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A.G.S  作者: 綴嘉哉
Ⅰ.刀剣の甲虫
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Ⅰ.刀剣の甲虫Ⅷ

 守るための剣を帯び、羊の脚力を手に入れた甲虫。

 大地を捉え、緑色の機体は力強く戦場と化したホームを駆ける。

 非常事態にも関わらずハヤトは落ち着いていた。

 大丈夫。俺は一人じゃない。

「ハヤト聞こえますか」

 リーナからの通信が入る。

「トリ・トルは基地を破壊しながら街の方に直進しています。このペースだと十分後には街に到着してしまいます」

「その前に食い止める」

 レバーを引き進行方向を変える。住民の避難はまだ完了していないだろう。

 それに街にはトーマスの…思い出のつまった喫茶店がある。

「現在シーベンス少尉が応戦してますが…近くに武器庫がある為火器が使えず苦戦しています」

 もし火器を使用して流れ弾が武器庫にいけば下手すると基地の半分が吹っ飛びかねない。

 それではトリ・トルどころの騒ぎじゃなくなる。街への被害も計り知れない。

「そうそうハヤト君。甲型の剣なんだが、盾として使えるよう少し細工してある。うまく使ってくれ」

「わかりました」

「目標との距離あと三百です」

「了解」

 トリ・トルの姿を目視した。

 

 モルトのモグが体当たりするがビクともしない。

「やはりダメか」

 後退はせずトリ・トルに密着しながら攻撃を仕掛ける。

 下手に距離を取ると射程に入ってしまうし、外してくれたとしても武器庫にでも当たったら奴もろともドカンだ。

「なんともやりづらいねぇ!」

 何度目になるかわからない体当たりを試みる。

 トリ・トルが胴のスラスターで反転する。モグの体当たりは空振り、逆に蹴り飛ばされる。

 モグが建物に直撃し、煉瓦の建物が崩れる。

 トリ・トルが銃口を向ける。どうやら奴の射程に入ってしまったらしい。

 回避行動を取ろうとするも瓦礫が邪魔をしてうまく身動きが取れない。

「おいおい…」

 私の人生もここでまでか…

 モルトは口角を上げた。

 一種の興奮状態なのだろうか。人は危機的状況に陥ると笑顔をつくる事がある。が、

 こんな時にまで…

 集められた粒子は加速され、鉄の助走間を駆け抜ける。

 —刹那。モルトの視界に緑色の影が映りこんだ。

 粒子は影を避けるように四方に飛び散った。

「遅くなりました。ハヤト・イリミネ、甲型。助太刀します」

「冷や冷やしたぞ」

「すいません」

 立膝から立ち上がり剣を構える甲型。

「戦況は理解しているか?」  

「…道すがら。まずはあいつを火薬庫から引き離しましょう」

 甲型で斬りかかる。上段からの振り下ろし。

 トリ・トルは脚で防御するも受け止めきれず地面を削りながら後ろに戻される。

「効いている」

 モルトは歓喜の声を漏らした。

 再び前進しようと脚を前に出す。地面を踏みつけると攻撃を受けた部分の装甲にヒビが入った。トリ・トルはそこで一度動きを止めた。だがすぐに甲型の方に銃口をむけ直した。

 どうやらハヤト達に標的を変更したらしい。

 剣を仕舞い、トリ・トルとは違う方向に走り出す甲型。

「俺が引き付けるんでその間に体制を立て直してください」

「おいっ」

 トリ・トルもその後を追う。

 取り残されたモグとモルト。

  脱出を試みるも操縦桿は重く機体は動かない。

「老いには勝てんな」

 先ほどの映像が脳裏に過る。一人では流石に手に余る。

 操縦桿を握りなおし相棒に語りかける。

「ほら、気合見せろ」

 しばらく機体は動かなかったが意地とでも言うのだろうか、どうにか瓦礫から抜け出すことができた。

「よし、行こうか」

 ハヤト達に追いつくべく老体に鞭打って走り出す。

 


