4
「今日こそ見つけるぞー!」
「おー!」
新田郡に合わせてあかねも右手を突き上げた。
昨日の夜はちょっとアクシデントがあったが、放課後は今日も今日とてバク探しである。
三日目ともなると、そろそろ見つけたい。匂いばら撒き作戦は効いてないのだろうか。まぁ昨日はちょっと途中までしかできなかったしな。ううむ。放課後も「二手に分かれよう!」とか言って一人で爆走するべきだろうか。
少し焦る。
「バクバクバックーはいないかなー」
そんな俺の内心とは対照的な新田郡の歌をBGMにしていつものように歩を進めていると、軽く制服を引っ張られる。
「こっちから鳴き声がした気がするの」
そう言って俺を振り向かせると千尋はさっと手を離し、ずんずんと脇道に入っていった。
あまりの迷いのなさっぷりに慌てて追いかける。
「新田郡、こっち行こう。ところで何か聞こえた?」
「え? いや、特には。ってなんでそんな急いでるの?」
「千尋ちゃんを見失いそうだから」
裏路地をしばらく進むと、今度は商店街の外れに出た。千尋は小さく首をかしげる。
「あれ?」
「んー? 気のせいだったのかな?」
「確かにこのあたりにいる感じがしたのだけど」
「あ、あの道バクとお散歩で通ってるとこだ」
あかねがここから見える河原の方を指さして付け足す。
ということはバクにとっても慣れた道ってことだな。匂いが効いてればこの道に戻ってきてたり、ってことは……。
「あ! 私も聞こえた!」
あかねが声を上げる。
「本当!? どっち!?」
「あっち! バクの声だ!」
新田郡に言い返しながらあかねが裏路地へと引き返す。
あっちもこっちも行く犬だな、とあきれかけた時、鮮烈な違和感が背筋を駆けのぼった。
「新田郡! この感じ!」
「え、あっ!」
マヨイミズが近くにいる。そういえば裏路地の入り口も出口も人気はなかったな。
「バク! バクー!」
「わんわん!」
あかねはこっちのことは目に入ってない様子で声を張り上げて走る。その先からは白い毛の中型犬がこちらに向かってきていた。
そして更にバクの後ろを、真ん丸な形のマヨイミズが転がってついてきていた。
「わー、何だろうこの光景。あれ新種の野良犬かな?」
「へー、最近の野良犬って転がってくるんだー。って何言ってるの!? あれもマヨイミズだよ!?」
「わかってるよ! ちょっとしたジョーク!」
とっさに新田郡が地面を蹴り、マヨイミズの進路でバクを抱きしめるあかねをバクごとかっさらって横に飛ぶ。俺はワンテンポ遅れながら千尋を抱きかかえて同じように進路上狩ら逃げた。
マヨイミズは俺たちを通り過ぎて少ししたところで急停止した。例にもれず物理的に不自然な止まり方だ。というかやっぱり見逃してはくれないか。
「井達君、二人をよろしくね!」
「おう、がんばれ」
「うん! せいやぁー!」
停止した隙をついて新田郡が突貫。真っ直ぐ繰り出した正拳突きがマヨイミズを捉えた。ってちょっと真芯からずれてないか? 相手が真ん丸で難しいとはいえ、しっかりとらえろよ。
しかし多少ズレたとはいえ人知は超えてるはずの新田郡の正拳を受けたマヨイミズは浮かされたくらいで効いた様子は見えない。
何か忘れてる気がするな。
「あ、あの、あれなあに?」
おっと俺はこっちか。……えーと。
「その前に、バクは大丈夫? 違う犬ってこともないよね?」
「うん、バクだよ。元気だし」
「じゃああっちの話。あれは……」
……えーと。
「お、おまじないがバクと一緒に悪いものも連れてきてしまったみたいだ」
照れるな俺! 嘘くさくなるから! 感じ取られたらダメだから! 頑張れ俺!
