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閑話1-4 世間話であります。


 部活帰り。

 裏門の外で守坂殿、中平殿、霜鳥殿の三人と待ち合わせであります。

 出来るだけ分かりやすい目印をと思い、河川敷にも近い『正門』での待ち合わせを提案したでありますが、三人が三人に反対されてしまい、裏門での待ち合わせになったであります。何故に。

 しかも私が世話になっていますのは男子剣道部であるので、そのまま剣道場から同行させていただければ手間でもないでありますのに。


 ただ、お三方は他の方にあそこで猫を保護していることを知られたくないという思いがあるようでしたので、深くは追求しなかったであります。

 例え一時でも、そして部分的であっても、その世話によってあの猫が生きながらえているというのは間違いないでありますから、誇って良いことではあると思うでありますが。

 男の子心は分からんでありますな。


 私がしばらくそこで時間を潰しているでありますと、お三方が小走りに駆け寄って来るであります。

 手を振ると、三人ともが微妙な笑みを返して、手を振り返して来るであります。


「ごめん、待たせたね」

「ううん、今来たとこ」

「お前が言うのかよ。一緒に来たから知ってるよ」


 中平殿が身体をくねらせて言うのを後ろから霜鳥殿が突っ込むであります。

 いつでもどこでも仲良いでありますな。


「お三方とも、お疲れ様であります。

 もうすぐ夏の大会でありますゆえ、守坂殿も中平殿も霜鳥殿も気合が入っていたでありますな!」

「一応……勝ち抜き戦ではレギュラーだしな」

「今年こそ花園へ行きたいからな」

「ラグビーかよ。剣道やれよ」

「アリシアさんも、こっちに付き合ってもらって悪いな。

 そういえば公式戦出ないんだって……?」

「あー、はい。

 そうでありますね。途中から参加した留学生でありますので、籍を置かせて頂いているだけで感謝であります」


 セト様からは特に止められているわけでもないでありますが、あまり目立つことはしないが吉だと判断したであります。

 それに、剣道部で指導に当たらせていただき、部の力の底上げはできているでありますから、きっと女子も男子もかなりのところまで行くと思うであります。

 選手としてではなく指導者として見れば、これほど嬉しいことはないでありますゆえ、私は私なりに夏の大会が楽しみでありますよ。


「部長殿の気合の入り方が半端じゃなかったであります」

「部長はまあ、打倒アリシアさんで燃えてるから……。

 結構部長は部長で気にしてるみたいだからな、アリシアさんから一本も取れないの」

「そろそろトゥーシューズに画鋲が入る頃だから気をつけて」

「バレリーナかよ。竹刀に仕込めよ。そんなことしないだろうけど」


 ……霜鳥殿がボケたでありますが。

 裏切られた、という顔で中平殿が霜鳥殿を見るでありますが、霜鳥殿はしてやったりのドヤ顔であります。

 この二人は仲が良いにも関わらず、度々会話の方針で揉めるでありますな。

 会話の方針って何ぞでありますが。

 二人を横目で見て笑い、守坂殿が肩を竦めるであります。


「弱小の剣道部だったはずが、アリシアさん来てからそれなりに見られる形になって、部長も俺たちも嬉しいんだよ。

 そりゃ気合くらい入る。だからこそロードワークの帰りが遅いって文句も言われるんだろうし」

「余り部長殿にご心配を掛けるべきではないでありますよ。

 部活終了後であるなら、いつでも付き合うでありますから」

「……ただ、気になるじゃない。あんまり暗くなると。

 それに、いつもあの時間に餌をやってたから、なんかあの時間に世話するのが癖になってな。

 中平と霜鳥とローテーション組んで餌やるはずが、いつの間にか三人で平等に行くようになってたし……」

「抜け駆けは許さんぞ守坂」

「中平の言う通りだ。俺たちはチューペットですら三人で分け合う仲だろ」

「分けられないが。一本足りんが。……だから霜鳥お前がボケたら俺の立場がないだろうが」


 未だ揉める二人であります。

 いっそのことフレキシブルに立場入れ替えてやってみたらどうかと思うでありますが、中平殿に何かボケの矜持のようなものがあるようにも思うであります。


「なんとなく、その気持ちは分かるでありますな。

 放っておけないというか、例えそれが偽善であってもせざるを得ないという気持ちは良く分かるであります。

 ゆえに、今日は私も餌を持ってきてあるでありますよ」


 言いながら私は猫缶を取り出す。

 お昼を少しばかり抜いての購入でありましたがゆえ、少しだけお腹は空いているでありますが。


「……って、アリシアさん、それ成猫用なんだな」

「守坂、教えなかったのか? 切り株の年輪は南の方が厚いっていうのは俗説だって」

「違うだろ。教えるべきはあの猫は成猫用の餌を食わないことだろう」

「えっ。

 本当でありますか……?」


 尋ねると、そこだけは何故か三人揃って首を縦に振ったであります。

 がーんであります。せっかく買ってきたけれど、無駄になったであります。

 しかしあの猫、外見的に明らかに成猫であるにも関わらず、グルメなやつでありますね?


