四話 就職 理由 きっかけ
あの日、俺はとても機嫌が悪かった。
平成36年 4月20日 14時03分
(今日はなんてついてねぇ一日なんだ)
丁度良いそよ風に澄み切った青空の下。五十嵐 皇真は、自分の通う中学校の屋上で寝そべりながら声に出さず愚痴をこぼす。
今日は運が悪いことばかりが連発していた。
身支度を整え、さぁ空腹を満たそうと思いきや。昨日まで何ともなかった炊飯器が何故か壊れていて、米はびちょびちょ。当然食べられる訳がなく、朝食を食べそこね。
渋々家を出たら、いつもの通学路に苦手な猫が沢山いて通れず、遠回りするはめになり。
学校につけば、今度は皇真が嫌うクラスメートの女子達に普段以上にしつこく絡まれ。
まだ一日は半分しか経っていないが、既に五十嵐 皇真 にとって、さんざんな日になっている。
午後の授業が自習になったおかげで、やっと落ちつくことが出来たのは幸いであった。
なお、屋上に行く際も女子達につきまとわれ「具合わりーから、保健室に行く。一人にしてくれ」と嘘をついてようやくだが。
屋上の入り口左横についている梯子を登ったところにある給水タンクの影で休みつつ、携帯を取りだす。
画面にはいつもと変わらぬ、おっさんがいる。
ゆるくウェーブがかかった長い赤髪。周りに皺がある黒い瞳。目がチカチカする程、色とりどりの派手なスーツに身を包む細身の体。推定五十代ぐらい。
身長は携帯の限られた幅の画面では、わかりにくいが多分、百八十センチぐらいはあると思われる。おっさんが。
* * *
謎の男が住む携帯。発売元の会社は二年程前まで全く無名だった会社だが、今ではどこの携帯会社よりも売れ店を増やしている。
皇真はその携帯を中学に入る時、「ネットワークの接続が他社より断然速い」と流行り始めていたので、手にとったのだが…。
この携帯は普通ではなかった。なにしろ自室で電源をいれたら、いきなりおっさん。しかも、画面いっぱい顔どアップでだ。
それに付け加え、何処を押してもメールはおろか、通話画面にすらならない有様。
「バグか? ……いや、けどこんなのあんのか⁇」妙な焦燥感に襲われ慌てて、家の電話から携帯会社に問い合わせようとしたら。
「おめでとうございます。今日からあなたは【超能力者】(エスパー)です」
いきなり携帯から音が、いや声と言うべきかが怪し過ぎる事を発したのだ。
驚き視線を戻すと、さっきまで顔しか見えなかった男は画面の中で、腰まで確認出来る位置に下がっている。
男は軽く会釈し、皇真へまっすぐ向き、ゆっくりとした口調で述べた。
「はじめまして。我が主、僕の名前は叶空。ひとまず僕の話を落ちついて聞いてほしい」
目を白黒させる皇真と平然としている謎の男が画面ごしに見つめあうこと、きっかり十分。
皇真の口からでたのは「……はじめまして」のかなり間をおいた挨拶であった。
これが 五十嵐 皇真 と 叶空 との出会い。
その後、混乱状態ではあったが、「まずは説明させねーと意味わからんし、話聞くぐれーなら」そう考え、謎の男に話の続きを求める。
結論「現代の科学はスゲーなぁ。なんだ、その中二病感満載の話」である。つまり現実逃避だ。
因みに、ちゃんと理解出来たのは「叶空はバグではなく百人の内一人に当たる特別ナビキャラクター」のみ。
* * *
まどろむ意識の中、皇真は煙草がすいたくなり慣れた仕草でズボンのポケットから取り出した。
携帯から非難の視線を感じたが毎度のことなので無視をし、いざ煙草を咥えて気づく。
(……ライターがない。何処かで落としたか?)
思わず舌打ちがもれる。
(あ''ーうぜえ。うん、こういう時こそ)
戸惑いなく皇真は探すのを諦めると、頭を右に傾け、ニッコリなんて効果音が聞こえそうな笑顔を浮かべた。
持ち主の右手に収まっている叶空は、何が言いたいのか理解し、長々ため息を吐く。
それが了承の意味だと知っている皇真は、さらに笑みを深める。
(胡散臭えーって思ってたこの携帯も、こういう時便利なんだよな。マジ使える)
少しして携帯から淡い光が溢れ。一瞬身体に不思議な感覚がすれば、ぶかぶかの袖に隠れている皇真の手には、さっきまではなかった[ライター]が握られていた。
今思えば、この時が【運命の分かれ道】だったのだろう。
いつもなら失くした物は仕方ないと諦めるところ。
しかし朝から不運続きでイライラしていて、無性にストレス解消出来るものが欲しかった。
カチリと超能力により出したライターで、火をつけ肺へ毒煙を吸いこみ吐き出した。途端『ガンッ』 強く何かを叩く音が、頭上で鳴り渡った。
目を丸くし、現状を理解できていない彼の頭上では、給水タンクに右拳をつけた一人の男子生徒。
乱雑に短く切りそろえられた、あきらかに染めたのだとわかる痛んだ銀髪。 学年を示すカラーネクタイは付けられていない。代わりに、首や耳・腕にじゃらじゃら付けられているアクセサリーが、太陽の光を反射し存在を主張している。
突如現れた男子生徒は、茶色い瞳をギラギラさせ、皇真を見下ろし。唸るように一言。問いかけた。
「てめえ 何者だ??」
挨拶もなければ、礼儀もない。一方的な相手に、呆然としながら皇真が思ったのは、
(……染めた髪だ、ピアスだ、不良だ‼ カッケーェェ‼!)
単純明快。見かけからの印象だけであった。