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45話 『勇者』と『勇者』。

 木製の廊下をギシギシと歩き、元の部屋へと戻る。

 広い魔女屋敷の中を記憶を頼りにハルカゼの部屋へと進んで行き、ようやく見つけたハルカゼの部屋のドアを開ける。

 と、ハルカゼが丁度出ようとしたのか、ドアを開けようと手を伸ばした姿勢で固まっていた。

 手には墨桐の額に置いていたタオルを持ち、驚いたように俺を見上げてくる。

 チカゲさんからの糾弾でハルカゼに抱いている後ろめたさを悟られないように、視線を外す。

 そのまま部屋の中をのぞき込むと、墨桐がベッドから身体を起こしてこちらを見てくる。


 どこか思いつめたような顔をしているのは俺の気のせいだろうか。

 視線をハルカゼに戻すと、それだけで俺の考えていることが分かったのか、ハルカゼは小さく目配せをしてきた。

 俺は嘆息しながらハルカゼに言う。


「ハルカゼ、ちょっとそのまま席外して貰っていいか。アリシアも、出来れば。……墨桐と話がしたい」

「あ、えっと、分かり、ました」

「了解でありますよセト様。ハルカゼ殿、お手伝い馳せ参じますゆえ」


 アリシアが俺の言葉に立ち上がり、ハルカゼに着いて部屋を出て行く。

 お使いを頼まれた子供とそれに着いて行く賢い大型犬みたいだなと思ったが言わないでおいた。本人達の名誉のために。

 階段を降りていく二つの足音が遠ざかるのを聞きながら俺は部屋へと入り、扉を閉めた。


 ベッドの上、どこか居心地とバツが悪そうな顔で墨桐が手元を見つめている。

 まるで病院に見舞いに来た客を出迎える患者みたいだなと思った。


 適当にカーペットに座る。が、座った場所が偶然さっきまでアリシアが座っていた場所だったのか、妙な生暖かさがあった。あいつ体温高いな……日向でうたた寝する大型犬かよ。

 適当に胡座をかいてベッドに座っている墨桐を見る。

 俺が見つめると視線を少しだけ泳がせてから大げさな手振りをして誤魔化すように笑った。


「ごめんね、先輩、色々迷惑掛けて、いやあ王子様のキスがなくても起きちゃうもんなんだね、お姫様って……」


 墨桐は小さい声で言う。

 俺が無言でいると慌てた様子で付け加える。


「あ、えっと……これは、自分でお姫様って言っちゃう当たりが面白いところでね……?」


 ……二重の意味で痛々しかった。どんな冗談だって言うタイミングを間違えば笑えないものだ。

 別にお前の冗談が分からなくて笑わなかったわけじゃねーよ。


 そんな顔して無理やり言ってきたジョークに笑えるような神経は持ち合わせてないだけだ。

 俺が言外に相手に伝えたその言葉だけは正確に墨桐に伝わったようで、墨桐は少しだけ視線を泳がせてからわたわたと動かしていた両手をベッドの上に下した。


「先輩……色々……思い出しちゃった」


 ……その、無理やり作った笑顔は、予想以上に俺の心を抉っていった。

 知り合ってからずっと、脳天気で、朗らかで、何の悩みもなさそうだと思っていた墨桐ニカにそんな笑い方をさせる何かのことを、心底恨んだ。

 異世界の勇者は誰の目から見ても分かるほど無理をして笑い、言葉を続けてくる。


「さっき、チカゲさんが話をしてたとき、実はもう起きてたんだよね」

「……そりゃ、お前にとっちゃ地獄みたいな時間だっただろ。ツッコミどころ満載で」

「まあね、あたし芸人だし、って誰がやねん」


 冗談にもキレがなかった。それでも、弱々しく俺に付き合ってくれるくらいの心の余裕はあるらしい。

 ……墨桐の心の強さに、俺は内心で少しだけ感謝した。


 墨桐はあの『星喰い』のことを知っている。

 気絶する直前に墨桐自身の口から出たその言葉を、俺は思い出していた。


「……『星喰い』。あれを、あたしは見たことあるんだ。……異世界で」

「お前がいた異世界に、あの隕石があったってことか」

「多分……あったんだと思う。ほら、前に先輩に……こっちの世界に帰ってくる直前の記憶がないって、言ってたじゃない……? 異世界から戻ってくるときの記憶が曖昧で、いつの間にかこっちの世界に居たって。でも……もしかしたらそのときに、あたしはあの『星喰い』を見たような気がするんだ。……まだ完璧には思い出せないけど、少なくとも無関係ではないと思う。あの『星喰い』を見た瞬間、あたしは……また死んじゃうんだ、って思ったから」