「悪いもの……、おまじないのせいで」
「おまじないのせいってわけじゃない。ただ、ちょっと不思議な力を使ったから、それにあいつが寄ってきただけだよ。大丈夫、新田郡が追い払ってくれるから。あいつ運動は得意なんだ。ね?」
「うん」
多少強引にあかねをうなずかせた。
さて、じゃあ早く千尋とあかねを避難させよう。俺も援護に入れば安定するとはいえ、近くにいるとそれだけ危険だ。
そういえば誰かを守りながら戦う事はなかったな。相手の場所を制限しながら戦うのもコツはいるので、マヨイミズが2人の方に行ってしまわないとも限らない。
あ。
『人がたくさんいるところには出ない。5、6人くらいまでなら出ないことはないけど、10人以上がいるところに出てくることはない。』
思い出した、マヨイミズは基本人前に出てこず、多数の前に出てくる奴ほど強い! いままでは新田郡と2人で闘ってたけど、この場には4人いる。いくらか強い可能性は高い。
それに――
「新田郡! 気を付けて、そいつ強い!」
「ダイジョー……ぶっ!?」
突然マヨイミズが変形した。
球体の面の左右に2つ、丸い切れ目が入ったかと思うと、いきなりその部分だけが飛び出して片方が新田郡を弾き飛ばした。
俺は切れ目が見えたあたりでスタートを切った。
弾かれた新田郡とビル壁の間に身体をはさんでクッションにする。
「ぐふぇ!」
「え、あ! ごめん!」
それに――球体を複雑な形というかどうかには多少の議論の余地があるだろう。が、球体を真球の事と捉えて複雑な形と呼ぶならこの上なく複雑な形の一つであり、複雑なほど強くなるらしいマヨイミズがその形をしているなら飛びぬけて強い。
そして逆に、球体を単純な形とするのなら、4人の前に出てくるマヨイミズの形としては単純すぎる。内側にでも何か仕掛けを持っているはずだった。
飛び出してきた部分の裏側には棒のようなものがついていたので、自分の身体の接合を一部変えた後、棒を如意棒のように伸ばしたのだろう。アニメのロボットとかがする「変形」よりはなんでもありで、且つ彼らのルールに縛られているような気がする。
とか分析してる場合じゃないな。
よし、やることは決まってる。
腹が痛いので「離れててね」と視線で千尋とあかねに言ってみようとそちらを見ると、不安そうにこちらに来ようとしている千尋と手を取って止めているあかねが見えた。笑顔を作りつつ、こちらに来ないように手のひらを向け、その後親指を立ててみると、伝わったらしく千尋はあかねに手を引かれて下がった。
「ごめん! 大丈夫?」
「一応。新田郡さんも大丈夫?」
「うん、大丈夫! ほら立った!」
勢いよく仁王立ちする新田郡の向こうで、今度はマヨイミズの顔が横に割れ、筒がせり出てきた。
このノリは撃ってくるっぽいな!
「だから、私は、少々大丈夫だから。見た目より頑丈だから! 動かないでね!」
新田郡は俺が前に出たことを説教しながら、マヨイミズに向かって右手のひらを突き出した。
「ここにあるは透明な壁。とっても固いガラス。強くなってる意外と割るのは難しい強化ガラス! の壁! 『障壁』!」
ゴンゴンゴン!
マヨイミズの筒が一瞬強く光り、撃ち出された光の玉が新田郡の目の前で透明な壁にはじかれた。
「おお、すごいぞ新田郡!」
まさかそんなことできるとは! 最近結構一緒にいたけど今まで知らなかったよ。てっきり魔法という名の肉体で殴ることしかできないと思ってた!
「ごめんもう持たない! 立ったらすぐ横に飛んで!」
「わかった!」
あってた!
千尋たちのいる側に飛びのくと同時にパリーンと音を立てて新田郡の張ったらしい透明な壁が壊れる。
俺とは反対に飛びのいた新田郡が再び突貫をかけてマヨイミズの相手を始めた。
「新田郡さん! 常に飛びのける姿勢で戦ってね! ジャブだジャブ! ストレートはなくていいから、弱ジャブと強ジャブで!」
さっきは咄嗟に言ってしまったが「気を付けて!」とか言っても具体的にどうするのか新田郡には伝わらないからな。改めて叫んでおいていったん千尋とあかねのところまで戻る。
というか俺も犬を探す心積もりで、対マヨイミズ用の準備はしてきてない……と言うとでも思ったか! 見た目は私服だけど中にはしっかり仕込んでんだよ! 新兵器まで搭載してなぁ!
「何かよく分からないけど悪い顔してる」
「失敬な。えー、思ったよりアレが強いので作戦を変更します。勝率100%の方に」
先ほど少し混乱していたっぽい千尋も戻ったっぽい。ならまぁよかろう。
んで何をするのかって? 当然。
逃げるんだよぉぉぉ! 逃げるが勝ちだ。相手してられるかあんなもん!
「なので新田郡さんがこっちまで戻ってきたら素直に抱えられてあげてください。見て分かる通り新田郡さんは超強いので二人とバクを抱えてもへっちゃらです。OK?」
「う、うん」
「わかったわ。あなたは?」
「俺も隣を走る」
千尋に「こいつ貧弱……」みたいな目で見られた。
とにかく二人を同時に抱えられるよう、間に新田郡が走りこめば即両肩に担げるくらいの位置に立たせる。
「じゃあ僕は手伝ってきます。作戦決行までリラックスしてそこにいるように」
言い残すと新田郡の方に戻る。
意識しているのか、戦い方にがっつき具合がなくなっていた。
「こいつ本当に強いから、離れてて!」
「新田郡さん、作戦考えた! 逃げよう!」
「えぇ!?」
隙あり! 新田郡の方に!