 甲型を追うトリ・トル。移動しながらの射撃の所為か精度が落ちている。

 なんとか当たらずにハヤト達は逃げていた。

「くそっ。コッチが射てないのをいいことにばかすか打ちやがって」

 そろそろいいか?だいぶ火薬庫の方からは遠ざかったが…いや、まだ安心できない。

 周りに被害が出ず、基地内部で暴れられる場所といえばやはり…

「リーナ。闘技場の方にまだ人は残ってるか」

「少し待ってください…今日闘技場が使われたという記録はありません」

「よし、今からお飾り持って闘技場に向かう」

 しばらく追いかけっこを続けていると闘技場が見えてきた。

 搬入口から入る甲型。トリ・トルは胴の上部を天井に擦り付けながら後を追ってくる。

 闘技場内部。中央まで来ると甲型は反転。大剣を構え直しトリ・トルを待ち構える。

 一閃。光の矢が真っ直ぐ甲型目掛けて飛んでくる。

 剣を、力を持ってそれを屠る。

 続けて飛んでくる矢も同様に弾き落とす

 対光学兵器強化フィルム。

 甲型の大剣の表面には物体を鏡面化させるフィルムコーティングがされている。

 極限まで薄く引き伸ばしても強度を損なわない合金を使った特別製だ。

「やっぱ重いな」

 問題はその重量だ。外部装甲に使おうと思ったら運動性能を犠牲にしなければならない。

 甲型の馬力でもない限りこの大剣は振り回せない。

 通路の影からトリ・トルが姿を表す。

 先ほどの追いかけっこの様に距離は詰めてこない。

 様子をうかがっているのか。距離を取ったまま攻めてこようとしない。

 一丁前に駆け引きでもしようと言うのだろうか。

 こちらも相手の出方をうかがっているとどこからか空気を吐き出すような音が聞こえた。音は次第に大きくなり騒音へと変わる。

「なんだ…」

 突如トリ・トルの姿がブレた。

 いや違う。横にスライドした。トリ・トルの足元を見ると土煙が待っている。

 そのまま甲型へと突進してくる。甲型は咄嗟で横に跳び回避する。

 ホバークラフトって奴か。今回はプロペラの代わりにスラスターを使っているようだが、

「おいおい、聞いてねぇぞ」

 続けざまに攻撃を仕掛けてくるトリ・トル。

 ハヤトも最初はその速度に驚いき避ける一方だったが慣れてきた。加えて攻撃も直線的だ。これなら…

 トリ・トルの攻撃を最小限の動きで避ける。

「うおおおお!!」

 大剣を横薙ぎに相手の脚に入れ、切り落とす。

 トリ・トルが体制を崩して地面に倒れる。立ち上がろうとするも右三本、左一本の脚では上手く立ち上がれないようだった。

「ハヤト君。無事か」

 入り口の方からモルトのモグが入ってきた。

 モグがトリ・トルの方を見る。

「やったのか!」

「はい、モルトさ…」

 トリ・トルが胴のスラスターを使い方向を変えた。銃身がモグへと向けられる。

 この位置から瞬時に止めを刺すのは無理だ。モグとトリ・トルの間に入ろうにも距離が遠すぎる。

「モルトさん避けて!」

「なっ!?」

 銃身に気づき回避行動をとるが間に合わない。モグの後ろ足を焼いた。

 通信機越しにモルトのうめき声が聞こえる。

「モルトさん!」

 脚をやられた。あれではもう動けない。

 そうしている間にもトリ・トルは標準を調整し次射の準備をしている。

 どうする。考えろ。策を練れ。いや、そんな時間はない。

「くそっ…」

「ハヤト君、私のことは気にするな。確実に奴を打て」

「な、」

「任務が先決だ」

 俺はまた失うのか。それでいいのか。

「こんな老いぼれ一人で…片が…つくんだ。それでい…」

「いいわけないだろっ!帰るんだ…みんなの元に!」

「…ハヤト君」

 剣を握りしめる。それを持ち上げ後ろに引く。成功するかどうかわからない。けれど…

 トリ・トルの銃口には粒子が集束を始めている。

「信じるぜ。相棒」

 甲型のA.G.Sから光が漏れ出て機体を包む。

 瞬間、出力計の針が振り切れた。

「間にあえっ!!」

 大きく振りかぶり大剣を投げつける。

 大剣はまっすぐに飛び、槍のようにトリ・トルの装甲を貫いた。

 粒子の集束は収まり機体は完全に機能を停止した。

 甲型は腕をぶら下げた状態で停止し、光も消えていた。

 ハヤトはコックピットから飛び降りモグの元へと向かった。コックピトを外側から手動で開きモルトを運び出す。

 モルトに肩を貸す。頭を打ったのか頭部から出血している。他にも全身を打っているのか苦痛の表情を隠せないでいた。

「すぐに救護班が到着しますから」

「…ハヤト君、ありがとう。だがな…なぜあそこで賭けに…出た。そういう場面ではない……ハズだ!…」

「あんまりしゃべらないで下さい。傷に障ります」

 切れ切れに話すモルトを心配しながらもハヤトは問いに答えた。

「あの時言ったのが本心です。みんなの所に帰りたいというのも誰かを失いたくないっていうのも…残された方の悲しみっていうのも結構辛かったりするじゃないですか」

 笑顔を作るハヤト。モルトはその顔を何度も見てきた。悲しみを押し殺し、心配をかけないように取り繕う。そんな笑顔を。

「…そうだな。君の言う通りだ」

 友の訃報を伝えに行くとき、友の訃報を聞くとき。どちらの気持ちも私は知っていた筈なんだがな。私もまだまだ未熟だ。

「…ありがとう」

「……これが任務ですから」

2015 8/21 改訂しました。

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