 また死んじゃう。一度死んだような、その口ぶり。

 墨桐は小さく震え、自分の肩を抱いた。俺はその様子を、腕を組んでただ眺めている。


「うん……なんでこんなこと、忘れてたのか、分かんないけど……あれが……『星喰い』こそが、あたしの居た異世界の『危機』だったんだって、思い出したの。あたしが召喚された異世界にあった危機は、魔王なんかじゃなくて……あの『星喰い』だったんだって」

「……墨桐が召喚された『異世界の危機』、か」

「言ったよね、結構簡単に魔王は倒せたって。……そりゃ、あたしも頑張ったし、仲間も協力してくれて長い長い冒険の果てでの戦いだったけど、あたしの召喚された異世界での魔王は本当に『弱かった』の。きっと、あたしが召喚されていなくても、その世界の人間だけでも対処出来たんじゃないかなってくらい。……魔王を倒したすぐ後までは、あたし自身がその世界に『合ってる』から……世界を救うのにピッタリな人間だったから、楽勝だったのかなって思ってたけど……本当は違ったんだ」


 成る程……墨桐の召喚された世界における『危機』は、魔王ではなく『星喰い』だったというわけか。

 なんて引っ掛け問題だよ。召喚された時点で世界が魔王に牛耳られていれば、自分はそれに対抗するために選ばれたのだと思うだろう。だが、本当は世界を支配する魔ではなく、世界を無に帰す星こそが……墨桐の世界における危機であったのだと、彼女はそう言う。

 そんなもの、どう考えても分かるわけがない。

 普通に召喚され、魔王が目の前に居れば、誰だってそれが自分が倒すべき相手だと思うだろう。


 そしてその口ぶりや、『星喰い』が未だに健在だということは、そういうことなのだろう。

 『星喰い』は星を喰い、腹を満たしたあと、次の世界へ飛び立ち、また星を食いに来た。

 食事は音を立てず、直前まで獲物は狙われていることを気づけない。

 野生の生物のような食事を繰り返し『星喰い』は世界を滅ぼし続ける。


「……魔王を倒して、しばらくして……世界を滅ぼす『星喰い』がその世界に危機として迫っていることを知って……あたしはそれをどうにかしようとした、記憶があるんだ。魔王を倒したときのように、その危機から世界を守ろうと思った。だって、あたし勇者だから。……その世界を守るために召喚された、勇者だったから。絶対に出来ると思ったし、やれると思ったよ。あたしの信頼した仲間と、あたしを勇者にしてくれた人のためなら、あたしは死んだっていいと思ってたから」


