第98話 館の主
複数の小型無人飛行機が、神速で移動する何かを追っていた。しかしその何かが一言発しただけで、小型無人飛行機は音もたてずにその姿を消す。
「無駄に多いな」
神速で移動する何かは、無残に消えていく小型無人飛行機を見ながら、そう言った。すでに百機以上の小型無人飛行機を消滅させていたのは、もちろんセイヤの『闇波』だ。
セイヤはセレナたちと別れてから、『纏光』を最大にして移動していた。
ザッドマンの広間以降、敵兵は一人も見あたらなかったのだが、代わりにたくさんの小型偵察機がセイヤのことを追尾している。
最初は犬のような形をした無人偵察機、次は鳥のような形をした無人偵察機、そして現在は飛行機の形をした無人偵察機だ。
といっても、レイリア王国には飛行機というものは存在しないため、セイヤはただ飛ぶことに特化したものと認識していたが。
無人偵察機たちは、決してセイヤに攻撃を仕掛けてくることはなく、ただ追尾するだけだった。しかし無人偵察機から感じる視線が不快だったセイヤは、そのすべてを消滅させてきた。
「ここか……」
セイヤは目の前には階段が続いているのにもかかわらず、不意に階段を神速で駆け上がることを止めた。
そして壁を軽く拳で砕き、小さな石を拾うと、セイヤはその石を階段の先に軽く頬り投げる。すると階段にぶつかると思われた石が、階段をそのまますり抜け、どこかへと消えてしまった。
「幻覚か」
セイヤがそういった直後、視線の先に広がっていた階段が歪み出して、消える。そして現れたのは、外の風景、きれいな青空の眼下に広がる森に、目の前にそびえたつ山などだ。
階段はセイヤの三歩先で急に無くなっており、もしセイヤがあのまま神速で駆け上っていたら、そのまま森へと落下していたであろう。
「こっちか……」
セイヤは先ほど軽く砕いた壁の方から、微量ながらも空気の流れを感じ、今度は力を入れてその拳で殴る。
案の定、壁はとても脆く、すぐに砕けていまい、中から大きな広間が姿を現す。
「フォッフォッフォッ、久しぶりじゃよ。その幻覚に気づいたものが来るのは」
広間の中心にいたのは腰の曲がった老人だった。
髪は色が抜けて白く、口には長く白いひげを生やし、手には大きな杖を持っている、今にも倒れそう老人であるが、その眼には確かな意志の強さが宿っている。
老人はセイヤのことを面白そうに見ていた。
「お前がブロード=マモンか?」
「フォッフォッ、いかにもワシがこの館の主、ブロード=マモンじゃよ」
老人はどこか楽しそうな口調で、自分の名前を言う。しかしセイヤはそんな老人に警戒を怠ることはない。
「噂は本当らしいな」
「噂じゃと?」
「ああ、あんたがすでに二百歳を超えているということだ」
「フォッフォッフォッ、お主のような小童にも知られているとは嬉しいのう。確かにワシは今、二百十五歳じゃよ」
ブロードは笑いながら、自分が二百歳を超えていることを認める。その姿を見たセイヤは、自分の中にある記憶が確かなものだと確信した。
ブロードが二百歳を超えているという話は、セイヤのある記憶から推察されたことである。
それは幼少期に父親から教えられた、ダクリアには長寿の老人がいるという記憶だ。なぜそんなことを覚えていたのかは知らないが、情報収集の際、マモンという名を聞いて、その記憶を思い出した。
そしてその記憶が正しければ、マモンはすでに二百歳近い年齢だということになる。
だが、マモンが二百歳を超えているとなると、『フェニックスの焔』を狙う理由がわからない。二百歳まで生きる術を得たマモンが、なぜ今更になって『フェニックスの焔』を欲するのか。
たとえどんな怪我でも治す『フェニックスの焔』よりも、長寿の術のほうが貴重なはずだ。
「そんなあんたが、なぜ今回『フェニックスの焔』なんかを狙った? あんたにはすでに、『フェニックスの焔』を超える治療技術があってもおかしくないはずだが?」
ここまで来るのに見た数々の機械たち。そのどれもが、レイリアなど及ばないほどの技術力を必要とする。特に無人偵察機などを作れるマモンであれば、考えられないような医療機器があっても、おかしくはない。
「フォッフォッフォッ、確かにワシにはあの力を上回る医療機器や薬がある。だが、それらではワシの肉体こそ保てても、精神は保つことはできん」
「精神だと?」
マモンの言葉に首をかしげるセイヤ。
「そうじゃ。人間には誰しも魂というものが宿っている。魂には寿命がないと考えられているが、その考え方は間違っておる。魂にも寿命は存在するのじゃ。
