49話 星を喰う者 世界を守る者。
――星屑。
英語で言えば、スターダストだ。
漢字でも横文字でもなんだかワクワクするのは、俺が現代っ子だからだろうか。なんか、格好いいじゃないか。星屑にしろスターダストにしろ。
だけれど、それは自分とは関係ない遠くで起こる現象だからそう見えるのだろうと、考えを今日改めた。
『星喰い』が割れ。
破片と化した岩粒をかわしながらそう思う。
桜だって富士山だって綺麗綺麗と言われてるけど、実際近くで見て見たらそんなでもないしな。前者は毛虫結構いるし、後者は割りとゴミ多いしで。
俺にとっては実妹だって同じジャンルだ。遠くで眺めて、妄想してる方が楽しいに決まってる。今や妄想する方が妹だがな。
何故か口にすると集中砲火を食らうので絶対に言わないが。
『星喰い』が砕けたその破片の全てが、俺に向かって攻撃を仕掛けてきているのではないのは、不幸中の幸いだ。ある程度捌ける程の数だけがこちらに向かって攻撃を仕掛けてきている。
俺は『星喰い』の最後の反撃を避けながら、余計なことを考えている自分を自覚する。心に余裕が出てきた証拠だと思えば、それほど悪いことでもない。
……同時に、感謝する。
名前も知らない、墨桐の異世界の住人達に。
俺が、散々疑い、散々横道に逸れてようやく辿り着いた答えを、最後の最後にこれ以上ないくらい明確に証明してくれた彼らに。
俺が最後に信じたように、墨桐ニカを愛してくれた彼らに。
――いつか、もしかしたら俺たちがいるこの星に、『星喰い』が来るかもしれないと、楔を打ってくれていた彼らに。
ギリギリの戦いだったんだろう。
俺達がそうだったように、異世界の勇者を欠いた彼らも、『星喰い』へと挑んだんだ。
最終的にそれを完全には退けることは出来なかったが、それでも精一杯の抵抗をして、彼らは次へと繋げたんだ。いつか誰かが『星喰い』を砕き、『世界の危機』の連鎖を止めてくれることを信じて。
いや……そんな高尚な気持ちだったかどうかすら分からない。ただ自分たちの居る世界を守る為に、俺のように自分の生命くらいは簡単に賭けられるやつらだっただけかもしれない。
でも、そうだったとしても、結果的にこの星を喰われずに済んだのは彼らのお陰だ。俺一人では、勇者一人では成し得なかった何かを支えてくれる仲間がいたから、なんとか退けられたんだ。
風の剣を振り、岩弾を弾くと、その弾いた岩を鋭い雷光が消し去る。
俺は笑って、その雷光を放った墨桐に向けて、尋ねる。
「良かったな。
……お前が思っている以上に、愛されてただろ」
「……うん」
涙声だった。
聖杖『フラッズフラット』を構えながら、墨桐は涙を零していた。
俺の言葉が聞こえたんだろう。
そして、その言葉の意味が、伝わったんだろう。
――『星喰い』という異形に、打ち込まれていた彼らの誇らしげな墓標が、『星喰い』を退けたことを、理解したのだろう。
その行為の意味を……そこに残された彼女へのメッセージを受け取ったのだ。
そんなもの、この巨大な『星喰い』ですら耐えられない威力なのに、俺たちみたいな人間が耐えられるわけないよな、墨桐。
例え、俺たちが勇者であってもだ。
ただ、嬉しいだけでも、ただ悲しいだけでもないだろう。
死んだ後も、自分を思っていてくれた誰かが居たこと。自分が本当に守りたかった誰かに、守られてしまったこと。彼らが残したその墓標に刻まれた言葉は、一概にただ嬉しいものでも悲しいものでもない。
墨桐が異世界で過ごしてきた長い月日は、墨桐とその仲間たちだけにしか分からない。
俺の背中で嗚咽する墨桐は、それでもその想いを無駄にしないために、中空の『星喰い』の欠片に向けて、魔術を放つ。
「――『ニルヴァーナ』!!」
蒼天を、雷が縦横に走る。
その一撃は、空中に存在する全ての石礫を同時に焼き焦がす絶大なる出力で放たれ、空中に大きな輝きを齎して華を咲かせた。
一度に出力出来る魔力も、元々有している魔力量も、俺の比じゃない。流石に魔術に才のある勇者だけはある。
その雷の指の一つ一つが正確に『星喰い』の破片を捉えているのだから、制御の面に於いても完璧だと言える。
頼もしかっただろうな。
