Ⅰ.刀剣の甲虫Ⅲ
食堂を後にして、中庭を歩いているとシュウの携帯端末が鳴った。
「はい、あ、ダンナ。どうしたんすか?……今からっスかっ!?……はい、はい……分かりました。それじゃ、後で」
「どうかしたのか?」
「ダンストンの旦那の所にずっと放置してあった『トリ・トル』の解析依頼が来たらしくて、俺も駆り出されたわ。うんじゃ、明日の訓練の時な」
シュウが大急ぎで駆けていく、大盛りのカレーを食った後によくもまぁ、あんなに走り回れるものだ。さすがに、ハヤトでもキツい。
「トリ・トルって確か……」
「えぇ、お飾りの友好の証です」
「トリ・トル」……国王が統治する王権国家「フィグレックス王国」からグリーンバブへ贈られた王国ご自慢のA.G.S「ギアシリーズ」の特殊型だ。ギアシリーズは基本的に人型を模した規格なのだが、グリーンバブとの友好の証にと開発提供された昆虫型の特殊機体だ。なぜ、昆虫型かというと、グリーンバブのA.G.S機体は国の自然を誇りに思い忘れないという観念から、昆虫型や動物型など自然界の生き物を模しているからだ。
しかし、運用するにもフィグレックスとグリーンバブではコックピットの規格が違うので満足に操縦できるパイロットもいない。それに、六本足で自立し、丸い胴体の部分に長い砲身を持つ機関銃を装備し移動する姿は、節足動物門六足亜門に属する昆虫に見えなくもないが、さながら脚が二本無い蜘蛛のようだし、何の昆虫をベースしているか分からないと、グリーンバブのメカニック達に大不評な機体である。
なにより、使用用途がない。森林の探索なら、グリーンバブの偵察用A.G.S「3329号」を使って内臓のハードディスクドライブに映像を記録したほうが確実だし、山岳の調査にしても足場が悪い斜面ではトリ・トルの巨大な図体では危険を伴う。
なので、今の今まで整備班のガレージに眠っていて、前にダンストン整備班長が、
「ウチは程のいい物置じゃねぇぞっ!全く……」
と漏らしてたことがあった。
その文字通りお飾りの機体が今回やっと役に立つ時が来たようだ。
「実際、フィグレックス王国の技術をあの機体から解析するぐらいしか使い道がありませんからね。お偉い方のお遊びですね」
「あんま言ってやるなよ。うちにはフィグレックス出身の奴もいるんだから」
けれど、こういう形でも他国に技術が少しでも国内に入ってくるのはありがたい。戦況は激化していないとはいえ、いつまた戦火がこの地を焼くか分からない。相手の手の内が分かれば対策の取りようもあるというわけだ。
「そういう意味では、メカニック達にとっては宝の山なのかもしれないな」
「そうかもしれませんが、私はトリ・トルの固有武装のほうが気になります」
「たしかにな…」
トリ・トルの武装は胴体部分の機関銃が装備されている。自己防衛用と言えば確かに無難なところではあるが、同規格の対物ライフルや対戦車ライフルにも換装できる可能性があるという噂だ。実際に調べたわけではないがメカニック達はそういうところに鼻がきくらしい。そういう理由もあって、あの機体をきな臭く思っているのかもしれない。リーナもそのことを気にしているのだろう。
「まぁ、そこら辺はシュウ達に任せよう」
「そう、ですね…」
まだ何か引っかかる風ではあるが、今は納得してくれたようだ。
そうこうしているうちに、そろそろ女子寮が見えてきた。
「そういえば、ハヤトはこれからどうするんですか?暇ならその……」
「なんだ?」
「いや、その……」
リーナにしては歯切れが悪い。いつもは、さっきみたいに遠慮なく、スパスパ要件をいってくるようなやつなのに。
「こ、この後、休む前に町の方に買い物に行きたいのですが…い、一緒にどうですか?」
リーナはハヤトの前になると変なところで遠慮がちになるところがある。一体どういうわけなのかハヤトには全く見当がつかなった。
「なんだ、買い物か。荷物持ちぐらい……」
「どうしたんですか?」
不安気にハヤトの顔を覗き込んでくるリーナ。
「いや、今日はごめん。また、今度でもいいか?」
「そうですか……」
シュンと肩を落としたリーナ。
「ごめん。今日はさっきの訓練の記録を見ておきたい」
「モグとの訓練ですか?ボロ負けした?」
「そう、そのぼ…訓練の記録から何か掴めるかもしれないしさ。それにさっきお前も言ってたろ。明日は我が身って。もう一回、気を引き締めなきゃと思ってな」
ハヤトの顔を見つめるリーナ。彼の目からは先ほど感じた頼りなさは消えていた。
「……そうですね。ハヤトにはもっと頑張ってもらわないと困ります」
顔を逸らすリーナ。その声はどこか弾んでいる。
「けど、私だって負けません。今年の大演習では絶対に負けませんからね」
「おう、それまでには甲型を完成させてやる」
「一応、応援はしておきます。手合わせできるのを、楽しみにしてます」
「おう、任せとけ」
走り去っていくハヤトを見送るリーナ。途中でハヤトが走りながら振り返る。
「ありがとなー」
リーナもそれに手を振り答える。
「前見て走れー」
ハヤトが見えなくなるまで手を振っていたリーナ。そして踵を返した。
その表情はどこか寂しげでもあった。
「そういうとこ、ずるいですよね」
リーナの呟きはそのまま風に消えてゆく。
彼女はひとり、寮へと続く道を歩いていった。
2015 8/21 改訂しました。