新田郡の隙を突こうと動いたマヨイミズに向けて、ポケットに仕込んでおいた単一電池をぶん投げた。適度な大きさで、重い。ちょっと小さい気はするが、投げつけるにはなかなかいい物体じゃないだろうか。
単一電池はマヨイミズの真ん丸な体に当たってあらぬ方向へと飛んでいったが、マヨイミズはビビったようで一旦引く。
「逃げたらマヨイミズがどこかに行っちゃうよ!」
「大人数の前には出ないんだよね? なら逃げてもすぐに被害は出ないはず、だから表通りまで逃げよう! それで、そのあと誰かに助けを求めたりできない?」
一瞬だけ新田郡は苦そうな顔をした。
「わかった。じゃあ、先に行ってて」
いやいや、新田郡相手の足を止めて後ろの逃げる味方をかばいつつ自分は逃げるみたいな器用なマネできないでしょ。
「逃げ方についても案があります」
「準備万端過ぎない?」
「ちょっと、いつか逃げる時がくるんじゃないかと思ってました」
「ほぉ……」
「じゃじゃーん! っと」
実は単一電池とは別にもう一つ仕込んできた。
何ということはない。固い地面に当てると高速で跳ね返ってくるゴム玉、俗にいう超玉だ。
マヨイミズは俺が投げたものが何かとか、ダメージになるかとかよりも敵意を向けられ攻撃するつもりで投げられたかに反応するらしい。ならば全くダメージにはならなくても敵意を持って高速で跳ねまわる超玉はやつらにとっては脅威だろう。
こいつで上手いこと撒けるんじゃないだろうか?
「行くよー新田郡さん。くらいりゃ!」
「おお」
ビルの壁を2回程跳ねてマヨイミズに当たるように投げると、狙い通りマヨイミズの動きが鈍った。次は1回跳ねて下からヒット。次はまた横向きに2回バウンド。
「よーいどん!」
マヨイミズがためらっているうちに新田郡が距離をとり、一緒に振り返ると全力で走った。
「新田郡さん、悪いけどあの二人よろしく!」
「りょーかい!」
新田郡は千尋とバクに抱き付いたあかねの間に入ると、片方に千尋を反対にバクごとあかねを担ぎあげ、変わらない速さで走り続けた。
子供2人と中型犬1匹担いで一般人以上に走れるって、改めてただの人間じゃないな。
マヨイミズは少しの間呆けたように停止すると、いきなり丸い身体を回転させて薄い土煙を上げて追いかけてきた。あいつさっき転がらずに物理的に意味不明な動きしてたのに追いかけるときは転がるのか。自分ルール多いな!
転がっている以上撃っては来ないと思うけど後ろを気にしつつ、高校生井達三郎として全力疾走で路地の出口を目指す。さっき見ていた河原辺りまで行けば夕方の時間帯ゆえ人がいるだろうから、そこまで逃げれば追ってはこれまい。
「意外と早いね!」
「そうだよねふざけたフォルムのくせして! ていうか追いかけてくるなよ見逃せよ!」
「いやマヨイミズじゃなくて井達君が!」
「そっちか! これがいっぱいいっぱいです!」
薄暗い路地を抜ける。
砂地だったら確実に転ぶくらい身体を傾けて曲がる。できればマヨイミズが曲がり切れずに失速してくれるとありがたい……とか思っているとマヨイミズはちょっと浮いて空中を転がり、まったく減速せずに曲がった。
これはいかん。
どういう理屈かマヨイミズが勢いそのまま飛びあがり……、
「さぁせるかぁ!」
気合一発!