異世界にこいつが来たときの、異世界の奴らもな。
「お前が異世界に来たことも、無駄なんかじゃなかった。
それを、伝えたかったんだろ、異世界の奴らも。
お前が辛かったのと同じで、そいつらも、お前をこっちに送り返すとき、辛かったんだと思うぞ」
「そう……だね。
あたし……こんっ、なに……悔しくて、嬉しいの、初めて、で……」
「……ま、いいんじゃないのか。
空の上だからな。
誰も見てない内に、泣けるやつは泣いとくべきだろ。
勇者は、残念ながら、人前じゃ泣けないからな」
それは、俺達に課された責任であり、枷でもある。
「……聞かない振りして欲しいなら、こっちで勝手に小話してるぞ。
なあハルカゼ」
「えっ」
急に話を振られて、ハルカゼが俺の背中で戸惑う。
いや、そこは適当に相槌打っててくれればいいんだが。
「あ、あの……えっと……卵と玉子って調理前と調理後で使い分けるらしいです……」
「普通に面白い小話な上、響きだけじゃ何がどうなってるのか分かんねえよ」
「……お風呂では耳の裏から洗います」
「面白くないどうでもいい小話しろって言ってるんじゃないぞ!? 指摘してんのはそういうことじゃねえよ!」
「お風呂で耳の裏を最初に洗う人は……その……欲求不満らしいです……」
「面白くないどうでもいい小話をためになる小話にしろとも言ってねえ! ためになる……ためになるかこれ!?」
要らない知識ついちゃった……。
どっちかというと桜倉ハルカゼのフォルダに入れておいたらいけない知識がついてしまった。欲求不満て。
「ちなみに腕から洗う者はどうなのでありましょうか?」
乗るなよアリシア。
ちなみに俺も腕だが、確かに少しは気になる。
「……寂しがり、だったと思います」
うはー、と同時に俺とアリシアの声が漏れる。
思い当たる節がお互いにある気がして両者とも赤面する。
ていうか何故かそれに墨桐も頬を染めてる辺り、こいつも腕だな……!
確かになんとなく言われて見れば性格的に根底にあるものは似てるかもしれないが……!
ハルカゼもそんな話が出来るくらいには気持ちが一段落したのか、さっきまでの緊張状態はほぐれているらしい。
まあ、後は事後処理だからな。
空中で落ちていく残りの破片を消滅させれば『星喰い』を完全にこの世から消し飛ばせる。
残りは墨桐に任せてしまってもいいかもしれない。
墨桐の出力は信頼に値する威力だしな……。
「なあ、墨桐……残りの――」
――振り返り、墨桐に向けて声を掛けたその瞬間。
背後で、何かが破裂するような音が炸裂した。
『星喰い』を見て、すぐに違和感に気づき、下を見る。
砕け散ったはずの『星喰い』の中心部。
コアのような赤い球体が、今までの勢いとは比べ物にならないような速度で――『射出』されていた。
舌打ちもない。
悪態もない。
ただ、血の気が引く音と同時に、俺はセーナを握りしめ、その赤い球体を追う。
風を切り、ハルカゼを背負った状態での最大速度でその弾丸を追う。
――まだ、奥の手を残していたのかッ。
俺は顔を歪ませる。
裏をかかれたことでもなく。
騙し打ちをされたことでもなく。
明らかに、その奥の手が『星を砕く威力がなく、ただその世界に爪痕を残したい』だけの最後の手段だと理解出来たから。
この近隣だけを破壊するためだけの、『足掻き』だと分かったから。
俺は思い切り奥歯を噛み締めてその弾丸を追った。
誰が作ったかは知らない。
誰が生じさせたかも分からない。
『星喰い』と名付けられたその『世界の危機』がどんな条件で、どんな理由を持ってこの世に存在しているかは、何一つ分からない。
でも。
それでも。
そこまでして、他者を害そうとする、その存在には、反吐が出そうだった。
世界を滅ぼすという定義すら覆して、一人でも多くの人間を死に至らしめる為に存在していた奥の手に、俺は寒気すら感じていた。
何でそこまで、誰かを傷つけようと出来る。
簡単に、何かを壊してしまえるんだ。
この世界に存在する、全てへの理解を放棄して。
人間一人一人が、どんな生き方をしているかなど興味が無いように。
何で、理由なく誰かを傷つけようとか、思えんだよッ――!!
