十四話 (哀れな少年)
皇真達が伊吹の危機を耳にする十五分程前の、ケイサツと敵対する暴走族執務室へ場面は移る。
平成36年 4月21日 12時57分
「ふひゃ、ひゃっひゃ〜」
「……副リーダー、随分ご機嫌ですね」
調子外れな音程で奇妙な鼻歌歌う青年は、鞄の中にノートパソコンや携帯を詰める手を止め。液晶やキーボードが所狭しと並ぶ机がある部屋の中、唯一何も置かれていない綺麗なテーブルに座る哀れな少年へ情をダラシなく緩め、掛けられた言葉に表訊いてもいない事をベラベラ喋り始めた。
「あんな〜ワイの師匠から依頼があってな『期待の新人』君に会いに行くねん。普段他人に頼らへん隔靴掻痒なあん人直々のお願い。浮き足立つもんや」
自分の師匠の部分を強調して言う青年に、休日の遊ぶ予定を潰された哀れな少年は困惑する。「とにかく来い」とだけ伝えられ来てみれば呼び出した本人は外出の準備をしているのだ。護衛の目的で呼ばれたのだろうか。
「は、はぁ。それでその『期待の新人』は何処に」
「仲ノ区の総合病院にいるみたいやね。そこで君を呼んだわけや」
仲ノ区。自分達「暴走族」の影響下にある場所だ。護衛ではないと結論を下した少年はもう一つの単語に反応し、閃いた答えに目を見開いた。
戦力になりえる人材のスカウトなら自分を呼ぶ必要はない。残った自分が関わる可能性は敵である「ケイサツ」の特攻隊長を拉致した日に居合わせた、謎の白金髪の少年ぐらいだ。
「え、もしかして『期待の新人』って昨日の奴ですか⁉︎」
「そや。君頭の回転早くて助かるわ」
この予想は的中し副リーダーが言う『期待の新人』の正体が明らかになり尚混乱する。何の用があり彼に会いに行くのか。
青年はあらかじめ準備していた紙と鉛筆を哀れな少年に渡し言う。
「描いて」
「はっ⁉︎」
「君確か絵得意やったろ。その子の顔パッパッと描いて」
「結構目立つ奴だったんで見りゃわかると思うんですけど」
昨日の時点で特徴については報告済みだ。取り立てて似顔絵がいるとは考えにくい。けれど最初から反論を聞く気はないらしく、またあの変な鼻歌歌い支度を再開する青年に仕方ないと鉛筆を握る。
(まぁ『あのビル』についてバレたみたいじゃないなら、いいか)
携帯に副リーダーの名前が表示された時はヒヤヒヤしたが杞憂だったようだ。早く終わらせ遊ぶ筈だった仲間と合流すべく、哀れな少年は紙に鉛筆を走らせた。
「ひゃっ、ひゃふ〜」
「相変わらず下品な歌声ですわね」
「どうにかなりませんの」と青年と哀れな少年以外いなかった、壁中幾つものモニターが設置され床一面にコード張り巡る部屋に、第三者の声がふる。少年はそれが誰か認識するや即座に立ち上がりお辞儀をした。
「お疲れ様です」
「なんや西園寺、お前がこんな真っ昼間に来るなんて珍しいなぁ」
西園寺と呼ばれた女は哀れな少年に向かいシッシッとまるで虫でも扱うかの如く手の平はらい座らせ、苦々しい表情で青年に詰め寄る。
「聖人は何処」
「……はぁ。東泊なら仲ノ駅のショッピングモールにおるわ」
「仲ノ駅ですわね。貴方が電話にちゃんと出れば私此処に足を運ばずともよかったんですけど、一応感謝しますわ」
「人の歌ケチつけるより、お前はその屈折した性格治しぃ。そんなんやから東泊に気持ち伝わらんやろ」
「なっ‼︎ 余計なお世話でしてよっ」
さも面倒くさげに対応する青年と女の会話中。仕事を終えた哀れな少年は、暇を持て余し、白金髪の少年の特徴を上手く捉えている似顔絵をなんとなくパシャリ写真に撮った。
【おれ氏力作】写真を付随し、副リーダーが『期待の新人』と評価している旨を、仲間以外は閲覧不可の鍵付きアカウントを使いSNSへ送信した。
その情報は現代病とも言える携帯依存症な学生が多く集う「暴走族」へ、電子回路を伝い拡散する。
この時、五十嵐 皇真はまだ「ケイサツ」の仲間ではなかった。それを把握している副リーダーの『期待の新人に会う』も敵としてではなく『これからスカウトし我々の希望の星となる』という含みでの発言だったのを、哀れな少年は露ほども知らなかった。
トントン。
「副リーダー、いらっしゃいますか」
「あぁもう今度はなんや」
控えめなノックの音に青年がドアを乱暴に開けた。その隙間を西園寺がするりと潜る。
「貴方にしては気が利きますわね」
「ちゃうわボケっ‼︎ お前の為に開けたんじゃって、こら」
用は済んだとばかりに去る彼女を尻目に頭かく青年へ、携帯片手で立ち尽くす部下が居心地悪そうに謝罪を口にした。
「すいません」
「構へんよ。アレと話すの疲れてたとこやったから丁度よかったわ。で、どないした」
温かみのある返しに、強張っていた肩の力が抜けた部下は、副リーダーの部屋に訪れた理由をなめらかに報告する。
「見廻りの連中から、副リーダーの「暫し静かに様子を探れ」と受けていた者たちが命令を無視し。仲ノ区四丁目にて「ケイサツ」の特攻隊長に絡んでいると連絡がきました」
告発を聞いた青年は一瞬固まってから、待ちぼうけくらう哀れな少年を無言で見つめた。
「え、なんっすか」
「昨日は君で今日は視察だった奴らに捕まるとは。特攻隊長はんホンマすごいなぁ〜て」
呆れを通り越し関心する。自分もしといてなんだが、哀れな少年も思った。
「どうしましょう」
「ほっとき。命令も聞けん九牛の一毛なボンクラど……ちょい待ち」
青年の顔色が変わる。
「すまん、場所もっかい教えて」
「えっと『仲ノ区四丁目』ですが」
どうかしたのだろうか。部下が告げた場所に青年が腹を抑えた。哀れな少年は四丁目何かあったけと、再び携帯を使い調べた結果に「あ」と副リーダーの反応の訳に気づく。
大まかな建物の内容が記されている仲ノ区四丁目辺りの地図の一つに『総合病院』の名があった。
「嫌な予感がするわ。ちょい、命令無視しとるボンクラ共に急いで止めろ連絡して」
事情を飲み込めていない部下はその言葉に戸惑いつつも、携帯に指をすべらせ従う。
きっと情報を専門に扱う副リーダーは『期待の新人』とサシで会う計画だった。ところが同じ地区で幹部の特攻隊長が馬鹿共のせいで危機に直面したならば、自ずと近くにいる仲間もそちらに向かうだろう。
そうすると常にハードスケジュールで働いている副リーダーの予定は破綻する。尊敬する師匠からきた依頼とはりきっていたのに。
「胃がキリギリス」
さっきの「かっかなんちゃら」や「きゅうなんたら」難しい言葉多用する副リーダーの言ってる事は分からないが、とりあえず腹が痛いらしいと察した哀れな少年は棚から出した胃薬を手渡した。
隔靴掻痒……もどかしいこと。
九牛の一毛……取るに足りないわずかなこと。