 きっと。

 俺も同じ状況になれば、同じ選択をしていただろう。

 今だって、あの『星喰い』を相手に剣を取る気でいるのだから、異世界でそうしない理由がない。

 俺も墨桐も、自分が勇者であるのだからという理由で世界を救うことが出来る類の人間だから。

 目の前にある危機から世界を救うために、自分を勇者と定義し続けているんだから。



「……でも、そう思っていたはずのあたしが……何で『こっちの世界に居る』んだろう、先輩。なんでこっちの世界で『生きてるんだろう』……」



 その視線は、既に答えを知っている者の視線だった。

 誰かに罰を与えてもらいたいような、今までそれを考えもしなかった罪を抱えているような、そんな瞳だった。


 俺は。

 俺は心底、墨桐ニカが『その異世界の人間に嫌われている』なんて妄想をした自分を、殴ってやりたいと思う。

 こんなに善良で、屈託なく、世界を救おうと心から思えるようなお人好しが、嫌われることなんて絶対にないのに。

 そんな不条理、今空に浮かんでいる『星喰い』だけで十分なのに。


 ――違う。

 墨桐は世界に……その異世界の人間に、『愛されすぎた』んだ。


「先輩。……何であたしは一人だけ、こちらの世界に……思い出まで奪われて生きてるのかな」

「……お前を……助けようとしたんだろ。その世界の人間は……。ただ、それだけなんだと……俺は思う」


 誰がそういう判断をしたのか、墨桐の異世界の事情を全く分からない俺には分からない。

 だが、『星喰い』を相手にすれば、きっと勇者や他の人間が力を合わせても勝てないと誰かが判断したから墨桐ニカだけを元の世界へと帰したのだ。丁寧に記憶に封印まで掛けて。

 ……墨桐は思考領域の拡充は受けていないと言っていた。ということは、魔術に対する耐性も低いはずだから、記憶領域にまで魔術を施すことが可能だったんだろう。

 皮肉なことに、彼女が天才的な魔術の才能を有していたがために、その世界は、最後に彼女を優しい嘘で守ることが出来たんだ。


 ――彼女の、辛い記憶を封じた、強制的な元の世界への送還を以って。

 

 墨桐は、罪の重さに両手を見たままポツリと呟いた。


「……あたしのせいだ」

「違う。墨桐、それは違う」

「だって、あたし勇者だよ、先輩。世界を守れる力を持った、異世界の皆に希望を託された勇者なんだよ? なのに……なんであたしだけが生きて、平和に暮らして、それで平気な顔を出来てたの。友達が出来たってはしゃいで、喜んで……毎日楽しく暮らしてたんだよ……?」

「墨桐……勇者だって人間だ。人間が人間を好きになって、それを守りたいと思うから、人は勇者になれるんだ。お前はただその世界に愛されたから、その人達に守れれただけだ!」

「その愛してくれた人を守れる力が、あたしにはあったのに!! ……あんな、何の目的もないような『星喰い』に大事なものを全て奪われて……世界を救った気になって、元勇者だって名乗って、こっちの世界で墨桐ニカをやってたんだよ!?」


 奥歯を噛む。墨桐の気持ちが、痛いほど良く分かったから。

 最初に出会った頃から気付いていた。

 ……俺と墨桐は良く似ている。

 性別こそ違うが、何もかもが余りにも似過ぎている。

 考えていることも、思った気持ちも、何もかもが理解できてしまえる程に。

 俺も、墨桐と同じ立場だったら、同じことを相手に言っていたはずだ。

 そしてそれは、相手が何を言ったところでどうしようもない問題であることも、きっと分かっているはずだ。

 それでも言わずにはいれない。

 誰かにその罪を認め、責めてもらわなければ自分を保つことが出来ないから。


 人を救うことを代償に力を得た俺達は、そういうものを背負って勇者をやっていることが……勇者である俺には痛いほど分かっていたから。


「先輩……あたしが召喚された世界ね、凄くいいところだったんだよ。一面に広がる草原に見たこともない植物や動物が居たよ。こっちの世界では絶対見られないような大海原が透き通っててね。大空には子供の頃から夢見ていたような幻想の生物が飛び交っていて。……あたしと同じように考え、思い、愛しあう人たちが居たの。魔王っていう存在に苦しめられながらも、懸命に生きていこうとしている人たちが、あたしを見て勇者だと認めてくれてたのよ。あたしが来てくれたから、きっともう少しだけ自分たちは自由になれる、自由になれたら叶えられる夢や希望があるって……明日を待ちわびてる人たちが、たくさん居たの。それも全て……あの『星喰い』が台無しにして、なくしてしまったんだよね……?」


 理解できる。

 俺だって、異世界で培ってきた絆が今の俺を支えていることを、こちらの世界に帰ってきてから痛切に感じていた。

 アリシアが、グラッドが、シンラが居てくれたから、勇者セトはそこに居れたし、俺を勇者と呼ぶ全ての人のために……助けを求める全ての人のために俺は、何度倒れても剣を取ることが出来たんだ。