理由を集めて、意義を集めて、それでも誰かを守れなかった墨桐を。
力が足らず、機会すら与えられず、ただ失ってしまった墨桐を。
存在全てで馬鹿にしやがって……ッ!!
久々に頭の内側に湧いた怒りに、思考が沸騰する。
あの『紅い弾丸』だけは、落としちゃいけない。
あんな害意の塊なんかに、俺たちが死んでも守りたい何かを、一つたりとも傷つけさせて堪るか……ッ!!
加速をつけた身体は、自由落下の速度を遥かに超えて、その害意の塊に向けて飛ぶ。
こちらの方が速い。ハルカゼを背負っていても、それだけの速度は出すことが出来る。息を止めてしがみついているハルカゼに、注意を払いながら二人での飛行時の限界まで速度を出す。
そっちが奥の手で来るなら。
こっちも奥の手で行くしかない。
――そのためには、ハルカゼが必要だ。
今与えられた条件からなら、俺がギリギリまで使うことを躊躇っていた最後の手段を使う事が出来る。
ただ、それを使うには、あの弾丸と同じか、もしくはその進行方向に出る必要がある。
そうしなければ、最後の手段も使えず、あの弾丸はこの街の地面を抉り返し、平和を尽く蹂躙して行くだろう。鼻歌交じりに。
だが。
今のこの速度では――間に合わない。
目算で、どう考えても弾丸の進行方向より下に回り込むには相手の速度が速過ぎる。
このまま二人で飛行して落下していては、絶対に間に合わない程度には弾丸も速度を保っている。
――不味い。
状況が、一気に逼迫してきた。
落ち着け……ッ!!
クリアしなければいけない条件が3つある……!
1つ、『星喰いコア』より下に回り込むこと。
2つ、回り込んだ上で、ハルカゼの詠唱を間に合わせること。
3つ、その作戦を――異世界の俺の仲間『シンラ』に伝えることだ。
俺はセーナによる通信を開き、異世界に居るシンラへと叫ぶ。
「シンラッ!! 不味いことになった……!! コア部分が分離して、地表に向かっている!!」
『む……』
セーナから即座にシンラの声が聞こえる。
冷静なのは有難いが、もう少し明確な反応をしてくれるともう少し嬉しい……!
『映像を送ろう』
軽く言うセーナに、映像を送れるのかよと突っ込む余裕すらない。
お前、何物家電を目指してんだよ。何バシカメラの何階で売り出すつもりだよ。
だが、助かる、状況をシンラに伝える事が出来れば可否を問える……!
「この大きさだ、行けるか……!」
『問題ない』
「……毎度毎度、軽い返事だが、その返事で問題があったことないしな……! 信じるぞ、シンラ……!! そっちに『送らせてもらう』からな!!」
最後の手段。
それは――対象の『二次転送』だ。
先日シンラと話していた、俺を異世界に再召喚させるために準備。宮廷魔術師のゼンアードは律儀にその召喚を準備していてくれていて、なおかつ数ヶ月経つのにその準備をそのままにしていたらしく、使わせて貰うことにしていた。
本当に、俺もいい仲間に恵まれた物だと思う。
もちろん、それを最後の手段にしていたのは、それを行ったとき最悪この世界だけでなく俺が居た異世界にまで被害が及ぶからだ。
『星喰い』をそのまま召喚術であちらの世界に投げ出してしまえば、破壊される星が代わるだけで、根本的解決にならない。
だから、ある程度こちらで削って、それでもどうしようもなかった場合、シンラと――恐らく言わなくても同行しているであろうグラッドに頼むことにしていた。
本当に。
俺は一人じゃ何も出来ないし。
俺の仲間は頼りになる仲間達だよ――!