ただ、人間の肉体が魂の寿命を迎えるはるか前に滅びてしまうため、知られていないだけじゃ」
「なんだと……」
セイヤには、マモンの言っていることが正しいのか、間違っているのかなどはわからない。そもそも普通の人間には考え付かないことである。
「魂の寿命のために『フェニックスの焔』が必要だと?」
「そうじゃ。いくらワシが機械や薬を作ろうとも、魂に使うことはできん。魂に影響を加えるには、やはり魔法しかなかったのじゃよ。
だが、この国のどんな回復魔法を使おうとも、魂には影響がなかった。この国にないのなら、ほかの国を探せばいい。わしはそう思い、ザッドマンを秘密裏に送った。
そしたらすぐに、あやつは『フェニックスの焔』の存在を知らせてくれた。だが、警備が厳重でなかなか連れ出すことができず、連れ出すのに十年掛かったわい」
ブロードがどこか嬉しそうに語っている。
「それで成功したのか?」
「まだじゃよ。まだ研究が終わっていないからのう。これから『フェニックスの焔』の遺伝子を培養していく。幸い、この館には母体と成り得る者が二人もおるから、培養も早く終わる。
三十年もあれば、研究を始められるじゃろう。だが、そのころには母体となった二人はどうなっているか知らんがな。フォッフォッフォッ」
自分の壮大な計画を語るブロードの目は狂気に満ちており、セイヤは知らず知らずのうちに怒りを覚えた。
「それにしても、お主も面白い存在だのう。レイリアの光とダクリアの闇を持つ魔法師。どうじゃ? ワシの物にならんか? 今ならお主の遺伝子を残すために様々な母体を準備するぞ。
お前の望む女を準備してやろう。なんなら、フェニックスの娘を最初に抱いてもよいぞ?」
「だまれ……」
セイヤ自分の心の中で湧き上がる感情を必死に抑える。しかしブロードはセイヤのそんな言葉が聞こえているような様子もなく、自分の野望を語り続ける。
「それにあの聖属性を使う奴と、水の妖精もお前の傍においてやろう。じゃが、遺伝子提供のため他の者にも抱いてもらうかもしれないが、『黙れ』まあ、許せ『黙れって、言っているだろうが!』……」
セイヤの怒りが絶頂に達する。セレナだけではなく、ユアとリリィまでもを道具として扱おうとするブロードに、怒りを収めることができなかったセイヤ。
一方、ブロードはというと、ニヤリとうれしそうな笑みを浮かべてセイヤのことを見つめる。
「お主はもっと警戒した方がよいぞ。戦いは戦闘が始まる前から始まっておる」
「何が言いたい?」
不機嫌オーラを丸出しのセイヤに対して、ブロードはとても愉快そうに言う。
「ワシがどんな魔法を使うか知っておるか?」
「さあな」
「じゃろうな。何せこの国の者でさえ、ワシは機械しか使えぬ老いぼれだと言っておるからのう」
「だからどうした?」
ブロードの思わせぶりな態度に、セイヤは少しずつ冷静になっていく。しかしブロードは、今更冷静になっても遅いと確信していた。
「ワシの使う魔法はのう、火属性と闇属性の複合魔法である腐属性じゃよ。効果はもちろん、その名のとおり、腐敗させる魔法じゃ」
「まさか……」
セイヤは慌てて周りを確認する。そこには小さな粒子となった腐属性の魔力が蔓延していた。そしてそれは同時に、セイヤの中にはたくさん腐属性の魔力が入っていることになる。
「そうじゃ。お主は先ほど怒り狂い呼吸の回数も増えていた。そろそろ体内から腐りだすわい。まずは肺が腐りはじめ、次に心臓や脳を腐らせていく。お主の命はもうワシの手の中じゃよ。素直にワシの物になれ、なーに悪いようにはせん」
ブロードはすでに自分の勝利を確信していた。最初に対話を行い、相手のことを苛立たせ、呼吸の回数が多くさせる。そして事前に巻いておいた腐属性の魔力の粒子で、相手の体を体内から腐らせていく。
これがブロードの戦い方であり、ほとんどの魔法師は戦う前から負けているのだ。
「うっ……」
胸を抑え倒れこみ苦しみだすセイヤ。その姿を見たブロードは喜々としながら言う。
「さあ、ワシの物になるのじゃ。そうすればその痛みは消える。さあ、楽になるのじゃ」
「うっ……この……」
「はやくしないと手遅れになるぞ。さあ、早く、楽になりたいじゃろ?」
「わっ、わかった……」
セイヤは苦しみながら、ブロードに向かって手を持ち上げる。
「そうじゃ。それで『なんていうと思ったか?』……なんじゃと?」
だが次の瞬間、先ほどまでの苦しみが嘘だったかのように、セイヤが立ち上がった。




