閑話1-2 悩みの種であります。
――話は、昨日の夕方まで遡るであります。
普段、私は学校が終わると、剣道部におじゃましているであります。
自らの剣の道に精進を重ねることはもちろん、出来るだけこの世界に貢献出来ればと考えておりますゆえ、主に男子剣道部に指導者として厄介になっているであります。
自己流ではあるでありますが、基礎はこれでもしっかりとこなしてきているでありますゆえ、基礎部分であるなら効率の良いメニューを考えるなど、ご協力出来るであります。
昔とった杵柄というらしいでありますね。
剣道という限られたフィールドで戦う競技であろうとも、基礎体力は必須であります。
ゆえに河川敷に於いてロードワークを各部員に課しているのでありますが、部員の一部がやたらこのロードワークに時間を取られていると報告を受けたであります。
内と外では勝手も違うため何かに手間取られていらっしゃるのではと思い、探しに来たでありますが……。
河川敷を渡す橋の下。
何やら剣道着を着た男子生徒三人が、蹲っているのを発見したであります。
わざわざ河川敷を降りて橋の下に行かねば通らぬ道であるゆえ、疲れを癒しているとは思いがたいでありますが……。
これ、サボりでありますか?
「……何しているでありますか?」
剣道着の胸元をパタパタとやりながら私はそれを覗きこんだであります。
するとしゃがみこんで何かを覗いていた三人の男子は、どたんばたんと転がり、後ろ手に何かを隠したであります。
その表情には三者三様に焦りと照れと助けを乞うような色が浮かんでいるように見えたであります。
むむう? ……あやしいでありますな。
「男子剣道部の部長殿に頼まれて探しに来たでありますよ。
守坂殿、中平殿、霜鳥殿。
最近ロードワークから中々帰ってこないゆえ、何か事情があるのではと憂慮されておりましたが……。
大丈夫でありますか? お身体の具合でも悪くされているでありますか?」
剣道部員の男子三人、セト様や私のご学友であり同級生であるお三方は揃って首を横に振ったであります。
元より部内でも特に仲が良く、上中下トリオと呼ばれていらっしゃるお三方は、こんなところでも仲が良いでありますな。
それ自体は重畳なのでありますが、何故何かを隠すような素振りをされているでありましょうか?
私はぴょんぴょん、と跳ねてみたり、後ろ手に隠している物を横から回りこんで覗こうとするでありますが、三人の連携によって巧妙に隠されるであります。
むう、と私が膨れていると、唐突に以前セト様よりご教授頂いた兵法が思いついたであります。
「あ」
と上を向いて声を出すと、これまた仲良く三人ともがそれに釣られて上を向いたであります。
……隙ありでありますね。私は少ししゃがみ込んで相手の死角に入ると、後ろ手に隠していたものをすっと抜き取ったであります。
えっちな本だったであります。
かなり。
「のおお!」
私が仰け反ってそれを取り落とすと、三人はバツが悪そうに鼻を掻いたであります。
……正直びっくりしたであります。
細かい部分までは見なかったでありますが、おっぱいがぼいんぼいんだったでありますよ……。
うあー、顔が熱いであります。
三人はそれぞれ弁明するように言葉を繋ぐであります。
「違うんだアリシアさん。聞いてくれ」
「俺たちは道に迷ったんだ。女体の神秘という名の道にな」
「たどり着いたのがエロ本なのでこの道、完全に袋小路だが」
袋とじだけにな、と霜鳥殿が付け加えたでありますが、意味が分からんであります。
私はぷんすぷんすと怒りながら声を荒げるであります。
「部長殿が心配されていたでありますよ!
団体戦の面子が欠けてロードワーク後のメニューがこなせないと仰っていたであります!
それをなんでありますか、このような不埒な雑誌をこんなところでこそこそと読んでいたでありますね!
