二十五話
1月9日 盛大なミスあった為チシャ猫のセリフ後半直しました。
「なんで、どうしてこれが君は一体」
不審がる皇真と叶空の強い眼差し受けるチシャ猫は、この反応は想定内だったかの如くケロリと言い方は違えど同じ答えを返す。
「ですから貴方様が、叶空様が、私に教えて下さったのを実戦したのですよ」
あからさまな嘘をつくその笑みのなんと憎たらしいことか。本当なら叶空がこんなに動揺する訳がない。格好だけでなく動作まで名前にふさわしい、木の上からアリスを高みの見物する猫まんまだ。両者の間にビリビリした空気が流れる。無言のまま数分。皇真と叶空、チシャ猫の挟まる位置で諦観してた南がやがて埒があかないと思ったのか割って入る。
「師匠もぅおふざけはそこまでにしときましょ。時間も迫ってますし」
「そうですね。ちょっと悪ふざけが過ぎました、ご無礼お許し下さい」
丁寧なお辞儀で謝罪するもチシャ猫はこりずにまた如何わしさ満点の言葉を吐いた。
「疑問にはお答えしますよ。けれど、南君の言うように時間がありません。私の言う事が本当かどうかは一旦脇に置き聞いて下さいませ」
「時間、ない⁇」
「君派手に逃走劇したそうやないの」
「五十嵐様がいきなり何処かへ走り去ってしまったと、宮下様から報せ受けたケイサツの方々血眼で探してるんですよ。大事になる前に戻らなければいけませんので」
盛大に顔が歪んだのが自分でもわかった。あんな魔の巣窟に戻るなど御免被る。
二人は身を縮こませ全身で拒否表す皇真に察するものがあるのか何とも言えない表情で生温かい視線を送る。
「わかる、君の気持ちはよぉ〜わかるで。でもな今トンズラこいたら面倒なるんよ」
「私達の話しを聞いてもらえるのならば五十嵐様のご意向に沿えるようお手伝い致しますから」
遠回しに話しを聞く気がないのであれば魔の巣窟へ放り込むと脅しているのか。しかも付近の駅らへんはケイサツに周囲されてるなど先手を打たれたらどうしようもない。それにLEP者共に散々振り回されてきたのはひとえに自分の無知さも多分にあるのだ。
(情報は必要だよな)
もう関わってしまった以上避けるのにだって限度ある。何より能力者と関わってから叶空がおかしいのだ。今思えば息吹と一戦交えた後、元々過保護ではあったがをわざわざ学校内しかも短い休憩時間に自分を引き止め注意してきたり、疲れ果てる自分へ唐突に修行など言い出した頃だったのかもしれない。
違和感を明瞭にしたのは叶空が「想像創生」を「物体瞬間移動」と『能力を偽る要求』してきたのがきっかけであったように思える。
***
それは約二時間半前に、軸屋が営む事務所が探偵業だと知り逃走するもエレベーターにて出くわした宮下によりたす用もないトイレへ案内された時起こった。
『個室入って。メモ見て』
咄嗟に逃げようとしていたのを誤魔化す為に来ただけのトイレ。立ち尽くす皇真へ小さな着信音を鳴らし叶空が送ってきたメッセージには上手い逃走手段の導きかと思いきや期待外れ、予想外な文章が書き込まれていた。皇真はトイレの外にて携帯弄り待つ宮下を伺いながらそっとドアを開け指示に従い入った個室で、考える人よろしく便器に座り唸った。
『僕の本当の能力は隠して、あのね──』
どうやら自分の能力は珍しいもので、知られてしまえば利用される危険が高いとケイサツを嫌う皇真を思っての申し出らしいのだが。
(どうして今なんだ)
報告するチャンスなら幾らでもあった。本当に知られたくないのであれば、もっと早く言うべきだったのでは。無口な皇真が彼らに能力を告げてしまう可能性は低けれどゼロじゃなかったのだから。相棒を疑いたくないが怪しいと感じた。漠然としないまま部屋へ戻った後も、口下手な自分に説明任せ一言も喋らないのに胸騒ぎがした。
その不安が確信に変わったのは西園寺との戦闘終え、チシャ猫達から逃げようとした時の発言だ。
『のろのろしてたら人来ちゃうよ。早く『皆』で行こう』