ただ、そうやって頼むにせよ、まだ問題は残っている。
召喚術を行使するには、魔法陣の展開が必要不可欠だ。
その魔法陣はこちらの世界から行使するには、ハルカゼという超魔力を注がれてようやく門が開く代物だ。
だから、ハルカゼを背負った俺が『星喰いコア』より先に周り、魔法陣を開かないといけない。
そうやって魔法陣を通すことによって、あちらの世界の上空に『星喰いコア』を出現させることが出来るのだ。
いかにシンラがそれを処理出来る実力を持っていようが、まずあちらの世界に召喚出来ないのであれば、完璧なる片手落ちの作戦になってしまう。
完全に、俺の落ち度だ。
先を完璧に読めていれば、気を抜かずに処理出来たはずだ。
だが、嘆いている時間はない。
限界ギリギリの速度で、どうにか間に合ってくれるのを祈りながら『星喰い』を見据える。
一つだけ。
一つだけ、方法は、考えついている。
ただ、余りにもリスクがでかい。
そしてそのリスクは、『ハルカゼが背負う』ことになる。
その覚悟がなければ、リスクを支払うだけになってしまうし、それをしっかりと伝える時間がない。
それを行う覚悟と、覚悟の上で迷いなく実行出来るという条件をクリアしなければ、ただ徒に失敗してしまう。
そしていまは、相手の覚悟の是非を問える余裕が、ないッ……。
説明をしている時間も、ハルカゼに覚悟をさせる時間も――。
俺が歯を食いしばると、肩口がばしん、と一回だけ叩かれた。
脇腹の傷に響いて、別の意味で歯を食いしばったが、俺は肩口を振り返る。
ハルカゼが。
俺の目を見て。
一度だけ、頷いた。
俺は。
最高のマスターに、召喚されたらしい。
もうすでに、ハルカゼは覚悟も理解も済ませていて。
世界を救うためなら。
誰かを守るためなら。
墨桐ニカのためなら。
リスクなんて、いくらでも背負うと、無言で伝えてきてくれていた。
今の俺にとっては、これ以上嬉しいことも、誇らしいこともなかった。
同時に、俺も覚悟を決めた。
条件1、2を同時にクリアする、たった一つの冴えたやり方を採ることを。
ラブコメの神様。
もし、そんなのが居たら、俺の人生は絶対にラブコメにはしてくれないだろう。こんなにも女の子に囲まれて、少しは期待してたんだけど、絶対にもうこれから先、そんなことにはならないと言い切れる。
それはなぜか。
「ヒロインを、全力で地面にぶん投げる、主人公なんて――。
どこにも居ないからだよ――ッッ!!」
俺は片手でセーナをハルカゼに手渡し。
ハルカゼの身体を掴んで。
地面に向かって――。
――全力で、ぶん投げたッ。
ハルカゼの身体が、セーナの最大出力で守られる。
俺の姿勢制御に費やしていたセーナの魔力を、ただハルカゼへの防御へと回す。ハルカゼはその速度に耐えながら、詠唱を始める。
俺も、すぐさま『風王翼』を展開する。
セーナの援護がないため、姿勢制御も魔力調整も自分でやらなければならないが、それでも課された条件が単純な物であるから、俺の方がまだ楽だ。
ハルカゼが魔法陣で異世界に『星喰い』を飛ばし。
俺が、それより速い速度で下に回り込み、ハルカゼを受け止める。
どちらかが遅れれば、どうしようもない。
いかにセーナの魔力による全力での防御でも、今までの速度に俺の力で地面に投げられれば、最悪生命を落とす。
俺が下で受け止められなければ、世界が救えてもハルカゼが救えない。
「――ああああああああっっっ!!」
気合と共に、その空で一番速い弾丸となる。
単独の飛行であるから、気など使わなくていい。
全身を空気の刃で切り刻まれながら、迂回する形で地面に向けて飛ぶ。
ハルカゼはきっと魔法を成功させる。だから俺はそれより更に下へ回り込み、ハルカゼを受け止めてやる。
頼む。
ハルカゼ。
成功、させてくれ、と血まみれの身体で横を向く。
そこには。
魔王が、空中に腰掛け、笑っていた。
視線が合ったのは一瞬であったが、その顔が笑っているということが分かる程に、鮮烈な画だった。
その最悪のタイミングでの最悪の存在の視線に、俺は言いようのない悪寒と、底冷えするレベルの寒気を感じた。
そして、俺は、笑う。
その魔王の右手の指の先には――『魔法陣の端』が描かれていたから。
ああ。
お前。
お前は、本当に最悪だよ。
自分の立ち位置っていうのを、良く分かっている。
どうやれば、勇者に最大のダメージを与えられるかを、良く理解しているとしか言えない。
自分の存在が魔王だから、勇者にそうせざるをえないのか?
