第93話 思わぬ敵(下)
「行くわよ。『覚醒」
次の瞬間、セレナの姿がザッドマンの視界から消えた。否、ザッドマンが反応できなかったのだ。
「あまねく炎の加護よ、ここに現れよ。『炎の弾」
そんな声がすると、ザッドマンの四方八方に炎の大きな弾が次々と現れ、ザッドマンに向かって撃ちこまれていく。
さらに連続して撃ち出される『炎の弾」に加え、『アトゥートス』までがザッドマンのことを襲う。
それはまさに赤い魔力の嵐。
「面白い。が、まだ甘い」
しかし次の瞬間、ザッドマンの手に炎が出現し、ザッドマンの両手を飲み込んでいく。そしてその炎に包まれた拳で、次々と襲い掛かってくる攻撃を吹き飛ばす。
ザッドマンに降り注いでいた攻撃は、いつの間にかすべて防がれてしまう。
防がれても、防がれても、負けじと魔装銃の引き金を引き続け、ザッドマンに攻撃を続けるセレナの魔力は、どんどん消費されていく。
『覚醒』とは、セレナが土壇場で思いついた魔法。原理はセイヤの『纏光』と同じだ。そして効果も、ほとんど変わらない。
ザッドマンは攻撃を防ぐのではなく、攻撃のもとであるセレナのことを仕留めようとするが、高速で移動する『覚醒』状態のセレナのことをなかなか捉えられない。
だがそんな攻防も、すぐに終わりを迎えることになる。
高速で移動を繰り返していたセレナの速度が徐々に減速し始め、攻撃の手数も明らかに少なくなってきたのだ。だが当然と言ったら当然である。
セレナは初めて使うオリジナル魔法である『覚醒』に加え、自身の最強攻撃魔法である『アトゥートス』の連射、『覚醒』状態での新技など、普段では考えられないほどの負担が強いられる戦い方をしていた。
セレナはザッドマンのように『活性化』による再生などできるわけもない。よって、傷ついた細胞は修復せず、さらにダメージを負ってしまう。
今のセレナの実力では、『覚醒』状態が三分も持てばいい方だ。
一方、消耗するセレナとは対照的に、消耗している様子が全くないザッドマンは、セレナの減速に気づき、その姿を捉えようとしていた。
「最初は驚いたが、すぐにガス欠を起こすようじゃ意味がない」
そしてザッドマンがついにセレナのことを捉える。グッ、と言う音とともにザッドマンの右手が、セレナの首をわしづかみで掴んだ。
「ガキの遊びもここまでだ」
握る力を強め、セレナの意識を落とそうとするザッドマン。そんな時、首を絞められながら苦しそうにしているセレナの表情が、一瞬だけだが笑みに変わる。
「まだ終わりじゃないわ。『アトゥートス』」
「なにっ!?」
驚愕の表情を浮かべながら、ザッドマンはセレナの魔装銃を確かめる。しかし、セレナの両手には握られているはずの魔装銃が、そこにはなかった。
ザッドマンは急いで周辺に目を配り、セレナの魔装銃を探す。すると離れたところにその姿を見つけた。
地面に置かれたまま放置されている魔装銃。引き金を引かれてはいないにもかかわらず、銃口付近に埋め込まれた赤色の魔晶石が赤い光を発しながら、赤いレーザーを撃ち出す。
「まさか……お前は自分もろとも被弾する気か……」
セレナの考えを察し、顔色を変えるザッドマン。いくら術者だと言っても、あれほどの攻撃を食らってしまえば、ひとたまりもない。
良くて重傷、最悪の場合は命を落とす可能性だってある。セレナはそれを承知で『アトゥートス』を行使したのだ。
超再生能力を誇るザッドマンにしてみれば、セレナの『アトゥートス』は全く怖くない。しかしセレナの場合は違う。もし運が悪かった場合、セレナは命を落としてしまう。
そうなれば、ザッドマンは貴重な『フェニックスの焔』使いを一人失うことになる。そんなこと、ザッドマンにはできなかった。
何としてもセレナは生け捕りにする必要がある。
セレナの首から手を放し、そのまま抱え込むようにし、セレナへの『アトゥートス』の火弾を避けるザッドマン。二万もの熱を帯びた赤いレーザーが、ザッドマンの背中に直撃する。
「ぐっ……」
背中に降り注ぐ灼熱の痛みに耐えながら、セレナに傷をつけないようにするザッドマン。肌を焼かれ、出血し火傷のようになるが、すぐに再生する。しかし再び肌を焼かれて出血し火傷する。
そんなことを繰り返しながらザッドマンは『アトゥートス』が終わるまで耐える。
