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梅雨前に頑張ることにしたのか、気の早い雨が続いていた。
雨の日はお休みかと思ったら新田郡はそれでもマヨイミズ狩りをして回った。レインコートを着こみ濡れてもいい服でべしゃべしゃ転げまわりながら戦う様を見ていると、やっぱりバカこそ風邪をひくんじゃないかと心配になった。それで早めに切り上げさせたが長雨の間健康健全だったことを考えるとやっぱりひかないのかもしれない。
丁度雨の上がったその日、新田郡と俺は比較的人通りの少ないところを探していた。賑やかさからも遠いところで、マヨイミズが出るには少し条件が悪い。どちらともなく、そろそろ場所を変えようかと言いだしそうな時、それを見つけた。
女の子、と言っても小学生か中学生くらいの2人組が何かを探して路地をうろうろしている。この日本このご時世、小学生がうろうろしても即危険にさらされるほど悪人にあふれているわけではないが、一応声をかけておくのが大人に踏み込みかけの高校生として正しいのではないのだろうか。
「なぁ、新田郡」
「こんにちはー。何しているのかなー?」
提案する前に新田郡は話しかけていた。俺みたいにためらいとかないあたりは好感が持てる。
女の子は片方が髪を両側で止めたかわいらしい子と、もう片方が大人顔負けの整ったロングヘアーでこっちは小学生にしては身長も高い。現状でも綺麗なのだから、大人になったら驚くほどの美人になるのだろう。
「この辺はあんまり人も来ないし、うろうろしてると危ないよ」
「あの、バクを探してるの」
かわいらしい方が恐る恐る答えた。
「バクって、あのバク?」
「お姉ちゃん、バクの事知ってるの!? どこにいた!?」
「え、ごめん、話に聞いたことあるだけで見たことはないんだ。そっかー、バクを探してるのかー」
バクって、夢を食べるって伝説を持つちょっと鼻の長いあれだよな? 都会にはいなさそうだなぁ。というか新田郡即話に乗ったな。
「でもバクは、危ないところにはいないとお姉ちゃん思うな。あんまり普段行かないところに子供だけで行っちゃだめだよ」
「でも……バクいないんだもん。いつもいるとこにいないんだもん」
「んー、じゃあ、今度お父さんかお母さんに調べてもらって、動物園に連れて行ってもらえれば見れると思うけど……」
「動物園!? なんで!? バクは私のバクだよ! なんで動物園にいるの!? とっちゃやだ!」
地球上のすべてのバクは私に飼育されるべきなのだよふはははー! どんな野望だ……っと、ふざけてる場合でもないな。女の子は泣きそうなくらい必至だ。とはいえ、なんか変な感じだな。
と、そこでさっきから黙っていた方の女の子が前に出る。
「バクって犬よ」
声は子供にしては落ち着いているくらいだが、抑揚の付け方が完璧に大人だった。どんな環境で育てばこうなるんだろう。
「え?」
「この子の言ってるバクは、犬」
「えーと、犬? あ、犬の名前?」
「そう。この子の飼い犬」
なるほど。そういう事か。
紛らわしい名前つけたな。
「つまり、その子の飼い犬がいなくなったと」
「そう」
「あー。ごめんっ! お姉ちゃん、ちょっと勘違いしてたみたい。ごめんね、そっか、バクを探してるのね。うん、バク動物園にはいない! お姉ちゃんの間違いだった!」
新田郡は女の子に謝って、涙を引っ込めさせる。
「ほんと?」
「うん、ごめんね。代わりってわけじゃないけど、お姉ちゃんも探すの手伝うよ!」
「ほんと!? いいの!?」
「うん。これでも体力には自信あるから、まっかせてよ」
自然に笑ってるあたり、うまいというかなんというか。
新田郡はそう言った後で思い出したように一瞬固まり、こっちを見た。おい。
「あー、ごめん。そういうわけだから、今日のところは」
「うん、了解。手伝うよ」
「え、いいの!?」
