世界最強の軍人
「っはぁ……ここまでか……」
視界が血で赤く染まっていく。
既にちぎれた左腕を見ながら、男はため息をついた。
男はとある国に所属する世界最強の軍人だった。というのも、男は数年前に追放されているのだ。名目上は国家反逆罪だが、実際には自分達の地位を奪われる事を恐れた上の人間がありもしない事実を作ったのだ。
男は自分の立場に自惚れる事無く、部下からの信頼も厚かった。しかし彼を庇った者は次々と謎の事件で消えていった。いや、消された。
男はそれ以上自分のせいで周りの人間が巻き込まれるのに耐えきれず、国外永久追放処分となった。もちろん国外で始末するためである。
しかし男も実力者、刺客を殺し逃亡、その後数年間色々な場所でデモに参加したり、弱者の為にあろうと活動した。
事が起こる数日前、男が追放された国がある事に気が付いた。国の裏側が綴られている資料がすり替えられているのである。
資料は基本、国のトップでも見る事が出来ず、人前に出るのは10年に1度の資料を追加する時だけである。
国はすぐさま精鋭部隊を編成、世界どころか国民にさえ気付かれる事無く男の抹殺に向かった。
男はその頃、欧州のとある国で身分を隠しと家庭を持ち、息子も1人誕生して幸せに暮らしていた。
その幸せは、弱者の幸せは、強者によって奪われる。
男は資料の中身だけ暗記し、資料自体はとうに燃やしていた。
精鋭部隊は10人程。
男が仕事から帰宅すると愛する妻と息子が頭から血を流し倒れていた。
男はすぐに2人の死体に駆け寄った。部隊の2人が奥の部屋から出てきて男を撃ち殺そうとしたが、男は一瞬で間合いを詰めると2人の頭を掴み、床に叩きつけ頭を割った。
男は怒りに震えた。
残りの8人は家を包囲した。
激しい戦いが続き、爆発音が響く。男の左腕が吹き飛ぶ。
残りは2人、部隊の隊長と副隊長である。2人とも男の半分程の実力しか無かったが、男も普通の生活にすっかり慣れてしまって体が思うように動かず、勝算はほぼ無い。
その上左腕が無くなり、右足に3発、右の脇腹に1発銃弾を受けた。
男はもはや怒りだけで動いていた。しかし怒りだけで勝てるはずもなく、左足にもう1発弾丸をくらう。
追放された時にこっそりと隠し持ってきた銃も残弾数は0。
男は死を覚悟し、その場に座り込んだ。
部隊の隊長と副隊長は、男の元部下だった。2人の目には涙が溢れていた。
「なんで泣いてるんだ……」
「今の自分が此処に居るのはは貴方のお陰です。私にとって家族より尊敬するお方を……私は殺せません……」
隊長である男の体はかたかたと小刻みに震えていた。
「私もです。例え国からの厳命でも、部隊の仲間を殺されても!……貴方を手にかけることなど………!」
がしゃりと音をたてて銃が地面に落ちた。
「そんな事言ってどうする。どうせ、俺はもう死ぬ……」
「いや、今ならまだ間に合います!病院に……」
「殺せと言っているんだ!」
男の怒声が響く。隊長である男は一瞬で体が硬直する。
「俺はお前らに教えたはずだ!1度対峙したならば家族であろうと敵だ!ぐだぐだ言わずに殺せ!それが誇り高き者の戦いでの礼儀だ!」
隊長である男はその場から動けなかったが、数秒たってから涙を流したまま、男の頭に銃口を当てた。
副隊長の男は黙ってそれを見ていた。
「私は感謝します……父よりも厳しく、母よりも優しかった貴方に……」
「終わらせてくれるのが一番弟子のお前なんてな……いい人生だった…頑張れよ、お前ら」
男はまるで無邪気な子供の様にその顔に笑顔を作った。
「さらば!誇り高き軍人であり弱者の為に生きた男、──────よ!!」
夜空に乾いた破裂音が響く。
隊長である男は、頭から血を流して動かなくなった男を抱き、夜空に向かい叫んだ。