十二話 (五十嵐)
「皇真君見て見てっ‼︎」
色んな意味でショックな事件があった夜。疲れ果てベッドで瞼を閉じ眠りに就こうとした彼は、携帯に住む相棒の声に軽く殺意が湧いた。
平成36年 4月20日 22時32分
(寝かせろよ、疲れたんだよ俺)
主人の快適な生活をサポートするのがお前の仕事だろうと据わった目つきで睨むも、相棒務める叶空には効かず興奮気味の煩い声が耳をうつ。
「いいから見てよ、こ・れっ‼︎」
ほっとけば余計に騒がしくなるのを、一年間共にした経験で知っている皇真は渋々重たい瞼を上げ画面を見る。
どうやらネットの掲示板のようで、そこは『ある話題』で盛り上がっていた。
123 ななしの○○事件
>>120リアルタイムで居たの⁉︎ 詳細教えろください。やっぱ怪奇現象⁇ 幽霊は実在してたんだな。
124 ななしの○○事件
その言葉を待っとったで‼︎ 助けて‼︎ ワイ犯人に顔覚えられたかもしれん‼︎
>>123いやいや、今回のは間違いなく人の仕業やで。幽霊ちゃうちゃう。
125 ななしの○○事件
見たのか⁉︎ 犯人目撃しちゃたのか!??
126 ななしの○○事件
だとしたらマズクね?? とりまkwsk
127 ななしの○○事件
ん⁇ 何がまずいんだ⁇ 120は犯人見たんなら警察行けよ。
128 ななしの○○事件
てか事故じゃないの。今速報ニュースやTwitterでも工事現場の監督の過失扱いだけど。
129 ななしの○○事件
>>127行ったし、言うたけど相手してもらえなかった上に逆に怪しまれた。
>>128アホ。普通解体工事に爆弾なんて使わんからな。
あんなワイ人混み苦手やから、仕事の帰り、いつも18時半ぐらいやな。『あの壊れたビル』の方通ってるんや。今日もいつもと同じで…………。
掲示板のある文字に心臓がギクリと跳ねた。
(『あの壊れたビル』……もしかして)
戸惑い滲む指で、無意味だとわかっていても、パンドラの箱を持ってるかの如く慎重に、どうか杞憂であれ、神話みたいに災いが出ませんようにと祈りつつ上へスクロールする。
だが、乱雑に並ぶ文字を飛ばし到達した掲示板の題名は、皇真に思わず目眩する現実を招き寄せた。
【4月20日】東京都怪奇事件について語ろうぜNO.15【仲之区裏通りビル崩壊】
(間違いない。俺だ)
日付けに時間・場所、話しの内容全てが今日自分が関わってしまったものと合致している。
東京都怪奇事件NO.15というキーワードも気になりはしたが、今はこの掲示板で『犯人を見た』と書いた120なる存在の方が由々しき事態だ。
仮にそれが本当ならば『証言を警察が一顧だにしなかった』のは道理である。
崩れゆくビルから落下してくる少年の一人が重圧マットを召喚した。なんてファンタジー染みた光景を話された所で誰が信じようか。キチガイな奴だと思われお仕舞いだ。
(でも、見られちまったんだよな俺)
120なる者は皇真達があのビルに居た事実を、皇真が超能力を使う光景を目撃してしまった可能性が高く。ひょっとしたら自分は嘘をついてないと、皇真達を探してるかもしれない。
(もしそうなら、この120には記憶ごと消えてもらおう。そうしよう)
何か悟りを開いた表情で見つめる眼差しに、冷静なようで冷静でない主人の険難な空気を感じ取った叶空がすかさずストップをかけた。
「皇真君なんか良からぬ事考えてない⁉︎ 大丈夫だよ、兎に角150ぐらいまで読んでみて」
大変な事が起こっているというのに、何のほほんしてるんだ。きっと「犯人どんな奴だった」なんてお決まりのフレーズがあって、つまりは俺の特徴や容姿が掲示板に晒されてる訳で。一刻を争う事態で。
(何が大丈夫なんだ。あー既に120を特定してっぞって意味か、流石おっさん)
現実逃避をしつつ、指を動かし現実と直面する矛盾な行動する自分に呆れる。
しかし、ほぼ流し読みしていた指は直ぐに画面から離れ。皇真の目は、読み進める毎に驚き丸くなった。
131 ななしの○○事件
じゃあその黒フード二人組が怪しいってこと⁇
132 ななしの○○事件
せや。あそこ街灯もなんも明かりないとこやろ。んなとこで携帯見ながら突っ立てんもんやから、気になってな。待ち合わせにする場所やないし、若そうな感じやったから。どっかの悪ガキか家出かなぁ〜思て見てたら。
133 ななしの○○事件
おい、そこで切るなよ。なんだよ、どうした。
134 ななしの○○事件
足が無かったんですね、わかります。
135 ななしの○○事件
>>134お前123やろ‼︎ ちゃ〜んと足あったわボケ。