「俺たちも色々与えてみたからな」

「優しさや愛、そして夢をな」

「腹膨れるかよ。……野良猫の癖に選り好みするやつだったな」


 それは中々に贅沢な嗜好でありますな。

 ですがその様子だと、お三方はそれなりにあの猫について研究をされているようでありますな。


 ふと、その時、先日妹様に見せていただいた例の『七不思議』の一節が思い浮かんだであります。

 『橋の下の化け猫』。

 『けして死なない猫』。

 ミコ様の通う学校に伝わる、七不思議の一つ。


「……守坂殿。

 あの猫でありますが……その、妙な噂をご存知でありますかね?」


 私が問うと、その質問に三人が一斉に足を止めた。

 先を行ってしまったので振り返ると、嘘を吐けない三人は、やはり視線を彷徨わせてバツの悪い顔をされているであります。


「そのご様子だと、最初からご存知であったでありますね。

 ……昨日、妹様に調べてもらい、私もたどり着いたであります。

 『けして死なない猫』。そう呼ばれているらしいでありますな」

「まあ、そう、なるな」

「俺も、噂では聞いてるよ。人生にはモテ期が三回あるって」

「多分誤魔化せねえよ。……まさかこんなに早く行き当たるとはな」


 お三方は神妙な顔をして再び歩を進めるであります。


 様子が、少しおかしいと思ったであります。

 その噂が、単なる噂であるのであれば、ここは一笑に付すべきところであります。

 肩をすくめ、そんな根も葉もない噂もあるのだと笑って冗談にしてしまえばいいはずであります。


 ですが。

 お三方の様子は、それを看過出来ない問題として抱え込んでいるような表情をしているであります。

 まるで本当に、その猫が『化け猫』であるかのような、切羽詰まった表情を滲ませているであります。


 守坂殿は沈黙に耐えかねたように、静かに言葉を零すであります。

 

「……正直、この猫のことを内緒にしてたのは、それも理由の一つなんだ。

 言ったって信じないだろうし、言って混乱させるのも何かと思って……。

 だったら、最初から知らないでいたほうがいいんじゃないかと、思ったんだ。

 俺たち以外」

「今から話す話は、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません」

「あるんだよ。フィクションになるだろうが。何への配慮だよ。

 ……守坂、いいのか、アリシアさんに話して」


 霜鳥殿が少し不安げな表情で守坂殿に尋ねるであります。

 守坂殿は仕方がないだろうと首を振り、先を続けてくれるであります。


「……嘘だと思うなら、別にそれでもいいけど……信じるにしろ信じないにしろ、内緒にしていて欲しいんだ」

「……わ、分かりましたであります」

「あの猫さ。

 俺が最初に見つけたんだよ。

 河川敷のところでさ。あの橋から少し下流側のところでな。

 ……ただ、俺が最初にあの猫を見つけたとき、あの猫は河川敷の端でぐったりしてて……」

「で、俺たちが呼ばれて……。

 一応そこで生死を確認したんだよな。霜鳥の」

「俺は生きてたがな。……確かにその時点で、その猫は死んでたんだ。

 呼吸も止まってたし、心臓も動いてなかったと思う。

 それほど丁寧に確認したわけじゃないけれど、少なくとも生きてる感じじゃなかった。

 だから俺たちは、三人でその河川敷に……その猫を埋めたんだ」


 猫を、埋めて。

 供養しようとした、であります。

 全く知らないはずの猫を埋葬して差し上げるお三方の優しさにも少しだけ感じ入るところがあったでありますが、その行為と前後の繋がらなさに、言葉が返せなくなっていたであります。

 猫を、埋めて。

 供養しようとした、なら……。

 あの猫は一体、何でありますか……? 


