十六話
登場人物
宮下 晴樹
「はぁいどぅぞ。熱いからぁ〜気をつけてねん」
ありがとうございます。エロいお姉様。
「昨日に続き武信が世話になったな」
勘違いが生んだガチ不可抗力ですがね。
「チッ、長官が言えっつーから言ってやる。タスケテモライ アリガトウゴザイマス」
ファック。
十人は席につける程大きい木製テーブルで、淵にカットレモン乗る可愛らしいトランプ柄カップにて紅茶を飲む。これだけなら優雅なティータイムだが、そんなゆったりした気持ちには浸れない。
(誰か……おっさん助けろ俺を‼︎)
あの後、武器振り回し罵声飛ばす不良達から結局一緒に逃亡するはめになり、撒けはしたまでは良かったのだ。人混みを縫うように走っている内に軸屋所有の「事務所」なる場所に着いてしまったのが問題だ。
「せっかくだ寄ってくれ。君に聞いて欲しい『大事な話』もあるし」
病院でお供しますと言ってしまった手前、そう提案されたら嘘でも用事があるなどつけず、止む無く通された部屋で軸屋・伊吹と向かい合う二者面談が始まり。
唯一の癒しはテーブルから斜め迎えのパソコン机に座る秘書のエロいお姉様ぐらいの、ある種拷問部屋に拘束されてしまったのだ。
恨めしげな視線を携帯に送る皇真に気づいた軸屋が、柔らかい表情で語りかけた。
「大丈夫だ。恩人の携帯を取り上げるなんて野暮しない」
(んな事されたらマジで警察もんだ。いざって時SOS出せるよう離さないぞ俺)
ジーパン越しにぎゅっと握りしめる。
毛を逆立てた猫の如く威嚇する皇真に苦笑と嘲笑二つの反応が返る。
「ハッ じいしきかじょーってやつだな。誰もお前なんざ眼中にねぇよ」
「武信」
「スンマセン」
失礼な言動を嗜める軸屋へ即頭下げる姿に、へにゃりと下がる耳の幻が映った。
(犬かっ‼︎ ああ犬なら本物が隣にいるわ。ワリィ同じにしちまって)
テーブルの脚元ですやすや眠るまん丸い犬に心の中で謝る。
「ああ、そいつは『ゴロ助』噛んだりしない大人しい奴だ」
デブ助じゃないんだ。出かけた言葉を飲み込む。
そもそも事務所とは会社であるのに、ペットが普通にいてよいのか。まず事務所と言う所から皇真は疑問を持っていた。
外装は道路面に立つ各階ごとに違う会社が入ってる五階建ての普通のオフィスビル。だが軸屋が営む事務所は怪しさ満点の地下にあり、更に此処までの途中にいたのは自分とあまり変わらぬ少年・少女ばかり。
一体何の職種なのか見当がつかない。
「さて、まずさっき事務所って言ったが此処は」
タイミング良く説明しだす軸屋の言葉の先を考える。
(中二病がやりそうな仕事)
キチガイな秘密結社、もしくは……。
「探偵」
「え」
「あっ」
つい予想が漏れてしまった皇真を、二人だけでなく秘書のお姉様まで手を止め、パチクリ目を瞬かせている。
(電波発言しちまったよ俺)
今の話題となんら関係ない……と信じたい事を呟いてしまった。刺さる視線が痛い。
「珍しぃわねん。匠さんが本当の事を教えるなんて」
「いや、教えてない」
「はっ⁇ じゃこいつなんで知ってるんですか」
ガタリ。
急に立ち上がった皇真に、またもや皆驚いた表情で見る。
「どうした⁇」
「……トイレ」
そう言うなり部屋を出て行く背に、「トイレなら右突き当りよん」少々戸惑い気味なお姉様の言葉が掛かった。
パタリとドアを閉めた皇真は早足で歩く。その足に迷いはなく、一直線に目指す場所へ着くと、力強く壁にあるボタンをカチャカチャ連打する。
(早くしろオンボロ)
やがて待ちわびていたものが着いた合図が鳴ったのに達成感を味わい踏み出す。
「ん⁇ あれ、君もしかして」
「…………」
***
「迷子って、おいおい」
「わたしちゃぁ〜んと右って伝えたのにん」
「ダッセェ」
「僕がいて良かったっすね」
(良くねぇよクソ野郎。逃亡失敗したわ)
お姉様の言葉を無視し、エレベーターに向かった皇真は敢え無く偶然鉢合わせた「幹部」である『宮下 晴樹』と名乗った青年により魔の巣窟へと戻された。
