二十話
「最悪っす、ホントありえないっす」
ひとまず訪れた平穏、しかし宮下の心の靄は晴れる以前に増す一方であった。
平成36年 4月21日 15時30分
「あんなの出すなら前もって教えといて欲しかったっす」
「あんなのって、ゴ」
「あーあー‼︎ なんで平気なの⁉︎ てか僕ちゃぁ〜んと見たんすよ。命大事みたいな事言っといて自分だって踏んでたっすよね‼︎」
今しがたの恐怖を誤魔化すように威張る宮下へ皇真はケロリと応えた。
「おもちゃ」
「へ⁇」
「本物違う」
「だ、だって、もぞもぞうご、おぇえ」
自分で言っておき思い出して口を押さえる。記憶を追い払おうとぶんぶん頭を降るが余計に身体がふらつく。
「ん」
我が身精一杯で俯いていたら、ずいっと目の前に携帯を突きつけられる。無駄に高性能な虫の玩具をひけらかすつもりじゃないよなと、ビクビク覗けば画面には小さな爆竹が映っていた。そのまま風船や荷物の包装に使うプチプチの画像などがスクロールされ続く。
視線を上げると、彼は画像を指差した後地面と空を示し、ハンバーガーでも作るように携帯を持ったまま両手の平を押しつぶす。
それを見た宮下から呆れとも関心ともつかぬため息が漏れた。
「……納得っす」
ドサクサに紛れて画面に映っている物を虫達の間に混ぜたんだ。上空から落下した玩具はプチプチなどの潰れた反動で弾み、爆竹は派手だが西園寺のあの混乱具合では気づける余裕はなかったろう。
(だから、さも生きてるみたいに見えたんっすね…………あれ⁇)
「五十嵐君の能力って「物体瞬間移動」っすよね」
顕著に今更何言ってんだと目を細める皇真に素朴な疑問を投げる。
「何処からあんなに大量の玩具、移動で召喚したんすか⁇」
よもやどっかの店にある玩具を借りた訳ではあるまい。そんな事すれば店内は大騒動だ。忽然とありえない量の商品が消えたなんてニュース沙汰は免れないだろう。頭の良い彼がそんな馬鹿なミスするとは思えない。だったら出処は何処だ。
「………………」
「え、そこで黙らないで欲しいっす‼︎ まさかどっかの店から」
先程とは異なる意味で顔が青ざめる宮下をある意味で救ったのは、皇真が持つ携帯に住むものの陽気な声だった。
「ね、ね。僕もお話ししたいよ」
皇真は完全に忘れていた叶空の介入に眉を潜め、宮下は見知らぬ声にちょっとだけ驚くも、直ぐに「ナビキャラクター」だと理解し口を開く。
「おぉー、貴方が五十嵐君の相棒さんっすね……凄いカラフルで綺麗っす」
「どもども。君達の事務所ではお話出来なかったね。僕の名前は叶う空って書いて「とあ」だよ」
「ご丁寧にありがとうっす。僕の自己紹介いるっすか」
「だーいじょ〜ぶ。音声は聞こえてたから」
「そうっすよね」
叶空が着るセンス悪いレインボー色のスーツに対し「綺麗」の一言で済まし普通に会話繰り広げるのに面食らう様子に、宮下は苦笑いした。
「もっと奇抜な相棒持ってる奴らもいるんすよ」
「ね、ね。君の相棒さんにもご挨拶したいな」
「勿論いいっすよ」
僕のはこの子っすと提示した画面には、つぶらな瞳に小さな身体が愛らしいものがちょこまか動き回っていた。
「ハムスター⁇ ネズミ⁇」
ハムスターにしては大きく毛も太いし、鼠特有の長い尻尾も生えていないそれに皇真が首を傾げる。
「正解はネズミっす。けどネズミはネズミでも」
そこで宮下は画面を乱暴に叩く。すると、
ブワリッ。
「っ‼︎」
「わぁ‼︎」
突如柔らかそうだった毛がピンっと逆立ち、触れば怪我するであろう鋭い凶器へと変形する。目をパチクリしている皇真と叶空へ得意げに鼻を鳴らす。
「可愛い見かけに騙されたら、とっても痛い目に合うハリネズミっす‼︎」
「フシュ‼︎ フシュシュシュ‼︎」
「……」
「ああ、うん。わかってるっす、ごめんね驚かせちゃったっすね」
「こーんにちは〜」
両方の人差し指を鬼のツノに見立て相棒怒ってるぞと表す皇真と、すっかりジェスチャーに慣れ返事を返す宮下。マイペースに挨拶する叶空。
和気あいあいと喋り合う皇真達の背後で、もぞり。何かが動く気配がした。