すまんすまん。長過ぎなってまうから一旦切る書き忘れとった。んでな、なんや怪しいな見てたら急にあのビル向こうて「ニヤッ」てほくそ笑むから、「あかん。これ頭ヤバい奴らかも」って目離した途端や。いきなり揺れ出して地鳴りしたんよ‼︎
136 ななしの○○事件
あっ、これ確定だわ。そいつら犯人じゃん。
137 ななしの○○事件
黒フード達が持ってたのって本当に携帯だった⁇ 爆弾のスイッチだったりしねぇ⁇
138 ななしの○○事件
そんでお前はその犯人に顔見られちゃたんだよな。
139 ななしの○○事件
>>137暗かったしよぉわからんかった。けど手の平サイズで光っとったよ。
>>138いや、目合ったわけちゃうし絶対ではない。と、願いたいわ。
呆気に取られてたら彼奴ら居らへんかった。そこでなんでか俺は可笑しな正義感発揮して「まだ近くにいるはずや。写真撮って警察ださな」って追いかけてしもたんや。でも結局……。
その後は見つからなかったから、駆けつけた警官へ言うだけ言ったが不信に思われた。と書かれており、犯人に口封じの為殺されるかもと恐がる120は、犯罪者は現場に戻る心理があるらしいので通勤路を変えるよう助言されていた。締めに。
150 ななしの○○事件
まぁ危ないとこには近づかんのが懸命ちゅーことやな。今のケイサツは無能やから、自分の身は自分で守らんと。
そう括られ雑談へ移っている。一応会話を飛ばしながら読んだけれども、あのビルを崩壊させたのは『黒フードの二人組』とされ。中学生らしき少年や白金髪・制服など皇真については一言も載っていなかった。
「ね、大丈夫だったで……皇真君⁇」
これはドッキリのつもりで提示したので、きっと主人は口を尖らせ怒るだろうと想定してた叶空は、顎に拳をあて考え込む皇真へ疑問の声を投げた。
「どうかしたの⁇」
幸運にも自分達は目撃されなかったのだ。特筆悩む必要はないだろう。
しかし今後は己の忠告を聴き、皇真曰く社会見学なるのを止めさせる思惑だったので、主人も漸く反省したかと感慨深く思いきや。やはり彼の口から出たのはいつもの突拍子もない言葉だった。
「おっさん。殺されんのかな俺も」
「はぃい⁉︎」
「顔とか見えたわけじゃねぇけど、目合っちまったし」
「え、え⁉︎ ごめん、ちゃんと説明してよぉ⁉︎」
慌てふためく叶空へ皇真は一瞬不思議そうにしたが間をおかず納得する。
(そうだ、おっさんには見えてなかったんだ)
あまりにも人間臭い故に、偶に忘れてしまうが叶空は電子プログラムで作られたナビキャラクター。小さな携帯に備え付けられた、狭いレンズ越しの世界しかその目には映らないのだ。
「皇真君⁇」
「…………」
「お〜い。皇真君⁇」
わかっていたのに、どうしてかモヤモヤする心に蓋をして事情のあらましを話した。すると意趣返しのつもりか、返ってきたのは脈絡が無い応えであった。
「皇真君。修行をしよう」
「パードゥン⁇」
「なんで英語⁇」
「なんとなく」
レベルを上げて物理で解決しようって言うのか。危ない事には近づくなと煩い、慎重派の叶空らしくない答えは違和感を与えた。
「あぁ違うよ。筋肉マッチョになろうって意味じゃなくて」
表情だけで思考を読み取った叶空が手をパタパタ振り否定する。
「超能力の底上げをしようって意味だよ」
「げっ」
『超能力』その言葉に皇真は渋面をつくる。今日の騒動にて命綱となった心強く、だが中二病の象徴でもある特別な力。
『想像創生』
頭の中で浮かべたイメージを実現させる能力。便利だしなんのリスクもない力に思える力。
しかし実は非常にシビアな力だったりする。
あくまで召喚可能なのは現実に基づく『想像』であり『空想』『妄想』のような、非現実的な物体は出せず。
更に条件もキツく、質量・感触・形状をはっきりと思い描かべ出す場所、距離も把握しなければいけない。
数々の教科書もとい不良漫画を眺め、いつかは自分も立派な不良になる姿を膨らまし養ってきた想像力豊かな彼とて、知ってはいても意識したことがない、あやふやな物を明瞭にイメージするのは無理な話だ。
即ち使い主たる皇真が見て、触った事がある物しか召喚不可能。
(嫌だ。面倒くさい)
つまり叶空が言う修行とは、緊急時に備え沢山の物を用意してそれを脳に刻み込めとそういう事である。
見て触れて、造形が複雑な物は写メを撮り覚える。単純作業だがとても精神削られる労働を避けるべく、皇真は布団を掴み丸くなる。
小煩い文句聞えるが心身共に疲れきった体は素直で深い眠りへ、うとうと落ちていった。
※kwsk・とりま=ネットスラングの一つで「詳しく」「とりあえず、まぁ」の略