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いろいろカレシ。~美容師の彼とおやすみの場合~

 リラックスタイムを通り越して熱い入浴タイムを終えたあと、少しのぼせ気味な彼女の髪を乾かして長い髪を丁寧に櫛で梳かす。

 そのあと髪を二つの束に分けてから、キレイにキューティクルが輝くストレートの髪を手早く緩く編み込んでいく。

「奏ちゃんは安定して器用だね」

 はふう、とのぼせた吐息をこぼしながら、彼女は熱に浮かされて潤んだ瞳を鏡越しの僕に向けた。

「そりゃ本業ですから。それよりほら、ちゃんと水分摂って」

「はーい」

「もう少し立っていられる?」

「うん、大丈夫」

 彼女は僕のせいでのぼせ気味になったというのに、それを責めることなく素直に頷いてコップに口をつけて水を飲み下した。

「髪、三つ編みするのちょっともったいないな」

「ん?」

「でもしょうがないか。そのままじゃ髪傷めちゃうもんね」

「うん。寝てる間に背中で踏んじゃうし、首痛めちゃう」

「明日の朝ブローしなおそうね」

「うん」

 短い会話を交わす間に出来上がった三つ編み姿の彼女は、寝る間際の僕だけが見られる特別な姿で、普段より幼く見える上にこの「特別感」のせいで僕は誰に向けてかわからない優越感を味わい、更に彼女への愛しさを募らせる。

「できたよ」

 と声をかければ

「ありがと」

 と嬉しげな彼女の声が僕の心をふわっと上昇させた。

 ほっこり、というよりは完全に火照って「くったり」した彼女を腕に抱き込んで、しなやかに流れる髪の手触りを何度も楽しむ。

 肩甲骨くらいまで伸びた髪は寝ている間に痛まないように、背中で踏んで頭や首を痛めないように、二つに分けて緩く三つ編みにしてある。

 そんな風にしてあると実年齢よりも幼く見えて可愛らしい。

 僕以外は誰も知らない彼女の姿に、胸の辺りがくすぐったい。

 彼女は腕の中で大人しくしながら瞳を閉じていた。

 ちょっと無理させちゃったかな…。

「ね、もう寝ちゃった?」

 小さく問いかけると、とろりと開いた瞳が僕を見上げた。

「起きてるよ」

 んー、と息を吐いて僕の胸に頬を寄せる。

「奏ちゃん寝ないの?」

「ん?うん、まだもう少し起きてる」

「じゃあ私も」

「もう目、つぶってるのに?」

「大丈夫」

 完全にくっついてる瞼にキスしてみるけど、彼女は「ん」と声を漏らしただけで、目を開ける様子はない。

「眠い?」

「うーん」

「疲れた?」

「うん。奏ちゃんのせい」

「はは、そうだね、僕のせいだ」

「でも幸せ」

「そう?」

「うん。心の中まであったかいよ」

「ずっとあっためててあげるから。もう寝ていいよ?」

「やーだ」

 どこか嬉しげにそう言って、彼女の細い腕が僕の腰に回される。

 力なんて少しも入っていないけれど、微かな重みが心地いい。

 小さな指先が僕の寝巻きをきゅっと掴んでいる。

 さっきの言葉が間違いなく真実であることを証明しているみたいに、彼女の口元は穏やかに弧を描いていて、瞳を閉じた横顔はとても静かだ。

 ホントだね、すごく幸せだ。

 君の全てが僕の全てを満たしてくれる。

 こんな毎日がずっと続けばいい。

 ずっと君をこうして抱きしめていたい。

 視線で彼女の様子を窺うと、だいぶ苦しそうな気もするんだけど。

「大丈夫?息、出来てる?」

「へーき」

 そう言いながら不意に彼女は首をひねって何だか不自然な体勢をとった。

 何してるの?無理あるよね、その格好。

「首痛めるよ?せっかく三つ編みして安全策とったのに」

「ありがと」

「いや、可愛いからいいんだけど。って。だから、何してるの?」

 話しながらぐいぐい頬やら耳やらを僕の胸に押し付けてくる彼女に問えば、ふふ~、と間の抜けた幸せそうな笑みが返ってきた。

「安心するの」

「え?」

「奏ちゃんの音、大好き」

「僕の音?」

「そ。とくん、とくん、て…優しい音。ずーっと聞いてたいなぁ」

 それは何の気なく呟いた言葉なんだと思う。

 けれどそれは僕の心の深いところをぐっと優しく絡め取る。

「いいよ、聞いてて」

 彼女の額に口付けてから、ぐるっと仰向けに寝転んで彼女の上体を僕の上に乗せる。

 驚いたのか丸い瞳がパチリと開いて僕を見上げていた。

「奏ちゃん?」

「この方が聞きやすいでしょ」

「いいの?重くない?」

「重くない。まあ確かに、成人男子にしては細腕かもしれないけど、僕も男ですよ。君よりずーっと逞しいんです、安心しなさい」

「ふふ、ちゃんと知ってますよ」

 そんなことを呟きながら、彼女はうつ伏せになって僕の心臓付近に耳を当てた。

 ふわり、シャンプーの爽やかな甘い香りが鼻をくすぐってくる。

 同時に彼女の柔らかな感触も僕に触れて、思わぬ刺激に心臓が跳ね上がった。

 しまった、そこまで考えてなかった。

「あれ?」

 訝しげに彼女の視線だけが僕を見上げる。

 あれ、じゃないんだけどね。

 なんだろう、ちょっとしたタナボタ的な?

「顔がニヤけてる。何、奏ちゃん」

 言いながら彼女は体を上にずらすように僕を見下ろしてくる。

 ああ残念。

 せっかくふんわりした感触が楽しめたのに。

 僕は無防備な君が大好きなんだよ?

 だから理由なんて教えてあげない。

「ナイショ。いいから君は僕の音を聞いててよ」

 半ば強引に、よいしょ、と彼女の頭を僕の胸の辺りに固定する。

 すると彼女は途端に大人しくなって、ふう、と肩から力を抜いた。

 そうそう、それでいい。

 全身から力が抜けて、無意識に置かれた彼女の手の平から温もりがじわりと伝わってくる。

 その手をとって指を絡ませあえば、彼女はそっと微笑んで微かに身じろぐ。

 しばらくすると満足したのか、そっと体を僕の隣に横たえて、ぎゅっと抱きついてきた。

「もういいの?」

「うん。もう結構眠くなってきちゃった」

 語尾が力なく抜けていく。

 これは本気で眠いみたい。

「避けなくても良かったのに」

「心臓の音も好きだけど、抱きしめられて眠る方がもっと好きなの」

「じゃあぎゅうっとしようか」

 言うが早いか思い切り彼女を腕の中に抱き込んで、ついでに大好きなオデコに口付け。

 すっかりお休みモードに入り始めた彼女は規則的に呼吸を繰り返す。

 それに合わせて僕も呼吸する。

 同時に彼女の香りも胸いっぱいに吸い込んで、ゆっくり彼女の頬や鼻頭をついばむ。

やがてそのリズムもだんだんと間隔があき始めて…。

 僕の心にじんわりとした温もりが広がりきった頃、愛しい彼女の姿だけを瞼の裏に映して意識は途切れた。


 夢の中でも君を抱きしめていられますように。

 ずっとこの、なんでもない幸せが、続きますように。

 君が僕の隣で微笑んでくれますように。

 温もりに満ちた夜が、何度でも訪れますように。

 明日の朝、君の笑顔を一番に見られますように…。

 おやすみなさい、僕の大好きな人。






 続く…?


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