2 邂
そんなこんなで、再び放課後。
「はい、というわけで今日はお姉ちゃんが作戦を考えてきました!」
「作戦?」
新田郡の言葉にあかねが目を輝かせた。千尋の方はそれほどでもないようだが、しっかり話を聞く体制になっているあたり内心は興味あるのかもしれない。
「作戦って、何かあるの?」
「ふっふっふ、じゃーん」
そういって新田郡が取り出したのはこの街の地図。よく見ると開いたページにいくつか赤い丸がついている。
意外としっかりした作戦なのか?
「昨日のうちに近くのゴミ捨て場を調べてきました。つまりこの近くにいる可能性がある!」
小学生ズは、おおー、と食いついているが、野良犬=ゴミ捨て場って短絡的だな! けれど食べ物ってのはそんなに間違った目の付け所でもないかもしれない。しかし、他にも飲食店の裏とかのイメージがあるけど、このご時世どっちも対策されてる可能性があるな。
とはいえやはり、どっかで水や食べ物を得ているはずだ。……場所は思いつかないけど。
「よし、じゃあとりあえず新田郡の案に乗って、印のついてるあたりをめぐってみようか」
案外作戦が通って簡単に見つかるかもしれない、別の要素でゴミ捨て場の近くにいてやっぱり見つかるかもしれない。とにかく一つ所でじっとしてるよりはいい。
その日も探索が始まった。
マヨイミズなら結構簡単に見つけられるのだけど、犬となるとなぜか見つからない。一生懸命探しているとはいえ、小学生の足に合わせているせいもあるだろう。
今日も結局見つからなかった。
「行ったことないところも行ってるのに。お母さんの嘘つき」
やはり小学生だけでは行きづらいあたりもあったらしく、そこも回ってみたがやはり見つからない。向こうも動いているからだろうか?
「お母さんは何て言ったの?」
「絶対にいないって思う場所も探してみたらいる、って言ってた」
「そっかー、でもまだ探してないところがあるのかもしれないよ? 大丈夫、また明日探そう。見つけてくれたら、バクだってきっとうれしいよ!」
「うん」
あかねちゃんは目に見えて元気がなくなっていっている。そうするとまた、それをガン見している千尋の方も悲しそう……だと思う。ちょっとわかってきた気がする。
「よーし、じゃあおまじないしようか! 本当は失くしたものを見つけるおまじないだけど、多分バクの事も見つけてくれるよ」
法律的には飼い犬は飼い主の所有物だし、少なくとも国は保証してくれるんじゃない? その対象範囲。
「それ知ってる。でもきかないよ」
「ふっふっふ、どうかなー? 私の知ってるのは秘密にされた本当に効いちゃうやつだからなー」
「えー、ほんとに?」
「そういうのは、もの以外にやったり簡単に人に教えたりしちゃいけないのよ」
ちょっと乗りかけていたあかねを千尋が引き戻した。
「もちろん! でも私のおまじないは改良したから、もの以外にも使えるし誰でもできます。そのかわり~」
新田郡は声を低くする。
「本当に見つけたいもの以外に使ったり、使ってる最中に他のものが欲しいと思ったら自分じゃなくて別の誰かが見つけてしまいます」
「うっ」
「見つかるならそれはいいんじゃない?」
「わからないよー。見つけた子が気に入って飼っちゃうかも」
「それはいや!」
「じゃあちゃんとやろう。大丈夫! 間違わなきゃきっと効果あるから!」
新田郡たちは三人で集まると、ちちんぷいぷいと何事かを唱え始める。
この上なく気休めにしかならないけど、大丈夫なんだろうか。まぁ不安になってる暇があったら何かしてる方がいいんだろうけど。
おまじないは完了したらしく、いくらか元気を取り戻したあかねは千尋と一緒にマンションの入り口へと帰っていった。
「あのさ、一応聞いてみるんだけど、見つからなかったりおまじない効かなかったらどうするの?」
「大丈夫、おまじないはまだ2回進化を残してるから!」
宇宙人なの? おまじないって宇宙から来た何かなの?
あんまりテコ入れみたいな展開続けてると小学生相手といえど飽きられるぞ。
「失敗したのを打ち消すやつと、進化して見つけた誰かを見つけるやつ。それとさらに失敗した時に打ち消すやつと、進化して最後に諦めて失くしたものの平穏を祈るやつ」
「2回進化より多いじゃんか。って、ああ、最終的に見つからなくても何とかするルートなのか」
「まぁ、なんでも見つかることばかりじゃないから。だったらあきらめる儀式もあった方がいいでしょ?」
意外と考えてる。馬鹿っぽい奴でも実は計算してみんなの為に馬鹿やってるってやつなんだろうか? ……いや、なさそうだよな。でもちょっと見直した。
「意外と考えてるね、新田郡さん」
「意外とってどういう意味? たとえ悪いことでも区切りってのは大切なんだってさ」
もしこのままただ見つからなかったら、きっと彼女は煩悶しながらも日常に戻って、そのまま悲しさを忘れていく。性格的にかなり気に病みそうだけど、それでも日常に戻りそしてふとした時に思い出すのだろう。
それはとても自然で健康なことだ。
「なるほど」
「どしたの?」
「いや、無くすのって失うのより悲しいんだなって思って」
「……うんうん、そうだね」
わかってなさそうなしたり顔だね君。まぁいいけど。
「僕もおまじないしとこうか。多少は足しになるかもしれないし」
「あ、ダメダメ! そんな中途半端な気持ちでやっちゃダメなの。基本本人しかやっちゃダメなんだよ」
そうなのか。
確かに少しそれっぽいな。けど本人ってバクの方じゃないのか。やっぱり飼い犬は持ち物判定なのか。
ん? というか、犬の方はどうなんだ? 解放されてヒャッハー? あ。
「あー、なんで思いつかなかったんだこんなこと」
「だよね、難しいよね」
話が分からないからっててきとうな相槌を打つんじゃない。いや突拍子もないこと言ってるのは俺だけどさ。
「ちょっとハンカチか何か、あかねちゃんのにおいのついたもの借りてこよう」
「え……井達君が犯罪者になると聞いて」
「携帯を下ろせ。違う違う、知ってるにおいを見つければ、バクの方から帰ってくるかもしれない」
「あ、なるほど! 確かに、あかねちゃん『前はいなくなっても帰ってきてた』って言ってたもんね!」
「え? 言ってた?」
「言ってたよ……」
「とにかく――そうか梅雨だ。雨でにおいが消えたのか。いつもは雨の日は散歩に行かない! けど今月は梅雨だから雨の日でも言ったんだ。ってことは、実は向こうも迷ってる!」
「おお! ってことは向こうがにおいさえ見つければ!」
「帰ってくる可能性が高い!」
「行ってくる!」
すぐさま走りだす新田郡。俺も遅れて後ろをついていった。
おい待てインターホン押せ自動ドアじゃない反応させようとうろうろしても開かないから!