違うだろ。
――お前は、単に性格が悪いだけだよ、クソ幼女が。
その魔法陣は。
俺が、ハルカゼに空中で編んで欲しかった、異世界への召喚の魔法陣であり。
あとは、そこに魔力を流せば発動する状態にまで、していたのだ。
どこで、その最後の手段を聞きつけたのかは、知らない。
俺は、魔王になんて、興味はないから。
だけれど、そんな個人の拘りなんか全く関係なく、一番欲しいときに、一番欲しいものを与えられたことで。
勇者のメンツというものは、丸潰れになった。
魔王のその目は、俺に言っていた。
「これが、今欲しいんだろう?」と。
ああそうだよ。
喉から手が出る程欲しいさ。
空で必死で『星喰い』とやりあってる最中、お前はこんな下の方でこんなものを用意していたのかよ、くそったれ。
言ってやるよ。
最大の皮肉を、聞かせてやるよ。
いい仲間に恵まれたなあ!! 俺はよ!!
ハルカゼも空中でその魔王が描いている魔法陣の存在に気づいたのか、高速で落下しながらそれに手を伸ばす。
魔王は落下先にまでその魔法陣を動かして来ていたのか、それはギリギリハルカゼが手を伸ばせば触れられる距離にあり。
ハルカゼの指が触れた瞬間、その魔法陣は大きく輝きを放つ。
その魔力を貪欲に喰らい、スポンジが水を吸うように魔術が形を成す!
異世界召喚。
街の上空に大きく展開されたその魔法陣は大きな穴となる。
ある日、俺を異世界に飛ばしたのと同じような穴が。
墨桐を異世界に飛ばしたのと同じような穴が――その空に生じて。
――ギリギリのところで、『星喰いコア』を、異世界へと飛ばした。
着地する。
地面が爆ぜ割れ、アスファルトが捲れる。
公共事業の人ごめんなさい、ちょっとした緊急事態なんで、許してくれ。
着地した衝撃で、両足に激痛が走り、脇腹から臓物が二三個溢れるんじゃないかという程の痛みが生じる。頼む、せめて二つある臓器とか、何してるか聞いただけじゃ分からない臓器にしてくれ……。
歯を食いしばって、衝撃を殺し、すぐさま真上を見上げる。
落下なんて勢いじゃない。
叩きつけられるような勢いでハルカゼが落下してきて、俺は両手を上げてそれを待ち構え。
ギリギリのところでそれを受け止める。
再び襲い掛かってくる衝撃で、脇腹と足、そして腕が引きちぎれるような痛みを生じさせ、苦悶の声が漏れた。
ハルカゼの身体に衝撃が伝わらないように、全力で威力を殺し、大きく息を吐いた。
大きく、息を、吐いた。
「………」
「………」
腕の中に抱きかかえた、ハルカゼと目が合う。
奇しくもきっちりお尻を、受け止めた両手の間に落とす、お姫様抱っこの姿勢になっていて……俺は少なくとも昔を思い出した。
ハルカゼも同じことを考えたのか、顔を綻ばせたところで……。
――俺に限界が来た。
ハルカゼを抱えたまま、そのまま後ろに倒れこむ。
抱えていた小さなお尻が腹の上に落ちてきて、思わずぐえっ、と声が出る。
「せ、セトさん!!?」
「……大丈夫、大丈夫、だから」
言いながらも、立てないくらいの衰弱と疲労と……多分出血のせいで、俺は衝撃波で傷だらけの指先を動かして、ハルカゼの襟に差し込んであったセーナを取る。
そう。
まだ終わっていない。
『星喰い』はこちらの世界から、異世界へと飛ばされただけで、まだ生きている。
その消滅を見届け……もとい聞き届けるまでは、意識を手放す訳にはいかない。
シンラに、通信を飛ばす。
「……シンラ、大丈夫か」
『問題ない』
即座に答えが返ってくる。
何度も精神的に助けられたその返答は、いつだって俺に力をくれた。
最終的にシンラがどうにかしてくれるという安心感から、俺もグラッドも後ろを顧みず前へと進めたんだ。
シンラが大丈夫だと言うのなら、大丈夫、なのだろう。
『だが』