ザッドマンに守られながら、セレナはある魔法の詠唱を始める。
「火の加護の再現、ここにいでよ」
三十秒ほど経ち、やっと赤いレーザーの雨が止んだ。ザッドマンの背中は異臭を放ちながらも、再生を始めている。
そんなザッドマンに対し、セレナが魔法を行使した。
「『癒しの炎』」
綺麗に光るオレンジ色の炎が現れ、ザッドマンのことを包んでいく。そのオレンジ色の炎は、優しい光も含んでいた。
セレナが使った魔法は火属性上級魔法に分類される回復魔法で、外傷などを治療する際によく使われている。なぜセレナがそんな魔法をザッドマンに対して使ったかと言うと、もちろん自分を助けてくれた恩などではない。
これも立派な攻撃だった。
「うっ……ぐはぁ……」
回復魔法をかけられたというのに、突如苦しみながら吐血したザッドマン。その姿を見て、セレナが確信したように語る。
「やっぱり想像したとおりね。あなたのその力は、異常なまでに高められた活性化であって、本当の意味での再生ではない。
肉体強化のおかげで異常なまでの活性化をしているみたいだけど、もしその限度を上回るほどの活性化をしたらどうなるのか。
肉体が耐えられず逆に自分の体を壊すに決まっているわ」
セレナの狙っていた秘策はこれだった。どんなすごい薬でも、ものには限度というものがある。もしその限度を超えてしまえば、もはや毒である。
「まさか……最初からこれが狙いだったのか……」
自分で自分の肉体を崩壊させているザッドマンが、セレナを睨みながら聞く。
「ええ、そうよ。あなたはどうしても私たちを生け捕りにしようとしていた。だからもし、私が自分自身を殺そうとしたらどうなるか、と思ったのよ。危ない賭けだったけど成功してよかったわ」
セレナはそういいながら、ザッドマンに行使していく回復魔法を強めていく。
ザッドマンの肉体はさらに活性化していき、崩壊を起こす。自ら活性化することをやめればいいのだが、今までザッドマンは無意識に再生能力を使っていたため、なかなか止めることはできない。
意識では活性化を止めなければと理解しているが、自分に襲い掛かる苦痛を感じるたびに、無意識に再生を望み、体が活性化していく。
活性化して再生しようとすればするほど、肉体にはさらなる負荷がかかり苦しむザッドマン。もはや抜け出すことのできない無限地獄だ。
「うっ……ぐはっ……まさか……こんな小娘にやられるとはな……」
「あなたの敗因はその強欲さと過信よ。最初から私たちを殺す気でいたら、こんなことにはならなかったわ」
「傲慢とは……最後にうれしい褒め言葉だな……」
「あなたが滅びるまで、私はあなたを回復させ続けるわ。あなたの負けよ」
「そうか……」
ザッドマンはそのまま再生と自壊の無限地獄に捕らわれ、人生を終えていくはずだった。しかし、ザッドマンの命が尽きる前に、セレナの魔力が限界を迎えてしまう。
「嘘……」
どうにかして魔力を持たせようとするセレナ。しかし想像以上に消耗が激しかった『覚醒』により、魔力はほとんど残っていなかった。
徐々に光の強さが弱まっていく回復魔法。同時に、再生と自壊の無限地獄から、抜け出せそうになるザッドマン。
「まだよ……」
「あきらめろ……」
魔力が消耗していくのを感じながらも、何とか踏ん張るセレナと、苦痛に耐えながらも逆転の機会を伺うザッドマン。ここまで来たら、もう実力というより、気力の勝負だ。
意地と意地のぶつかり合い。
「くっ……」
結果はすぐに出た。セレナの魔力が底を尽きた。
これ以上、魔法を行使し続ければ、生命活動に支障をきたしてしまう。それでもセレナは魔法を行使することをやめようとせず、最後の力を振り絞る。
「まだよ……まだ……負けないんだからぁぁぁぁ」
セレナの回復魔法の光が再び強くなっていき、ザッドマンが再び苦しみ始める。鼻血が出ようとも、気にせずセレナは魔法の行使を続ける。その姿からは、すでに限界を超えて、無理をしていることが目に見えてわかった。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
最後に回復力の上がった回復魔法を行使され、ザッドマンは苦痛の叫びをあげながら地面に倒れこむ。
