九話
「皇真君‼︎ ねぇたらっ‼︎」
周りの音しか外の状況を知れない叶空が必死に呼びかける。
「そっち行ったってなんにもないよ」
(いいや ある)
「お店閉まっちゃう‼︎ 炊飯器は⁇」
(炊飯器よりも価値あるものがそこに)
瓦礫があちらこちらに散らばっている土地。
窓ガラスは割れ埃やカビの臭いが砂と共に漂う建物。
(定番‼︎ やっぱ『教科書』は正しかったんだ)
彼等が入って行った鉄コンクリートがむき出しのビルを前に歓喜で震える。
(ウソつきなんて言ってごめん円堂君)
これは100%喧嘩だ。シチュエーション的にバッチリ。
「お う ま くんっっ‼︎」
「おっさんうるせぇ‼︎」
「うるさいじゃないよ。いい加減教えて」
引き下がる様子がない叶空に渋々ポケットに仕舞っていた携帯を引き抜き、嘗てない真剣な表情で言い放つ。
「今スッッゴク大事なとこなんだ俺。おっさん黙っててくれ」
「なんの説明にもなってない‼︎」
当然の抗議に対し、焦る皇真は迷いなく強硬手段に出た。そっと親指をホームボタンに乗せる。強制シャットダウンだ。
(……おい)
しかし携帯は光を発し続けている。画面には『現在この機能はお使いになれません』の文字が。
「ふっざけんなよ‼︎」
急がねば喧嘩が終わってしまう。かといって騒ぐおっさんを置いてく訳にも行かない。
唸り始めた皇真を尻目に叶空は周りを見渡す。
「うん。ある程度予想はついてたんだけどね」
「ならっ‼︎」
期待に目を輝かせる。だが相棒たる叶空も容赦はなかった。
「ダメです。ま〜たどっかの悪ぶった子達を尾行したんでしょ」
「人聞きの悪いこと言うな、社会見学だ」
「違います。立派な犯罪です。この間だって見つかりかけて大変だったじゃないか」
二の句が継げないとはこの事か。
今おっさんと言い争ってる暇はないのに。
ならば
ニヤリと笑い反攻に出る。
「そうだよな。見つかったらヤバいんだよな⁇」
急に態度が急変した主に戸惑いつつも「まぁ そうだね」と返事がきた途端に。
皇真は走った。文句を挟む暇も与えず彼らが登って行った階段を駆け上がる。
周りに雑音がなく、音が響いてしまうコンクリートを視野に入れご丁寧に靴を脱ぎ。
「え、え‼︎」
驚き惚けてる相棒に作戦成功だとしたり顔になる。耳をすませ足を動かす。
二階
三階
四階に突入した時だ。
「……っぱりここ....るんじゃ」
「なわけ…………風の音......」
僅かにだが話し声が聞こえてきた。
喧嘩する為に何故わざわざ最上階まで登ったのか。疑問に感じつつも、些細なことだと流し脱いだ靴を履き直す。
(よしっ‼︎ 到着しちまえばこっちのもんだ)
携帯を確かめると案の定口を固く結び、爆発しかけの怒りを堪えている叶空がいた。
小さくガッツポーズをし、声がもれている部屋へ忍び寄る。彼らがいる部屋は普通のオフィスビルではなかったのか。ビルでは珍しい重い鉄製の両開きドアであった。
少しでも動かせばレールの擦れる音が響いてしまう。だが幸い覗けるぐらいの隙間があり、期待と興奮にキラキラ輝く瞳をその空間に噛み付く勢いで張り付かせ様子を窺う。
「残念だったなぁ〜。頼りの仲間はこないぜ」
「……」
室内は学校の教室程の広さに、風が吹き抜けの大きめな窓と取り残され錆びた机や椅子がぽつんとあるだけの殺風景な部屋だ。
そこに皇帝から見て横並びに一対五の図式が成り立ち、いつ殴り合いが勃発してもおかしくない状況があった。
(おおぉー‼︎‼︎ 生‼︎ 生のけ・ん・か‼︎)
どこぞの追っかけを沸騰させるデバガメがいることなど気づかず、五人の中のリーダーと思わしき金髪は顔をニヤつかせ言う。
「知ってんだぜ おまえがこの前の抗争でオーバーヒートしちまってんの」
