第90話 世の中見えない方がいいものもある
セイヤたちが大きな扉を開けて、中に入ると、そこは薄暗い一本道になっていた。
壁には申し訳程度に蝋燭に火が灯してあるだけで、視界は狭く、目の前も10メートルほどしか把握できないくらいだ。幸い近くに敵の気配などは感じられないため、セイヤたちはゆっくりと進んでいく。
「気味が悪いわね」
「はい。生き物の気配が全くしません」
そんなことを言い合いながら進むセレナとアイシィ。足取りこそしっかりしているものの、その顔からは緊張と恐怖心がひしひしと伝わってくる。
無理もない。それほど一本道は薄暗く人の気配もない、今にも幽霊が出そうなぐらい暗かったのだから。
「それにしても暗いな。お前の魔法でどうにかならないのか、鳥女?」
セイヤはふとした疑問言ってみたのだが、セレナは急に顔を真っ赤にしてそっぽを向く。その顔からは、何ですぐに気づかずこんな思いをしているのだろう、という恥ずかしさが感じられた。
セレナはすぐに火属性初級魔法『灯火』を発動し、辺り一面を照らす。
「ひっっ!!!」
セレナが『灯火』で辺り一面を照らした直後、急にセレナの顔が青ざめた。
セイヤは一瞬、何が起きたのかわからなかったが、すぐにセレナが顔面蒼白になった理由を見つける。セイヤの視線の先には、壁一面を埋め尽くすほどの数の蜘蛛の姿があった。
大量の蜘蛛が壁をかさかさと動きながら覆っていたのだ。
「キモイです」
アイシィはそういいながら、セイヤの背中へと隠れる。その姿を見たセレナもすかさずセイヤの背中へと隠れ、壁を見ないようにした。
「ちょっ、ちょっと、どうにかしてよ、ロリコン」
いつものような、刺々しさなどを感じられないほど震えた声で言うセレナ。アイシィは黙って目を瞑ったまま、セイヤの背中にしがみついている。
アイシィも震えているように感じたセイヤは、少しいたずら心が働いてしまう。
「そんなに引っ張るな。逆側の壁にもいるかもしれないだろ」
セイヤの言葉に固まる二人。しかしすぐに思考が追いついたのか、二人はこれでもかと言うほどの悲鳴を上げる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「やめてくださいやめてくださいやめてくださいやめて(ry」
二人はひたすらセイヤに自分の顔を押し当てながら、しがみついている。
そんな二人の姿にセイヤは、やれやれと言った顔で『闇波』を行使し、壁一面を覆いつくす蜘蛛たちを、一匹残らず消し去った。
しかし二人はセイヤが雲を消し去った事に気づいている様子もなく、いまだセイヤにしがみついている。もしこの光景をユアにでも見られたら、また浮気とでも言われそうな気がしたので、セイヤは二人に蜘蛛は消したと伝える。
「全部消滅させた。だから離れろ」
「本当?」
「本当ですか?」
顔はセイヤの押し当てたまま二人はセイヤに聞いた。まだ残っているかもしれない、という不安が二人のことを襲っていた。
そのため二人は周りを見ることができない。そんな二人に、セイヤは呆れながら言う。
「ああ、全部だ」
「本当に全部?」
「本当に本当ですか?」
二人は少しずつだが顔を上げ、セイヤの顔を見ながら聞く。
一瞬だけセイヤは二人の上目遣いにドキッとしてしまうが、すぐに本当だと答える。
いつもツンツンしているセレナと、いつも無口で無表情なアイシィの弱った姿での上目遣いは、想像以上のものがあった。しかし二人は再び顔面蒼白になっていく。
二人の視線はセイヤには向いてはいるものの、ピントが違うものを捉えている。それはセイヤの奥、天井だった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「やめてくださいやめてくださいやめてくださいやめて(ry」
再び悲鳴を上げながら、セイヤにしがみつく二人。セイヤは忘れてたといった顔で、天井にいた蜘蛛たちも『闇波』で消し去った。
何やかんやで三人は薄暗い一本道を進んでいき、小さな広間へと出た。先ほどのことで、セレナとアイシィの顔はものすごく赤いままで、セイヤは困った顔をしながら広間を見渡す。
学園の教室ほどの広間、特に何かがあるといった感じではないが、警戒を怠るつもりのないセイヤはある音を耳でとらえた。
