二十三話 スカウト受かる 方法 (五十嵐)
(限界だったんだ)
肩が自然と上下し息切れる。足を止め、振り返ったT字路を暫し見つめ、人の気配ないのがわかると、背中を壁に預けずるずる冷たいアスファルトへ尻をついた。
(無理無理無理、なんだあれ。なにあれ、もぅなんか……)
日を遮る高いコンクリートの壁を、薄暗い路地裏の如く光宿ってない瞳で仰ぐ。
***
宮下とチシャ猫に連れられ踏み込んだ所は二次元だった。そう思うぐらいの空間だったのだ。腰を落ち着かし話せる場と提供された、チシャ猫同様名のまんまな「wonderland」
「不思議の国のアリス」がコンセプトの『普通』の店ならば拍手喝采で褒め称えるクオリティであった。働く人間含め、だ。
世の中には二次元のキャラ装う、所詮コスプレなる趣味存在している知識はある。他人の趣味にとやかく言うつもりはない。趣味の範囲で収まるのであったら。
「wonderland」を二次元たらしめているのは拘り過ぎた室内装飾ではなく、その場所にいる人物達である。
人一人がどうにか通れる狭い迷路のように続く道を歩き、ホラー映画に出てきそうな年季の入ったドアを潜った皇真を迎えたのは芳しいコーヒーの香りだった。
(喫茶店か⁇)
至る所に置いてある大小様々な観葉植物は視界からの情報に頼りがちな現代人の目を癒し。 インテリアにあまり関心がない皇真でも値が張るとわかる、落ち着いた色合いの赤と黒を基準とした調度品は部屋を煌びやかに飾っていて。それらを程良く配置された間接照明が温かみ感じるオレンジ色に照らす空間は、部屋全体に開放感演出している。
飲食はコンビニかスーパーで済ませる自分とは遠遠しいオシャレな場に背中がむず痒くなる皇真へ、客と思わしき男がコーヒー片手に声をかけた。
「チシャ猫。『アリス』を連れて来るなら前以て教えろ」
(……アリス⁇)
今入って来たのは自分達だけの筈だ。念の為後ろを確認するが女性はいない。何か嫌な予感張り詰める。
「あぁー‼︎ また『アリス』勝手に連れてきた。僕ちんの仕事とっちゃダメェ〜」
次いで大きな観葉植物の裏側から元気あふれる声が聞こえ覗くと、そこには皇真の半分くらいの背丈しかない白髪の子供がハート型に縁取られたファンシー感満載なソファの上でぴょんぴょん跳ねていた。
「すいません。今回急を要する事態でしたので……白ウサギ、お客様の前ですよ。ソファの上でジャンプしてはいけません」
「靴脱いでるしいいじゃん」
「そういう問題ではありません」
(……白ウサギ)
頬を膨らませ喚く子供は放っておき六人掛けの木製テーブルでコーヒー味わっている男へ注目する。
ツバに造花が山盛りあしらわれた黒いシルクハットは帽子よりオブジェに近く、ネクタイではなく黄色いリボンが首元飾るスーツ姿、着る人を選ぶ独特な服装は男の為に仕立てたようにピッタリだ。そして手に収まるカップが見覚えのある物と気づいた皇真の瞳から、光が消えた。
(SSクラス危険地帯)
チシャ猫・白ウサギ。ここまで揃えばわかる。客と思っていた人物は童話に沿うならば帽子屋で間違いない。そして帽子屋が持つカップは軸屋の事務所にて出された可愛いらしいトランプ柄と同じなのは偶然ではなかろう。
「紹介するっすね」
室内の雰囲気に騙されかけた皇真に宮下が真相を突きつけた。
「ここは『ケイサツ』お抱えの情報屋さん『wonderland』っす」
誇らしげに語る数々の単語がついに表情すら奪った。だが宮下のターンはまだ終わらない。
「その名の通り不思議の国のアリスを舞台にしてる所で、情報屋さんも皆物語の登場人物を名前にしてるんすよ」
「……」
「本名は企業秘密らしいんでそこは許容してほしいっす。コードネームみたいなもんっすよ」
「……」
「因みに新規のお客様は顧客になるまで『アリス』設定だから五十嵐君を女の子扱いしてる訳じゃないっすからね」
自覚はなくとも確実に殺りに来ている宮下へ加勢が飛ぶ。ぴょんとソファのバネ利用し降りた白ウサギが、テーブルに並ぶ沢山のお菓子からクッキーを摘み口を開く。
「急がなきゃ三時のお茶会終わっちゃうよ」
「何言ってる。今三時になったばかりじゃないか」
「けれどのんびりしてたら、白ウサギにチョコレート全部食べられてしまいますよ」
「えぇ〜‼︎ なんで僕ちんの狙いがわかったのさ」
「私は何でも知ってて、なぁ〜んにも知らないチシャ猫ですからね」