反応が同じだぞ。
「新田郡みたいにはいかないけど、そんなに薄情なつもりもないよ」
「あー、ごめんね、巻き込んじゃって」
「ぶっ。それこっちで言う? やることはほとんど同じだけどね」
「……ごめん」
「あー、本気で考えるのか。そうだな、新田郡だったら、僕の立場で迷惑に思う? むしろ誘われないと寂しいでしょ?」
「それは、私はそう思うよ。知らせてくれてありがとって思う」
「そういうこと。ちったぁ信頼しなさい」
それから、マヨイミズ探しがバク探しになった。
で、結論から言うとその日は見つからなかった。
「ううう……」
「大丈夫! きっと見つかるから、明日も探そう? ね?」
「うん」
犬猫の探し方は知らないなぁ。どうも迷子になった犬や猫がたまるスポットがあるらしい、ってことは何かで聞いたことがあるけど。
「あ、ほら、おうちに帰ったら、もしかしたらもう帰ってるかもしれないよ。かもだけど……」
「前はおさんぽの途中にいなくなっちゃっても、その日のうちには帰ってきてたんだけど、帰ってこないの。それで探しに来たのに……」
「そっかー。じゃあやっぱり見つけてあげないとね」
俺は危ない話題もすらすらかわしていく新田郡の話力をちょっと尊敬し始めている。
「どこにいるのかなー。バクちゃん。あ、そういえばバクちゃん? バクくん?」
「えっとね、バクは男の子だよ」
「そっかー。まぁ男の子ならたまに冒険したくなるよね」
……さて、それはそうとね。
さっきから話してる二人の後ろをついていきながら、まったく会話のない俺と長髪の女の子なんですが、これどうなの嫌われてるの? 警戒されてるの? わかんないな。
確かにこっちの子はかなり落ち着いてたし、新田郡がどう見ても気のいいお姉さんとはいえそう簡単に近寄ってくる知らない人を信用はしないかもしれない。
「どうしたの?」
ちらちらと横目で見ていると、新田郡の方を向いていた がやっぱり子供っぽくない話し方で振り向いた。
「いや、新田郡は元気でいいなって」
「男の子なのに? 体力ないのね」
「そういうつもりじゃなかったんだけど……、まぁいいや」
「……ああ、子供相手に話を振れない事を気にしてたの?」
「うおー。子供はそういうこと言わない」
「よく言われるからあんまり気にしないで」
「なんで僕が気遣われてるんだ」
そういうと俺から目を離して新田郡を見始める。なんか熱心に見てるな。
「近くに行けばあっちから話しかけてくると思うよ」
「別にお話したいわけじゃないわ。私が話下手で賑やかな方を見てるだけで楽しいのもあんまり気にしないで」
「そう」
やっぱりわからない。
「こうかわせ、ちひろ」
「え?」
「私の名前。こうかわせ、ちひろ、よ」
「あ、ああ。あんま聞いたことない苗字だね。字はどんなの?」
「神様の神に大きな河、せは……さんずいの瀬」
「ああ、わかった。僕は井達三郎」
「字は?」
「えーと、井戸の井に友達の達、三郎は三に月じゃない方の郎、で大丈夫?」
「大丈夫よ。よろしく」
「あ、うん。よろしく」
「じゃ」
「え? ああ」
唐突に別れを告げると彼女はとあるマンションの入り口に向かってかけていく。
「二人ともここに住んでるんだってさー」
千尋(多分)と一緒にマンションに入っていく女の子を見送りながら、こっちも合流。
「へー。あ、そっちの子の名前聞いた?」
「鹿路あかねちゃんだって。んでそっちの大人しかった子は神河瀬千尋ちゃんでしょ?」
「うん。で、明日もやるんだね?」
「あはは、うん。よろしくっ」
「いいよ。でも手がかりないしなぁ。何か詳しい人にでも聞いてみた方がいいのかな?」
「なるほど! じゃあとにかく、私は手当たり次第に聞いてみるね!」
「僕も詳しい人の心当たりないし、まぁ聞いてみるよ。よし、じゃあ、そういうことで」
「うん。また明日、学校でね!」
一人暮らしだから夜に聞く当てはないんだけどな!
