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41話 ハマらないピースとハマるピースの話。

 昼休み。

 疎らに生徒が談笑する屋上の一角で、まだ昼飯を食べている魔王を……樫和木オーマをパックの牛乳を飲みながら横目で見る。もうかれこれ十分くらいは同じ映像を見ている気がする。

 魔王の膝に乗る弁当には、緑黄色野菜を中心としたバランスのいい食事が詰め込まれている。

 それがまだ半分以上残っているのを見て俺は喉奥で言いたいことを噛み潰した。


 魔王に相談を持ちかけて屋上で弁当を食うことを提案したのは俺の方だった。

 だが「食い終わるまで待て」という魔王の言い分を聞いていたら、昼休み終わるんじゃないかこれ。

 未だにマイペースに食べ続ける魔王の後頭部を見ながら、俺はパックの牛乳をズズズと飲み干した。


「もう一方的に聞くだけでいいから聞けよ、魔王」

「……言うてみろ。生憎四次元に繋がるポケットはついておらんがな」


 俺だって射撃とあやとりと昼寝の才能ねーよ。

 それにお前が未来に帰るなら剛田さんの倅だって何だって倒すわ。



 今朝、墨桐に向けて放たれた石の話をする。

 魔法陣を用いた召喚のような形で放たれたその礫について、出来るだけ細かく説明をした。

 半分は、或いは魔王であるならばそれの正体が分かるかもしれないという期待を込め、もう半分はその『石』について魔王自身が関わっていないかを確認するためだった。

 少なくとも、あの『石』は何らかの魔法を用いて放たれていた。

 こちらの世界の人間が行ったとは考えづらいので、自然消去法で一番怪しい相手を突いてみようと思っただけだ。

 しかも相手が前科二犯とあれば、多少蛇が出そうでも突いてみたくなる藪ではある。


 魔王はモグモグと昼餉を楽しみながら、眉根を寄せる。


「知らぬな。……余ならば石などという無粋なものを召喚せず、蜘蛛や蛙やらに留めるだろう。背中から丁度入るように放てば、制服の上着くらいは脱がねばならん事態になって面白かろう」

「……面白いかはどうでもいいが、本当に知らないのか、お前も」

「くどいな。良く考えてもみるがいい。魔法で他者の後頭部に石を当てるというその行為、余りにも中途半端ではないか。そこに込められた人の気持ちがあったとして、どのような理由があれば、わざわざ召喚魔法を用いて他者に石をぶつけるなどということを行う。……しかもその石、貴様の手で止めることが出来る程度の速度であったのだろう。仕掛けに対して、得られる結果が小さすぎる」


 確かに、言われてみればそうであるとも思う。

 召喚術は、迎えるにしても送るにしてもそれなりの準備が必要な高等魔術だ。それこそネコ型のロボットはドアを開け閉めするだけでそれを可能にするが、俺達がそれを魔術で成そうとするとハルカゼクラスの無尽蔵な魔力か、異世界で俺を召喚したときのような大掛かりな準備が必要となる。

 異なる二地点を繋ぐというのはそれだけ難しく、またリスクのあることであるのだ。

 ハルカゼが俺を召喚したときはともかく、俺がアリシアを召喚したときは、恐らく成功確率は100%ではなかったと思う。


 そのリスクやコストを伴う魔術を行使して、墨桐や俺の頭を狙って石をぶつけるという行為は、余りにも不釣り合いで、採算が取れていない行動に思える。そこに人が目的を求めるとするなら、そこに有るのは悪戯心では小さすぎるし、殺意では大きすぎるのだ。

 人を殺せない速度で他人の頭に石をぶつける、という行為に殺意は感じられないし、悪戯だとすれば余りにも大掛かりで悪趣味が過ぎる。

 だとしたら。


「……人為的なものじゃないってことか?」

「あるいはな。確証はないが。……ただ、一つ考えられるのは、以前にも似たようなことがあったであろう。その行為に目的はなく、行為を行うこと自体を目的とした存在に、出会ったであろうが。手引をした者と、それを利用したのは別の意思ではあったが、それそのもの自体が『他者の願いを叶える』という性質を持っていただけの存在を……貴様は相手をしたではないか」

「じゃあ……お前はこれが……『世界の危機』だっていうのか?」


 ……にわかには信じがたい説だった。余りにも規模も効果も小さいので断定してしまうことに抵抗があった。

 『他者に向かって物をぶつける』という形で生じる『世界の危機』……? なんかどんどん『世界の危機』の規模が小さく、局所的になっていってないか?