「翌日、同じように三人でロードワークに来て、俺たちは驚いた。

 前の日に埋めたはずの猫が、元気に餌を求めに来るんだ。

 最初は似たような猫かと思ったんだ。白猫って言っても珍しいもんじゃない」

「でも、どう見ても前日に俺たちが埋めた猫なんだ。姿形も、何もかも。

 更には、俺たちが埋めたはずの穴まで掘り返されていて……俺たちは最初不気味で仕方がなかった。

 血の繋がらないお兄ちゃんにやたら懐いてくる義理の妹の存在が」

「妄想だから安心しろ。

 ただ、こっちは妄想じゃなかった。

 ……どう考えても、あの猫は生き返った猫だった。

 つまりは……死んでも生き返るという意味で、『死なない猫』だったんだ」


 その言葉は。

 冗談を言っているような声色ではなかったであります。

 自分たちも信じられないものを語るような、そんな口調だったであります。

 私も神妙にそれを聞き、妹様がたどり着いた猫の正体に裏付けが出来てしまったことに眉根を寄せていたであります。


 『死なない猫』。

 死んで、埋めて、また生き返る猫。

 異世界であっても、死は死であったであります。

 一度死んだ生物は生き返ることはない。生命を取り扱う魔法だけは禁忌とされ、使役出来なかったであります。

 一部の魔族が人の魂に似せた何かで、まるで傀儡を操るように死体を動かす事はあっても、それは蘇りではけしてなかったであります。

 生命とは一度失われれば、二度と取り返せない一回制のある尊いものだったであります。

 だからこそ、人はその生命を無駄にせずに、精一杯生きるであります。


 ですが、その猫は。

 その禁忌を軽々と飛び越えて、生き返り、蘇ったであります。

 守坂殿たちがそんな嘘を吐く理由もないでありますし、それはおそらく事実であるのでありましょう。


 私は少しだけ気分を落ち着けるために、その話をピークから更に進める。


「……守坂殿たちは、では何故その猫の世話をしていたでありますか……?

 その、生き返ったのであれば、中平殿が仰られた通り、不気味に思われたのでありましょう?」

「確かに、不気味には思ったよ。

 翌日に三人で調べたら、何かそういう都市伝説みたいなものも見つけて、あれがそうだったんだって顔も青くしたさ。

 結構似たような状況目撃したやつらもいるみたいだしな。ここ結構人通るし」

「ただ、俺たちもまあ、最初は距離を置いてたんだけど……。

 なんというか、放っておけなくなったんだよ。

 家が隣同士だからって毎朝起こしに来てくれる幼馴染みたいなもんだ」

「それ俺らのことになるからな。やめろよ。

 ……死なないって言っても、今は生き返って生きてる。

 だったらまあ、世話してもバチ当たらないかなってな。

 それと、俺らは個人的にちょっと心配ごとも抱えててさ」


 霜鳥殿がやはり少し言いにくそうに鼻の頭を掻くであります。


「……心配ごと、でありますか?」

「まあ、何事もなければそれでいいんだけどね」


 守坂殿が誤魔化すように肩を竦められたであります。

 私はその心配ごとが何か分からず、首を傾げるであります。


 しかし『死なない猫』。

 正確には、蘇る猫でありますか……百万回まで生き返るかは分からないでありますが、そのような絵本を妹様のお部屋で読んだことがある気がするであります。

 妹様のお部屋には、ハルカゼ殿のお部屋とはまた違う意味で様々な本がありますゆえ。



 さて。

 河川敷の橋の下。

 例の猫が居るところまで来ると、そこには人影があったであります。

 遠目で見ても分かる程にがっしりとした体格の持ち主であり、猫の居る辺りにしゃがみ込んで何かを覗きこんでいたであります。

 

