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7話 魔王と勇者と高位魔術師の関係。

 勇者は、女子高生(ジェーケー)の強さを侮っていた。

 女子力が一定を超えると、自然とやつらはパッシブスキルで一定距離に男子を近寄らせないシールドを張れるらしく、休み時間の度にその体を物理的に使用して俺から魔王を遮断した。一度じっくり話をしたいと思っていた俺は、その絶対領域を攻略することが出来ず、休み時間中に魔王とコンタクトを取ることを封じられた。

 ちなみに、休み時間の度に長い髪をいじられた魔王は、1時間目から順に髪型を、ツインテール→ツーサイドアップ→三つ編み→サイドテールにされて、昼休みに入りヘアアイロンが用いられたことにより、巻き髪ロング→巻き髪ポニーテールと変遷した。傍から見てて完全に玩具である。女子の壁がなくなると同時にヘロヘロになって、それでも威厳を保とうと不敵に笑って見せていた魔王だが、昼休みを超える辺りからはぐったりとしていた。マジ哀れ。

 強かろう。こっちの世界においての最強のクラスは。しかもこのクラス、レベル40というか40歳くらいでもう一段階強い存在にクラスチェンジするんだぜ……。適性装備『ヒョウ柄』を着こなしてな。


 ようやく訪れた放課後だが、まだちらほら女子力の壁が出来上がっており、お前らどんだけ暇なのとツッコミたかったが、女子高生ジェーケーには属性の関係上効果がなさそうなのでやめておいた。俺みたいなノーマルタイプが「まじでー」「ウケルー」などの実態のない会話を武器とするゴーストタイプにダメージを与えられる気がしない。

 それでも、その壁を乗り越えて達成しなければならないミッションもある。本当に怖いのは敵じゃなくて味方であることを、俺はこっちの世界に再召喚されて知っていた。


「樫和木。ちょっと話がある」


 一斉に俺を睨んでくる偶数個の目。うわあ、怖ぇ。魔族の上位眷属でもこんなプレッシャー感じたことないよ。

 せっかく可愛い可愛いオーマちゃんで遊んでいるんだから、邪魔すんじゃねえよこのお邪魔虫、という言葉が背後に浮かびそうな程如実に伝わってくる視線を掻い潜り、その壁の向こうにいる魔王を見る。

 うわあ。怖ぇ。アイプチ入ってる。今日一日でどんだけ改造されてんのお前。魔王だから魔改造か。それならなんとなく納得できる。

 ぐったりとした魔王は俺の姿を見ると一瞬だけ「あ、助かった」という視線を送ってきて、すぐに余裕のある表情を浮かべ、下々の者に退がるように命じた。まあ弱々しく「ちょ、ちょっと話があるみたいだから」と告げただけなので威厳など皆無どころかマイナスの領域に足を踏み込んでいる。

 本人がそう言うのならと、渋々女子高生(ジェーケー)達は輪を崩し、また遊ぼうねオーマちゃん、明日もよろしくね、と魔王本人には呪いの言葉にしか聞こえないであろう挨拶を返して去っていった。


 魔王が学習机に突っ伏する。

 ハルカゼ風に言えば、はいぱー哀れだった。


 ただ、そのハルカゼの紅茶を淹れに資料室に向かわないといけない俺は、HPの表示があれば確実に一桁であろう魔王の回復を待っている訳には行かず、その体を小脇に抱える。

 だらんとした人間は力を込めた状態の人間より重いらしいが、魔王と俺の体格差なら米袋を抱えるより簡単だった。

 その薄く軽い体を小脇に抱えたままなるべく人のいない廊下を選んで資料室へと走る。

 すれ違い様に「人さらい……!」「幼女誘拐……!」などと根も葉もない話し声が流れてきたが、もうこの際そんな風評被害はどうでもいい。この世界を救うためなら、犯罪者だか勇者だか分からない存在になっても悔いはない。多分ない。ないと思わないとやっていけない。



 俺は逃げるようにして資料室に入ると、小脇に抱えた幼女を地面に転がした。

 資料室の主、桜倉ハルカゼは読んでいた本から顔を上げ、その様子を見て傍目でも分かる程にドン引きした。


「ほらよ。お前がお望みの『世界の危機』のお届けだ」


 言いながら、魔王を座らせる椅子を取りに奥の準備室へと入り、資料室以上に埃を被ったその部屋から椅子を持ってくる。

 資料室に戻るとハルカゼは可哀想な者を見る目で魔王を触りながら、その視線をそのまま可哀想な物を見る目に変えて俺を見てくる。

 ……同じ響きなのに随分とニュアンスが違う視線になってないか?