 そしてその全てが理不尽に奪われたら、俺はその怒りを、悲しみを、どこかに向けることも出来ないまま剣を置いていただろう。


「その守りたかった全てを犠牲にして、あたしだけが生き延びて……そんなの、そんなのってないよ」

「墨桐……」

「あたしって何のために勇者になったのかな……。何のためにあっちの世界に召喚されたの……? 『星喰い』が最初から空にあって、あたしがどうしようも出来ないまま送り返されることも含めて運命だったなら……そんな世界が出来た理由って、何なの……? 全部最初からなかったことになって、あたしだけが何も変わらず今ここにあるなんて……そんなの――何の意味もないのに」


 ぽとりと、墨桐の布団を握りしめた手に涙滴が落ちる。

 一つ二つとその涙の跡は増えていき、俺はその様子を静かに眺めた。

 墨桐の胸の内で痛む傷と同じ痛みを胸に抱えながら、ただ耐えるように。

 

 本当に救いたかった世界が救えなかった『葛切セト』がそこで涙を落としていた。



 ――異世界に召喚されて、世界を救ったあとどうする?



 ……俺はいつか、居るかも分からない異世界に召喚された勇者たちに、そして魔王に向けて問いを投げた。

 その世界に留まるか。元の世界に戻るのか。

 そんなどちらを選んでも構わないような選択が、確かにそこにあったはずなんだ。

 俺はそれに対して答えを投げずに、世界を救ってから全てを考えようと思っていた。


 でも俺達はその世界を救うところまで……最後の選択肢にまで辿りつけなかった方の勇者だ。

 本当なら、問いを投げる資格すら、俺達にはないのだ。


 俺は勇者としてのエンディングが訪れず、その前にこちらの世界に召喚され。

 墨桐はエンディングの最中に外的要因によって、突然終了を告げられた。

 それを墨桐は運命と呼び、飲み込めない事実を無理やり飲み込むことで、幸せな幻想より過酷な真実を選んだ。

 幸福な幻の中で生きることだって出来たはずなのに。

 自分を愛してくれた人たちを、心から愛する勇者だから……傷ついて認めることを選んだんだ。 



 俺は、その墨桐に向けて、小さく呟く。


「――無意味なんかじゃない」


 真っ直ぐに墨桐の目を見て息を吸い、静かに立ち上がる。

 それを視線で追った墨桐は、今まで俺が異世界で救ってきた人間と同じような目をしていた。

 自分ではどうしようもない問題を抱え、それを他人に渡すことも出来ず、ただ緩慢にその重さに耐えるだけの日々を繰り返すような目を。


 ……異世界に召喚される前の俺のような目を。


「――俺がお前に会えた」


 断言し、続ける。


「……ハルカゼや、アリシアや、ついでに魔王なんかが、お前に会うことが出来て友達になれた」


 続ける。


「……あの『世界の危機』が、お前の居た世界を滅ぼした存在であると知ることが出来た」


 続ける。


「……何より、召喚されなかった墨桐ニカじゃなく、その異世界を愛した墨桐ニカがこっちの世界で生きてる。そのお前が今ここに居るじゃないか」


 続ける。

 続けたかった。


 ちゃんと、伝えたかった。

 心の底から湧き上がるこの気持ちを、葛切セトは、墨桐ニカに伝えたかった。



「だったら――お前のことを『元の世界に送り返してでも生かしたい』と思った奴らが生きてたことは……その世界があったことは無意味でもなんでもねーよ」

「……葛切先輩」

「正直な、俺も召喚されてすぐは、自分達の世界を救うために勝手に呼び出しやがった癖に、偉そうに物言いやがってとか思ってたよ。実際俺が勇者としてレベルを上げ始めるまでは、結構酷い扱いされてたんだぜ。……でもな、お前は俺が居た異世界よりも恵まれた異世界だったと俺は思う。きっとお前を送り返したのは、問題を背負って世界を救おうとしてくれたお前を、逆に救わなきゃならないと思ったからだろ。でなきゃ記憶を消してまでお前をこっちに送り返すなんてしないもんな」