(オーバーヒート⁇ どういう意味だ。多分不良専門の言い回しだ 後でメモしとこう)
「LFPが使えないんじゃ特攻隊長サマも形無しだなぁ〜。今なら土下座して俺たちに携帯出しゃ許してやってもいいんだぜ」
(特攻隊長‼︎ かっけぇー‼︎ やっぱあいつすごい奴だったのか。って、LEP⁇ えーとなんか機械関係の言葉だったような。これも専門の言い回しだろ メモっとこう。で、携帯⁇)
もしや昼間会った彼は、あいつらにとって何かまずい情報を所持しておりそれ故に無理矢理連れて来られたのだろうか。
麻薬使用の現場写真・キャバクラ出入りの写真、いや乱交もありだ。
勝手にゲスいな憶測をする皇真は、さぁどうすると銀髪の彼をガン見する。
「ハッ 阿呆らし」
金髪の語りを今まで黙って大人しく聞いてた彼は首を上げると、わかりやすく鼻で笑い口を開く。
「誰がテメェらなんかに土下座してやっかよ」
(ふぉおー‼︎ そうだそうだ‼︎ ここでカッコよく決めてくれ)
高まる期待は最高潮に達する。
ところが、この期待はすぐに急降下を辿る。
「ザコにはアイスパンチやオーロラキックを使う必要もねぇ」
(……は⁇)
彼の口から出た言葉に思考が停止した。
「LEPが使えないからなんだ。俺はテメェらにやられた仲間の思いしょってんだ」
(…………はぁ〜⁈)
想定外の発言に翻弄される。てっきり『御託はいいからさっさとかかってこいよ』らへんがくると。
騒ぐ胸を抑え皇真は全否定にかかった。
きっと俺の耳がイカれちまったんだ。幻聴だよな。待て待て、敢えて敵の戦意を削ぐさく──。
「絆の力がオレを強くする‼︎」
(ゃ''ぁ''あ''あ''ぁ''あ''ぁ''あ''‼︎‼︎)
詐欺だ‼︎ インチキだ‼︎
銀髪の彼は本気で真面目に言ってるのは濁りない瞳が語っており。何か考えあっての発言ではないことを証明していた。
受け止めきれぬ現実に皇真は弱々しくへたり込んでしまう。
遠くない過去が次々と蘇る。
『くらえっ○○キィーック‼︎』
『みんなのちからをかしてくれ』
『これでおわりだ○○パーンチ‼︎』
『やったエイリアンをたおしたぞ。せいぎはかならずかぁーつ‼︎』
目の前の光景に既視感を覚える。
(間違いねぇ。あいつ絶対戦隊ゴッコでレッドしちまうタイプだ‼︎)
ただの拳や蹴りにダサい名称を付けトドメにあの言葉だ。別にふざけて言うのなら全然良い。しかし彼は大真面目に宣っている。
友人(候補)が
まさか。まさか中二病だったなんて‼︎‼︎
泣きたい。やっと現れた友人(候補)が自分の嫌う病、それも恐らくは重度のを患ってるとは。
念の為もう一度観察するが、彼の瞳は揺らぎなく加えてドヤ顔だ。疑う余地がない。
対する金髪達は完璧に引いていた。顔を寄せ合い「あの噂マジだったのか」「気持ちわりぃよ」「ないわ〜」とひそひそ喋っている。
(だよな‼︎ 俺も同意だよ‼︎)
潜めていようが彼等の話し声以外静かなこの場ではちゃんと聞こえる感想に、激しく頷き混じりたい気分だ。心の天秤は勢いよく傾く。
(フレーフレー名も知らないモブ共。・・・・帰る俺)
皇真に聞こえてるのだから当然前にいる銀髪の彼にも届いてるわけで、今まさに喧嘩が始まろうとしているが。
(無理だ。これ以上は保たない)
精神的ダメージが大き過ぎた。生の喧嘩は捨てがたいけれども、殴り合いの最中でも必ず彼は中二病発言をするだろう。そんなの聴くに堪えない。
(昼間は普通だったんだけどなぁ)
夜限定で発病するとか⁇ 何にせよ早く撤退しよう。
そう決め腰を浮かせた
その時。
ポンっと誰かに右肩を叩かれた。
「っ⁉︎⁉︎」
慌てて振り向き硬直する皇真を、四つの目が見つめていた。