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A.G.S  作者: 綴嘉哉
Ⅰ.刀剣の甲虫
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Ⅰ.刀剣の甲虫Ⅶ

 二人は避難する人の波を逆走した。

はじめは避難誘導を手伝っていたのだが二人の携帯端末に基地から連絡が入った。

 「RED LINE」—テロ重大警戒レベルー第一種戦闘配置。

 警戒範囲はグリーンバブ国市街地に避難勧告が出された。避難勧告が発令されること自体異常なのだが、重要なのは原因の発生源がグリーンバブ国軍基地内ということだ。

 その知らせを受けた途端に二人は駆け出した。

「一体何が起こっているんだ」

「わかりません。今は一刻も基地へ」

 基地の外壁が見え始めた。

 二人は信じられない光景を目の当たりにした。

 二人が目撃したのは燃え盛る炎と基地を破壊する赤い光。

 そして不気味に歩く一砲の機体。A.G.S「トリ・トル」だった。



 シュウ達整備日班は限界に近づいていた。甲型の開発研究による連日の寝不足とそこに降ってきたトリ・トルの解析作業が追い打ちを掛けた。

「ダンナぁ、このお飾りの面倒俺らのやることなんすか」

 お飾りと呼ばれているA.G.Sトリ・トルはもともとシュウ達グリーンバブ国軍の機体ではない。フィグレックス王国から友好の証だか何だかで送られたのだが使い道がなくて軍の格納庫に押し付けられて長らく放置されていた。

