二十四話
「師匠めっけたでって、こら暴れんといて」
うるさい離せ、今すぐに。
「あ〜ちょいと警戒されとるみたいで……え、そんなんでエエんですか」
ちょっとどころじゃねぇよ。この変態が‼︎
「はぁ師匠がそう仰るなら……へいへい了解しました」
ハイヒールショックから我に帰り、逃げるべく背を向けたらあっさり首根っこを猫のように掴まれ捕獲されてしまった。襟が限界まで伸びる程無茶苦茶に暴れるもひょろい図体の割に腕力が強く離れない。どこか、いや十中八九宮下達に連絡をとってるのだと思っている皇真はワイヤレスヘッド越しに会話している男へ睨み利かす。
(上着はこれだけだけど、もういいっ‼︎)
こうなれば服失えど構わない。露出狂だなんて不名誉な称号与えられようが知るものか。
逃げるのが優先だと街を上半身露わに闊歩する覚悟をする。
(ふぉおお‼︎ 俺の漢っぷりをみっ)
「暴走族 興味ない⁇」
「……ぇ」
通話を終えた男が唐突に語りかけてきた内容は、華麗に服を脱ぎ捨て走り去ろうとしていた身体へ停止命令を送った。ろくに耳も傾けてなかった態度が変わったおかげか、首元を締めていた拘束が緩まる。
ポカンと見上げる皇真へ男は僅かに身じろぐがハッキリと告げた。
「ワイは暴走族副リーダーの南 稀翔や」
暴走族。副リーダー。
二つの単語に言いたい事は沢山あるが込み上げる感情に翻弄され、餌を待っている魚よろしくパクパク無意味に口は開けたり閉じたりを繰り返す。
「ケイサツなんて入ったら終わりやで。あそこは価値観の押し売り、さらに洗脳の大セール店。なんせブラック企業も真っ青な長官はんが頭務めてはるからな」
ふざけた物言いに対し抑揚なく真実かのように胡散臭い笑み浮かべ語る彼の方が余程詐欺師っぽい。
「君、暴走族は悪なんて刷り込みされてるんちゃう⁇」
この暗い場所でもハッキリわかるクマで覆われた目元を三日月型に歪ませ自分を見る瞳は、疑問系だが確信あるのだと明確に表していた。
紫と白、ロングとショート。左右反対綺麗に分かれる髪を弄りながら、ハイヒール履いてるくせに首元だけは男らしい喉仏を震わせ南が言う。
「そりゃ好き勝手しとるけど『ケイサツ程やないで』自分等は仲間騙してまでしてへんわ」
言葉の端々からケイサツへの悪意がビシビシ感じられる。ケイサツは「価値観の押し売り、さらに洗脳の大セール店」と言ってたが、本当にそれをしてるのは彼なんじゃないか。負の感情による偏見や歪んだ思いあっての発言に聞こえてしまう。
「もう一度言うで」
とてもじゃないが一ミクロンだって信用値する人物には捉えられない。
「ケイサツなんて入ったら終わりやで」
「それは激しく同意だ。あっ」
「おっ、おぉ‼︎ やっと喋ってくれたな」
「え、あ、いや」
「しかも話しわかるやん。なぁ、ケイサツなんぞあんなさっむい滑稽な正義掲げとる所願い下げやろ」
内部事情はさて置き、「ケイサツ」名前からして既に痛々しい、お綺麗な正義宿す中二病の巣窟たる場所認識だけは同意なのだ。
軸屋の事務所にてエロいお姉様から通達された死刑宣告にて知った、ケイサツ側と認識された事実に打ちひしがれていた心の声をつい出してしまった。 拒否反応がいらん所で発揮されたせいで、相手は固く閉ざしていた口が開いた事に下卑た笑みを輝かせ喰いついてくる。
「違う」
「何がや⁇」
「……同意、は、する。けど違う」
「…………すまん。どゆこと」
誰かとこんな声出して話すのはいつぶりだろう。ジェスチャーで伝えようにもどう表現すれば良いものか。自分の言葉で説明するのは難しい。普段の習慣で困った時は相棒任せの皇真は、やはり助けを求め携帯を手に持ち懇願の眼差しを注ぐ。画面に映るまたかと、ため息つくも仕方ないなと子を見守る親のような苦笑する叶空に無意識に強張っていた身体がほぐれる。
「あのね、皇真君はケイサツへの入団⁇ って言うのかな。その点は頷くけど君を信じた訳じゃないんだよ」
簡潔に伝えたい内容を代弁した相棒に首を縦に降った。すると南は絶やすことなかった笑みを止め急に真顔になるものだから、再度余計な力が入る。
「君は自分が自分である事証明出来る⁇」
