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4話 どうか俺を異世界に返しやがってください。


「というわけで、俺は異世界に帰らないといけないんだ」

「ダ、ダメです」


 一秒。即答にも程があった。

 少しは考えるとか悩むとかそういう素振りを見せるのが人としての気遣いなんじゃないかと思う。

 考えるとか悩むこと自体じゃなくて素振りを求める辺り完全に調教されきってる気もするが。

 俺はしつこく食い下がる。


「……頼む。この通りだ」

「イ、イヤです」


 繰り返したら不可能が拒絶になりやがった。


「……と言いますか、どの通りなんですか……頭下げてる訳でもないですし、腕組んで立ってるだけじゃないですか」


 心の底から頭を下げたくないのが態度に現れてしまっていたらしい。

 元より正当な理由なしにこちらの世界に勝手に再召喚されてしまった俺がハルカゼにへりくだる理由が見つからないので強気に出てみている。手のひらの紋章が痛み出したら撤退しようと誓いながら。弱い決意である。


「心の中では誠心誠意土下座をしてるぞ。想像してみろ……その哀れな姿、今すぐ俺を異世界に返してやりたくなるだろう」

「そ、想像の中でも、足の裏下から声がするのは少し不気味だと思います」

「何で想像の中で自然に足蹴にしてんだよ。想像の中でも俺の頭踏みつけてんじゃねーよ!!」


 想像しろと言ってから今度は一秒も経たない内から、想像の中の俺の頭は踏みつけられたらしい。何なのこいつ、ドSにも程があるだろ。


「と、とにかく、ダメです……せっかく、こちらの世界に来たんですから、私が召喚したんですから、その、従って貰わないと……」

「……どんなつもりでこっちの世界に呼び戻したかは知らないけどな。俺もそれなりに救わなきゃいけない世界を背負って異世界にいたんだ。今でも、その世界では俺のことを待ってる奴らが居るんだ。……頼む。マジな話、こんな所で紅茶入れてる場合じゃないんだよ」


 今度は真剣な声色で説得してみると、ハルカゼはあからさまに動揺したようなキョドり方でおろおろと視線を彷徨わせ、やがて何かを決心したように俯き、唇を噛んだまま呟く。


「……それでも、ダメなんです。す、すいません」

「何でだよ。理由を説明してくれ」

「そ、それは……だって勇者を召喚する理由は、一つしかないじゃないですか……」


 勇者を召喚する理由。

 経験者なのですぐに思い至る。世界を救ってもらうためだ。


「……どこの世界を救えと?」

「……こ、こっちの世界です」


 ジェスチャー、首を竦めて地面を指す。ハルカゼは黙って頷いた。

 ハルカゼは何を疑問に思っているのか分からないといった顔で俺の顔を見てくる。

 腕を組んでお互いの意見の齟齬について考えていると、外からは野球部のバッターこっちにお打ち頂いても宜しいですよ、という意思を限りなく汚くした怒声と、女子ソフトボール部がある種病的な統率力でファイオーファイオー言いながら走り回る声が聴こえる。


 いや……平和だろ、こっちの世界は。

 俺が眉根を寄せていると、その理由を理解したようでハルカゼは両手をもじもじと合わせて呟く。


「本当、なんです……こっちの世界も、今結構危ないんです……」

「……どこをどう見ても平和そのものだと思うんだが」

「し、信じてくれないんですか……」


 うーん。面と向いて自分を信用して貰えないのかと問われると人間として、そして勇者として心が揺らぐものがある。素直に首を縦に振れない圧力を感じながら首筋を掻き、嘆息する。


「……ちゃんと説明してくれるんならな。いつか説明してくれるモンだと思って二週間も待ってた俺も悪かったんだろうな。あっちの世界の方がそんなに窮した状態じゃなくなったせいで気が緩んでたのかもしれない」


 それ以上に三ヶ月飛んだだけで高校の勉強が全く理解出来ないことになってたのと、実妹が腐女子になったことがショックだったというのもある。虚数と虚数を掛けるのも攻めと受けを掛けるのも未だに上手く理解出来てない。

