十八話 (宮下)
繊細な子なんだな。震える手の平。俯き歩く儚い姿。傍らにいる彼の印象はそれだった。
目の前で石やガラスの破片が飛んできては弾かれ火花散る眺めに、今もまた身体を震わせている彼に申し訳なくて仕方ない罪悪感が募る。
(僕の防御壁もずっとは保たないっす)
「どうしたんですの〜⁇ 反撃してもよろしくてよ」
見目はキャバ嬢のくせしてどこか上品な佇まいで『暴走族』幹部である女は、言葉とは正反対に攻撃を緩めない。
宮下は今震え立っている皇真の手を引いて街中を走った。一般人を巻き込む訳にはいかない思いと『ある目的』持って。そうして必死に駆けたが追いつかれ無駄に終わり彼をまた巻き込んでしまった。二メートル先で自分の能力で出した透明の壁に阻まれ弾け飛ぶ小石などが一層バチバチ火花散らせる光景に、傍らの震えが強まるのを感じる。
(これちゃっんと応援寄越すんっすよね⁇ あの人)
万が一来なくて彼が傷つきようものなら、申し訳ないどころでは済まない。
なにせ『ワザと』この状況を作ったのだから。
あの人がいる場所に近く、自殺の名所として有名で人が寄り付かない。
解体途中のビルがポツンと構えるだけの見晴らし抜群スポットへ逃げ込み。加えて街中であれだけ派手な逃走劇繰り広げたのだ。女の足がオリンピック選手並みに速いのも、あの人は知っているし、追いつかれるのも容易く予想つくだろう。
(来る筈だ。後は時間さえ稼げば『お仕事』は完了っす)
「ごめん。ホントごめんっす」
勘付かれぬよう演技……ではなく、心から謝る。
指で携帯を叩き耳に当てる仕草をし睨む皇真に、宮下はへにゃりと眉根を下げた。
「長官達に連絡っすよね。能力発動中は通話機能使えないんっす」
「……んじゃ番号教えろ。連絡する俺」
「覚えてないっす」
「…………」
「そんな目で見ないでっ‼︎ だって普通他人の電話番号なんて皆覚えて」
「ねぇ、ちょっと」
両手に腰をあて女が会話を遮る。
「いつまでそうしてるつもりなんですの。私飽きてしまいましたわ」
「だったら攻撃しないで欲しいっす‼︎」
問答無用で仕掛けておき勝手言う女は、浮遊させては此方に飛ばしていた石などを止め、喚く宮下ではなく皇真へ視線を添えた。
「そこの貴方、もしかして貴方が噂の『期待の新人』さんかしら」
不快感を示す皇真を気にせず、舐め回すように観察しだした女の表情はたちまち興奮に彩られる。
「合格っ‼︎ 貴女超イケメンじゃない‼︎」
一人でキャーキャーはしゃぎ出す女に宮下は顔を歪めた。
(相変わらずっすね)
暫し叫び終え満足したのか。次には皇真へ送っていた歓喜の眼差しを軽蔑の眼差しに豹変させ、宮下へ冷めきった声で言い放った。
「で、何故貴方がこんなイケメンと一緒にいるんですの」
(……ほんと、相変わらずっすね)
女と会うのは久方ぶりだが、何一つ変わっていない。まるでゴミでも見る瞳に、暗い感情が渦巻く。
「全く、この私が散々注意して差し上げてるのに」
露骨につく溜め息に、昔はムカついたが今はそんな気持ちも起こらない。
ふと袖を引かれ隣を向くと、皇真が唇をへの字に曲げながら、ちらっと女を見て宮下へ咎めるような視線を投げた。
(うん、何言いたいのかなんとなく察するっす)
代弁するならば「お前この女に何したの⁇」ってところだろう。相手が自分を恨んでるのは恐ろしい形相で追いかけた事や、今の態度でわかる。痴女の縺れ辺りを想像されてもやむなしだ。
(こいつが元カノなんて絶対あり得ない。てか嫌っす)
恨まれることをされてるのは僕の方っす。誤解を解こうとしたら、またしても遮られた。
「ねぇそこのイケメンさんも、こんな平凡な人が私達と同じ土台に立つなんて許されないと思わなくて」
どうやら嬲ってもリアクション薄い宮下から皇真へ狙いを定めたのか、携帯を唇に軽く当て洗脳じみた声色で語りかける。
「この力は特別、それ故扱う人間も特別な存在になる。でしたら、相応な人間がなるべきですわ」
自身の頬をひと撫でし、女は言い切った。
「そう、私達のような美しい人間が持つべき力なの」
(マジ相変わらずだ)
悔しいが女は自惚れじゃなく確かに美人だ。艶やかで触り心地が良さそうなブロンドの髪。彫りの深い顔はドギツイ化粧でさえ違和感を無くす。
