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朝の教室からはちらちらと暑さに対する不満が聞こえてきた。
雨が降ると気温が下がるらしいが、その効果も切れていよいよ夏が迫ってくるようだ。
「あ、それ間違いだぞ」
「え、マジ?」
「正確には前線による。寒冷前線による雨だと気温は下がるが、温暖前線でできる雨だと通過後は気温は上がる……って授業でもやってなかったか?」
「僕の記憶にはないな」
級友である鋼大は以外に博識だが、大体が伝聞なので発信元が定かでない。割とよくある僕らの朝の風景である。
「おはよー!」
でっかい声を出して新田郡が教室に入ってきた。まぁ当然だけど俺の方には目もくれず、自分の友人の方に向かっていった。
あ、いや、なんかちらちらこっち見てる。
が、近くの友達に話しかけられてそちらの話に戻った。
何かあるのかな?
って何かあるのかじゃなかった。先日マヨイミズから小学生2人を逃がすときにかなり無茶したんだった。もうついてくるなと言われるかもしれない。そうすると……あんまり引き下がっても怪しいか。
ちょっとうれしくないが、一旦引くしかないか。ああ、その後勝手についていこう。「知っちゃったからには見てみぬふりはできない!」とか言いつつ、新田郡に「どっちにしろこちらの世界に関わってくるなら私が見張るしかない」と思わせよう。これだな。
よしばっちりだ。
午前中に新田郡からちらちらちらちら見られていたので、昼休みにわざとらしく1人になった。
すると引き寄せられるように新田郡がよってきたので、そのまま図書室に入り、隅の方に行って密談を始める。
「何か用事?」
「はっ、何故私に用事があると?」
「え、ないの?」
「あるけど、それを知っているということは……私を誘い込んだね!?」
だからどうなんだよ。
「声は小さくしてね。ふふふ、今頃気付くとは愚かなり新田郡愛!」
「くっ、何たる邪悪……」
「で、何か話したそうにしていた新田郡さんに合わせてそういう場所を用意するという善意の手を差し伸べた僕に何の用事なの?」
新田郡は考える風に顎に手をやる。
「確かに悪くない!」
「声を潜めたことは褒めよう」
え、本気で僕に不信感持ってたわけじゃないよね? まだ一週間程度とはいえこの程度で絆が崩れ去ると結構ショックだぞ?
「あのね、この前の事でちょっと考えたんだけど……」
来たか。やはりそうなるだろうな――
「井達君、バイトしてみない?」
はい?
えーと、ちょっと予想外だったぞ?
「そーれは、唐突な話だね」
「えっと、やることは今までと変わらないよ」
「どういうことだろう。というか何のバイト?」
「マヨイミズ退治のバイト?」
へー、そんなバイトがあるのかー。
いやいやいや! 核心じゃん! 願ってもない核心じゃんそれ!
「どういうことだろう。マヨイミズ退治すると、どこかがお金払ってくれるの? というか今までのは何だったの?」
「えー、いや、頼まれたマヨイミズを倒すと、お金になる。らしいの」
えー、しっかり聞き出したことを後にまとめよう。
そこらへんにいるのを倒しても、新田郡の所属している組織的にはありがたいのだけど、それとは別に組織の方から依頼が来る。たいていは指定した場所にマヨイミズが多くたまっているのを発見したから駆除を手伝え、みたいな内容だそうだ。
で、それをこなすとお給料が出る。今まで俺たちがやっていたように日頃から倒していても出る。マヨイミズ倒したことをどうやって証明するの? って聞いたら別に証明しなくていいらしい。こんなところで嘘つく程度のはより困難な依頼吹っかけられて困るだけだと。
で、この依頼をするときに半分所属、みたいな在野の魔術師に頼むのだそうだ。その半分所属状態を新田郡は「バイト」と言ったわけだ。
「どう? 試験みたいなのあるけど、受けない? というか受けて。そしてもうちょっと安全になって」
ちなみに昼休みはオーバーして放課後になった。授業は出た。
「その言葉を聞くに、バイト始めると多少は身を守る術を教えてもらえるってことでOK?」
「うん、図書館みたいなのあるよ」
「あと現状、僕、魔術とか知らないんだけど」
「井達君なら大丈夫だよ。いつもなんやかんやで私の近くにいるし」
そんなもんなのか。魔術師ってそんな簡単になれるもんなのか。
いや、でも大ぴらに募集してるわけでもないし、新田郡っていうコネあってのことだろうな。
「分かった。じゃあちょっと興味もあるし、受けてみるよ」
「やったっ。じゃあ今日行こう、今から行こう」
え、早くない?
「早くない? いきなり今日行って大丈夫なものなの?」
「昨日言ったら、ひとまず連れてこいって」
受けること前提かい。
助かるけど、新田郡にも「こいつは受けるに違いない」って思われてたのか。
「せめていつもみたいに一度家かえって着替えてきていい?」
「どうぞ!」