 だから、俺は感謝をしたい。

 墨桐ニカを『星喰い』に立ち向かわせずに、彼女を生かす選択を取った誰かに。

 墨桐はそれで心に傷を負ったかもしれないが、それでも自分の生命を犠牲にしてでも墨桐を救おうとしてくれた誰かの献身を、俺は無意味なんて誰にも言わせない。

 ――墨桐がここに居て、俺と話してくれることが、その異世界が存在して、彼らが生きていた証拠なんだから。


「何度でも言ってやる……俺はお前に出会えて良かったと思うよ。で、今のお前に出会えたのが、その世界で勇者として生きてたことを土台としてるなら、俺は今のお前を作ってくれたそいつらにも感謝したい。俺も、ハルカゼも、アリシアも……きっとそう思ってるだろうな。直接聞いてくれてもいいぞ、そう思ってることは、俺が保証するから」


 勇者は大きく息を吸い、問う。


「お前はどうなんだ。俺達と出会えて良かったと思うのか」


 勇者は息を呑み、答えた。


「思、ってる。思ってるよ……! あたしは、ハルハルに……アリシアちゃんに……。葛切先輩に会えて良かったって……皆の犠牲の上で生きてるのに、思っちゃってるよ……!」

「だったら。……きっと、今『星喰い』によって、その出会えた誰かを犠牲にしたくないと思ってるそのお前の気持ちが……『星喰い』が迫ってる中お前を元の世界に帰そうとした誰かの気持ちなんだ。その気持ちが、お前を生かしてくれてるんだから……無意味なんて言うなよ。俺は少なくとも……お前がここに居てくれて良かったと心から思ってるからな」



 俺が言うと、墨桐はボロボロと涙を流し始める。

 自らの無力と、無念と、感謝とを綯い交ぜにした感情に胸を貫かれ、嗚咽を零した。

 心の内に溜め込んでいた全てを吐き出すように、勇者であった人間は、勇者になりたかった彼女は、声を押し殺して泣いている。


 視線を逸らし、俺は大きく伸びをして墨桐に背中を向けた。

 胸のシャーペンの位置を確認し、静かに呼吸をしてから、心のなかで「良し」と勢いをつける。


「墨桐もう一つだけ、お前と今出会えて良かったと思うことを言ってやる」


 俺は息を吸い、素直に自分の気持ちを告白した。

 心の底から思い、伝えたい気持ちを全力でぶち撒ける。


「――今お前に会えて、お前を救える力を持っていることが、俺は何より嬉しいよ。

 ――勇者をやってきて良かったと、そう思える」

 

 こちらの世界に召喚してくれたハルカゼの頭を撫でてやりたいくらいに。

 希望があればキスの一つでもしてやりたいくらいには。まあ多分右手の紋章への激痛で死ぬだろうけど。


「……ちょっと休んでろ。俺がどうにかしてくる。頼れる仲間と一緒にな」


 俺がそう言うと、後ろから笑い声が聞こえた。

 少なくとも、それは勇者が奮い立つには十分な報酬であったので、俺は小さく笑う。

 俺の背中に墨桐が言葉を投げてくる。


「……先輩って、ちょっと間違うと好きになっちゃいそうなくらい格好いいね」

「……何でか分かるか?」


 冗談めかして問いかけながらドアを開け、ハルカゼの部屋を出る。

 ――その背中に、墨桐ニカの回答が投げられた。


「――『勇者』だからでしょ」


 ……正解。



 さぁ、ちょっと、あの空に浮かぶ『隕石』をどうにかしないとな。

 『星喰い』を破壊し、その食事を邪魔してやらないといけない。

 墨桐の居た異世界の住人の無念を晴らし、墨桐自身の後悔ごと消し飛ばしてやらないといけない。

 問題は山積みであるが、なんとかなるし、なんとかしないといけないだろう。


 俺は階段を降り、ハルカゼとアリシアの居る応接間に顔を出し、小さく頷いた。それだけで二人は全てを了承したように頷き返してくれた。……昔から、仲間にだけは死ぬほど恵まれてるな、俺は。


 さあ、そんな仲間と、世界を救いに行こうか。 

 生憎俺は――『勇者』であるらしいから。

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