新田郡に向かっていたマヨイミズに身体ごとタックルをかまして軌道をそらす。横からとはいえ俺の方も弾き飛ばされ、転んだ。
「井達くん!?」
「いいから走って! 気にせずにおおおおおおお!?」
再び飛びあがってのしかかってきたマヨイミズを転がって回避。思わずマヨイミズの下をくぐるように避けてしまい、逃げ道を塞がれる形になってしまった。
体捌きでスピードを乗せたまま地面を蹴って立ち上がる。
「新田郡さん、先にその二人おいてきて! 人通りの多いとこ行ったら次に誰かに連絡ね! 僕は反対側まで抜ける!」
新田郡の反応を待たずに背を向けて走った。新田郡の声が聞こえたが、まぁ二人を担いだ時点でお前に俺を止める手段もここに留まる選択肢もないのだ! はっはっは! 狙ってたわけじゃないけど。
背後から気配がしないのでふり返るとマヨイミズが悩むようにその場でくるくる回転していたので、さらに単一電池を一投。
気を引けたらしくこっちに向かってきたので改めて逃げる。
あと新田郡もかなり離れたところにいるが、こっちを見ていた。
……さっきの立ち上がる動きは現役帰宅部の高校生にはちょっと無理だったか? 新田郡が気付いてないことを願おう。
曲がり角を今度は反対から曲がる。マヨイミズが物理法則超越した動きで曲がれるのはさっき見たので油断せずに走る。新田郡はもう見えない。
意外と距離が縮まらないので高校生の足でも逃げ切れるかと思ったあたりで、地面が叩かれたような音をあげる。
やはり撃ってくるか。
首だけで見るとなんか顔だけ固定して、そこから砲塔を出して撃っている。避けようとしながら走るとさすがに追い付かれるな。足を止めた。
「ちっ!」
距離が詰まると勢いのままに突っ込んできたので体勢を気にせず横に飛んで回避。
壁に背中をぶつけて止まると、綺麗に追い詰められた。
今から背中を見せて走り出しても撃たれるか体当たりかのどちらかをよけきれないだろう。
なりふり構わずあたりを見回す。
しかしめぼしいものも、助けを求められる人間もいない。しっかり見て、しっかり探す。誰かいないか? 誰もこの場を見ていない。
大丈夫、誰にもバレない。
マヨイミズは自身を中心に放射状に平べったい棒を伸ばし、プロペラのように回転させ始めた。そのままゆっくりと近づいてくる。
おそらく首でも跳ね飛ばすつもりなのだろうが、残念。
高速の円板が首に触れる寸前、本気で速さのスイッチを入れた。
マヨイミズにはどのように見えただろう? どうにせよ、円板に『見える』程度の速さでは足りない。
そんな速さじゃ、この通りプロペラの羽の間に入って回転と同じ速さで動けば1ミリだってかすりもしない。
外から見れば黒い何かが付いたプロペラが高速で回転してるように見えるだろうが、まぁ、反応を待ってやる必要もない。
軽くリフティングするように蹴り上げた。
「ie?」
混乱したまま宙を上り、上昇力と重力が拮抗した一瞬だけ停止して降ってくるマヨイミズを今度は力を入れて蹴りぬいた。中心を捉えた感触。
今までとは比べ物にならない速度で真上に打ち上げられながらマヨイミズは砕けていった。見えなくなったのは距離のせいか砕けきったせいか、確認はしなかった。
「ふぅ。さて」
どうしよっかな。逃げ切ったことにするか、誰かに助けてもらったとでもいうか、この辺で気絶でもしておくか。
まあいいや、とりあえず終わったー。
合流した新田郡に絞殺されようとしている。
「もう! いくらなんでも無茶過ぎるよ! バカ! 調子のってる!」
「……しまってぅ」
空気が通らない。なんでこんな時は割と的確に極めてくるんだ。流石に放してくれとタップしたが緩まない。
「バカ! 逃げられなかったらどうするの!? ねぇ!」
あの……落ち……。
顔がやばくなったのに気付いたのか、ぷんぷんしながらも手は放してくれた。
暴挙この上ないが殴られないだけましな顔をしているから甘んじて受け入れよう。ごめーんね♪
小学生二人はあかねが新田郡の剣幕に怯えてか、おたおたしていた。
千尋はなんか新田郡と同じような目で見てきた気がする。
「まー、あの、みんな無事でよかったです」
「あかねが心配してたわ」
「あー、すみません。怪我はないですか?」
「うんっ。大丈夫」
「うん、じゃあよかった」
「そう」
それ以降はやっぱり感情の読めない目で見てきた。
本当は新田郡がバックにいる組織に連絡してると思うからどう動くのかとか知りたかったけど聞ける雰囲気じゃなかったのが残念だ。
バクはさすがにこたえたのか素直にあかねについてきていた。
「とりあえず、もっと人通りの多いとこ通って帰らない? 逃げたは逃げたけど、どうなったのかよくわからないし。知り合いに連絡はしたんだよね?」
「したよ! 超特急で来るって言ってくれたよ!」
「あー、それは……なんというか助かっててごめんなさい?」
「悪くないよ! 助かって全然悪くないよ!」
新田郡は地面に向かって叫んでいた。地面とも喧嘩しているのだろうか。大変だな。
「はぁ、もう帰ろう。ちょっと電話するから、先歩いてて」
多分呼んだという知り合いにかけたのだろう。新田郡に後ろから見張られながら、俺と小学生2人と1匹の犬は日常へと帰還した。
空では雲が夕焼けに溶けかかっていた。