事前に皇真を知っていたようで、声を掛けられ咄嗟に「と、トイレどこ」と挙動不審に返してしまった彼を、嫌な顔せず案内し部屋までエスコートした宮下は本当に只の親切心だっのであろう。
しかし皇真にとっては余計なお節介だ。
宮下が「よろしくっす」と挨拶するも無愛想な対応になるのは致し方がない。
(もう騙されねぇぞ俺)
左隣に座る宮下が人懐こい表情板につく、温和そうな親しみやすい雰囲気ある青年でも。
(此処の(中二病確定場所)仲間である時点でわかってんだよ)
右目に傷拵えた厳つい親父に、シルバーアクセサリーを沢山着けている風貌だけは不良少年。
職業AV女優なんて紹介されても納得出来る、豊満な胸に白く綺麗なおみ足を黒スーツで晒す、赤淵メガネ似合うお姉様。
色濃いメンバーの中一人だけ平凡であっても、だ。
(絶対コイツも患ってる)
初対面の人間に失礼極まりないが確心に近いものを感じてしまう。体育会系の喋りでも宮下は部活動に勤しんだ体型とは程遠い、多分口癖なのだろう。元から誰にでも敬語っぽく話す所なんかが特にそう皇真に思わせる。
「よろしくじゃないだろ。晴樹、先に五十嵐君へ謝れ」
「あっ、うっかりしてました‼︎ ごめんっす。昨日は僕のせいで大変だったでしょ」
「晴樹さんが謝ることないですよっ。こいつが勝手に首突っ込んだんですから」
「武信」
「ス、いやでも」
「ちょっとぉちょっとぉ〜、主役が置いてけぼりよん」
そこで男三人は話しについていけず、疑問符大量発生する皇真に気づく。
逃亡失敗に関しては与り知らぬ所で有り、別段謝られる事をされた覚えはなく。昨日だって宮下とは会ってすらいないのだ。
首を傾げる皇真にお姉様が助け船を出す。
「あのねん、実は昨日伊吹君が『暴走族』に絡まれた原因この子なのよぉ」
一週間前の抗争にてオーバヒートを起こしてしまい、本当ならば自宅謹慎であった伊吹は、急用が出来昨日この事務所へ来なければいけなかった。
歩けば拉致られる敵ホイホイの伊吹だけでは危険だと判断した軸屋は、護衛を宮下に頼んだのだが
「待ち合わせ場所がねぇ〜」
「なんでよりによって彼処にしたんだか」
五十嵐と伊吹がいた「仲之区」は軸屋達と敵対する『暴走族』の縄張りで、顔が売れている幹部がやすやすと行く場所ではないそうだ。
呆れる大人達にあたふた言い訳する二人の声は、既に雑音にしか皇真の耳に入っていなかった。
オーバヒートとやらが何を意味するのか曖昧にしかわからないが、話の前後からして負傷状態を表すのだろう。
今の説明で「宮下が誤った場所を選び伊吹が拉致られた」よりも「昨日のモブ共が暴走族である」方が重要度の天秤は地面にめり込む勢いで傾く。
(仲之区サイコー。これから毎日欠かさず寄るわ俺)
災難ばかりと嘆いていたが、思いもよらぬ特ダネを仕入れた。
「で、ここからが大事な話なんだ」
憧れる不良集まる暴走族の情報が、よもや魔の巣窟(中二病の住処)で聞けるとは。
「君はその『暴走族』に目をつけられてる」
(願ったり叶ったり‼︎ スカウトくるか俺‼︎)
「実はぁ〜昨日今日と結構派手に匠さん達と暴れちゃたじゃない」
(ん⁇ まぁそうだな)
「貴方、私達の仲間扱いで『期待の新人』って呼び名ついちゃたみたいなのん」
ピシリとお姉様の言葉がまるで石化呪文かの如く、表情を固まらせた。
どこかそわそわ落ち着きなかった皇真のそのリアクションに、軸屋達は焦り口を開く。
特に伊吹は太々しい態度を一変させ、瞳を忙しなく泳がせている。
「わ、わるかったよ。その、なんだ。どうにかなる‼︎」
「…………」
「申し訳ないと思ってる。巻き込んでしまったからには、俺達が出来る限りカバーする。そんな不安に感じなくても大丈夫だ」
「…………」
「本当俺のせいでごめんっす。けど軸屋さん達が言うように、ちゃんと責任はとるっす」
「…………」
「え〜とぉ、とりあえず戻ってきてぇ、落ち着いてお話ししましょ、ね」
「…………」
ゴンッッ。
唐突に机へ頭をぶつけた皇真に、軸屋達がオロオロ弁明しても戯言にしかならない。
(終わった)
寧ろすればする分沈む。
(人生終わった俺)