「ヒュンヒュン」
「この子言葉喋れないの⁇」
「残念ながらそうなんっすよ。名前は「ヒュン吉」っす」
「…………」
「うん。違うっすからね。僕がつけたんじゃなく、デフォルトっす」
「ヒュン吉君こーんにちは〜」
「ヒュン」
ゆらり。気配はゆっくり大きくなる。
「あはは、この子嬉しそうっす。……ん⁇ なんか忘れてるような」
「気のせいだろ」
「気のせいだよ」
「ん〜⁇ そうっすか⁇」
大量の玩具の出処話が流されているのに気づけず解せない顔する宮下に、二人はわざとらしく違う話題を話し始める。
「あー、他の奴相棒どんなの⁇」
「僕も知りたーい」
「えっ、そうすっねぇ〜。じゃあ伊吹君のっっ‼︎⁉︎」
穏やかな空気の中、突如左肩に走った激痛に、宮下は訳が分からぬまま反対の手で肩を抑えしゃがみ込んでしまう。
「いっ、ぐぅ……なに、え」
べっとり血に濡れている己の手と肩。まさかと振り向いた先には、美しいブロンドが乱れ荒い息を吐き出す西園寺が、井戸の底を彷沸させる暗い瞳で睨んでいた。
ゾッと背筋が凍りつく。
意識がおぼろげなのか、身体は不気味にゆらゆら揺れ、顔に被さる髪を払おうともしない。
「……西園寺⁇」
宮下の呼びかけにぴたりと動きが止まったかと思いきや、次には首をグラリ正面に向け口元に弧を描いた。
増しみ、憤り、恨みを綯い交ぜにした声で、西園寺が、嗤う。
「く、……ぶふっ、ふふふ。あハはハハぁははハはハハハ‼︎‼︎」
口だけ三日月を形取る歪んだ表情。負の感情を乗せた笑い声。再び浮かび上がる敵意を込められた武器に、まるで赤子を抱くように優しく携帯包む腕。
その全てアンバランスな動作に、足が竦む。
(なんっすか、コレ)
短気だし、傲慢で理不尽だけれど決してこんな狂った人間ではなかった。少なくとも宮下の認識ではそうだった。顔はやり過ぎだったかもしれない。でも幹部として前線に立つ彼女なら怪我を負わされた事とて沢山あるんだ。
何が地雷であったのか。
巧まずして、宮下には目先の光景と過去の光景がぶれて見えた。
(今の西園寺って)
携帯を目前で壊され絶望し殺意を向けてきた連中と酷似している。
まだ己の携帯は壊れていないのに。
そう壊してない。
なんて愚かだったのだろう。
自分は千載一遇のチャンスを逃したんだ。
激しい後悔と恐怖が宮下を襲う。
殺意込められた凶器が近づくのを捉えてても、身体が思考が動かない。
ズドドドッ。
「あ、いが……ら、し君」
後数センチの所で、出現した分厚いオレンジ色のマットが、宮下の身代わりとして貫かれる。
怖くて何も出来ずにいる自分を、年下の少年が怯む事無く守っていた。
「皇真君上っ‼︎」
頭上からもギラリと切っ先を尖らせ襲い掛かる石やガラスの破片にさえ、動揺せず冷静に対処している。
(なに、やってんすか僕)
守るのは自分の役目じゃないか。
(急いで応援を)
皇真が時間を稼いでくれてる内に連絡しようとする。だが「落ち着いて、冷静にならなくては」と頭ではわかっていても、心が追いつかず。
携帯は宮下の手から滑り、虚しい音を立て地面へ落ちた。
「あ……ぁ」
これまで仲間と一緒に戦ってきた。それでも、宮下はどこか他人事で傷つけ合う敵と味方を眺めていた。
身を守れる能力。安全な場所を作り保持する役目。
例え危機が迫ろうと『自分だけは大丈夫』なんて、どうして思っていたのか。
手が震え、指は何度も携帯を撫でるだけで終わる。上手く拾えない。なら相棒に頼もうと思えど、舌も唇も震えまともに言葉を紡げない。
万能なイメージあるLEP携帯も、主人の命令なくしては只の鉄屑と化する。
来る予定だった応援は居らず。押され気味になりつつある、戦闘に適している能力とは言い難い味方。幹部のくせして恐怖に呑まれ役立たずな自分。
(こんな時にあの人何してるんっすか)
絶体絶命な状況。
(誰か、誰でもいい。神様)
助けて。
「ハローハロー ご機嫌麗しゅう?? 皆様」
祈り通じたかのように、やけにエコーが掛かった声が天から鳴り渡った。