
「その姿を見た時は驚いたが、中身はただの小僧みたいじゃのう」
「黙っていれば好き放題と話す老害だな。それは自分にない魔法の才能に対する僻みか?」
「なんじゃと?」
セイヤの言葉にブロードが眉をしかめる。
「なにって、その証拠があんたの手の中にあるだろ。その魔晶石を複数埋め込んだ杖、それを作り出せるのは本当に天才なんだろう。だが『闇波』を自在に操れれば、そんなものは必要ない。
つまりあんたは魔法の才能がない、ただの残念な老人ということだ」
セイヤの言う通りである。腐属性は闇属性と火属性の複合魔法だとブロード本人が言っていた。つまりそれは、ブロードが闇属性の適性を持っているということだ。
だというのに、彼は魔晶石などの力に頼っている。そんなの、自分は魔法の才能が有りませんと言いふらしていることと変わらない。
「フォッフォッフォッ、黙っておけば調子に乗る小僧じゃのう。『火柱』」
直後、セイヤの周りを囲むように五本の火柱が出現する。周りを火柱で囲まれたセイヤは、逃げようにも逃げ出せない。
しかしブロードの攻撃はこれで終わりではなかった。
「魔法に恐怖する小僧に負ける老いぼれじゃないわい。『五風殺結界』」
「まさか……」
セイヤの周りを均等に囲む五本の火柱。その五本をつないだ星形のちょうど中心にセイヤいため、セイヤはそのまま『五風殺結界』へと閉じ込められてしまった。




