第94話 謎の女性
数々の広間をつき進む三人の影。
一人は紅く綺麗な瞳と長い白髪をもった少女。その姿はとても美しく、見る者を魅了することなど容易いぐらい完璧な美少女だ。しかしその顔はとても不安そうである。
もう一人はまるでサファイアのような瞳に、これまたサファイアのような髪をもつ女性。その体は引き締まっているが、出るところはしっかりと出ている。とくにその胸はとても大きく、妖艶さが感じられた。
しかしその顔はどこか怒っているようだ。
最後の一人は黄緑色の髪と瞳を持つどこか穏やかそうな少女。その立ち振る舞いからかなり育ちがいいことがわかる。しかしその顔はとても厳しい。
三人はどうやら口論しながら走っているらしい。正確には、青髪の女性と黄緑色の髪の少女が口論をしていて、白髪の少女はどうすればいいのかと、困っている様子だ。
そんな三人の進行を止めようと、無数の敵兵が出てくるが、口論している二人に「うるさい!」と言われ、魔法で吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされた敵兵たちは壁にぶつかり意識を失うか、意識を保っていてもすぐに動けそうにはない様子で、どちらにせよ、三人のことを追うのは不可能だった。
白髪の少女はそんな敵兵を哀れな目で見ながら、先行して進む二人の背中を追いかける。
「いい加減現実を認めたらどうですか? オ・バ・サ・ン?」
「あ~ら、おばさんとお姉さんの区別もつかないなんて、やっぱりガキね。そんなガキはささっと帰ったらどうかしら?」
「……」
広間を抜け、階段を上がっていく三人の前に、敵兵が三十人ほど現れる。全員手には剣のようなものが握られており、三人のことを止めようとしていることがわかる。
「お前ら止まれ! これ以上の抵抗は……『うるさい!』うっ……」
敵兵の隊長らしき男が警告を言い終える前に、綺麗な青い髪の女性リリィ(大人バージョン)と、黄緑色の髪の少女モーナが、それぞれ『ウォーターキャノン』と『テンペスト』で敵を殲滅してしまう。
二人はそのまま口論を続けながら、階段を上っていき、白髪の少女ユアは階段の端で倒れている敵兵を憐れむ目で見る。
そんなことを、すでに十回ほど繰り返していた三人。きっかけは最初にリリィ(子供バージョン)が油断して敵の攻撃を受けてしまったことだった。
大したこともなかったのだが、リリィ(子供バージョン)が攻撃を受けたことに怒ったリリィ(大人バージョン)が、無理やり主導権を握り姿を変えた。
敵兵はすぐに殲滅できたのだが、リリィ(大人バージョン)とモーナが出会ってしまう。そこから二人の口論が始まり、敵兵の言う事など聞かず、一方的に殲滅が始まったのだ。
階数が上がるごとに、敵兵の強さも上がっていくのだが、二人の口論に割って入れるほどの力を持った敵兵は存在いなかった。
その後、敵兵たちは意識を取り戻すと、「女って怖い(真顔)」と言うようになるのであったが、そんなことをユアたちが知る由もない。
「でかいと垂れますよ」
「そんなことを心配できないあんたの貧相な胸がかわいそうだわ」
「…………」
いつまでも経っても終わる気配のないリリィとモーナの口喧嘩。しかし新たな階にある広間に入った瞬間、二人の顔が真剣な顔へと変わる。
少し遅れて広間に入って来たユアも、二人同様、入った瞬間に顔の色を変えた。
広間にいたのは一人の人間。全身は黒い鎧で覆われ、顔までも黒い兜で覆われているため、男か女なのか、またどんな顔たちをしているのかはわからない。
唯一、その姿から人間という事はわかったが、それ以上は何もわからなかった。
広間に入った三人は、目の前にいる全身を黒い鎧で包んだ人物を見て、今までの敵兵とは明らかにレベルが違うことを理解した。
ユアはすぐに対応できるようにと、レイピアであるユリエルを生成して手の中に握る。
「その制服……敵襲と言うのはお前たちのことか?」
