閑話1-1 裸の付き合いであります。
「アリシアおっねえちゃーん、おっじゃましっまーす」
「うひぁはぁ!?」
お風呂場の扉が勢い良く開き、狭い風呂場によく響く可愛らしい声が高らかに闖入を宣言したであります。
私は思わず身体を隠したでありますが、良く見れば同性の妹様でありましたがゆえ、少しほっとしたであります。
「ミコ殿。……脅かさないでほしいであります」
「アリシアおねーちゃんかわいーから鬼畜攻めくなっちゃうんだよねー♪ ニュフフ♪」
言いながら、一糸まとわぬ姿で葛切ミコ……セト様の妹様は、楽しげに風呂場に入ってくるであります。私とは違う小さくスレンダーなお体は同性の私から見ても綺麗で可愛いでありますね。
葛切家のお風呂はお父上が頑張られたようで、少し大きめに作られておりますので、二人でもそれほど狭くないのが有難い限りであります。そういえばお庭もお父上たっての希望であるゆえ、一国一城の主としてはやはり城の造作には拘りがあるのでありますな。
男子たるものかくあるべしと私も思うであります。
ミコ殿は体を洗っていた私の背中に陣取ると、その手に泡を立て始めるであります。何やら不穏な表情を浮かべていて一抹の不安がよぎるであります。
「……あの、ミコ殿?」
「せっかくだからミコが洗ってあげるよ、おねーちゃん」
「い、いえ、妹様にそのようなことをさせるわけにはいかないでありま、うひゃあ!?」
てっきりタオルで擦られると思っていた私の背中に、直接妹様の手が触れ、にゅるにゅると滑り始める。その擽ったさに妙な声を上げてしまい、慌てて口を手で覆う。
振り返ると、楽しそうなミココ殿の笑顔が目に入り、あ、これ逃げられないであります、と嫌な覚悟が芽生えた。
「スキンシップだよスキンシップ♪」
「あ、ああ、ミ、ミコ殿、その、くすぐったいでありますが」
「アリシアさんの居た国では、こんなふうに背中を洗いっこしたりする文化ってなかったの?」
言われて想像を巡らせるであります。
皇国に居た頃はこのようにゆったりと湯に入る隙などなく、給仕たちの湯浴みにお邪魔して汗を流していたので、横の触れ合いとかはなかったでありますね? 基本風呂場は無言でありましたし。
そもそも騎士用の風呂場が使えないがゆえにお邪魔させて頂いておりましたゆえ、文字通り肩身も狭かったでありますし。あまり騒ぎ立てて目立っても面白いことにはならなかったでありましょうし。
皇国で女性の士官は唯一でありましたので、私は何かと有名人でもありましたがゆえ。
「あんまり、なかったでありますなー……そういえば。落ち着いてお風呂に入ることも稀でありましたがゆえ」
「だったらジャパニーズ裸の付き合い♪ たまにはいいよね、こういうのも。ミコは百合も大好きだから」
ううむ。
何か釈然としない物がある上、何故か胸の下に手を入れて下から弾ませて遊ばれているような気もするでありますが、ほかならぬ妹様からの申し出であるならご相伴に預からないわけにもいかないでありますな。
花の名前と今の状況に何のつながりがあるのかはいまいち分からないでありますが。
あと……あんまり胸ばかり弄ばれると恥ずかしいでありますが。なにゆえ手のひらでバウンドさせてるでありましょうか。
振り返ると真面目な顔で行われているため、一種の洗浄方法であるのかもしれず、止めづらいであります……。
「……何入ってたらこんな風に柔らかくなるのかな。
アリシアさんってスレンダーでそこそこ筋肉あるのに、胸だけは大きくて柔らかいよね?
指×肌の誘い受けって感じ。ミコもこれ欲しい」
「こ、これはなんというか、家系でありますから。骨太、というでありますか?