すでに立ち上がるのも難しいくらい精神を消耗している。あともうひと踏ん張り。セレナはそれを確信して、魔法の行使を続けた。
しかし次の瞬間、セレナの体から力が抜けた。
まるで支えを失った人形のように倒れこむセレナ。どうにかして魔法を保とうとするセレナだったが、その体はセレナの言うことを聞かず、動くことはできない。
セレナの魔法が途切れたことにより、ザッドマンの再生能力が正常に戻り、その肉体を再生させていく。
「ふん、どうやら神は私の味方をしたらしいな」
倒れこんでいるセレナを、見下すザッドマン。悔しそうな顔でザッドマンのことを睨むセレナだが、もう指一つ動かせず、何もできない。
「私の勝ちだ」
ザッドマンはそういうと、セレナに魔法を行使し、意識を飛ばそうとセレナに手を伸ばす。
セレナは何もできないことに、悔みながらも、どうすることもできない。
すでに勝負は決まったのだ。
ザッドマンの勝利で、セレナの負け。
「ごめん……」
最後に、ここまで一緒に来た仲間たちを思い浮かべ謝るセレナ。
「んっ?」
そんな時、セレナに手をかけようとしていたザッドマンが異変に気付く。
ザッドマンが感じたのは魔力の奔流。ただし、普通の奔流ではない。その魔力に気づいただけで、体中が悪寒に襲われるほどの、ケタ違いの魔力だ。
凄まじいのは、魔力量ではなく、魔力の質。それは、ザッドマンが今まで感じたことのないほど、濃密な魔力だった。
ケタ違いな質の魔力を錬成していたのは、先ほどから戦闘域を離脱していたアイシィだ。その顔からは、ものすごい殺気が感じられる。
「天より光臨しす神々、今ひと時我に力を、創造の古、氷界の扉、ここに開かれべし。『絶対零度』
濃密な殺気とともに行使される上級魔法師一族、アブソーナ家固有魔法『絶対零度』。
その魔法は、その名のとおり、すべてを凍らせる氷属性最強の魔法だ。この魔法を使えるのは一回だけ。なぜなら魔法の行使を代償に自分の命を失う魔法だから。
『絶対零度』は本来、聖教会から禁術指定されており、その存在を秘匿され続けてきた。
世間は最強の氷属性魔法の存在は知っているが、どこの一族の技なのかは知らされていない。そのため、ザッドマンも『絶対零度』のことは知らなかった。
「だめ……アイシィ……」
『絶対零度』の存在と、その代償を知っているセレナは何とか言葉を振り絞って、アイシィを止めようとするが、声が掠れて届かない。
「なんだ? なんだこれは?」
足から徐々にその肉体を氷に包まれていくザッドマン。氷を火で溶かそうとするが、全く解ける様子もなく、みるみるザッドマンの肉体を氷漬けにされていく。
『絶対零度』。それは術者の命と引き換えに繰り出される、絶対溶けることのない氷。たとえどんな炎であろうとも、その氷を解かすことはできない。
「やめろ、やめろ、うわわわわわわ…………」
最後に悲鳴を上げながら、氷漬けになったザッドマン。氷に包まれた最後の姿は無様以外のなんでもなかった。
「アイ……シィ……」
途切れそうな意識を何とか繋ぎ止め、後輩の名前を呼ぶセレナ。そんなセレナのもとに歩み寄り、アイシィは言った。
「お世話になりました」
「嘘……」
セレナはアイシィの目を見て、言葉を失う。すでにアイシィの瞳から光は失われていた。徐々に弱っていくアイシィに、回復魔法を使おうとするセレナだが、魔力切れのため、全く魔法が発動できない。
「なんで……」
魔法が使えない自分に腹を立てながらも、アイシィに回復魔法をかけようとする。そんなセレナにアイシィが一言。
「ありがとうございました。セレナ先輩……」
静かに倒れこむアイシィ。セレナは動かぬ体に鞭を打って、右手をアイシィの口元に運ぶ。しかしアイシィはすでに呼吸をしていなかった。
「嘘でしょ……やだよ……ねえ、アイシィ……」
涙を流しながら、アイシィのことを呼び続けるセレナ。しかしアイシィから言葉が返ってくることはない。
後悔がセレナの心を埋め尽くす。
「ごめんね……アイシィ」
セレナの意識は、そこで途切れた。
読んでいただきありがとうございます。更新が遅くなってすいませんでした。ラストだけは昔から決まっていたのですが、途中の展開がなかなか決まらず書けませんでした。なぜザッドマンをあんなに強くしたのだろうと後悔した日々……




