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ライト・スピード・ハレイション【未完】  作者: 布津部あよ
さぶろう、あいと出会うの巻
1/8

1

 任務。


 竹新高校の学生として入学し、竹新町にて居住、里の存在が露見せぬように工作を行う事。

 対象は竹新町地域。人員は一人である。

 竹新町に関する資料は里に存在する。現在の警戒度はCである。



 俺の今の名前は井達三郎。

 忍者としての初任務を受けてから数か月。感慨はあったが任務の内容は平穏を保つこと。工作員として任務を任されるようになるまでに比べると平坦な日々だった。

 高校へと入学し、クラスのやつらと知り合い、慣れない勉強に戸惑ったりしつつも裏で情報を得るために網を広げてゆく。

 これから俺は井達三郎として生きながら、この街とその裏側が強くなり過ぎないようにスパイをし続けるのだ。場合によっては人生の9割をただの井達三郎として、残りのほんの少しを本性として生きる。

 それは慣れない情報行動だったが、一般人として生きることは本当に侵入するよりだいぶマシだったのだと、俺はのちに知る。


 5月のその日、俺は表通りを外れ、地元の人でもほとんど知らないような裏通りを通っていた。傾いた日は周りの建物に阻まれ、人の気配は全くない。

 どうやらこの竹新町、目につく不良やヤクザなどの俗にいう悪い人間が少ないようだ。ということは、裏を仕切ってるやつらが表に出たがってないのだろう。いないということはない。里にあった資料によればここは――


 ん、あれは何だ?

 道の先で濃い影、いや液体? のようなものが這っている。影のように見えるが不規則に形を変え、薄いようだが厚みがある。常識内のものじゃない、と思う。何より異様な、俺の存在そのものに訴えかけてくるような違和感を感じる。


 逃げるか? いつでも離れられるようにしながら観察していると、ソレは突然厚みを増して立ち上がる。そして、


「離れて! そして早く逃げて!」


 女の声と共に誰かが飛び込んできたのだった。

 かばうように俺と液体の間に入り、液体へと向かい合う、動きやすそうな服装に加え右腕に包帯を巻きつけたボブカットの女に俺は見覚えがあった。


「に、新田郡さん?」

「え、あ! 井達君だ!」


 やべ! ほとんど関わりはないが、クラスメイトだったはずだ。気付いていないのなら言葉に従って逃げればよかった。

 いや、むしろその場合気付いていた時といなかった時、二通りの対応を考える必要があってめんどくさかったかもしれない。


 ――そう、この街には、魔術結社があるのだ。新田郡がそこの人間かはわからないが。


 ひとまず、意味不明な状況ではあるが、常識的な人間ほどは動揺していないことを悟られるのはまずい。足が動かない演技でもしておこう。


「に、新田郡さん。こ、これは……?」

「はっ、そうだった。下がってて、私が相手するから!」


 話している間に液体は立ち上がり、形を整えきったらしい。

 達磨のような形の胴体に8つに切り分けたリンゴのような足が4つ。灰色と黒でカラーリングされ顔の部分には精巧な人の顔に見える凹凸があり、仮面を張り付けたように見える。先ほどまで流動してたことを感じさせないつるんとした質感は、はっきり言って不気味で異様だ。


「てやぁぁ!」


 新田郡はつるつる達磨にまっすぐ突っ込むと拳を作った右手を突き出す。速攻の突きは足の1本に当たるが目に見えるダメージはない。

 反応して達磨が足を振り回し始める。新田郡は1振り1振りをガードしたり回避したりしているが、丁寧に対応しすぎて相手の動きにいちいち振り回されている。


「ひぃぃぃいい……」


 とか言いながらしりもちをつき、遠ざかってみたが、多少暇だ。

 見た感じではあるが、新田郡はそれほど強くはない。常識の外から見れば弱い部類になるだろう。特別な力がないとあの達磨に攻撃は通じない、とかがないのなら俺でも倒せそうだ。今はただの高校生の井達三郎だからしないけど。


 見た目効いている風ではないが、何度か右手を叩き込まれると達磨の動きは悪くなって来きた。しかしそれ以上に新田郡の動きが悪くなっている。相手のが各上なんじゃないか?


「にゅぁ……新田郡! 大丈夫かよ!?」

「大丈夫! まだ気合は尽きてない! 思ったより強いけど!」


 気合で勝てるか!