胸筋が胸を持ち上げて、大きく見えるだけでありますよ……た、多分。
……そういえば姉上たちもドレス映えしない胸を収めようと、コルセットをきつく巻きすぎて良く肋や肋骨などボキボキ折っていたでありますな」
「なにそれ。コルセットの鬼畜攻め怖い。……何か昔の貴族みたいだね」
貴族とまではいかないでありますが名門でありましたからね。ファイルカスタムのお家は。
私はその名門の中で落ちこぼれでもありましたが。
おっと、思わず本当の家系の話に片足突っ込んでいたであります。ここでは確かアメリコとかいう国からホームなんとかをしに来たという設定でありましたな。
気をつけておかねば。
未だ弄ばれている胸に何やら熱が篭もり始めたので恐る恐る後ろを伺って箴言するであります。
「……あの、妹様。そろそろ離していただければ有難いのでありますが」
「あっ、ごめん、何か気持ちよくて……アリシアおねーちゃんのおっぱい、小悪魔受けすぎる……」
それはなんというかお互い様でありますが……。
あ、あれ、なんでお互い様なのでありましょうか? 何かじんじんしてむず痒くはありますが。
「お兄ちゃんもおっぱい星人だから、襲われないように気をつけてね?」
「……セト様は異星人なのでありますか?」
「えーと、ライクアおっぱいってやつかな。あ、違うか、これじゃお兄ちゃんがおっぱいになってしまう……」
良く分からないでありますが、襲われるなどということはないと言い切れるでありますな。その辺りはセト様を信頼しているであります。
己を律し、劣情などにはけして流されない立派な人でありますゆえ、私も安心しているでありますよ。
大丈夫でありますとの旨を伝えようとしたところ、何やら妹様も妹様で悩まれているご様子。
実兄を思う妹の献身といったところでありますか……。
「……でもお兄ちゃんがおっぱいになって誰かに揉まれるっていうのもシチュとしてはありかな……こう、クラスメイトの男子に迫られて……総受けで……こう……」
何やら思案のご様子なので口を挟まずに体を洗うのを再開するであります。
そういえば腕から洗うのは寂しがりの証拠であると、ハルカゼ殿から聞き及んだので、足から洗うであります。
足から洗ったところで自分の本質が変わるわけではないでありますが、何かと気になるでありますからね、私としても。
「そういえばさ……アリシアさんは、おにーちゃんのことどう思ってるの?」
急に疑問が飛んできたであります。タイミングにも内容にもびっくりであります。
おにーちゃん。
セト様。
セトクズキリ皇国第一特別騎兵属長。
私の上司にして、私の世界に召喚された、勇者様であります。
ただ、聞かれて返答に困ることでもないのですぐさま答えるでありますが。
「尊敬し、敬愛する殿方でありますよ?」
「それって、好きってことだよね?」
「有り体にいえばそうなるでありますなー。言葉にすると照れるでありますが」
「おにーちゃん外見はそこそこだもんね。分かるよ」
むしろセト様の良さというのは内面にあると思うのでありますが、それに言及すると異世界の冒険譚を話したくなるゆえやめておくであります。
熱くなってしまううえ、きっと余計なことまで喋ってしまうでありますゆえ。
セト様が居なければ私という存在も今日こうやって五体満足で居れたかどうか分からないであるくらいは感謝しておりますゆえ。
話題を逸らす、というか返すように逆にミコ様に問うであります。
「……ミコ様も、セト様のことを慕われているようでありますね」
「そうだねー。世の中に居る普通の兄妹の平均よりは仲いいんじゃないかなー。
特にミコがおにーちゃん大好きだからねー。」
それは何を置いても良いことでありますね。
家族というものが、互いに愛し愛されているというのは、ある種私にとっても羨ましい限りでありますゆえ。
特に不仲というわけではありませんでしたが、やはりお家のあり方に背いた私の生き方は、容認こそされど、祝福はされなかったでありますから。
加えて、私がお慕い申し上げておりますセト様のことを、同じように妹様も慕われているというのは嬉しいことでありますね。
「最近は特に、ミコが弟だったらなって思うよ」
妹様はそんなことを仰られるであります。