折檻であります! 折檻であります!」
しゅっしゅ、とチョップの素振りをすると、上中下トリオは顔を見合わせて肩を竦めたであります。
反省の色がないでありますね! 部長殿も心配しておられたというのに!
「そりゃまあ健全な男子だしな」
「頭の中の半分は女のことを考えていて、もう半分は男以外のことを考えている」
「全部女ってことか」
この三人は本当に仲いいでありますな!
テンポ良く言葉を繋げないで欲しいであります!
「それほど遅くならないうちに戻るさ。安心してよアリシアさん」
「そうそう、○んしんしていいよ」
「そこ伏せるのか」
卑猥になっちゃったな、と霜鳥殿が〆るであります。
かなりいい加減に見えるこの三人でありますが、男子剣道部では主将に次ぐ実力を持つ二年生のホープであるので世の中分からないでありますね。
確か三人共幼なじみと聞いているでありますゆえ、息がぴったりなのも頷けるでありますが。家も近所であるとかないとか。
「むー、それはどうしても今見なければならないものでありますか……?」
「男子はどう頑張ってもおっぱいには勝てないんだよ……ごめんな……」
「不戦敗なんだよな」
「パイだけにか」
上手いこと言ったつもりでありますか。
えっ、ですがそうなると。
「むっ!?
と、ということは、守坂殿と中平殿と霜鳥殿は、私も欲情の対象であるということになるでありますが……」
それは、少し怖いような気がするであります。
ファイルカスタムのお家で女であることを理由に、色々と言われてきたこの身であるがゆえに、あまり性別や性差が問題になってしまうと、私としても剣道部に居づらくなるであります。
主将殿はそういう垣根を全く気にしないタイプの方であるゆえ、心配はしていなかったのでありますが、部員についてはノーマークだったであります。
私の質問に三人は顔を見合わせた後肩を竦めて。
「アリシアさんはない」
「アリシアさんはない」
「アリシアさんはない」
と全く同じ発音で返事をくれる。
「がーん!!であります!!
それはそれでなんというか、納得いかんであります!! なにゆえ!?
ていうか今までの連続したテンポで言うのではなく、なんで口を揃えたでありますか!?」
特に女性として見られることに拘りがあるわけではないでありますが、門前払いは何かとダメージ大きいであります。
しかも示し合わせたように全く同じ口調とセリフで告げられると世の男性全てが、ひいてはセト様もそうであるかのように聞こえてしまい、大変ショックであります……!!
ああ、えっと、別に男女関係なくセト様はお慕い申しておりますゆえ、何に対してショックを受けているのか自分でも分からないでありますが。
「いや、だってアリシアさん葛切と仲いいだろ。男っていうのは他人の縄張りには敏感なんだよ」
「今日水曜日だけにな」
「ビン・カンの日ってことか」
ん?
何やら誤解を招いているようなご様子。
今に始まったことではないでありますが、セト様もあれで交友関係狭いでありますゆえ、このような誤解を招くのも致し方ないことであるかもしれないでありますな。
「セト様とは、ご厄介になってはおりますけれど、そのような関係ではないでありますが……。
むしろセト様に申し訳ないと言いますか……恐縮でありますよ。
セト様に悪いであります」
「いや、でも同居って時点でちょっと許せないもんがあるぞ、同い年の男子としては」
「ただそれだけで同時に二つくらいフラグが立ってる」
「恋愛フラグと死亡フラグか」
「いえ、本当にそのようなことは何もないでありますよ。
ご安心、ご安心? ご安心いただければと思うであります。
セト様とはただの主従の関係でありますからね」
三人は顔を見合わせるであります。
「開廷」
「死刑」
「閉廷」
判決早っ!!
弁護の間もなく求刑されたでありますが!!