 確かに受け止めた石についてはそこそこの勢いはあったものの、俺や墨桐はもちろん普通の人間に当たったとしても、必ず死を招くような勢いではなかった。新しく訪れた『危機』の規模の小ささに、俺は肩透かしを食らった気分になる。


「随分と不満そうだが、それは今までの現象を受け、同じことしか起こらないと判断したときの不満であろう。……『今回は』石だった。そして『今回は』受け止められる速度だった。さらには『今回は』偶然貴様や墨桐のような特別な人間に向けて放たれたものであったが……次回もそうとは限るまい」

「石よりもっと危険なものが、受け止められない速度で、普通の人間に向けて放たれ……そして消える、か。そう考えると確かに厄介だな」

「更には、それでは貴様や墨桐とて防ぎようもあるまい。ある意味、姿を変えられることよりも対処の難しい『危機』かもしれんぞ……?」


 やはりどこか他人ごとのように、魔王が小さく笑う。

 こちらの世界に招かれた『世界の危機』が厄介であればあるほど愉快であるらしい。

 弁当のウィンナーをタコ型に切ってもらってるやつが黒幕みたいな笑い方しやがって。


「確認しておくが、本当にお前は知らないんだよな」

「信じるか信じぬかは、貴様次第だがな。この世で一番意味のない質問だと思わんか……?」

「……まあな。もしお前が関わってたときに容赦なく斬り捨てられるように、一応聞いただけだ」


 こういう中途半端な悪意を感じる行為っていうのは、お前みたいな愉快犯に繋げるのが一番しっくりくるんだよ、と内心で思う。

 ふと、そう考えて殺意でも悪戯心でもないその中間の感情として、悪意があるのではないかと気づく。

 悪意。……この場合、墨桐や俺に対して、だが。

 ……俺が石をぶつけられるほどの悪意を……? そんなに後輩の女子と一緒に登校するのは罪なことか?


「……石をぶつけたくなるような相手って、どういう相手だ?」

「昼飯どきに人の食事を邪魔してわけの分からないことを喋りながら下半身を露出しているようなやつだな」


 下半身露出してねーよ。

 これから先、下半身露出してないかどうか、いちいち説明しながらじゃないと俺は話を先に進められないのか?

 下半身を露出していない俺はその発言を無視して、下半身を露出していないまま話を続ける。


「お前はこれを『世界の危機』ってことにしたいみたいだけど、俺は人為的な悪意を以って行われてる行為だっていう説は完全に消えてないと思う」

「大掛かりな仕掛けだな、それは。どのような形の悪意があればそうなるのだ」

「それは……ちょっと考えないと分からんが。……例えば、召喚魔法を使わないと石を相手に当てられないやつが、使って当ててる、とか」

「では犯人は異世界人ということになるな。下らん」


 魔王は鼻で笑うと、弁当のミートボールを箸で刺す。行儀悪いなこいつ。

 ……ただ、なんとなく魔王が口にした異世界人という言葉に頭の中で閃くものがあった。


「……異世界人なら、魔法を使えてもおかしくないな」

「ククク、確かにな。そして貴様の言う通り、召喚魔法を使わなければ石を相手に当てることも出来まい」

「で……もしかしたら、それを何度も行うことで、精度を上げようとしている……?」

「………」

「最終的には、墨桐か俺の、どちらかを狙って、石よりもっと危険なものが、受け止められない速度で放たれ……そして消える……」


 頭の中で少しずつパズルのピースがハマっていく感覚があって、背筋を冷たいものが走る。頭の中では必死にそれを否定する材料を探しているのに、思考がその説を後押しするように論理を構築していくちぐはぐな感覚があった。

 ……異世界に居る誰かが、悪意を以ってこちらの世界に居る者を攻撃して、最後は特大の殺意を以って挑んでくる。

 何だそれ。俺は異世界でもそんな恨まれるようなことをした覚えはないぞ?