全身を黒い鎧で包んだ人物は、ユアたちの着ていた制服を見ながら、そう聞いた。声からして、目の前の人物が女性だという事が理解できる。
「そうよ。私たちが敵襲」
「セレナのお母さんは返してもらいます」
「そこを通して……」
ユアたちは、目の前の女性がもしかしたら説得が通じるかもしれない。なぜかわからなかったが、そう感じたのだ。それは魔王の館に来て初めて会うの女性だったためか、なにかしらのシンパシーを感じていたのか。
「残念だけど、それはできない相談ね。ところで敵襲は六人って聞いたけど?」
どうやら目の前にいる女性は、簡単にはここを通してくれないらしい。だが、同時にそこまで戦う気もないように思われる。
「もう三人は別行動よ。今はもう片方を進んでいるわ」
「そう……あの二つの扉で別れたのね」
「そうよ」
「残念だったわね。もう片方のほうが正解よ。あっちの扉の先にはこの館の主がいるわ。でも彼は強いから、ある意味でははずれだったかもね」
「セイヤ君たちが負けるとでも?」
セイヤが負ける姿など、リリィには想像できなかった。それはユアも同じである。セイヤには隠された力がたくさんあり、そんなセイヤに勝てる者など、そうはいないはずだ。
「そのセイヤって子がどれだけ強いかは知らないけど、ここの主と戦うには強さは関係ないわ。ここの主との戦いは、対面する前に決まる。無知のまま挑んだら、確実に死ぬわ」
「残念だけどセイヤ君も強いわよ。そう簡単に負けたりしないわ」
「そう。それは面白いわね」
セイヤにはユアも知らない力があることをリリィは知っている。
それはかつて自分がまだ敵だった頃、ユアの命を奪った際に現れたセイヤの本当の姿。あの力を敵として向けられたリリィは、今でもその時の恐怖を覚えている。
あの力は絶対に敵に回してはいけない力だ。
ブロード=マモンという人物が、どれほどの力を使うのかわからないが、セイヤがあの力を持っている以上、負ける姿など想像もできない。
「さて、おしゃべりはここまでにして、そろそろ始めましょうか。水の妖精さん」
「なっ!?」
目の前の女性が、リリィの魔法も見ず姿だけでリリィのことを水の妖精と言った。リリィはそのことに驚愕する。それはユアも同じで、ユア自身、リリィが魔法を使わなかったら、彼女のことを妖精や精霊の類とはわかる自信はない。
「いったいあなたは何者なのかしら?」
「さあ、何者でしょう? ここでは周りから暗黒騎士と呼ばれているけれども」
「暗黒騎士ね。確かにその姿を見たら、そういうしかないわね」
「でしょ?」
暗黒騎士と名乗る女性が詠唱を始める。リリィたちは暗黒騎士が詠唱を言い終える前に、攻撃に移ろうとしたが、突然、謎の圧力に押されて、動けなくなってしまう。
「これは……」
「セイヤの……」
「くっ……」
苦悶の表情を浮かべる三人に対し、暗黒騎士は飄々と詠唱を始める。暗黒騎士が放ったものはセイヤやザッドマンと同じ威圧だ。圧倒的な力の差があるときに限り、発生する事象である。
「混沌より舞い戻った風の剣、我が業火の生贄としてささげよ。『倶利伽羅剣』」
詠唱とともに魔法陣が展開し、暗黒騎士の手の中に一刀の日本刀のような剣が握られる。その剣からはすさまじいほどの威圧が放たれており、リリィたちは剣を見るだけで息苦しくなってしまった。
しかしその刀の最大の特徴は、刀身に歯がないことだろうか。まるで石の礫が纏わり付いているような刀だ。
「なんて剣なの……」
「すさまじい……」
「いくらなんでも……」
剣を握った暗黒騎士と、自分たちの格の違いを痛感する三人。そんな三人の反応を見た暗黒騎士が、うれしそうに聞いてきた。
「やっと実力の違いを理解した? 今ならまだ見逃してあげるけどどうする?」
「ずいぶん余裕なのね」
「まだ勝負は決まってない……」
「そうです」
たとえ格の違いを思い知らされたとしても、三人の心は折れるはずがない。仲間たちが必死に戦っている以上、自分たちだけが逃げるわけにはいかない。
「それは残念ね」
直後、暗黒騎士の纏っている雰囲気ががらりと変わった。