 ていうかある程度拮抗できる相手の実力くらい見抜け! やばそうなら関わらずに……って、そうか。こいつは俺が襲われてたから飛び込んできたのか。

 実力が伴ってないあたりただの早死にするバカなんだと思うが、さて、「井達三郎」はどうするかな。


 とか心配していると胴体に新田郡の一撃が入り、


「iiiiiiiieeeieieieee!」

「っ!」


 達磨の上げた奇怪な声が新田郡を間近で襲った。

 離れてても変な感覚がする。あれはやばい。新田郡が膝をついた。


 くそ、あいつマジで死ぬじゃねーか。

 近くにある大き目の石をいくつか拾い、投げつける。流石にダメージになるような速度は乗せなかったが、顔っぽい場所に集中して当てると警戒したのか距離をとった。


「おい新田郡! 反応しろ!」

「う、ぬっ、くぁぁぁあああ!」


 新田郡はふらつきながらも立ち上がると、またバカ正直にまっすぐ突っ込んだ。

 達磨は難なく足の一つで受け、また打ち合いが始まるが明らかに新田郡が押されている。


「くそ、もっと考えろよ」


 あたりを見回し……自販機がある! そばの缶のゴミ箱を蹴倒して中身をばら撒き、達磨に向かって投げて気を引く。

 スチール缶はまっすぐ、アルミ缶は軽いので山なりに。すぐに無視されるようになるが問題ない。狙いは後ろ足にスチール缶を踏ませることだ。新田郡の邪魔にならないようにするのは新田郡の動きが読みやすすぎて楽だな。


「新田郡今だ!」


 後ろ足が缶を踏んで体勢を少し崩したところへ、ダメ押しとばかりにゴミ箱を投げつける。視覚があるのかは知らんが、あるのなら視界を遮ってかなりうっとおしいはず。


「うぁあぁああ!」


 隙と見たか新田郡は右手に巻いた包帯をむしり取る。もともと打ち合いでちぎれかけていたが、なんだそれは右手に宿る目覚めてはならないものに対する封印的な何かなのか。

 いや、威力が上がってるっぽいところを見ると本当にそうなのかもしれない。


 新田郡が引き絞った右手を叩き込むと、メゴォ、と致命的な音がして達磨が割れた。

 ばらばらと音を立てて達磨が地面に転がる。しばらくすると少し距離をとって座り込む新田郡の前で、先ほどのような声を小さく上げながら虚空へと消えていった。


「だ、大丈夫か?」


 いまだ息を整えている新田郡に声をかけた。

 戦闘での動きの割には整うのが遅い。新田郡の体力不足か、それともあの力が体力を使うのか。


「あ、そうだった。あー、助かったよ。井達君、だよね?」

「うん。その、今のって、何?」

「マヨイミズっていう、良くないものなんだけど……。びっくりするよね。この町には、ああいうのがたまに出るの。不用意に人気のないところとか、あんまりいかないようにね」

「いや、うん、見たから信じるけどさ。新田郡は? アレって殴ったら倒せるの?」

「私はちょっと違うから」


 新田郡は少し言いよどむ。なんて言うべきなのか迷った間だ。

 それから地面に放った包帯を拾い上げる。


「この包帯みたいなのにマヨイミズに効く効果があってね。それを叩き込んで倒してるの」

「え? でも最後取ってから殴ってなかった?」

「それは……」


 目が泳ぎ始める。とっさとはいえ先の見通しのない嘘だな!


「……ごめん、嘘。私は、この手に『悪魔』が宿ってるから。くっ、私がこの右手を抑えているうちに早く」

「新田郡さんって少年漫画とか好きでしょ」

「うん」


 抑えているうちにどうしろってんだ。


「で、本当のところは?」

「ま、私は色々あるから、人助けみたいなことしてるの。右手だけ、ちょっとすごいんだ。あ、これ秘密だからね」

「あ、ああ」

「破ったら殴るからね」

「み、右手で?」

「え? うーん、流石に引く威力だから、一応左手」

「ああ、そんな感じに気にするほどの威力は出るんだ……。分かった、言わないよ」

「ん、ありがと」


 簡単に信じるんだなこいつ。見られたからには死んでもらう、とか言われないだけいいのか。言われても負ける気がしないが……そうか、ここでこいつが死んでたら、後ろに何かしらの組織やつながりがあったら探られてたかもしれない。見捨てないでよかった。


「とりあえず、今日のところは人気のあるところを通って帰ってね。家どこか知らないけど、そういう風に帰れる?」

「ああ、それは大丈夫」

「じゃあ早く大通りに出よ。私もそこまではついていくから。まあ、そんなにすぐに何度も襲われたりはしないけどね」


 表通りに出ると人の活気が包み込んでくれるような安心感を感じた。

 なるほど。俺も一般的な目線で言えば異界に生きてきたらしいことは知っていたが、俺にとっては初めて感じる常識の外の出来事だったんだな。


 その日はそのまま別れて、俺は家に帰って家事をして簡易訓練して寝た。

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