取り敢えず場所移動へ
「一、二、三、四、五、……やっぱり三頭足りない」
ヴァルクは広い馬小屋を見回して呆然とした。
変わり者揃いの……。もとい、個性豊かなこのグヴァン・ヘイルでは、階級が上がるほどより個性的になっていると、ヴァルクは確信していた。
その法則に基づけばヴァルク自身も相当個性的な人物になるのだが、彼は自分だけは例外だと思っていた。
(因みに。大隊長以上の人間の半分はヴァルクと同じく自分だけは例外だと考えており、もちろん、グヴァン・ヘイル所属の兵士達の間では『上層部は例外なく変わり者』が共通した見解である)
彼らの乗る馬も全て、乗り手に負けないヘソ曲がり……いや、常識はずれ……己を中心にして世界が回って…………とにかく。乗り手を選ぶ馬として、この要塞では有名であった。
一般的な『地位・階級に相応しい良馬を』と言う理由より、良馬ではあるが大隊長クラス以上の人間でなければ馬が言うことを聞かない事が、この高位階級専用馬の真相であるくらいだった。
「足りない馬は白馬と黒馬と葦毛が一頭ずつ。見回りに出ているのはプラト隊長とウォルシュ隊長。一番早い白い馬はプラト隊長がよく乗ってるし、いつも端っこに止めてある黒い馬はウォルシュ隊長のお気に入り。で、いなくなってる向こうの葦毛はキルヒアイス団長の………」
口に出しながら指さし確認をしていたヴァルクは、朝から探し続けている人物の名が出てきたところで固まった。
「キルヒアイス団長の……専用馬?」
王国最強と名高い藤騎士団の団長は、グヴァン・ヘイルから出る時は必ず馬を使う。逆に、馬を使うのはこの要塞から出る時だと言い換えても過言ではない。
では、要塞から出た団長は何処へ行くのか?
この辺りには、仲の悪い『フォルエンド帝国』との国境と、『船墓場』と呼ばれるほどの海の難所と、サレンディア王国最南端の街『トリディア』があるだけだ。他は荒涼とした険しい山々が人間の進入を拒んで広がり、防衛に関してグヴァン・ヘイルが難攻不落と言われる所以の一つになっている。街道として整備された道以外は、馬で通ることはできないだろう。
そのとき、ヴァルクの脳裏に閃くモノがあった。
「団長は、街に、行った…?」
突飛で荒唐無稽な思考の様だが、確かな根拠はある。『ヴァルク・ボルフェイケンは、何故かキルヒアイス団長の考えることがわかる』と言う事実は、『グヴァン・ヘイル七不思議』の一つであり、ヴァルクが藤騎士団副団長・別名『キルヒアイス団長のお守り役』などという身に余る傍迷惑な地位を手に入れた原因そのものなのだ。
サー……っと、ヴァルクの頭を流れていた血液が自由落下を超える早さで落ちてきた。この藤騎士団の副団長という異例の人事を受けてから日常茶飯事となってしまった現象だが、まだ慣れない。慣れたくない。
―――――――『あの』キルヒアイス団長が街へ………
後に聞くところに拠ると、この時、ヴァルクが何を思ってそう行動したのか、彼の記憶には無いと言う。無言で手近にいた馬に鞍を乗せ、軽い身のこなしで騎乗の人となった途端、トリディアまで全力で馬を走らせたのだ。
彼の頭の中に、朝からキルヒアイスを探し続けていた理由である、執務室に山と積まれた書類も、『最高責任者が連絡もなく要塞を空けるべきではない』等の常識も、『探しに回るこっちの身にもなってくれ!』と言う苦情も存在しなかった。ただ、『あの』団長が街に、人が大勢いる場所に行ったのだ。例えヴァルクでなくともキルヒアイスを追っただろう。この藤騎士団の、いや、サレンディア王国の為に。
『副団長まで無断で出奔してどうするか!』とガウルグの雷が落ちたのは、また別の話である。