第96話 暗黒騎士(中)
雷属性。風属性の派生魔法として分類される属性であるが、厳密には二種類の雷属性が存在する。
ほとんどの魔法師は雷属性が二種類あることなど知らないが、雷属性を使う魔法師にとっては、とても重要なことであった。
雷属性には『風属性から派生する雷属性』と『風属性と火属性二つの属性の複合魔法である雷属性』の二つが存在し、見た目こそ変わらないが、それに付随する特殊効果に違いが出てくる。
『風属性から派生する雷属性』に付随する特殊効果は風属性と同じ『硬化』であり、貫通力や耐久力などを挙げることができる。
一方、『風属性と火属性二つの属性の複合魔法である雷属性』に付随する特殊効果は、風属性の特殊効果である『硬化』ではなく、火属性の特殊効果である『活性化』に近い。
具体的な例でいうとダリス大峡谷にいた雷獣やユアの父親であるライガーなどが自身の身体能力を上げている雷はこちらの雷である。
なぜ二つの雷属性が存在するのかと、もともと存在していた雷属性は『風属性から派生する雷属性』だけだった。
しかし十数年前、突如現れた男が従来の雷属性ではなく『風属性と火属性二つの属性の複合魔法である雷属性』を使用して自身の身体能力を上げるという芸当を見せた。
その男の名前はライガー=スリラグ、のちの特級魔法師雷神ライガーと呼ばれる男だ。
ライガーがアクエリスタンで活躍すると、彼のように自分の肉体に帯電させて身体能力を上げようとする者たちが現れた。しかし誰一人としてライガーのようにはなれなかった。
なぜなら全員知らなかったから。ライガーの雷属性が、派生魔法ではなく、複合魔法だということを。
それからライガーは結婚し特級魔法師になった。彼の雷は特別な雷と言われ、いつの間にか雷神と呼ばれるようになり、レイリア王国でも確固たる地位を手に入れた。
目の前で暗黒騎士の鎧に帯電する雷を見たユアは、すぐに確信する。暗黒騎士の纏っている雷が、ライガーと同じ『風属性と火属性二つの属性の複合魔法である雷属性』だということに。
「なぜその雷を……」
暗黒騎士の纏う雷に戸惑うユアは無意識にそういっていた。
「なぜって使えるからよ。もしかしてこっちのほうが良かった?」
次の瞬間、暗黒騎士の纏っている雷が、『風属性と火属性二つの属性の複合魔法である雷属性』から『風属性から派生する雷属性』へと完全に変わる。
「まさか二種類の……」
「そうよ。こっちの雷は防御用でさっきの雷が攻撃用」
「そんな……」
ユアの受けるショックは、雷神の娘だからこそ大きかった。
「雷神の加護ここにあり、今こそその力を我に纏へ。『雷神』」
暗黒騎士が再び『風属性と火属性二つの属性の複合魔法である雷属性』を体中に纏わせていく。その姿は、まさしくユアの知る雷神ライガーと同じだった。
「いくわよ」
倶利伽羅剣に雷を纏わせ、ユアに向かって突進する暗黒騎士の速度は、『雷神』によって格段に上がっている。
ユアはホリンズを生成しようとしたが、すぐに間に合わないと確信し、回避を選択した。暗黒騎士はユアが回避するのをわかっていたかのように急停止して、そのままユアに倶利伽羅剣で斬りかかる。
「テンペスト」
暗黒騎士よって高速で振り下ろされる倶利伽羅剣が、ユアに斬りかかろうかという寸前、モーナの声とともに、多数のナイフが暗黒騎士に向かって飛んできた。
飛んできたナイフに対し、暗黒騎士はユアに振り下ろそうとしていた倶利伽羅剣の軌道を無理やり変えて、ナイフに向かって振り下ろす。
暗黒騎士によって振り下ろされた倶利伽羅剣は、そのあまりの速さに風を生み、その風圧で飛んできたナイフをすべて打ち落とした。
「なんという風圧……」
暗黒騎士のでたらめな動きを見て、モーナがつぶやく。
全力で振り下ろそうとしていた剣の軌道をとっさに変えるだけでなく、さらにそこから再び最大の力で剣を振り下ろすことなど、いったいどれほどの鍛錬を積めばできることなのか、モーナにはわからなかった。