この日はそんな話をして新田郡と別れた。
夜は俺の時間だ。とか言うと二重人格? 中二病? って感じだが、実際夜は本気で動ける。
犬って夜の方が行動したりするのか? まぁいい。確か白い中型犬だったな。考え事をしながら、迫りくるビルの壁を腕でいなし、くるりと身体を回転させると屋上に降り立った。
ちなみにただのかっこつけアクションだ。
「はやさ」を操り反則めいたことが色々できる俺たちだが、視覚や聴覚を鋭くすることはできない。分身を応用すれば感覚の数自体は増やせるらしいが、そもそも見えないもの聞けないものはとらえられない。視覚や聴覚に関してできるのは、せいぜい反射神経の強化と動体視力が超人的になるくらい。全体的に探し物はあまり得意じゃない。
何、町全体を駆けまわることだってできないわけじゃない。
圧倒的な作業量で見つけ出してくれるわ! はっはっはっはっは―――
「なぁ、迷子になった犬の探し方って知ってる?」
「え、ポスター張るとか?」
翌日、休み時間に友人である織白鋼大に相談してみた。当然ながら昨夜は見つかりませんでした。
「なる、よく漫画とかで見るね」
「たまに本当に電柱とかに張ってあるのもみないか?」
「あれ効果あるんだろうか」
「さあ? 悪い、つい聞かれたから答えただけだから。効かなさそう、というかこのご時世だと連絡先軽々と公開するのもちょっとこえーよな」
ああそうだな。当然そういう問題も出てくるわけだ。となると小学生にはちょっと勧めづらいな。変なトラブルに巻き込まれたら責任持てない。
「どうしたんだ、いきなり?」
「いや、それが、昨日ちょっと迷子になったらしい飼い犬を探してる小学生見つけてさ、手伝ったんだよね」
かくかくしかじか、大枠を鋼大に説明した。新田郡がいたこととかは言ってないけど。「毎日放課後に一緒に散歩してます」とか言ったときにこの年代がどういう反応するかとか、俺でも手に取るようにわかってしまう。
「ほー。小学生の手伝いねぇ。うーん、悪い、俺も今すぐ手伝えるような案はないな」
「だよねぇ。今のところ僕もどうしていいかわからないからさ。ほとんど聞いてみただけ」
「後はあれか? お金払ってそういうの探すプロの人にでも頼むとか? そういう人っていんのかな? 『実際の探偵は迷子の犬猫を探すのや失せもの探しがほとんど』とか何かで聞いたことあるけど」
「小学生にお金の話はねぇ」
「そりゃもちろん親御さんにするんだよ。ああ、でも家庭の話に首突っ込みそうか……。でもその子は探したいんだろ? 親御さんにはともかくその子にとっては大切なんだろうし、探すのも遅くなるほど大変になると思うがなぁ」
犬の安否自体より探すのが楽しいだけ、って可能性もないとは言い切れないけど……いや、昨日見た限りだけどそんな感じの子には思わなかった。
だったら早めに親御さんに頼むのがいいかもな。探すためにお金を払うのもペットを飼う上での必要経費の一つだと思い給え。
「うん、ありがとう。考えてはみる」
「いいってことよ。そういえば、話は変わるけど井達最近何してんだ? 前から学校終わるとさっさと帰っちまってたけど、なんか最近付き合いも悪くね?」
「え、そんなつもりはないけど。あー、まぁちょっとね」
「……彼女か?」
「ん? 誰のこと?」
「ん? いや、なんでもない。でも井達だったらさらっと彼女の一人くらい作りそうなんだけど、そういうやつに限って違うのかもな、と」
「なっ!? 何だよ、別にそういうんじゃないよ!」
あ、いけない。いきなり「彼女」が「恋人」の事じゃなくて誰か特定の女性を指してるのかと思った。新田郡の事でも言ってるのかと勘違いしかけたな。
「ほー、まあそういうことにしとくか」
「しとくも何も、そういう色恋の話じゃないよ。大体、そういう話こそ――」
その後は適当に話をずらした。
実際も街の掃除と修行と潜入だからなー。そういえば最初はそういう話になりかけたけど、新田郡って雑魚いし、あのイノシシ根性はなー。