二十一話 (五十嵐)
「ハローハロー ご機嫌麗しゅう?? 皆様」
芝居掛かった声が降ってきたこの時点で、五十嵐皇真は戦慄を覚えていた。
平成36年 4月21日 15時00分
いきなりの乱入者に宮下だけでなく、正気を失いかけていた西園寺まで攻撃を止めた事に皇真の目が軽く見開く。
(それだけスゲェ奴のご登場ってか)
二人は驚いてはいるが、見知らぬ者に警戒し周囲を伺っている態度ではない気がした。むしろ逸れてしまった母親に呼ばれた時に似た、安心している感じさえする。
とりあえず西園寺は襲ってきそうな気配はないので皇真も辺りを見回し声の主を探す。
されど視界を遮る建物もない平坦な敷地に人影は見当たらない。キョロキョロ首を回す自分達にまた反響する声が語りかけてきた。
「こっちですよ〜うえで〜す」
言われた通りに視線を上げると五十メートルぐらい離れた先。一つだけ取り残され寂しく佇むビルの屋上に、赤いメガホンを持った人物がいた。
その人物は三人の視線が集まったの確認すると人差し指を立て、デパートやイベント会場で耳にする迷子放送みたいな口調にて喋りだす。
「あっ気がつかれましたね。ピンポンパンポーン。ご連絡致します。仲ノ駅ショッピングモールにお越しの東泊様から『カレンと連絡が取れない〜』と伝言を承っておりま〜す」
声からして男であろう人物の茶化した言語に挟まれた『東泊』という名が出た瞬間、まるで今眠りから覚めたかのように西園寺の身体がびくりと跳ねる。
「聖人が⁇」
内容を認識するや否や、足をすくませるまでに皇真達へ敵意向けていた西園寺が、自分達をあっさり意識の外に放り一心不乱に携帯を弄り電話をかけだした事実に皇真は頭が追いつかなかった。
(なんだ⁇)
助けを求め宮下を見れば「もう大丈夫」と柔らかい表情を返され尚混乱する。殺意といっても差し支えない程憤怒していたのが、こうもあっさり変わるだなんて異常ではないかと不気味に思えど、彼らと関わりが薄い自分では考えた所で分からない。でも少なくともあの乱入者は敵ではないことだけは感じ取れた。
あのまま戦闘が続いていたら皇真達は下手すれば棺桶、良くても白いベッド行きだったのを免れたのだ。
宮下が肩から血を流しているものの、自分は無傷で済んだのは皇真には最善の結果である。謂わば赤いメガホン持つ乱入者は命の恩人なのに、何故か皇真の心中は穏やかではなかった。風に煽られる木々のよう胸が騒めく。
「わかりましたわ……ええ、直ぐに着きますから待ってて下さいまし」
成り行きを見守っていると、電話を終えた西園寺はさっと背を晒し駆け出してしまった。去り際皇真達をしっかり睨むのを忘れず、乱入者へは数分前の恐ろしい彼女を知らなければ騙されるであろう可憐な笑みで手を振って。
此方としてはありがたいが、どうにもしっくり来ない展開に表情がくもる。
「ありがとっすぅ〜本当助かったす‼︎」
「いえいぇ、これが仕事ですから。とりあえず怪我の処置しますので場所を移しましょう」
だが、そう思っているのは皇真だけらしく宮下は安心しきった態度で叫び、乱入者も慣れた様子で応えていた。
(わっけわかんねーよ、って…………別にいいか)
二人を眺めつつ自身がもう此処に留まる理由が無い事に気づく。他人以下の西園寺について知ったことではないし、災難に巻き込んだ宮下は怪我を負っていようが殊更どうでもよかった。
(……帰るか)
元々そのつもりだったのが想定外の寄り道をさせられた。早く愛しのマイホームに帰って休みたい。
もし今一緒にいるのが息吹や軸屋であったら黙って回れ右していたが、あの連中内では比較的真面な宮下には一応LEPにおいて世話になるだろう。良好な関係を築いとく方が今後楽だと打算ある思惑で、先に帰宅する旨を伝えるべく服の裾を掴む。
「あぁごめんっす、置いてけぼりにしちゃて」
違うそうじゃないと否定の言葉は、何度目かのデジャブによりかき消される。
「ちゃんと紹介するっすから。あの人すんごい人なんすよ、早い内に会えるなんて五十嵐君ツイてるっすね」
口を挟む間もなく、怪我人とは思えぬ力強さで引っ張られた皇真に今世紀最大の突風が心に襲う。
「いやぁ〜大変でしたねまずはともあれお疲れ様ですさぁさぁ帽子屋さんには連絡しておいたので宮下さんはこれで傷口押さえて下さいそして五十嵐皇真様会える日を大変心待ちしておりました僭越ながら私『チシャ猫』が案内しますので付いて来て下さいませ」
強制連行されたビルの前にて待ち構えていたノンブレスで告げる来訪者を間近に捉え、恐ろしい台風が心臓辺りをビュウビュウ搔きまわす。
皇真は自身の胸騒ぎと声を聞いた瞬間芽生えた戦慄は合っていたのだと潔く実感した。ガンガン鳴り響く警報に従い未だ己の腕を握る宮下の手を振り解こうともがく。
「チシャ猫⁇ どうしたんっすか、なんか変……ん⁇ 五十嵐君紹介ちょっと待ってね」
違うそうじゃない。渡された白いハンカチを押さえつけている腕が右側の視界を遮り、宮下には顔面蒼白な皇真が見えず、またもや検討はずれの返答がくる。抗う皇真より来訪者改め『チシャ猫』と称する台風に気がとられているようだ。