 魔王は俺の説を頭の中で転がしているのか、口を抑えて俯き、考えるような動作をする。

 やがて浮かんだ疑問を俺に向けて投げてくる。


「……墨桐は、異世界でどのような勇者だったか聞いてはいるのか、貴様」

「墨桐が……いや、俺も詳しくは聞いてないけど、俺と同じような勇者だったらしいぞ。魔王が居て、魔王を倒して、そしてこっちの世界に突然送り返されたって」

「……突然送り返された。それは、墨桐が居た異世界の者による人為的な理由でか、それとも貴様のように偶発的な理由でか」

「それは……墨桐自身も分からないらしい。本当に突然、こっちの世界に呼び戻されたって話で……」


 ……嫌な予感が重なっていく。

 夏の小旅行のころに、俺がセーナに聞いた勇者の末路についての話が、嫌でも蘇ってきた。

 勇者なき魔王が人々の脅威であるのと同じように、魔王なき勇者もまた人々の脅威であるという、あの説だ。

 そして異世界で墨桐は、俺と違ってしっかりと魔王を倒したと言っていた。かなりの墨桐側の圧勝であったとも言っていた。裏を返せば墨桐ニカという少女はその異世界に居た魔王よりもそれだけ強かったという証拠になる。

 その絶対的な力を得た墨桐が、突然こちらの世界に送り返されたという。


「……嘘だろ、そんなの」

「分からんぞ。時として、人は最適な回答ばかりを選び続けるわけではない。そこにどんな人間のどんな思考が付随していたかは預かり知らんがな」

「異世界に送り返して、こちらの世界で害を与える人間が……墨桐の異世界に居たってことか?」

「もっと最悪な想定をするならば、異世界にとって不要となったために処分をしたいのだろう。平和となった世界にとって貴様らが異物でしかないなら、二度と戻って来ぬように安全な場所から石を投げるというのは、弱き人間が採るには有効な戦術であるからな」


 そんな。

 そんなことあるのか?

 俺達が守ろうとした人間って、そんなに弱い生き物なのか? ああ、いや……そうだな。俺もそうだったから、他人ごとでも何でもない。

 俺だってこちらの世界に居たころは、出来るだけリスクを背負わず、怪我を負わないところから、遠くに居る当事者達を眺めているだけだった。もしそのときにそこに居る人間に何かを残したいと思えば、俺は喝采や石を投げるしかなかったと思う。けしてこちらが傷つかない場所から。


「……俺は、それは、ないと思う。いや、思いたい、か」

「フン、勝手にしろ。余からすれば、あのように頭の悪い少女が勇者という名と力を背負っていれば、そうなることも道理だと思える。刃は使われるときには便利なものだが、使わぬときには出来るだけ側に置いておきたくないものだろう。そして二度と刃を使わぬというのならば、処分をして然るべきだ。誰も、その刃で手傷を負いたくはないだろうからな」

「………」

「遣り切れぬか? 勇者よ。他人からの賞賛と賛辞がなければ、弱き者も守れぬか。所詮は弱き『人』にとって勇者とは、自身が怪我を負うというリスクなしに、自身の障害になるものを排除してくれる便利な存在に過ぎん。もし貴様が余の前に現れなくとも、余を倒せる誰かが呼ばれていれば、人はそれを勇者と呼んでいただろうな」