だがモーナの攻撃により、一瞬だけ暗黒騎士はユアから目を離してしまった。ユアはその隙に退避し、暗黒騎士から距離をとることに成功する。
だがその顔は先ほどよりもさらに厳しい。
ユアは父親であるライガーと本気で戦ったことはないが、本気で戦う姿は一度だけ見たことがある。
その時のライガーの戦いを見たユアだからこそわかる暗黒騎士の強さ。暗黒騎士の強さは、ライガーと同等と考えたほうがいい。
とんだ化け物にあたってしまった、とユアは思った。
「ユアちゃん、どうする?」
リリィの顔もユアと同じく厳しい。三人はどんな相手が来てもいいようにと、作戦を複数練っていたのだが、先ほど行った作戦はその中でも最大出力だった。
そしてその作戦で倒せなかった暗黒騎士には、もう有効な作戦がない。
「きゃああああ」
ユアとリリィが考えているうちに、一人で暗黒騎士の相手をしていたモーナが倶利伽羅剣によって、壁に打ち付けられる。ユアたちが考えていた時間はせいぜい五秒だったが、モーナは五秒絶たずにやられてしまった。
「まだまだ弱いわね」
壁に体を強打して、意識を失っているモーナのことを見下ろしながら、暗黒騎士が倶利伽羅剣でモーナにとどめを刺そうとする。
「させないわよ。ウォーターキャノン」
「もう水には飽きたわ」
「なっ……」
暗黒騎士の注意を逸らすため、ウォーターキャノンを行使したリリィだったが、暗黒騎士はウォーターキャノンを一瞥もせずに消し去る。
暗黒騎士がウォーターキャノンに対し、魔法を行使した様子はなく、ウォーターキャノンが暗黒騎士にあたるかという寸前で消えた。その光景に、リリィは言葉を失う。
「あなたもまだ甘いわ」
「『聖槌』」
まさにモーナにとどめを刺そうとする瞬間だった。暗黒騎士の体が急に固まったように動かなくなる。理由はもちろんユアによる攻撃だ。
「なるほど、考えたわね」
「うん……」
ユアが行使した魔法『聖槌』は、対象に対して圧力をかける魔法であって、圧力には質量は存在しない。
質量がなければ蒸発させることも、消し飛ばすこともできない。よって暗黒騎士の動きを止めることができる。
「だけど、これじゃあ私は倒せないわよ」
「わかっている……時間稼ぎができても一分……」
「そうね」
いくら圧力を消し飛ばすことができないからといっても、時間がたてば暗黒騎士は圧力慣れてしまう。
正確にはいうのなら、圧力を感じたとしても、『雷神』を纏った暗黒騎士の前では意味がないのだ。
「でも一分あればいける」
ユアはそういうと、左手に弓であるアリエルを生成して右手に持っているユリエルを結弦にかける。
「その技はさっき防いだわよ」
「さっきより威力を上げる……」
「へぇ」
先ほどのユアの『ホーリー・ロー』は、発射速度を優先したため威力を抑えていたのだが、的である暗黒騎士が動かない今回は、威力を優先させることができる。
ユアの構えるユリエルに白い魔力が集まっていくが、暗黒騎士はどこか面白そうな表情をしてユアを見ていた。
「やっぱりその技は聖属性なのね」
「っ……」
暗黒騎士の言葉に、ほんの一瞬だけユアが動揺した。
そんなほんの一瞬を暗黒騎士が見逃すはずもなく、一瞬だけ弱まった『聖槌』から無理やり抜け出した。そして暗黒騎士は、『雷神』の最高速でユアに倶利伽羅剣で斬りかかる。
一瞬の隙を突かれたユアは、反応が遅れてしまい対応することができない。ユアはこれから襲い掛かってくるであろう痛みに耐えるため目をつぶる。
「ユアちゃん!」
刺されると思って目をつぶったユアのことを、いつまで経っても痛みが襲うことはなかった。なので、ユアは静かに目を開く。
「リリィ……」
目を開いたユアの目の前にあったもの。それはユアのことをかばい、腹部に倶利伽羅剣を刺されたリリィの姿だった。