「……これが、危機、ですか?」

「ああ、そうだよ。こちらの世界の危機がどうのって言ってただろ」

「……て、貞操の?」

「イタズラ目的で連れ込むか!! 児ポ法をはじめとした様々な法律に引っかかるわ!!」


 この幼女は本当は異世界の魔王で実年齢はン万歳を超えていますみたいな言い訳は絶対に通じないだろうと思う。

 軽い体を担ぎあげて椅子に座らせ肩を揺さぶる。どうも疲労でぼんやりしている魔王をとりあえずは放っておいて、ハルカゼの方を向く。


「魔王だよ。俺が召喚されてた異世界の。何故か、俺と同じように召喚されて、いつの間にかあんな姿になってたらしい」

「という設定で攫ってきた、と……」

「違ぇ! やめて! お前が信じてくれないとこの状況俺が完璧に頭がおかしいやつに思えてくる!」


 言いながら何度もちらちらと魔王の頭の上の表示である魔王(サタン)レベル1というのを確認する。何度見ても矛盾してるようなそうでもないような表示だ。三段階進化目なのにレベル1みたいな。お前それチート使ったろみたいな気分になる。

 そういう相手と対戦してる俺にも被害が来そうなバグ魔王をおずおずと遠慮がちに眺めながら、ハルカゼはその頬に静かに触り始める。恐らく、小学生女子の柔らかさで指を押し返してくる感覚は、猫の肉球に似て気持ちいいんだろうなと思った。考えただけで犯罪が成立するなら今のかなりアウトだよな。


「……これが、セトさんの、敵、ですか……?」

「これが、うん。……ええと、うん、多分これが、そう、敵だと思う」


 断言しづらい。中途半端な化粧を施されて巻き髪状態になってるこの弱々しい生物を仇敵と紹介するのはかなり抵抗がある。妹の男と男を掛け合わせる性癖に対する理解と同じくらい抵抗が強い。


「……こ、この年端もいかない、いたいけな少女が、勇者セトさんの敵……」

「前半の修飾語八割がた要らなくね」

「こ、この子を前に、三年ほど戦っていらしたんでしたっけ……」

「理性との戦いみたいに聞こえるからそっちはもう少し詳細に言え!!」


 注文が多いです……と不満気に言葉を漏らすマイマスター。安心しろ、次に小麦粉を体にまぶせとは言わない。

 しばらく魔王と一方的なスキンシップを行った後、ちらりとこちらを伺い、少しだけ表情を曇らせて訪ねてくる。


「滅ぼしてしまうんでしょうか……この子」

「……まあな、一応、仇敵だし。あっちの世界を混沌に落とし込んだ張本人であるしな。人じゃねえけど。それに、お前だって世界の危機に対処したいから俺を呼んだんだろう。今こうやって目の前に形として危機がいるんだから、願ったり叶ったりじゃないのか」

「……でも、この子はいぱー可愛いですし」


 ああっ、可愛いは正義かよ。そんな主観的な判断に勇者の力でどうやって抗えと。


「そ、それに……本当にこの子が世界の危機かどうか、私には分かりかねます、し」

「どういう意味だよ。どう考えても魔王は脅威だろう。確かに、今はお前にほっぺた伸ばされて面白い顔になってるただの幼女だが、クラス表示は今も魔王(サタン)のままだ。レベルが……あー、今は本来の力を失ってるみたいなんだけど、それこそ力を取り戻しでもすればこの学校どころか日本ごと吹き飛ぶぞ?」


 一朝一夕でレベルが上がるとは思えないが、万が一ということもある。超越者(アブソリューター)へと返り咲いた魔王の恐怖は見た者にしか実感が沸かないとは思うが、そうなってからでは全てが手遅れだ。

 今のうちに、何らかの手を打っておかないといけないだろう。

 俺が胸の内に本物の殺意を宿し、少しだけ覚悟を決めて魔王を見ると、その殺気に反応したのかそこでようやくぐったりしていた魔王が意識を覚醒させ、へろへろになったまま不敵な笑みを零した。


「……寝覚めに温い殺気を浴びせるな」

「お前今自分がどんな格好してるかちゃんと理解してから凄めよ」

「フン、下々の戯れに付き合ってやったに過ぎん。元より、あの程度の児戯に付き合わぬ心づもりでならば、このような戯れに興じたりせん」


 言いながら、スカートを指で持ち上げる。細い足が露わになるが、本人としては別にそんなものどうでもいいらしい。目のやり場に困るから早く仕舞って欲しいが。


「いい加減、戯れに興じた理由を言えってんだよ。セーナの言う通り、自分でも理解していないのか?」

「ククク、どうだろうな。ただ、あながちそれも間違いではない。自分でも確たる理由を必要とせず、こうすべきだという自らの欲求に従って行動した結果だ」

「自分探しの旅くらい漠然とした理由だな、おい」


 俺のツッコミに、魔王は喉を鳴らして笑った。


「知らなかったのか? 我ら魔族は皆そういった欲求を基にして行動を起こすのだ。余らからすれば、貴様らのように理由がなければ動けぬような種族にこそ、不便であると哀れみを捧げたいものだがな」