安心して意識を手放そうとしていた俺の耳に、通信が入る。
だが。
そんな接続詞をシンラから聞くこと自体が珍しい。
何か、問題でもあるんだろうか。
やめろよ、不安になるだろ……送った方にしてみれば。
「何だ、大丈夫なのか? シンラ」
『……一つだけ、聞かせて欲しい』
「一つと言わず、何個でも答えるぞ。時間が許す限り」
積極的に、シンラから物を尋ねられるのも珍しい。
健康に気を使っているか、だったり、食事は採っているかといった話題がないときの世間話では良く尋ねられるが、それは疑問に含まれないだろう。
なので、よっぽど深刻なことなのだろうと身構える。
『あの、星を落とせば……お前は、助かるんだな、セト』
「………?」
質問の意味が、確認の意味が分からずに疑問符を浮かべる。
いや……助かるって、現在助かるか助からないかはむしろお前が抱える問題で……。
ああ、いや、助かるといえば、死ぬほど助かるし、助けられてるが。
「ああ、助かるよ……。それが、どうした……?」
『あの星を落とせば、お前の助けになれるんだな』
「……意味同じだと思うが。
いや、まあ、助かるし、助けになるぞ」
シンラは、少しだけ声色を変えて、通信をしてくる。
何故かそこには、少しだけ高揚の色が乗っていた。
『俺は。
――お前の、助けになれると、そう言うんだな』
「そうだよ。
……もう俺は、お前に賭けるしかない。頼む、シンラ。
――俺の力になってくれ」
その言葉と同時に。
セーナの許容音量を遥かに逸脱した轟音が、通信先であるセーナすら揺らした。
『――ォォオオオオオオオッッッ!!!』
大声で返って来た返事に、俺もハルカゼも耳を塞ぐ。
セーナ自身も耐え切れないとばかりに通信を切り、代わりに別の場所へと繋ぐ。
発光の色からすると、グラッドのヨツンバルドに繋いだらしい。
「……グラッドか!? どうしたんだ、シンラ!?」
『……いや、奴は、凄いぞ。
何だあれは。魔力をどう扱ったらああいう風になるんだ』
「状況が分からん、大丈夫なのかそっちは!」
『大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば……大丈夫としか言いようがないな。クク。
いや、本当、あれ何なんだ? 何をしたらああいうシンラになるんだ』
状況が全く分からん!!
何なんだああいうシンラって。どういうシンラなんだ!!
『貴様、セト……奴にどんな魔法を掛けた』
「ただ単に俺の力になってくれって頼んだだけだよ」
『……嘘を吐け。
それだけで人がああなるわけがないだろう。
おい、ちょっと、待て。
おいシンラ!! 待て!! シンラ貴様!! うわ!!? マジで!?』
マジでとか言っちゃったよ。
お前普段の口調どこ行ったんだよ。
『すげぇ!? シンラ貴様アホだろ!! 素手か!?
素手でやる気か!?
貴様、いや、出来るか出来ないかじゃなく、うわ!?
おまっ、受け止めたーーーっ!!?』
……いや。
なんとなく状況は分かった。
分かったけれど、理解はしたくない。
どうなったらそうなるとか、どうしたらそう出来るとか考えるのが億劫になる情報が流れてくる。
一瞬映像をセーナに送ってもらおうかと思ったが、正直考えるのをやめたくなってきた。
『凄いぞ!?
あの男、素手で、素手で星を――砕い――!!』
「ああ、分かった。
見届けてくれ、グラッド。ふがいない俺の代わりに」
俺はそう言って、一方的に通信を切った。
心から思う。
墨桐も大概だが。
俺も、どうやら、仲間にこれ以上ないくらいに恵まれているらしい。
その仲間がゆっくりと空から降りて来るのを見て、ハルカゼに傷一つないことを確認してから。
まあ、漸く。
俺は意識から手を離して、ゆっくりと休むことにした。