「は⁉︎」
「ワイの事全然知らん君にワイが暴走族の副リーダーって信じてもらうの無理やろ」
存在しない証拠の提示なんぞ無理だ。言外にそう返され考える。例えば、まぁあり得ないだろうが暴走族副リーダー任命書なる物があったとして皇真にはそれが本物かなんて分からない。南を全く知らない自分では彼が幾ら説得しても疑わしく思えてしまう。今ここで南=暴走族副リーダーと結びつけられるだけの決定的な証明は「五十嵐 皇真が五十嵐 皇真」だと南に信じてもらうのと同等に難解だと理解した皇真はどうすれば良いのかわからなくなった。
もし彼の言葉が事実なら喜ばしく是非暴走族へ入れて貰いたい所だが……。
応えあぐねる自分に、ニヤけ顔戻った南が立ち上がり手を差し伸べる。
「信じる信じないは君の自由や。けどここおったら絶対最悪な道歩む結果なる、それだけは保証したる」
何故か、笑っているのに悲し気な表情のように映るのは見間違いか。中ニ病アレルギーのせいで目がイカれたのか。
「やっぱり君話しわかるやん」
「皇真君⁉︎」
此奴を信用したんじゃない。既に確定してる中ニ病野郎共より疑わしくも可能性ある方を選んだ、それだけだ。
手を取り後をついて行く。今まで不本意に流されてきたのとは違う。自分の意思で選んだ道を進む。曲がりくねった迷路を駅とは反対方向歩く。何処に行くのかと疑問抱いてたら、先導していた南は二、三分も進むと足を止め肩にかけている革バッグから猫や兎可愛いらしいキーホルダーつく鍵を出した。
(変わった鍵だな)
一般住宅で使うのとは明らかに違う、表面にデコボコの穴が開く細長い棒形状の鍵。製造番号やメーカー刻まるれている丸い取っ手がなければ何かの部品みたいだ。しかし何処に使うのか。周り一面壁に囲まれている此処でと思っていたら、鍵はその壁へあっさり差し込まれ驚きに目が丸くなる。
カチリ
軽快な音をたて奥へ押し開かれた扉に言葉を失う。
「フヒャヒャ、口ん中虫入るで」
ハッとなりよく観察すれば奥の床はタイル張りで部屋になっているのが伺える。壁にしか見えない分厚い扉、叫んでも滅多に人が通らない道。万が一危険な目にあっても助けは来ない。
(いいのか、本当に)
急に不安が募る。
「携帯」
「え」
「怖いんなら携帯耳にかざしといてええで」
いつでも助けを呼べるように。
挑発的な視線がプライドを撫でる。利口に動くべきだとわかっていても、まだ少年である皇真に感情を制御出来よう筈がなく強気に首を振り否を唱えた。ビビってなどいないと。
「さよか、ほなどうぞ」
唇を固く結び踏み出す。その一歩が未来を大きく変えた事を唯一知る、南に負けず劣らずの胡散臭い笑み携える人物は皇真の入室を著しく腰を折り歓迎した。
「こんにちは約二十分ぶりですね、五十嵐様。お待ちしてましたよ」
「この悪の手羽先め間違えた、手下め。帰る俺」
「ちょ、ちょお待ちぃ‼︎ 君そんな流暢に喋れたんやな、南びっくり」
おちゃらけているが口元ひきつる南が立ち塞がる。
「どけ変態」
「変態⁉︎ ひどな」
「皇真君‼︎」
「ん、何おっさんが焦ってんだ。テンパってるの俺」
「ワイはへんた」
「上‼︎ カメラ上向けて‼︎」
「上って何処らへんだよ」
「なぁ聞いてぇー‼︎」
外はなかったがこちらにはノブがあるドア側を指示に従い仰ぎ見て固まる。
(ヤダコワイ)
出来れば気づかずにいたかった。もしや曰くありの場所ですか此処。なんでわざわざ視界に入れさせたんだ。
「おっさんふざけんなよ……おっさん」
暫し待てど来ない返事に目線を落とす。
「なんで……」
「おっさん⁇」
青いのを通り越し真っ白な顔色で唇はわなわな震わせ、ひたすら一点を見つめる尋常ではない様子に皇真はこれがただの『札』じゃないと理解する。
そして更に部屋の中央だけでなく四方にも、まるで監視カメラかのように貼ってある札に気づき悪寒がゾッと全身を舐める。
「貴方様が授けて下さった知識ですよ」
静かに背後からこぼされた言葉、恐る恐る振り向く。
「『初めまして』叶空様『お久しぶり』です」
初めて会った時と変わらぬ捉えどろこない表情でチシャ猫はニヤリと笑った。