 言葉を返せない俺に向けて、魔王の無慈悲な言葉が次々に突き刺さる。

 俺も、分かっていた。

 ……分かっていたつもりだった。


 人は、それが自らを救うに値する力を持つ者であれば、それが誰であれ構わないということに。

 『世界の危機』に相対する相手として、偶然に俺が世界に召喚され、勇者として名前を付けられたから俺は勇者になったわけで……例えば俺以外に俺よりも簡単に魔王を倒せる存在がその世界に居たとしたら、俺は勇者でもなんでもなく、ただの力のある人間でしかないことに。

 そして力のある人間は、その力に怯えて暮らしていかなければならない人にとっては、それこそが異物になりえるということに。


「……でも、だとしても……それを疎ましく思って元の世界に送り返して、それに対して害を与える存在を……悲しいと思うことは間違ってるのか」

「間違ってはおらんだろうな。ただ、その正しさの前に、弱き人は容易に生命を脅かされる。貴様が軽く正しさを振りかざせば、貴様のその正しさが人を殺すのだ。貴様が直接手を下すまでもなく、その強さの庇護下にいたい弱き者によて、その間違った弱き者は命を奪われるだろう」

「――俺はそこまでを望んでいるわけじゃない!」

「貴様が望む望まないではない。……貴様の力が大きければ、それは必ず起こりうることだ。だから余は言っておるのだ……貴様はただの人ではない、人の姿をしているから理解出来ないのだろうが『勇者』という存在そのものであるということを」


 大きく息を吸い、吐いた。

 以前までなら、その言葉の意味の指す本質を理解出来なかっただろう。ただ今、一からそれを丁寧に教え差し出されることで、それが身に沁みて理解出来てしまっていた。

 普通の人間のように暮らしていきたいということが、力を持つものにとっては欺瞞になり得ると……魔王はそう言っているのだ。それは、異世界で勇者としての力を得て、それを隠すことで普通の高校生を演じている俺にとっては、触れられたくない、死ぬほど痛い部分だった。

 裏返せば、ハルカゼの隷属に従っていたのも、彼女に同情をして『世界の危機』を相手にしているのも……そういった自分の力が自身に課す責任の重さに、押し潰されないようにするためなのかもしれない。


 自分の親切という行為に打算と欺瞞という形で解答が与えられてしまい、俺は小さく呻く。

 その様子をつまらなそうに見ていた魔王だったが、少しだけ視線の色を変えて空を仰いだ。


「……余とて、似たようなものだ」

「……お前が?」

「余を『魔王』と定義付けたのは、貴様が守ろうとした弱き者達だ。そして余は、その有り様に今まで一匙の疑念も抱かなかった。弱き者を滅ぼし、世界全てを混沌に包み、最後は世界を道連れにして破滅の道を行く。それが魔王の在り方であり、有り様であるということに、疑問すら抱かなかった」


 魔王は……樫和木オーマは弁当に視線を落としながら、どこか自嘲気味に言う。


「『勇者』が人が『望んだ』ことによって存在出来るように、『魔王』もまた人が『望まぬ』ことによって存在出来るものなのだ。世界を滅ぼさんという余らの有り様は、滅ぼされる対象がなければ存在として矛盾してしまう。前にも告げたが、貴様ら人間が『生きること』を至上の目的としているように、余ら魔族は『滅びること』を至上の目的として存在している。今もそれは変わって居らぬし、余にとって今のこの仮初めの身体での生活はいずれ訪れる崩壊への寄り道にしか過ぎん、ただの戯れだ」

「……滅びることが目的、ってお前」

「そうだな。存在として、余りにも矛盾を起こしている。破滅に向かうことを目的として、破滅に抗わねばならない。そのような矛盾した在り方にも、何の疑問も持っていなかった。……あるいは、今貴様に積極的に滅びを与えぬのは、この人の身に堕ちたことで、その余らの本質が全くの空虚なものであることに自覚が湧いたからかもしれん」