私もそれは……その、色々複雑ではありますが同意するであります。
その同意でご迷惑をお掛けした今は、『もしそうだったら』という前提をしっかりと置いてお話するでありますが。
「そうでありますねー、同性のご兄弟というのは、私にしてもある種憧れでありますゆえ、その気持ちは分かるであります」
「弟に生まれて来てたら絶対にお兄ちゃん襲ってたんだけど」
「セト様は武も立つお方でありますからね! 私も良く胸をお借りしているであります」
「胸を借りて、おにーちゃんの剣とミコの剣でこう……『エクスカリバー』と『フラガック』がこう……」
ミコ様が剣技にご興味があるとは初耳でありました。
何やら戦闘を想像されております様子で、高揚されているように見受けられるでありますね。これはミコ様が高校に上がられた際に、同じ高校に通えるのであれば私がお世話になっております剣道部にご招待するのも良いかもしれないでありますなー。
自己の研鑽と指導の願いのために籍を置かせて頂いている剣道部の方々には感謝してもしきれないであります。
特に、男女の別け隔てなく接してくれる男子剣道部の方々には頭が上がらないでありますね。
彼らは私を認めてくれていて、女性相手でも容赦なく打ち込んで来てくれますゆえ。
ふるり、と震えが来て、長々と話しすぎていたことに気づいたであります。
妹様を湯冷めさせるわけにもいかないので、泡を流して早々に湯船に身を沈めると、妹様もそれに続いて湯船に入ってきたであります。
湯船も広く創られているため、足を多少絡ませれば二人で入れる大きさであるため、向かい合う形で妹様と入浴であります。
同性とは言え少し照れるでありますね、これは。
「ところでアリシアさん、なんでミコがジャパニーズ裸の付き合いをしに来たかっていうとね?」
湯船で向かい合いながら、妹様がそんなことを言うであります。
私はその瞳がどこかセト様に似ている事に気づき、少しだけ視線を逸らしたであります。
そんな私の内心に気づいているのかいないのか、妹様はそのまま言葉を続けてくるであります。
「……何か晩御飯の辺りで気づいたんだけど、アリシアさん悩み事とかあるんじゃない?
妙にため息吐いてた気がするから……」
「………」
晩御飯に、セト様が居ないので、油断していたのでありましょうか。
思わず内心の懊悩がため息に出ていたようで自戒が必要であると思わされたであります。
もしくは、セト様がそうであるように、またミコ様もどこか他人への気遣いから、そういった悩みを見抜いてしまう能力があるのでありましょうか。
どの道、それは正しく発揮されて、先日からずっと考え、悩んでいることは詳らかになってしまったであります。
「……何かさ、ミコが力になれることだったら、相談して欲しいな。
本当は、こういうのおにーちゃんの方が相談しやすいんだろうけど……。
何か最近おにーちゃん妙に家に帰ってくるの遅いからさ」
足を絡めながら言う妹様に、やはりこれは血筋なのかもしれないと思ったであります。何気ない会話から入り、相手の一番心配な部分を引き出すやり方は、セト様と同じでありましたがゆえ。
そして、最近セト様のご帰宅が遅いことも気づいていたでありますね。
いつもの準備室でハルカゼ殿たちと茶会をしている以外に、何か今やることがあるように思われるであります。必要とあらば声が掛かると思い無用な詮索はしておりませんが、何やらお忙しそうではありますね。
セト様はセト様なりに学園生活を過ごされているのであれば、それが一番良いでありますが。
ただ、見ぬかれてしまったのなら答えなければならないであります。
正直に申し上げれば、ミコ様にお伝えしてどうなることでもないのでありますが。
それでも、そのお気持ちを無碍にするわけにはいかないでありますからね。
ただ。
一つ困ったであります。
何を困っているかというと、今、アリシア・ファイルカスタムが抱えているいくつかの悩みのうち。
『どれ』を吐露したものか、という点であります。
『猫』か。
『己』か。
はたまた、『家』か。
どれもこれも、相談してどうにかなることではないでありますが。
……考えすぎて茹だる前に答えねばなりますまいね。