秒針を刻まない腕時計を提示する帽子屋へ時計の意義問う気力も起きない。チシャ猫を見た時は痛々しいコスプレ野郎と捉えてたが、完璧に成り切っている彼らはもはや役者だ。
「この人達いつもこんな感じなんっすよ。帽子屋さんなんて深夜来ても普通に帽子被ってて、スゴイっすよね」
但し舞台から降りる気など毛頭存在しない。
宮下のターン終了と同時にあるコマンドを連打する。HPもSPも赤ゲージの今、自分がとれる行動は一つ。ボタン壊れるんじゃないかぐらいの速さで打つ。
「ん⁇ あれ皇真君⁇」
携帯握りしめ深呼吸始める皇真は、異変を察知した叶空の呼び声に人差し指をそっと唇へあてる。
突然だがLEPは能力が発動するまでにタイムラグ生じる。能力により時差はあるが「想像創生」だと、使用者が頭の中で具体的に召喚する物を浮かべ出現させる距離図るのに最低約三秒かかる。
しかしこの時オートスキル「中二病アレルギー(かじばのばかぢから)」発動した皇真は、その工程を一秒で成し遂げる最短記録叩き出した。全員が着席し後は自分だけになった所で、ぐっと靴底を床に押し付け拳収まる物を素早く、躊躇なく彼らとの間へ落とす。
手から離れた小さな缶状の筒は即座に部屋中をブワリ赤い煙で満たした。
「へっ⁉︎ なんっすかこっゲホッオェ」
「いがらっさゴホッ、目にっ‼︎」
「おい宮下、バリ、アっくそ」
「いだぁい‼︎ なになにぃ」
椅子が擦れる音や咳き込む声に混じり外の空気入る唯一のドア閉まる音が聞こえようと、見渡す限り真っ赤な景色になす術なく遠ざかる皇真を宮下達は呆気にとられながら見送るしかなかった。
暫く経ち霧が晴れ軽いパニック陥る宮下とチシャ猫を宥めた帽子屋は後にこう語る。
「出禁だ」
ぼやきに近い反響する訳がない声は、騒動で破れた皿、踏み潰された無惨なお菓子散らばる部屋に響き渡ったそうな。
***
(彼奴らと関わってから毎度同じ事してる気がする俺)
敵前逃亡、戦略的撤退。覚えてる限りこれで三回目だが、今回異なるのは逃げ切れた事だ。
(いやいや油断大敵だぞ俺)
やったと歓喜したら毒牙に襲われた痛い過去ある以上、息を整え次第走るべきだろう。
辺りをキョロキョロ伺う皇真は知らない。上下左右続く道を適当に走った結果、チシャ猫達の予想を完璧に外したのを。現在最高の幸運が訪れているのを。
そして──。
……カッカ……ッ、カツン。カッカッ。
薄暗い路地に鳴り渡る足音にビクリ身体が弾む。自分が来た方から聞こえる、段々大きくなる音は誰かが此方へ来ているのだと理解させた。
(ヤバイヤバイヤバイぞ俺‼︎)
へたり込んでいた姿勢を正して、腰を浮かす。T字路へ恐る恐る瞳を動かし気配を探る。
(今走ったら気づかれる)
人影は見当たらないものの、高らかに鳴る足音からして自分との距離が近い。背中に嫌な汗が伝う。
(何処か隠れられる所は)
視線を巡らせば、なんとも都合の良く子供一人隠れるには充分な木箱を発見し急ぎ向こうとは逆の方面へ回り込みしゃがむ。
カッカッ カッ カツカツ。
(くるな、気づくなよ)
どんどん大きくなる足音に自分の心音が比例する。身を縮め、荒くなる息を両手で押さえひたすら通り過ぎるのを願う。
カッカッ、カツン カツン。
(こっち来んじゃねぇ、よ……ん⁇)
神経研ぎ澄ましていた皇真は、今更ながら狭まる音がおかしな事に気づく。
カツン カツン。
(ヒール⁇)
路地裏に響くのは街中で耳にする、女性が履く靴の音だ。あの場にいた者達を思い浮かべるも全員男で、いくら末期の中二病患者と言えど女装している変態はいなかった。
もしや自分の思い過ごしか。今恐れている音の主は偶然通りすがったお姉さんでは。考えてる内にいつの間にか不規則な音が止んだのも相成り、怖いもの見たさと一刻も早く安心したい欲望がもたげる。
(……ちょっとだけなら)
煩い心臓、ひっそりとした場所がより恐怖に拍車をかけるが、気になって仕方ない。
(片目でちらっと、覗くくれぇなら)
堪えきれず木箱の端からゆっくり、ゆっくり、頭を出す。
「あ」
「めぇ〜けた」
皇真は知らない。
まるで自分が出でくるのを知ってたかの如く膝折り曲げ待ち構えていた長身の男が、憧れの暴走族。それも何十人と集う部下を率いる副リーダーであることを。
(ヤダーヘンタイサンジャナイデスカー)
無意識に視線のみおろし映った真っ赤なハイヒールの切っ先が鋭い刃となり、自分の心臓を刺した錯覚陥る皇真は最大のチャンス到来している事を、知らない。