「上の命令だ。つべこべ言わすに働け」

 シュウを軽く一蹴したのは上司にあたるダンストン班長だ。

 このあいだ場所を取ってしょうがないとぼやいていたのはどこの誰だか。

「って、言ってもねぇ」

 トリ・トルのコアを撫でる。

 A.G.S。正式名称「アーティファクト・ギア・システム」。

 先の大戦末期。突如としてもたらされた規格外の新技術。

 これの登場は既存の技術基盤を大きく塗り替えた。

 しかし、その正体は運用されて数十年経つ今でも明らかにされていない。

 実際には解体され内部がどういった構造なのか、どういった原理で他の機器に作用するのかという部分は先人たちや自分たち技術屋の努力によって解明されている。

 だが、自らの手でA.G.Sを作り上げたのは与えた塔の主その人だけだ。

 一度解体するとA.G.Sのコアは起動しなくなる。

 下手に弄れば塔に申請して新しいコアを発注しなければ機体は使い物にならなくなる。

 できることといえば…

「コア以外の外装を解析することぐらい」

 それでも一苦労だ。分解、解析、起動実験から得られるデータの収集…

 昨日から色々とやってきたが、残すところは闘技場で行う汎用性記録テストのみだ。

「正直、俺はあんまり気が進まねぇんだが」

 ダンストンが換装されるビームライフルを見上げた。

 グリーンバブの同等規格の武装を装備しての起動実験。

「換装終わりました」

 他の整備班がダンストンに報告する。

「おう。たくっ…冗談じゃねぇ」

 ダンナも不満たらたらじゃないすか。シュウは点検を済ませようとコアに目を戻した。

「…なんだ?」

 コアの外装の隙間から光が漏れていた。こんなの見たことがない。

「トリ・トルノ起動シーケンスヲ実行シマス」

 突如トリ・トルの起動プログラムが作動した。

「なんで…」 

 コックピットには誰も乗っていないはずだ。

「システムオールクリア。トリ・トル起動シマス」

 音声ガイドがシーケンスの終わりを告げ機体が目を覚ました。

 六本の足で立ち上がり、砲身を天井へ向ける。

「やばい、逃げろ」

 トリ・トルがグリーンバブの砲身を通して雄叫びをあげた。



「何が起きているんだ」

 ハヤトとリーナは物陰に隠れながら様子をうかがっている。

 トリ・トルは依然砲身から光の線を描きながら建物を焼き、焼けた地面を踏みつける。

「あれは」

 軍の小型A.G.S、強襲部隊:アリ型が数機応戦していた。

 口部マシンガンでの攻撃はあまり効いていない。大顎による近距離攻撃もトリ・トルの強固な脚部には歯が立たない。

 姉妹機のハチ型もレーザーライフルのせいで容易に行動できない。

「なんで他の機体は出ていないんだ」

 MGシリーズやアイギスも格納庫に数機待機していたはずだ。

「…あのビームライフルうちの軍の物です。おそらくシュウ達が解析していた機体だと思います。だとしたら…」

「…格納庫の方に向かってみよう。動かせる機体があるかもしれない」

 このままでは街の方にも被害が及ぶ。行く手にはトリ・トルが立ちふさがっている。だが、手をこまねいているわけにはいかない。

「合図したら走るぞ……」

 リーナはうなづいた。

「……三、二、いちっ!」

 姿勢を低くして、瓦礫の中を走る二人。

 手遅れになる前に。



 トリ・トルの視線を掻い潜りながら、どうにか格納庫の前までたどり着いたハヤトとリーナ。

 格納庫には火の手が上がり消化活動が行われていた。

 少し離れたところにブルーシートが敷かれ負傷者が運び出されていた。

 救護に当たっている隊員の一人に声を掛ける。

「なにがあったんだ」

「詳しいことは私もわからない。すまない」

 そう言うと急いで負傷者の元へと向かった。

 ハヤトの胸の中にかつて戦場で感じた時と同じような、嫌な重みが蘇る。

 シュウやダンストンは無事なのだろうか。

「ハヤト君」

 呼ばれた方を振り向くとそこにはアマミヤが立っていた。

「アマミヤさん!アマミヤさんもこっちに来てたんですか」

「ああ、どうにかね。それよりもハヤト君。さっそくで悪いんだがこっちへ来てくれ」

 案内された先には甲型や他の機体と…

「シュウ!」

「大将、無事だったか!」

 シュウもツナギがところどころ焼け焦げていたが本人は元気そうだった。

「なにがあったんですか」

「俺らにもさっぱりなんだ。パイロットもいねぇのに突然トリ・トルが暴れ出しやがった」

 すまないとシュウは申し訳なさそうにしていた。

「アマミヤ室長。そんなことあり得るんですか」

 リーナが半信半疑で質問した。

「スタンドアロンの機体がないわけではないけれど、トリ・トルにはそういう類の装置は積まれていなかった。単純にシステムの故障か…あるいは予め仕込まれていたプログラムか何かが起動したのか…」

 推測はいくらでもできるが現状では情報が足りない。アマミヤは断言することを避けた。

「そういったことは後回しだ。今は奴を止めるのが先決ではないかね」

 頭の上から声をかけられる。声のする方に顔を向けると、そこにはモグに乗ったモルトがいた。

「私は先に行っているよ、イリミネ上等兵」

 そういうとモルトとモグはハヤト達が来た方へ向かって前進した。

「どうかご無事で」

 ハヤト達はその後ろ姿に敬礼した。

「シュウ。甲型はいけそうか」

「あぁ、今ダンナが最終チェックしてる。そろそろ…」

「おい、坊主はいるか!」

 ダンストンが大声で近づいてきた。声はいつも通りだが右腕は布で吊るされていた。

「ダンストン班長、腕が」

「こんなもん唾つけときゃ治る。そんなことよりお前はやるべきことをやれ」

 左腕で背中の甲型を指した。

「はい」

「時間がなかったんでな。足はアイギスの予備を使ってる。少し勝手が違うがお前ならやれるだろ」

「ありがとうございます。班長」

 頭をさげるハヤト。整備班の面々には感謝しても仕切れない。

「ちなみにこれが今の甲型の機体スペックだ。目を通すかい?」

「ありがとうございます」

 アマミヤからタブレット端末を受け取る。

「数値の通りアイギスのパーツを使うことで全体のスペックは向上しているが元々違う機体のパーツだ。だいぶクセが強くなっている。やれそうかい?」

「……やりますっ」

 一通り目を通しハヤトはアマミヤに端末を返した。

「あの…他に動かせる機体はないんですか?」

 リーナも何か役に立てることがないかとアマミヤに聞くが、

「残念だがすぐに動かせるのはこいつだけだ」

「そうですか…」

 何もできない自分が悔しい。リーナは拳を握り締める。

 その様子を見てハヤトは彼女に声をかけた。

「心配すんなよ。絶対奴を止めてきてやるから」

「そうですよ。彼には貴重な実戦データを持ち帰ってもらわないといけないんですから」

「坊主。機体ぶっ壊したら容赦しねぇぞ」

「大丈夫だよ、リーナ。大将はそう簡単にやられないよ」

 アマミヤたちが励ましの言葉を掛けてくれる。

 リーナは心配そうにハヤトを見つめていた。

「行ってくる」

 コックピットに乗り込むハヤト。

「ハヤト…」

 甲型が立ち上がる。

 リーナに見えはしないが、その眼差しは炎の中の敵を見据えているのだろう。

 彼女は不安で出来た霧の中に明るい光が僅かに光っているのが見えたような気がした。それが希望の光であればいいと彼女は心の底から思った。

「がんばれっ」

 リーナが声の限り叫ぶ。機体の起動音に負けないように。


2015 8/21 改訂しました。

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