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A.G.S  作者: 綴嘉哉
Ⅰ.刀剣の甲虫
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Ⅰ.刀剣の甲虫Ⅱ

 ハヤトは着替えを済ませ、食堂にやってきた。少し遅めの昼食を口に運ぼうとするがどうにも気分が重たくなってしまう。

「どうした、大将?元気ねぇな」

「おう、シュウ。お前も今か」

 活発そうな印象の青年がハヤトの隣に座った。

「いやさぁ、甲型の左足の関節にちょろっと不具合が見つかってさぁ。それを見てたら、こんな時間よ」

 参ったという風に手振りをつけて説明してくる。

 青年の名前はシュウ・ミンクルド。彼はハヤトと士官学校の同期で、今は新型兵器の開発を担当する部署に配属されている整備兵だ。ハヤトがアイギスに乗っていた頃から機体の面倒を見てもらっている。

「それにしても大将。ちゃんと、食ってもらわんと困るぜ。開発はまだまだこれからなんだからよぉ」

 そう言いながら、食堂の名物料理「おばちゃん特製のエメラルドグリーンカレー」を頬張る。

「くぅ〜。やっぱ、おばちゃんのグリーンカレー最高っ!」

 ここグリーンバブは食宝の国と呼ばれる程に食産業が盛んだ。国土の半分以上を森林と草原が占める緑豊かな国である。その最も秀でているところは他国を圧倒する食料自給率である。半世紀続いた惑星「アニマ」全土を巻き込んだ大戦収束後、国を挙げて行われた復興の一歩として「A.G.S」を取り入れた大規模農業が始められた。「A.G.S」が出てくるまでは広大すぎる国土に手を余らせていたが、作業効率が上がり、今や食料自給率は十年連続で百パーセント越えという数字を叩き出している。

 かくいうハヤトの食べているパンもグリーンバブ特産の小麦を使ったこの国の名物とも言えるものだ。こんな日でなければ、ハヤトも美味しくおばちゃんたちの手料理をいただいている。

「いつ見てもいい食べっぷりだな」

「ある意味、昔から食べてきた故郷の味だからな」

 グリーンバブはその食料自給力を活かして多くの国に食料や香辛料などの輸出を行っている。その反面、山岳部には豊富な鉱山資源が眠っているとされるが、自然をこよなく愛するお国柄、採掘作業はあまり活発ではない。なので、工業資源や電子機器などの部品はシュウの故郷である「プゥストゥニェーク」や隣国の「ゼロシティー」から輸入しているため他国とは持ちつ持たれつ良好な関係を築いている。

 シュウもグリーンバブの味には慣れ親しんでいるのだ。

「そうだな、せっかくの料理が台無しになっちまう」

 今はこの国の恵みに感謝しながら食事を楽しむとしよう。

「にしても、こっぴどくやられたな。大将も甲型も」

「う……」

 嫌なことを思い出させる。

「リーナが見てたら、絶対なんか言われるよなぁ」

「だな。あいつ、俺のこと目の敵にしてるもんな」

「目の敵っていうか……ありゃ〜……」

 気の毒に。とでも言いたげな顔で遠くの方を見ているシュウ。

 なんだ?何か間違ったこと言ったか?

「別に目の敵なんかにしてるんじゃありません。私から首席の座を奪っておいて自覚がないからです。もっとしっかりして下さい」

 顔を上げると、食堂の定番メニュー「焼き鮭定食」の乗ったトレイを持って、女性隊員がこちらに歩いてくる。よく手入れされた金の髪を後ろでひとつに結んでいる。

「……リーナ。珍しいな、お前がこんな時間にいるなんて」

「夜勤明けです。早く寮に戻って休みたいです」

 リーナは国境警備隊に所属している。あそこは二十四時間体制の業務なので、ローテーションで夜勤やら早番が回ってくるらしい。

「おう、リーナお疲れ。みかん食べる?」

「いただきます」

 俺らは士官学校の時代の同班でプライベートでもよく連んでいた。結構付き合いは長かったりもする。なんだが…

「というかハヤト、さっきの模擬戦。何なんですかっ!?」

「見てたのかよ…」

「えぇ、あなたの操縦する新型が旧型にコテンパンやられて、地に這いつくばっているのをしっかりと。これでは、次席の私まで低く見られてしまいます」

「別にお前から首席の座を奪った覚えもねぇし、そこまでやられては…」

「いや、やられてたな」

「くっ…」

 士官学校を出るときにハヤトは首席、リーナは次席に甘んじた。そうは言っても、その差は僅かなもので二人の間に差はほとんど無い。筈なのだが事あるごとにリーナはそのことを持ち出してくる。卒業した今でもだ。

シュウ、笑ってんじゃねぇ。

「とにかく、確かに今回は油断してたけど…次は絶対に……」

「戦場で次なんてものはなかったでしょう…」

「っ……」

 ハヤトたちは入隊して間も無く、戦争に参加した。大規模なものではなかったが、同期で負傷し隊を去った者や、もう二度と顔を合わせることができない者がいる。ハヤトの身体にも傷がないわけではないし、一度本当にやばいと思った時もあった。その時は味方の援護によって九死に一生を得たのだ。あの恩は絶対に忘れられない。

「明日はわが身かもしれないんです…。気を引き締めて下さい」

 何も言えなかった。

 その通りだ。

 いつ、自分の身に模擬弾ではない、本物の弾丸が降ってくるのか。

 いつ、敵の白刃が自身の機体を貫くのか。

 その恐怖を忘れていたわけではないが、どこか置き去りにして見ないふりをしていたのかもしれない。

「まあまあ、そんな辛気臭くならないでさ。リーナはハヤトのことが大好きだから心配してくれてるのさ」

「なっ…!か、勘違いしないでください、シュウ。心配なのは確かにそうですけど…好きとかそういうのは違うというか、なんというか……」

「そうだぜ、シュウ。俺みたいのより、こいつにはもっといい奴がいるって」

「あぁ、別にハヤトが嫌だとかそういうわけではなくて、むしろ……好まし……というか……あぁっ、そうではなくてっ!」

 途中の方はうまく聞き取れなかったが、リーナは顔を真っ赤にして必死に弁解らしきものをしていた。

 いつも重たい空気を入れ替えてくれるのはシュウだ。昔から、そういうところは人一倍気を使ってくれている。でなければ、俺らはあの頃チームとしてまとまっていなかっただろうから。

「それはそうとリーナ。今度また、親父さんに稽古つけてもらっていいか?」

「え、ええ、いいですよ。父に都合がいい日を聞いておきます」

 少し、落ち着きを取り戻したリーナ。

 彼女の家、シュバルツフォード家は軍人一家で、彼女の父ブリオッシュ・シュバルツフォードはグリーンバブ国軍の大佐、母も軍医中佐である。ブリオッシュは指揮官として優秀なだけではなく、武術にも優れている。娘の友人のよしみということで、時々稽古をつけてもらっているのだ。

「サンキュな」

「いえ、父も喜ぶと思います。あなたのことをとても気にいっているので」

「リーナも大将が家に遊びに来てくれて嬉しぐぼぉ…」

「少し黙ってもらえませんか……シュウ…?」

 さっき、シュウが渡したみかんがシュウの口の中にすっぽりと嵌まっていた。

「ふびばべん…(すみません…)」

「ははは…」

 テストパイロットに選ばれてから、すこし、気が緩んでいたのかもしれない。

 こいつらには感謝しなくちゃならないな。

 ハヤトは手付かずだった食事に手を伸ばした。





2015 8/21 改訂しました。

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