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十二の異色が願い込めた裏切り携帯視界  作者: 北条 南豆木
第1章 五十嵐就活編
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二十七話(五十嵐・秘書)

2月11日一部訂正

「五十嵐様これを」


  解放された肩の痛みに若干涙目のチシャ猫が名刺渡すノリで出すものだから、つい「あっ、ご丁寧にどうも」と受け取ってしまった物は名刺じゃなく透明ケースに覆われた携帯だった。

  ぎゃーぎゃー後ろで騒いでる南を完璧スルーして、裏返したり。右手は自分ので塞がれてるから携帯挟む指で軽く叩いたが勿論おかしい所はない。チシャ猫に渡されたからなのもあるが、廃ビル事件で未遂とは言え携帯が爆発起こしかけたのが昨日なのも相まり爆発したらどうしよう。なんて一抹の不安抱きつつ皇真は試しにホームボタンを押し、投げ捨てた。


「何てことされるんですか⁉︎」


「師匠‼︎ 大丈夫画面割れてへんしうご……なんやこれ‼︎ めっちゃいいやん、ワイにも下さい。待ち受けにしますわ」


  気は確かか。忠犬よろしく携帯(ボール)拾い上げ横で今度はきゃーきゃー言い始める南を冷めた目で見つめ距離をとる。


(ねぇよ、マジでねぇ)


  ダブルピースしてるチシャ猫の写メなんざ汚物だ。自分に渡したのは大方嫌がらせだなと思っている皇真の前に再び携帯は差し出される。地に片膝付くポーズのオプションまで加わって。


「いらねぇよ」


「そう仰らずに」


「皇真君。流石に可哀想だよ」


(まただ)


  西園寺との戦闘後も叶空はどういった訳かチシャ猫に肯定的な態度示してて、それが酷くイラつく。理由がわからないせいか、主人なのに己だけ置いてけぼりな感じが──。


「……説明」


  渋々だが携帯を取ったら何がそんなに嬉しいのか。


「私達との連絡用の携帯ですLEPには情報収集に長けた能力もあります故、既に叶空様(ケータイ)お持ちなのは重々承知してますがハッキング対策されているそちらの物をお使い下さいませ、私と南君のアドレスは登録してますので。人前での使用はご遠慮ください、くれぐれも他の方に見つからないようお願いします。その携帯の存在は三人だけの秘密でございます」


「ワイらだけの秘密。なんや嬉しいですわ」


「南君うっかり口滑らせないで下さいね」


「わかっとりますよ」


  黄色満面の笑みでお得意のマシンガントークされうんざりだ。「私達との連絡用の携帯です」の部分で携帯ならあると、右手に収まっている携帯(とあ)振ろうとした皇真はツッコムのも反論するのも馬鹿らしくなった。


(こっちの言いたいことはバレてんだ)


  ならば『任しておけば大丈夫だろう』無意識のうちに思ったその考えは疑問も持たずして、すんなり浸透する。


「では今日はこの辺で」


「朴訥君、お家まで送るからバイクのケツ乗って」


(バイク‼︎ 不良のシンボル‼︎)


  餌につられ外に出ようとした所で振り返る。


「携帯の契約者は私ですよ。料金はお気にならさなくて大丈夫です」


  当たり前に返ってきた答えが、言葉を苦手とする皇真に僅かな好感をもたらす。たかだか十数分の会話でSS危険人物(ちゅうにびょう)から、まだ完全には信用置けないが優秀で便利なムカつく奴という印象へすり変わっていた。


  後ろでほくそ笑む(ねこ)の企み通りだとも知らず。


 皇真は意図的にLEP情報=チシャ猫の図式が植え込まれている事に気づかず、能力関係で困れば頼るだろう。ケイサツで比較的マトモな宮下の助けを借りる選択肢は、本人さえ知らぬ内に塗り潰された。


 ***


「あの子の資料出来たわよん。匠さんどうぞ」


  同じく裏で動く者達がいた。テーブルに置かれた資料へ、部屋にいるメンバーこぞって集まるのが食卓に群がるお腹をすかした子供に映り。数枚の紙を置いた女はニヤけそうになる口元隠しパソコンへ向き直る。

 

(微笑ましいわねん……けど)


  自分が今並べたのはお菓子なんて甘い物ではなく、とびきりビターな代物だ。本当は仲間に(よま)させたくないが。


(匠さんのためだもの)


  例え材料が年端もいかぬ子供のプライバシー侵害であろうと仕方ないのだ。

 

「おいセセラギ」


「はぁ〜い」


  愛しい人の期待に応えるのが自分の存在意義なのだから。

  大胆なスリットから伸びるすらりとした線を描く足を組みかえセセラギが椅子を回すと、『五十嵐 皇真』について記した紙を手に険しい表情をしているのは軸屋だけではなかった。事務所待機していた息吹も彼の捜索から帰ってきた宮下も、小学生である希愛来(きあら)さえ同情の色を隠せない様子だ。それだけ過酷な言葉が揃っている資料は作成者たるセセラギとて彼を取り巻く環境に哀れみ超えて怒りを覚えた。