「……それが、あっちの世界を蹂躙した理由だっていうのか」

「左様。したいからした。すべきだと思ったからした。それ以上の理由など、余らには不要であった」


 その理由には、流石に我慢がならなかった。

 余りの怒りに視界が一瞬白濁し、感情の制御がままならなくなる。

 俺の右手が意識とかけ離れたところで胸に伸び。内側に湧いていた殺意と共に神剣の慣れの果てを掴み、目の前で嘯き語る魔の王の心臓に向けて――。


 振られる前に、俺はそのシャーペンを床に取り落とす。

 神剣は地面に落下して、カラカラと転がっていき、本棚の下へと潜り込んだ。


 俺は右手を押さえたまま、そこに走る余りの痛みに声すら上げられず、陸に打ち上げられた魚のように開閉しながら喘ぐ。右手の紋章が力強く赤く光り、神経を引きずり出されているような痛みが走って思わず膝を突いた。

 痛みの発生源、この場合腕の先ではなく、その痛みを与えてくる相手の顔を見る。糾弾と、怒りと、僅かな殺意を交えた視線を送ると、ハルカゼは少しだけ怯えたような表情で口を引き結んでいた。


「ハ、ルカゼ……止めるなっ……!! これは、こっちの世界云々の前に……俺たちの、問題なんだ……ッ!!」

「……セトさん、落ち着いて、ください。お願いします……」


 その様子を興味深げに眺めていた魔王は、面白い物を見つけたとばかりに喜色満面の笑みを零した。


「成る程、貴様がセトの召喚主か……高位魔術師ハイ・ウィザードの限達者がよもや魔法のマの字も存在しないこちらの世界に居るとはな。フン、貴様にとっては不運だったな、勇者よ。余を討ち取る千載一遇のチャンスを不意にされた上、今を以ってもその召喚者に邪魔をされるとは」

「ハルカゼッ……!! 見た目に騙されんなって……!! こいつは、魔王なんだ……人間の尺度で計る事が出来ない、化け物なんだよ……!! 今は力を失っていても、力を取り戻せばその力を行使することを躊躇わない、俺だって、お前だって鼻歌混じりに消し飛ばせるような存在なんだ……!!」

「フン。正しき評価だな。小娘、貴様の飼い犬はそう吠えているが、どうする?」


 まるで自身の保身を一切考えていないかのような挑発的な物言いで、ハルカゼを挑発する。ハルカゼがこの手の痛みを解いたときにすぐ動けるように歯を食いしばって痛みに耐える。

 隠れて治癒魔法を唱えたりもしたのだが、どうもこの痛みはそういった干渉の外側にある痛みであるらしく、何の変化も起こらなかった。多分「痛みそのもの」を付与しているんだろうな……あっちの世界で言う概念魔術師の領域だ。


 ハルカゼは少しだけ困ったように俯くと、魔王に向けて卑屈とも取れる笑みを零した。


「そ、それは……」

「……ククク、その手駒を使うか」

「い、いえ……こうします……」


 言うと、スッと右手を横に振る。指先が魔力を紡いで魔術の構成が空中に解き放たれる。

 と同時に、魔王がガタンッ! と椅子から立ち上がり、何かに耐えるように歯を食いしばってから、すぐに我慢出来なくなったように地面でのたうち回った。


「あっ。あっ。痛っ、ちょっ、何こ、えっ!? ククク、この腕を登って来る耐え難き痛みは……!? あっ、やっ、痛い痛い痛いッ……ぐああ……!!」


 あー……。

 デジャブ感あるわ。そういえば、初めてこちらの世界でハルカゼに逆らおうとした時に紋章の痛みが発動したとき、俺もそんな感じだった。

 そしてその子供パンツ丸出しで転がりまわる魔王の姿を見ながら、俺の中で色んな物が氷解し、その半面冷めていくのが分かった。……いや、ハルカゼが何かをしたら痛みにのたうち回るっていうことは。


 ようやく痛みが収まったのか、涙目で膝をつき、ハァハァと息を吐く魔王の肩を叩く。乱暴された後のようなぐちゃぐちゃの涙顔で俺の方を見てくる。


 俺は黙って魔王に右手の甲を見せた。


 魔王は黙って俺にに右手の甲を見せた。


 わー。



 ……お揃いだー。


「――彼女を召喚したのも、私なので。……だ、大丈夫です、はい。あ、あと……彼女をこの学校に呼んだのも、多分……私の権能なので……」


 ああ、そうだったんだ。全部ハルカゼの仕業だったんだね。

 じゃあ安心だねマイ・マスター。ペットも二匹に増えて賑やかになったし、いい事づくめだわ。


 ……クソぁ!! 最初に言えよ!!

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