何やら正しくは伝わらなかった様子でありますが、何と言えば良いのか今を以ってしても分からないでありますゆえ仕方ないでありますね、こればっかりは。
三人ともが何故か剣道の素振りを始めたのを見てもしかしたら余計なことを言ってしまったかもしれないでありますな。
「主従って、どういう関係なんだよ、同い年のホームステイの相手だろ? 葛切どんだけ進んでんだよ」
「男として数段階先を行かれて、正直葛切を冥土に送りたい」
「主と従者だけにか」
三人が同時にメイド!? と目を剥く。
自分たちで言って他人に給仕服を着せる妄想をするのはやめて欲しいであります!!
なにゆえ驚いたような表情でありますか!! ご自身で仰られたでありましょう!!
恐らくお三方の頭の中では甲斐甲斐しく家で給仕をしている私が想像されておるのでありましょう。
が、実際そのような服を着てハルカゼ殿に給仕したこともあるので、当たらずとも遠からずでありどう言っていいか尚更分からんでありますなこれ……。
「セト様は、その、剣の師匠でありますゆえ」
「えっ、ってことは、アリシアさんより葛切が強いって……!?
自転車同士ですれ違おうとして同じ方向に避けてクラッシュしたことが俺とだけでも四回ある葛切がか!?」
「失恋したC組の誇る重量級女子、足立山さんに廊下でふっ飛ばされて保健室送りになった葛切がか!?」
「この間ボーっと歩いてるのを見てたら電柱に正面からぶつかって、ひとしきり謝ってから相手が電柱だって気づいてた葛切がか!?」
私の知らぬ武勇伝がいくつも出てきたであります。
半分くらい剣の腕は愚か、運動神経すら関係ないでありますが。
ある意味有名なのでは、と思ってしまうであります。
なにゆえ皆様セト様にそれほどお詳しいのでありましょうか。
ううむ。やっぱりすんなりとは信じていただけないご様子であります。
ただ、あまりセト様の、私の世界で身に付けられたお力については、おおっぴらにするなとも言われているでありますので、ここはじっと我慢の子であります。
何かと悪目立ちすることにセト様は人一番敏感でありますゆえ。
水曜日だけに、であります。……霜鳥殿の芸風楽しいでありますな。
と、話が一段落したところで、そういえばこの三人を呼び戻すように主将に言われていたことを思い出したであります。
中々にお喋りが上手でない私でありますゆえ、たまにこうやってお喋りが上手く噛み合うと止めどなく話してしまうのは実に悪い癖でありますな。
私に対して男女別け隔てなく明るく接してくれる三人のようなご学友を持てて幸福であります。
ですが、この場で彼らがサボっていたのも事実。
剣道部の主将殿にはきっちりとお灸を据えていただかなくては、と思ったところで。
「おーっと!!」
と、守坂殿が大きな声を上げて、思わずびくんと体を揺らして驚いてしまったであります。
「妻!」
「夫婦か」
驚いて固まっていた中平殿と霜鳥殿が言葉を続けたでありますが、どうもその守坂殿の叫びはお二人にとってもイレギュラーな事態であったらしく、訝しむように守坂様を見ていたであります。
必然的に守坂殿が向けている目線の先に視線が行くでありますが、それより前に、もそりとした感触が私の足首を包んだであります。
「ひっ!?」
その生暖かい感触に一歩飛び退ると……。
――そこには、一匹の白い『猫』がいたでありますよ。
首輪を着け、少し薄汚れて、それでも丸い目をこちらに向けて、見上げてきていたであります。
……可愛いでありますが、はて……?