 

「父親は犯罪者で無期懲役の刑。母親はネグレクト。酷いわよねん」


「ネグレクトってなに」


「……育児放棄って言えばわかるかしら」


  オブラートに包み説明すべきか迷ったが、ちょこんと軸屋の隣につく少女はそういう気遣いを極端に嫌う。無理して大人ぶっている子だと知るセセラギは、紅く塗られた情熱的な唇とは反対に冷酷な言葉をストレートに伝えると少女、希愛来の顔がますます歪む。

 

「…………うん」


  それ以上言葉が見つからないのだろう。口を一文字に結びうつむく姿は痛々しい。宮下などつい今しがたまで彼といただけに思うところがあるらしく、視線を彷徨わせ考え込んでいる。


「もしかして」


「どうした」


「いや、その……女性(さいおんじ)を容赦なく殴れたり、wonderlandから急に出て行ったの家庭環境のせいかもしれないっす」


「どういうことっすか晴樹さん」


  心底わからないとばかりの息吹を希愛来がジト目で見つめた。


「アンタ、本当馬鹿よね」


「んだと⁉︎ ならおまえわかんのかよ」


「あたしはアンタと違って優秀だからね。当然でしょ」


「このガキっ」


「俺を挟んで喧嘩するな」


  眉間を揉み子供の喧嘩を止める軸屋は持っている紙が新聞だったら見事に父親だ。さしずめ息吹が次男。希愛来は長女か。

  二人共納得はいかずとも場の空気を読みおし黙る。しかめ面の長女の頭を優しく撫でる宮下は長男で──。


(私は母親よねん。つまり匠さんと私は……)


  ピンク色な妄想にピンク色な叫び上げてしまいそうになる衝動を、ハートやクローバー模様散りばるカップへ口づけコーヒーで喉の奥へ流す。


「母親のせいで女性への認識が普通じゃないから殴れた」


  息を詰まらせる子供達を横目に気を引き締める。ネグレクトだからって身体への暴力がなかったとは限らない。理不尽に晒し続ける母親の影響で、女性に対する想いが歪な形になっていても不思議ではない。


「wonderlandから逃げたのは昔の記憶がフラッシュバックして耐えられなかったからかもっす」


「昔の記憶⁇」


「ほらあそこって部下や上司とかなくて、仲間というより家族って感じじゃないっすか」


  少数でも何かしらの目的あり人が集えば、そこには必然で上下関係が生まれる。されど宮下の言うように、wonderlandは各々が特性を活かした役割を果たし「情報屋」として成り立っており、一応帽子屋が纏めてはいるもののメンバーに順位など設けておらず皆が対等な立場から意見している組織だ。

  おうむ返しに尋ねた息吹も納得したが、直ぐにまた口をへの字曲げた。


「……で⁇」


「ほんっとうに馬鹿ね、アンタ。ここ見なさいよ」


「どこ」


  トントンっと希愛来の指が叩いた資料のある箇所を息吹が読み上げる。


「五十嵐 ホルガー当時五十二歳 平成三十四年十月十日 自宅にて爆発物取締罰則・火炎びんの使用等及び殺人未遂の現行犯で逮捕」


「事件が起きたのは一年半前。それまではごく普通の家庭だったそうよん」


  家族で仲良く手を繋ぎ遊びに行ったり「食卓を囲み」もしただろう。付け足した説明に様々な想像膨らましてるのか、彼を毛嫌いしている息吹も表情をくもらせた。

  誰もが口を閉ざし重苦しい沈黙が部屋全体を覆う中、セセラギは更に辛い事実あるのをどう伝えるか悩んでいた。すると小さな身体がおずおずこちらへ出てきて小さな声で問うてくる。


「ねぇ……その、殺人未遂ってまさか」


  子供とはこういう時便利だなと思う。大人が口に出せない事をあっさり言葉にしてくれる。

  皇真は己の父親に殺されかけたのでは⁇ 戸惑いつつも暗にそう聞くとは実に正直だ。気になってしょうがないのが手に取るようにわかる。


「彼じゃないわ」


「……母親⁇」

 

  安心したのもつかの間だった。自宅にて起こった事件。子でないなら母親、どっちにしろ最悪である。しかしこの問いにもセセラギは首を振った。


「フィアンセ」


  時間が止まるとはまさにこれ。全員目が点だ。資料を読んでいた軸屋も驚き顔を上げている。


(匠さんは彼の「父親」に興味深々なのね)


  テーブルに乗る文字をチラリ確認して口を開く。

 自分はこんな真面目な話しに母親をフィアンセなんて言い換え遊ぶ程性根腐ってはいない。


「五十嵐 ホルガーによって殺されかけたのは皇真君のフィアンセよん」


  ありのままを認める正当な人間だと、セセラギは固まる仲間が回復するのを「ゴロ助貴方の婚約者はいつくるのかしら」と今日も軸屋の足元で起きているのか寝ているのか定かでない、まん丸な犬を見つめながら待った。

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