(さっき迄ふっつうに意思疎通出来てたよな⁉︎ ひょっとしてこのトンデモねぇ『イタイ人』は妨害機能でも搭載してんの⁉︎)
目の前に立つ命の恩人へ皇真は既に感謝の念すらなかった。『イタイ人』と評価された人物が戸惑っている宮下に二・三言何かを告げくるり翻った所で、全身に宮下の相棒ヒュン吉の如くサボイボがたつ。
(……尻尾)
ベルト通しからぶら下がるピンクと紫色のデカいストラップを動きに合わせ揺らす。コスプレと云っても差し障らない格好のイタイ人物は、頭の天辺から爪先まで童話に出てくる『チシャ猫』そのままであった。
唯一違う点である自分達に語りかける際使われた赤いメガホンがより異質感を放ち、コンクリートジャングルな都会にいるとコラージュ写真かのように浮いてる。
「さぁさぁ長居は無用ですよ」
促すイタイ人物の言葉に頷き歩き始める宮下の動きに反し、皇真は脚を踏ん張り留まった。二人の怪訝な表情に左右へ力一杯首を振る。
皇真の頭の中ではある工程式が成り立っていた。
「LEP関係者(中二病)」+「コスプレ(イタイ人)」=SS級危険人物。
因みに当初の期待を裏切り中二病発言し敵意剥き出しでつっかかる息吹はS級で、その親玉たる軸屋もS級。宮下はまだ中二病さしたる言動は見受けられないものの、昨日今日と面倒ごとを起こすトラブルメーカーしかも今尚道ずれにしている為A級にランクインしている。
「どうしたんっすか⁇」
「はっ‼︎ もしやどこか怪我されてるとか⁉︎」
大袈裟な素振りで歩み寄るチシャ猫に、腕を目一杯伸ばし牽制するも相手はぐんぐん近づき人工の紫色の瞳と相対する。その瞳は本当に心底心配しているのが窺え、背筋からゾッと悪寒が走った。
「怪我はされてないようですね。五十嵐様、実は此処──」
安堵の息をはき、早口にまくしたてられた説明は無傷の筈の頭に痛みをもたらす。
なんでもこの場所はそもそも大規模なデパートが建設される予定だったらしい。けれど、粗方解体作業片づき残ったチシャ猫が居たビルに差し掛かった時だ。
作業員の何名もが原因不明の不調を訴えたり、予期せぬ事故が多発し気味悪いと中止になったとか。
以降、何処からかその噂を聞きつけた刺激求める若人たちの間では有名なホラースポットへなり、更には微妙に崩れかけたまま放置状態の曰くありのビルは一部の廃墟マニアやオカルトマニアに受けが良く、カメラ片手に撮影しに来る者がいるそうな。
前者は深夜だろうが、後者に関しては撮影の為明るい内に訪れる者も多いのに加え。
「今しがた上から眺めていましたら、西園寺様の能力で抉られた箇所が丁度何かの模様……あっ、ミステリーサークルですね。アレのようになっているんですよ」
自分達がいた先に視線をやれば、成る程瓦礫が地面を覆い締めてる中ポッカリ空いている部分が目立つ。
まだ日が昇る時間帯に子供らがこんな異様な場に居れば、要らぬ注目を浴びるのは歴然だ。
(もういいっ‼︎ もういいよ中二病設定の!!)
漫画によく有るそんな物騒な場所へ何故自分を連れて来たんだと恨めしげに見れば、宮下も知らなかったのか「噂じゃ自殺の名所って聞いてたから逆に人寄り付かないと思ってたっす」などと呑気にほざいている。そもそも自殺の名所である事さえ知らなかった皇真は宮下への視線を更に強めた。
「ここは息吹さんの管轄ですからね、宮下さんが御存じなくても無理ないですよ」
「あ〜そうだった。息吹君怪談話の類は一切取り合わないっすからね」
「宮下さんが仰る噂も全くの嘘ではありませんが、肝話がかなり脚色したものでして──」
此処がS級人物と所縁のあるらしい会話により危機感が増す。事情は理解した。が、それなら一人でさっさと離れれば良い話だ。この二人と共に行動する必要はない。
考えを纏めた所にて、絶好のタイミングでチシャ猫に気が移った宮下の拘束が緩む。
(逃げるなら今だ、俺)
ぐっと腕に力を込める。
「皇真君‼︎」
(っ⁉︎⁉︎)
いきなり発せられた鋭い声に解こうとしていた腕が中途半端な形で止まる。談笑していた宮下達も何事かと口を閉じた。
(おっさん⁇)
「のろのろしてたら人来ちゃうよ。早く『皆』で行こう」
「……おっさんなにいっ」
「えっああ、そうですね。申し訳ございません、話を逸らしてしまい。行きましょう」
「最近『都市伝説追求隊』なんてデバガメも出始めちゃってるっすからね」
小さな呟きはかき消され、呆然とする皇真は二人に引っ張られる。
(おっさん、なんか変だ)
LEP関係者とは関わらない方が良いって言ったのはおっさんじゃないか。 しかもそれを自分に伝えたのは、たったの一時間程前だ。
世話焼きではあるが余計な干渉はせず、危険に晒さなければ皇真の意思に従っていたのに。目の前の人物達含め超能力者と会ってから、感じていた叶空への違和感が確信に変わる。
叶空は自分に何かを隠していると。
唇を噛み、すぐにでも問い詰めたい衝動を堪える。
(何か訳があるんだ)
そうでなければ、この相棒が自分の意思に反する行為をする筈がないのだから。