お三人に視線を戻すと、三人が三人とも視線を逸らして、一層バツが悪そうな顔をしていたであります。
その表情からピンと来たであります。
お三方も、ここにこの猫が居たことは知っていたご様子。
……となると、もしかしたらでありますが。
「……もしかして、守坂殿、中平殿、霜鳥殿……。
ここには、先ほどのえっちな本を見に来たのではなく、この猫の世話をしに……?」
「あー……バレたな。小芝居打ったのに」
「……まさか、猫が率先して裏切りに掛かるとは……猫被ってたってことか」
「………」
「おい猫だけにって突っ込めよ。お前も裏切るのか霜鳥」
霜鳥殿まさかの裏切りにパスを出した中平殿が詰め寄って何やら揉めているであります。
そんな程度の低い振りには乗れないとばかりに霜鳥殿が首を振るであります。
男の友情が破綻した瞬間を見たかもしれないでありますね……。
その間にも猫は人懐っこく私の足の間を八の字に歩きまわり、その体を擦り付けてくるであります。
猫という生き物は人間に余り懐かない生き物であると聞き及んでおりましたが、随分と人懐っこい猫でありますなー。
しゃがんで喉を撫でるとごろごろと音を出して地面に寝転がるであります。猫だけに。
……何かこの短時間で霜鳥殿の芸風が伝染って来ている気がするであります。やべーであります。
猫を撫でながら守坂殿を見上げるであります。
「……なにゆえ隠されていたのですか? 守坂殿」
「……こう、男には色々とプライドっていうものがあるんだよ。
ただでさえ完全に救ってやれてはないのに、中途半端に餌やってるのが女子にバレたくなかったとか、そういう」
「でも偽装の為にえっちな本を読んでいたことにしたほうが、プライドは傷つくのではないでしょうか?」
「それは、男として正常なことだからノーカンだ」
男性の気持ちが皆目分からんであります。
どちらかと言えば後者が他人に言い伝わった方がダメージ大きいように思えるでありますが。
ですが、撫でていて思うであります。
男性三人が匿うのが分かる程にこの猫は愛らしいであります。
元より私も小さな生き物は好きな方でありますので、こうやって触れさせてくれるこの子は実に可愛く見えるであります。
「こんなところに居るということは、捨て猫、でありますか……?」
「多分な。そこの裏にダンボールがあって、拾ってくださいってベタな文句が書いてあったよ」
「……なるほどでありますねー」
「……三人ともな、ダメなんだよ……うちは犬が居るし」
「うちは姉が居るしな……」
「お前の家では姉を飼ってるのか」
また元の連携が取れ始めたことで中平殿と霜鳥殿が固く握手をしているであります。
話し合いの結果和解したでありますね。
男性同士のご友情は正直分からないであります……。
ただ、お三方にそれぞれ家に連れて帰れない理由があって、ここで世話をしているのはなんとなく伝わったであります。
何故なら私もまた、お三方と同じような苦しみに見舞われていたであります。
……そもそもが、私自身が居候の身であり、それこそ飼われているような状況でありながら、他者に施しを出来る立場にないであります。
その様子を見てお三方が声を掛けてくるであります。
「やっぱ難しいでしょ、アリシアさんも」
「まあ、こればっかりは俺たちも予想出来てたからな。
知ってしまったらどうにかしたくなると思ったんで隠してただけで、別に騙す気はなかったんだよ」
「猫だけにか」
それは何か違わないか? と中平殿と霜鳥殿が協議に入ったであります。
何が良くて何が悪いのか分からんでありますよ。
けれど、むう、確かにと思うところでありました。
私にはどうにも出来ない問題であります。
そしてどうにも出来ないからこそ、どうにかしてやりたいと思ってしまうであります。
なんとなく。
その、『誰か』に捨てられた猫に対して。
……お三方以上の、何か特別な感情がふつふつと湧いてきて。
私はその問題を、家に持ち帰ることになったであります。
……こんなにすぐに妹様に露呈するとは、思ってなかったでありますが。
とりあえず。
私も共犯ということで、上手く剣道部の主将には誤魔化しを入れた上で。
その捨てられた猫をどうにか出来ないかと、一日中悩むことになったであります。
そして同時に湧いてきた気持ちに。
六月の事件でしっかりと塞いだはずの傷から、じくじくとした物が漏れ出していることにも、その時点でもう気づいていたであります。
何か、すごく庶民的なことで悩んでる気もしているでありますが。
……私にとっては、結構な問題であるのでありますよ。
情けないでありますが。