「そこにいるみたいな凡人が持っていい力じゃありませんわ。まぁ能力者になってしまった以上仕方ないんですけれど」
ゆったりした口調で、容赦なく言葉の棘を持ち。
「凡人は凡人らしく、それ相応な立場と振る舞いをするのが義務だわ」
自分は正しい主張をしてるのだと、高慢に突き刺す。
「現に私の所は平凡な人とブサイクは下僕として働いてますもの」
容姿だけで人を見下す顔至上主義。やっぱり変わっていないと宮下はつくづく呆れ果てる。出会った時から「平凡」単にそれだけで罵られてきた。
お前が幹部だなんて御大層な地位にいるのは不釣り合いだ。
平凡にその能力は勿体無い。
他の幹部達の間でお前だけが浮いてる。
「顔が整ってるからなんだ」「平凡の何が悪い」「美人なだけで威張るな」どれも負け犬の遠吠えにしか宮下自身聞こえず、口にしたことはないが憤りを感じていた。
(いけない。今は『お仕事』中っす)
どろどろ湧く暗い思考を捨て、まさかと思うが、皇真が真に受けていないか確認する為右を向いた宮下の身体が強張る。
(コ、コワイっす)
感情が出やすい子だなぁとは思っていたけれど、
「…………」
ここまでとは思ってなかった。
(僕の隣に鬼がいるっす)
宮下に鬼と例えられる域で、元々鋭い三白眼をつり上げ歯をむき出しにしている顔は、まさしく鬼の形相。皇真から怒りの感情が溢れてるのが目に見えた。
「おい」
「はっはいっす‼︎」
まだ成長期さえ迎えているかどうかの幼い少年から発せられた、地を這う低音ボイスに肩が跳ねる。
「どうしたらアレぶん殴れる」
「え」
予想外の言葉に宮下も女も固まった。
(殴るって……一応相手は女性っすよ‼︎)
宮下とて敵である以上、性別関係なくいずれは倒さなくてはならぬ人物なのは承知済みだ。されど言い方ってものがあるだろう。
狼狽える宮下より女の方が先に、物騒な発言から回復し口を開く。
「こんな輩の為に怒るだなんて優しいですのね。けど女である私を殴るだなんて」
「ブスに性別なんざねぇだろ」
一言。
たった一言で空気が凍てつく。余裕しゃくしゃくであった女の身体がわなわな震えだす。
「今、なんとおっしゃいまして⁇」
信じられない。明瞭に語る瞳にハッキリと皇真は告げた。
「ブスに性別はない」
「……それ、……ぁ、だ、だれ、にむかって」
(これは)
「お前いが」
「アアァァァー‼︎‼︎」
最後まで聞かず、いや聞くに耐えなかった女が荒げる衝動に任せ雄叫びを上げる。
「殺すコロス、殺すっ‼︎ 幾ら顔が良かろうと所詮『ケイサツ』は愚民なのがよっく、わかりましたわ‼︎」
女の周囲にある様々な物が宙に舞う。
(本気でヤバいっ‼︎)
宮下が防御壁を狭めた瞬間、先程とは比べものにならない速度で石やガラスの破片・砂利が襲い掛かる。
ドガガガガ。
防御壁に弾かれては、また直ぐにぶつかるの繰り返し。もはや目の前は火花と煙で見えないレベルで皇真達に牙を剥く。
「どうするんすかっ⁉︎ これぇえーー‼︎」
適当にやり過ごす予定を木端微塵にした張本人は悪びれもせず、再度問うてくる。
「どうすればいい」
「僕が知りたいっすよ‼︎」
(泣きたい。切実に泣きたいっす)
情けない顔で叫び返す宮下に、皇真は淡々と尋く。
「言い方を変える。どうすれば『一時的にアレの攻撃を逸らす事が出来る』んだ」
(逸らす⁇ 一時的に……)
皇真の言葉に一つの案が考えつく。けれどそれは賭けに近い勝負になる。答えに窮する宮下の耳へ「ピシリ」防御壁にひびが入る音が聞こえた。
(うっそ‼︎ どんだけ本気で攻撃してるんっすか‼︎)
並大抵の攻撃ではビクともしないはずの自分の防御壁にひびを入れるとは、流石幹部クラスと言わざるおえない。望みをかけて辺りを見渡せど、応援が来る気配はなく。宮下に判断が委ねられる。
勝負に出るか出ないか。
拳に力を込め決断を下す。
「……一つだけ方法があるっす」
(どっちにしろ防御壁張り直す必要があるっす。なら)
応援が来るのを怯えながら待つか、賭けになろうと先手を打つか。
「攻撃を逸らすんじゃなくて、相手の『西園寺』の意識を逸らせば、隙を作る事が出来るかもしれないっす」
宮下は後者を選んだ。