回想シーン・スタート
あのころは自分も若かった。――――と言っても、ほんの数ヶ月前のことだ。ヴァルクは念願叶って王国最強と名高い藤騎士団の入団テストに合格し、同年代の仲間達と飲み明かした翌日、新任者歓迎式典に臨んだ。
もしかしたら王国最強の騎士と噂される藤騎士団団長に会えるかもしれないと密かに期待していたが、巷の噂通り肝心のキルヒアイス団長は式典に現れず、代わりに古株の大隊長ガウルグが壇上に立って長い長い挨拶をした後、一通りの注意事項を聞いて式は終わった。
「『騎士に見えない騎士団』とか『地獄の新顔歓迎会』とか色々聞いてたけど、結構普通だったなぁ…」
まだヴァルクが藤騎士団の実体を知らなかった頃は、そんなことを考えたものだ。今では、それは絶対に違うと断言できるが。
藤騎士団の真の『新任者歓迎式典』は、同じ日に日が沈んでから行われる、いわゆる『二次会』であった。
やはり団長のキルヒアイスは出席しないものの、大隊長をはじめ藤騎士団の中心人物が一堂に会する大きな『宴会』で、酒の飲めない者は勿論人並みにしか飲めない者もそろって地獄を見ると言う、恐ろしい式典だった。昼間に行われる式典は、王都からの使者やトリディアの有力者を招待した、いわば『外』に見せるための式典なのだ。
夜の式典まで待機を言い渡された新任者達は、親しい者同士で数人のグループを作って要塞内を見学したりしていたが、ヴァルクが親しくなった友人達はそろって書類不備で呼び出されてしまった。
一人で長い通路を歩くヴァルクは、等間隔で設けられている大きな窓から空を見上げた。ガウルグの話はかなり長かったが、太陽はまだ高い位置にある。
「馬を使えば、街まで行っても夜の式典までにはまだ時間があるかな」
見習いではない本物の騎士の特権として、戦時以外でも所属する騎士団から馬を借りることができる。金銭的に余裕のある者は自分の馬を持っているが、同じ馬でもやはり訓練された軍馬の方が優れているため、利用する者が多い。
ヴァルクは係りに話し、記帳を済ませて一頭の馬を借りると、並足で三十分ほど馬を走らせて着くトリディアの街へと向かった。
ヴァルクはこの辺りの出身ではない。生まれはサレンディア王国でも東の方で、大きな港町から少し離れた田舎の村だ。家族もそこに住んでいる。ツテがあって王都で勉強する機会を得、騎士見習いとしての勉強もそこで済ませた。グヴァン・ヘイルは勿論トリディアに来たのも、王都からの定期馬車で来た昨日が初めてだった。せめて食料品や雑貨の店の場所くらいは知っておきたいと考えて、知らない土地を探検することにしたのだ。
昨日知り合った、新しくグヴァン・ヘイルに赴任する同年代の騎士達の中にトリディア出身の者がおり、後で料理の美味い店や安い雑貨屋、女性の多く集まる茶屋等を案内してくれると言っていたが、何故か今日と、明日も無理だろうと言っていた。それならば、時間の開いた今、一人で一通り見てみるのも悪くないと思ったのだ。
明日は一日休みなのに何故無理なのかと聞いても、彼は苦く笑って答えなかったが……今思えば、アレは『明日は二日酔いで死にかけているので無理』と言う意味だったのだろう。
本当なら、あまりアルコールは得意でないヴァルクもトリディア出身の彼と同じ運命を辿る事になったのだろうが―――――運命の女神は余程ヴァルクがお嫌いらしい。
事の発端は、街に着いた途端ヴァルクの耳に届いた少女の悲鳴だった。