彼の日常
その出世の事情を知らない人々に『わらしべ副団長』と、知っている人々には『歴史に名を残すほど記録的な苦労人』だとか『<主席大臣のおちゃめ♪>の被害者筆頭』だとか噂される件の彼、ヴァルク・ボルフェイケンは、今日も今日とていつもの日課に励んでいた。
「団長~!キルヒアイス団長~!いい加減出てきて下さ~い!!」
五月晴れの空の下、騎士団の名にもある藤の花が咲き乱れる中庭に、若い青年の声が響く。もしその場に居合わせたならば、叫びに涙混じりの哀願が混ざっていることに気づくだろう。
「キルヒアイス団長~!」
いくら声を上げても返ってくるのは静寂ばかり。繰り返される大声に、いつもは藤棚を我が物顔で占領している鳥達も逃げてしまった。
何が悲しくて、こんな良い天気の日に、自分は朝から人捜しなんかしなくてはいけないのだろうか…。
ヴァルクは常備している胃薬と胸の辞表を確かめながら、晴れ渡った空を仰いだ。吸い込まれて戻って来れなくなりそうな青が目にイタイ。
ヴァルクは、サファイアを思わせる潤んだ蒼い目から涙が零れそうになって、慌てて瞬きをした。ここで泣いてしまったら、何故か、自分は人生の敗北者になってしまう気がしたからだ。
「そういえば、昔、どこかの凶悪殺人犯が言ってたっけ……人を殺したのは『空が青いからだ』って………………ふふっ」
「またですかい、副団長?」
ちょっとアブナイ思考にはまりかけたヴァルクを止めたのは、労りと苦笑とに満ちた声だった。ヴァルクが青い空から視線を戻すと、軽鎧に身を包んだ三十歳前後の男が、頬に大きな傷跡を残す顔に苦笑いを浮かべて、藤棚の柱に寄りかかって立っていた。
彼の名はザイツェフ・ゼオライト。この藤騎士団にいる7人の大隊長の1人である。
ほんの少しだけ心の平穏を取り戻した若い副団長は、疲れた苦笑いを返して答えた。
「はい、<また>です。ゼオライト隊長」
ヴァルク・ボルフェイケン、18歳。最近の日課は『何処ぞに遊びに出かけた団長探し』。