誰もいない家、一人寂しい自室でマヌケな初めましてからずっと、産みの親より親だった相棒が主人たる皇真の意思にそぐわぬ言動をした。
(おっさんは俺に何か隠してる)
疑問なのは事務所では寡黙を守り、嘘をつかせてまで能力者を遠ざけていた姿勢が急に積極的に関わりを持とうとした事。事務所とこの場での違いは一つ。
***
「私の話聞いて頂けますか」
目の前で小首を傾げ胡散臭く微笑み人物の存在だ。こいつなら理由がわかるかもしれない。
「嘘はなし」
「承知しています。けれど、真実をお伝えしても五十嵐様に信じて頂けないと意味がないのですけどね」
「あひゃひゃ師匠も人が悪いなぁ」
どういう事だと南を見ると、彼は入り口へ歩き出しノブを握るものだから慌てて皇真は呼び止めた。
(え、帰るの。この状況で⁇ SS危険人物と二人っきりは嫌だ、俺)
この際変態でもいいから一緒にいてくれ。凛々しい三白眼を捨てられた仔犬化させテレパシー送るも、流石は暴走族副リーダーといったところか。
「さっき」
「……さっき⁇」
「ワイが暴走族なのか君が疑った時や」
(疑いが晴れた訳じゃねぇぞ変態)
「あん時ワイは証明出来ひんかった。けど」
チシャ猫に一瞬視線をやり南はハッキリ告げた。
「師匠なら証明出来る。例えこれから話す内容がどんだけ浮世離れしたもんでも、な。お先失礼しますわ師匠。朴訥君もまた会おうな」
「……朴訥君⁇」
(俺、五十嵐)
全く通じず、やけに不敵な笑みで言いたい事だけ言って出てってしまう。きっと彼は道端に咲く一輪の花を踏み潰すタイプだと皇真は推測する。
「朴訥君⁇」
「気になさらないで下さい、さて本題に入りましょう。札を説明するにあたってまず重大なお話を……っと私としたことが失礼しました」
さらりと流し、さらりと流せない衝撃発言を。唯一人がこの部屋を使用している形跡を残す、隅に立てかけてあるパイプ椅子を組み立て差し出したチシャ猫は緩んでいた顔を引き締め大真面目に断言した。
「もし今のままでいたら『来年の10月31日』五十嵐様。貴方様は悲惨な死を遂げてしまいます」
「……あ、はい」
「おや⁇ 信じて頂けるのですか」
「あ、はい」
「でしたら話は早い。実はケイサツ長官たるじく」
「待って待って‼︎ どういう事⁉︎ 皇真君が、そんな、し、死ぬって‼︎」
あまりのぶっとんだ話に取り乱したのは、死の予告された本人ではなく相棒だった。
「ちょっと皇真君何普通に受け入れてるの⁉︎ この子しし死ぬ、いや死んじゃうかもしれないって言ってるんだよ」
正確な日日まで付けて『貴方は死ぬ』と告げられた言葉を「かもしれない」と言い直したのは信じたくないのもあるが、主人の死を否定したいからだろう。本人でない相棒が受け入れられぬ未来を告げられ平然と応える皇真を涙目で睨んだ叶空は、主人の顔と相対し「あっ」と声を上げ悟った。どこかで聞いた話し「人は自分よりパニック陥る奴を見ると不思議と落ち着く」って本当だっんだと。叶空は人間ではないが実感した。
「皇真君」
「あっ、はい」
「今日のお昼ご飯は」
「あっ、はい」
「皇真君は中二病大好き」
「あっ、はい」
「駄目だっ‼︎ 重症だ」
同じ言葉のみ繰り返す主人に、叶空は何度Aボタン押しても設定されているセリフしか言わないNPCといる気分になる。
「すいません。本題入らせてもらいますね」
「この状況で⁉︎」
「時間が迫ってますので」
画面は反対を向いておりチシャ猫には捉えられないが、このPCからNPCに成り果てた主人が見えないのかと目を剥いた。
「皇真君の顔よく見てよ、ね」
まともに話など聞こえていないのがわかるだろう。
「自身の死さえ冷静に受け止め次の手を考える、素晴らしい勇敢さ伺えるお顔ですね」
「違います。現実から目逸らしてるんです」
「では本題を」
「あのね、だから──」
二人の会話は、虚ろな瞳で貼り付けたような薄ら笑い浮かべ微動だにしない渦中の人物を置いて進む。
朴訥……飾り気がなく口数が少ない。