ゴゴゴゴゴ―――
大きな音とともに現れたのは、大きさ三メートルほどの大量のゴーレムたち。体全体が金属質でできており、広間の中を飛びながらセイヤたちのことを威嚇している。
「何よ、あれ……」
「人間?」
当然、ダクリアに技術力で劣るレイリアに住むセイヤたちは、ゴーレムなど見たこともなく、いったい何なのかわからなかった。
空を浮遊しているゴーレムたちは、戸惑ったまま動かないセイヤたちに向かい、右腕を構え、一斉にレーザーを発射する。色とりどりのレーザーが、一斉にセイヤたちへと向かっていく。
「『光壁《シャイニングウォール》』」
セイヤはとっさに大量のレーザーから身を守るため、防御魔法である『光壁《シャイニングウォール》』を展開した。
一呼吸おいて、セレナとアイシィも自分が攻撃されているという事を理解し、防御魔法を展開する。レーザーの一本一本こそ威力はないものの、その数が大量だったら別だ。
数の暴力とでもいうかのように次々と襲ってくるレーザーに、三人は防御魔法で防ぐのがやっとだった。
「ちっ、これじゃあ『闇波』も使えない」
セイヤは『闇波』でゴーレムたちを消滅させようと思った、が大量のレーザーが次々と襲ってきて、なかなか発動することができない。次々と切れ目なく襲ってくるレーザーは、まるで計算されたかのように嫌なタイミングだった。
「どうするの?」
火属性の防御魔法『火壁』でレーザーを凌いでいるセレナが、セイヤに聞いた。しかしセイヤも防御に専念しているため、どうすることもできない。
「私に任せてください」
防御で忙しい二人にそういったのは、同じく『氷壁』でレーザーを防いでるアイシィだった。アイシィはセイヤたち同様レーザーを防ぐので精いっぱいのように見えるが、その顔からは確かなる自信を感じられる。
「策があるのか?」
「はい」
アイシィはセイヤにそういうと、新たに詠唱を始めた。
「万物の水よ、我が道を示す導となれ。『氷木の果実』」
アイシィが詠唱を終えると、アイシィが展開していた『氷壁』から、次々と氷が生えて来て、ものすごい勢いでゴーレムたちに広がっていく。
その姿は、まるで氷に植えられた数々の凍った木々のようで、その木々が次々とゴーレム刺さっていった。しかしそれだけではゴーレムの動きは止まらず、次々とレーザーを撃ち出す。
「止まれ」
アイシィが再び言葉を発すると、ゴーレムたちは刺さった氷を中心に、広がっていき、全身を氷に覆われ、氷漬けにされた。
それはまるで、アイシィの『氷壁』を土台に、一本の大きな氷の木が生まれ、氷に包まれたゴーレムたちは、まるで木になる果実のようだった。
「すごいな」
「さすが、アイシィ」
「ありがとうございます」
アイシィは二人に褒められ、少し頬を赤らめながらお礼を言った。氷の包まれたゴーレムはもう動きそうになく、完全に機能を停止している。
セイヤはそんなゴーレムを見ながら、いったいどれほどの技術力があればこんなものを作れるんだと戦慄していた。
「先を急ぐか」
「そうね」
「はい」
三人は広間を通り過ぎ、奥にあった階段を上っていく。今度の階段は螺旋状になっており、かなり長く、セイヤたちは五分ほど階段を上る羽目になった。
現在、自分たちが何階にいるのかわからないセイヤたちが、次に出たのは先ほどよりも広い広間だった。
その広間にはすでに先客がいた。薄暗くてよく見えないが、広間に中央に人影があることを、セイヤたちは部屋に入る前から気づく。
そしてその人影が纏っている雰囲気が、今までの敵よりも格段に濃く、ものすごく強いということもわかった。
「いよいよ主力ってことか」
「みたいね」
「強そうですね」
三人は警戒しながら、広間に入っていくと、急に広間の光が強くなる。そして部屋が明るくなったことにより、セイヤたちは広間の中央にいた男の姿を認識する。
だが、セイヤたちはすぐに言葉を失った。
「お前は……」
「どうして……」
「なぜここに……」
驚愕する三人。三人の視線の先にいたのは、青い髪に黒縁眼鏡をかけた男。
セイヤは数回しか会っていないが、セレナたちは何回も顔を合わせている男。そう、その男は、アルセニア魔法学園の教頭であるザッドマンだった。