――私は何故か、その後姿を見て。

 胸のグラムちゃんに手を伸ばしていたであります。


 異世界にいたとき。

 何度も感じていたような、危機感と焦燥感に突き動かされ、一人、河川敷の道の上、歩を止めたであります。

 私には気づかず、我先にとその橋の下まで同行していたお三方が走って行くであります。

 目を凝らす。

 相手のレベルを確かめようと、冷や汗で閉じそうな瞼を無理やりこじ開けて見つめるであります。


 ――そこには、レベル3『商人(マーチャント)』の表示があったであります。

 こちらの世界ではそれほど珍しいジョブ表示ではないであります。

 その表示が信じられずに、何度も見返したでありますが、やはりその表示は変わらなかったであります。

 私は、何に警戒をして、何に焦燥を与えられたのか分からなくなったであります。

 相手はただの、一般人であります。

 こちらの世界で商いをされている一人の人間であります。


 髪をしっかりと寝かせたその男が、お三方と会話をされているのを遠巻きに見るであります。

 相手の能力とレベルが判明した後でも、私はそれでも一歩も動けずにしばらくそこで様子を伺っていたであります。


 やがてその男の方が立ち去って行くと、そこでお三方はようやく私が立ち往生しているのに気づいたのか、手を振ってきたであります。

 私は何故かこそこそと隠れるようにしてお三方に近づくであります。

 何故かは理解出来ないでありますが、あの男の方に見つかってしまっては不味い気がしたであります。


 お三方はそんな私を見て訝しげに首を傾げているであります。

 弁明しようとしたところで守坂殿が気を利かせてくれたであります。


「悪い人じゃなさそうだったよ」

「人を殺したことはないってさ」

「悪い人の定義が緩すぎるだろ。……俺たちと同じような目的だったみたいだ」

「そ、そうでありましたか。

 何やら、知らない人が居たので少し尻込みしてしまったであります」


 意外と人見知りなのか、とお三方は納得されたであります。

 何だったんでありましょうな、あの違和感というか、危機感というか。


「ただ、名刺貰った。

 ……どうしても、猫が手に負えなくなったときは連絡が欲しいってさ」

「俺たちも名刺用意しておけば良かったな。全然関係ない人って肩書で」

「何の解決になるんだよ。名刺渡したいだけだろ。

 ……捨て猫保護してくれるような人ならいいけど、これじゃ何をしてる人か分からないな」

「み、見せて欲しいでありますよ」


 私がその名刺を覗きこむと、そこには簡素な文字で。


『代行屋。

 洞柿(ホラガキ)ゼン』


 とだけ書かれていたであります。

 名刺を裏返してみると、電話番号のような物が書いてあり、ご丁寧に事務所の場所まで書かれていたであります。


 胡散臭い。

 と思ったであります。正直なところ。

 何を代行するのか書いていないでありますし、あの風体の男性に気軽に何かを相談できる感じではないであります。

 捨て猫をどうにかしてくれるというお話もまた、物理的にどうにかされてしまう可能性の方が高く感じてしまい、二の足を踏むでありますね……。



 そうこうしている間にも、お三方は捨て猫に餌をあげ始めているであります。

 私はその様子を後ろから眺めるであります。

 ……やはり、噂がどのような噂であっても、可愛らしいでありますね。

 白くふわふわとした毛並みは、一度埋葬を経たなどとは微塵も感じさせず、目はくりくりと丸いであります。

 一瞬、その双眸と目があったでありますが、猫は気にせずに守坂殿が開けた猫缶の端を咥えて、橋の下の瓦礫の奥に引っ張っていったであります。

 食事風景を見せないとは、ますますお上品な猫でありますね。


「……まあ、ああやって見てると、本当に一回死んだ猫とは思えないよな」

「そうでありますね……。

 どこからどう見ても生きているでありますゆえ……直接ご覧になった守坂殿たちには悪いでありますが、にわかに信じがたいであります……」

「ホームページなんかで広まっているのも、きっと俺たちみたいな目撃談が元になってるんじゃないかと思ってる。

 更新履歴辿ってみたら、どうも今年度の頭くらいから噂が立ってたみたいだからな。

 アリシアさんが越してくるより少し前か」


 守坂殿が指折り数えるであります。

 話とは別に、私がこちらに来てからもうそれだけの月日が経っているのでありますな、と感慨深くなったであります。

 ……ファイルカスタムの方々はお元気でありましょうかね。

 その、連絡は、取ってないでありますが。


 私の懊悩を遮るように、猫が奥から食べ終わった猫缶を咥えて持ってくるであります。

 やはり只者ではないでありますよ。礼儀作法がもしかしたら私よりしっかりしているかもしれないであります。

 ただ、それでも現状をどこか甘んじて受け入れ、他者からこうやって施しを受けているその様子は、どこか自分の姿と重ねてしまうでありますな。

 このまま誰にも手を差し伸べてもらえなかったら、この猫はどうやって生きていくのだろう。

 それでも、何かが未来を打開してくれると信じて、ここに居続けるのでありましょうか。

 そんな問いが湧いてくるであります。

 猫にとっても良い迷惑でありましょうが。


 その日も、少し夕方が暮れるくらいまではそこで猫の相手をしていたであります。


 今のところ猫は元気で、お三方も出来る限り世話ができたらと考えているご様子で。

 ……そのときは、少しだけ安心していたであります。

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