夜の俺にかかれば、この街を一晩で走り切るなどたやすいことよ! 匂いばら撒き作戦はい成功!
と言いたいが、端から端まで走るのならともかく、流石に小さな道まで回って一晩は無理だ。そもそも一晩って言っても寝る時間もあるし、多くとっても活動できるのは5時間程度。
加えてそんな超速で移動して匂いって追えるもんなのだろうか。
というわけで手に入れたハンカチを手に、とにかく足の向くまま移動することにした。
気の向くままにアクロバットを入れ、出てきたマヨイミズに「お前じゃない」と言葉をかけつつ仕留め、暗く沈んだ街中を走っていた。一応気配は消して。
ふと、建物の向こうで一瞬何かが光った。
散歩でもしているやつがいて懐中電灯で照らしたのか、あるいは遠くで車がカーブを曲がるときに一瞬だけ光が漏れたのかとも思ったが、それにしては前後に光がなく本当に一瞬だった。
「カメラか?」
また光った。
物好きな奴だな。まぁ、いつも人がたくさんいる場所が夜になってがらんとしているのを見ると、少し心が躍る気持ちはわからんでもない。この街だとちょっと死亡フラグかすめてるけど。
万が一にもカメラに映らないよう注意しつつ、軽い気持ちで見に行ってみることにした。
「アイダー! ちゃんとやりなさいよ!」
「もうアイダ呼びも慣れちゃったなぁ」
5人の男女がマヨイミズを囲んでいた。
アイダと呼ばれた青年が三角錐を二つぶっさしたようなマヨイミズに向かって腕を振ると、黒い影のようなものが伸びて2度3度とマヨイミズを突いて攻撃する。
マヨイミズは回転して弾きながらも意識をアイダ(仮に)向けたようだ。
その隙をついて女の一人が魔法陣的なものを光らせる。
「氷柱の1号を3本!」
途端に3本の巨大な氷柱が生まれるとマヨイミズに向かって飛んでいき鋭い方からぶち当たる。しかし、本物のあの質量の氷だったら信じられないが、氷柱は3本とも勢いのまま砕け散った。
「もー!」
反撃に突っ込んできたマヨイミズを女がかわす。
残りの3人は少し離れたところで見ているだけで、主に初めにちょっかいをかけた青年と氷の魔術? を使っている女の子以外は積極的に攻撃をする気はないみたいだ。
……何をしてるんだろう?
戦闘をしているのは確かなんだが、攻撃しない3人を守って、という雰囲気でもない。新田郡みたいな武者修行か?
もう少し見るか。
あたりを軽く見回し、平らな屋上のある建物に飛び乗る。人間意外と自分の上は死角だからな。ここでもう少し見物させてもらうことにしよう。
しばらく見ているとどうやら男の方が翻弄し、女の方が一撃を与える意識で連携しているらしい事がわかった。
また、「これくらいさっさと倒せよ」と思っていたマヨイミズが変形した。ただ明らかにはじめから、しっかりとした仕組みとして変形機構があった様には見えない。一部が液体状態に戻ったりしてるんじゃないかと思うがよくわからないな。
攻撃しない3人のうち2人は男で1人が女の子みたいだが、男の1人が結構がたいがよく、もう1人は華奢だ。女の子の方は身長が高くなく、いかにも女の子っぽい。アイダ(仮)たちも含めて高校生くらいだが、がたいのいい男が一番落ち着いているように見えるし、彼がまとめ役だろうか?
「滝瀬、決めろ!」
と、あれこれ考えているうちにタイヤとか生えたマヨイミズをアイダ(仮)が上手く引きつけた。見事な隙に女の子が再び魔法陣を光らせる。
「氷錐刺し3号の1!」
陣が空中ではじけると虚空から氷の針が生まれ、今度こそマヨイミズを突き刺した。先ほどとは逆にマヨイミズの方が消えていく。
いやしかし、これが肉体言語じゃない魔術ってやつか。初めて見た。初めて見た。
思った以上に未知の術してるな。ちょっと漫画みたいでテンション上がるぞ。
などと感想をまとめていると、
「動かないで。あなた誰? こそこそのぞき見なんて趣味が悪いわね」
頭上から何かを突き付けられた。
死角ーー! 言ったな! ついさっき意外と死角だって言ったな!
というかうれしくない、うれしくないぞ。この姿で見つかるつもりなんてなかったのに。どうする?