 ……本当に、意外な言葉だった。

 こいつは自分とは違う。全く別の条理や理屈で動いていると思っていたから……俺でも理解出来るような懊悩を抱えているなんて、思ってもみなかった。

 魔族としての在り方への疑問を己の中に感じ、人のように悩むその少女の姿は、魔王に告げれば鼻で笑われるだろうが、歳相応の少女にしか見えなかった。


「フン、下らん話だな。余は余の有り様に疑問を抱いたとしても、余としてしか存在出来ん。だとすれば、これは無用な悩みでしかないだろうに……この人の身が齎す懊悩は、余を思った以上に蝕んでいるようだな」

「……俺は、今はお前の言う通り『勇者』であっても……元々人間だから、そっちの方がいいんじゃないかって思うが」

「この、弱き身で悩み苦しむ姿がか。貴様、ロリコンの上にドMでドSとは、度し難いな」

「違ぇーよ。……ただ、俺はこっちの世界で、間違ってることを認められないまま自分を否定して、異世界に逃げ込んだから……同じように、お前がこちらの世界っていう異世界で自分の間違いに気付いて、それを変えようとしてるっていうんなら……」


 俺はそういう奴の味方でありたいと、傲慢にも思ってしまうからだ。

 後半は、魔王が他人をバカにしたように鼻で笑いやがったから、言わないでおいた。


「貴様に慰められようとはな」

「俺だって魔王を慰めた最初の勇者かもしれねーぞ畜生……」


 クククと笑いながら魔王は顎を上げ、空を見上げる。

 そして何かに気付いたように眉を顰めると、小さく笑った。

 肩を竦め、俺に向かって言ってくる。


「案外、そのような小さき悩みの答えは、俯いて足元を探すより空でも眺めて考えた方がいいのやもしれんな」

「今ある材料で判断するから、墨桐が異世界で嫌われてたとかいう、勝手な妄想にたどり着くって言いたいのか」

「左様。疑問に思うなら余になど尋ねずに、直接墨桐ニカに訪ね、記憶を引っ張りだしてやるがいい。案外やつが、嫌われている記憶を己の中に封印しておきたいがゆえに、偽り言を述べているやもしれんだろう」

「……そっちの方が幾分最悪な妄想に聞こえるが」


 俺がツッコむと、魔王は余を誰だと思っておる、と小さくバカにしたように言った。

 

 手の中に握りこんでいた牛乳のパックをゴミ箱に投げる。

 パックは弧を描いてゴミ箱へと入り、丁度そのとき昼休み終了の予鈴が鳴った。


「……ありがとな。まあ、もちろん、この件をお前が手引していなかった場合にだけ受け取って欲しい礼だが。一応方針は固まりそうだ」

「礼はどら焼きで良い」

「四次元ポケットないんじゃねーのかよ」


 まあ身長は似たようなもんだなと思いながら屋上を後にする。

 屋上の入り口のドアに差し掛かったとき、後ろから魔王の声が追いかけてきた。



「……尋ねよう、勇者よ」


 俺が振り返ると、いつか俺が魔王を追い詰めたときのように、魔王は俺を仁王立ちで待ち構えている。

 俺の手に剣はなく、魔王の身体は今は幼女だ。

 異世界に居たころは、殺し合うことでしかコミュニケーション取ることはなかっただろうと思っていた相手に、俺は返事をする。


「……何だ、魔王」


 尋ねると、魔王はニィと笑って問いを投げてくる。


「世界を救ったあと、どうするつもりだった」


 俺は少し考え、答えを返す。



「――救ってから考えるつもりだったよ」



 その答えに、満足気に魔王は一回だけ頷いた。

 俺は問う。魔王がそう問うなら、勇者はきっとそう問い返さないといけないだろうから。


「尋ねよう、魔王」


 きっと答えは決まっているだろうけど。


「世界を滅ぼしたあと、どうするつもりだった」


 魔王は少し考え、答えを返す。



「――滅ぼしてから考えるつもりであったさ」



 俺は苦笑し、魔王は腰を折って笑った。

 出来の悪いジョークではあったが、少なくとも今の俺達の状態よりは笑えるだろう。


 魔王を滅ぼさない勇者と、勇者を前に何も出来ない魔王は、互いに皮肉げな笑みを浮かべて別れた。

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