 俺の言葉に何を迷ってるのか知らないがおろおろとした様子でまごまごしているハルカゼ。


「……わ、私の説明で、理解出来るか分かりませんし」

「それでも、なんにも教えてくれない状況でただ紅茶淹れ続けろっていうのは無体だろう」

「……理解出来るだけの、頭の容量が、セトさんにありますでしょうか……」

「ああ、成る程、俺の頭が理解出来るか分からないくらいにアホかもしれないのを心配してくれてるのか。ぶっ殺すぞマイ・マスター」

「ヒッ……で、ですが、物凄く抽象的な表現になってしまうので、私もセトさんが理解出来るように話すの難しいと思うんです……」

「だったら、その抽象的なまま話してくれ」

「……世界がヤバいんです」

「ごめん、具体的に頼む。世界地図広げて『俺の家この辺!』って言われたくらい大雑把すぎて何にも理解出来なかった」

「や、やっぱり、無理ですよ……頭が」

「俺の頭のせいじゃねーだろこれ!!」


 出来るだけ衝撃を与えないように手加減に手加減を重ねたチョップをハルカゼの脳天に見舞うと、あうっ、と鳴いて頭を押さえた。

 腕力は確か俺の潜在上限値がカンストすることはなかったが、少なくとも常人の数千倍はあるはずだから、多分ツッコミも本気でやってしまうとハルカゼは愚か校舎の1Fくらいまでは両断出来てしまうだろう。

 ハルカゼは頭を押さえたまま文句ありげな上目遣いで涙目になって呟く。


「……まだ、私にも具体的な『危機』が、分からないんです……。だから、とにかく今は、何かあったときのために、私のげぼ、従者(サーヴァント)として、私の側に居てくれませんか……」

「今凄い自然に下僕って言いかけたよな」

「……す、すいません。でも、本当に……絶対に『危機』が訪れるんです……その時までに、私はセトさんみたいな強い奴隷、従者(サーヴァント)を従えていないといけないんです」

「今度は完全に奴隷って言い切ったな。はっきり言いやがって。……何なんだ、最初から曖昧にしか説明出来ないもんとして説明すればよかっただろうが。……まだ、半信半疑だけどな」

「……そ、そんな説明をしたら、私でも良く分かってないことに付き合わされることになったって、セトさんが無理やりあっちの世界に帰っちゃうんじゃないかって……そう、思ったんです。……本当に、ようやく召喚が成功した従者(ペット)なのに……」

「今度は言い切った上に訂正すらしねーで従者を別の読み方させただろ!! お前が俺をどう思ってるか良く分かったよこの野郎!!」


 ていうか信用して欲しい奴の語り口じゃねーだろそもそも!! 無理やりにでも異世界の方に帰れるなら俺だってそうするわ!!


「いいからちょっとでいいから送り返してくれ! すぐにあっちの世界に蹴りを付けて、それからならこっちの世界もいくらでも救ってやるから! 俺の経験上ラスボス直前まで行ったゲームの息抜きに別のゲームを始めたら、元やってたゲームは絶対全クリ出来なくなる!」

「そ、そうですね……最後のボスの前だと無駄にレベルとか上げ始めちゃいますしね……」


 意外とゲーマーだった。

 そしてそっちも理解出来るが、俺が伝えたいのはそっちじゃねえ。


「頼む、ハルカゼ。すぐ終わる。すぐ終わらせるから。ちょっとだけでいい、頼むって」

「い、言い方がはいぱー卑猥です……!!」

「気のせいだ!! そんな気は更々ないから安心しろ!! ……俺もな、勇者の端くれだからな。元はこっちの世界の住人だけど、あっちの世界じゃそれなりに立派な勇者なんだ。長い間巨悪に苦しめられてきた世界を、ようやく救えるところまで来てたんだ。俺の帰りを、平和を待ってる人たちが、大勢いるんだよ」


 そしてその世界を救えるならば、俺はそうしたいとさえ思っていた。

 こっちの世界では完全に負け組だった俺でも、異世界で勇者と崇められるうちに、その人たちの力になりたいと思えるようにまでなっていたんだ。

 そういう意味ではあちらで得た身体的や魔力的な能力値よりも何よりも、俺は心が既に勇者となっていた。人々を守り、悪を挫く、勇者としての誇りがもうこの胸には芽生えている。


「……でも」


 ハルカゼは少しだけ俯いて、言いにくそうに言葉を投げてきた。


「……だったら、この世界のことも……見捨てないでくださいよ、セトさん……」


 ……軽く投げてきた言葉だったと思う。

 事実、それはこの世界で産まれてこの世界で育った桜倉ハルカゼという一個人だから言えた言葉であったし、ハルカゼ自身は異世界で魔王によって苦しめられていた沢山の人の姿を自分の目で見たわけじゃないからそれを想像しろというのは難しい話だったのかもしれない。


 ――でも、その言葉は何故か俺の心深くに突き刺さった。

 女神の加護により、古龍のブレスにすら耐え切る俺の体が得た身体防御を軽く貫いて、一番痛い所に綺麗に突き刺さった。

 その痛みに、俺は言葉を失ってハルカゼを見る。ハルカゼは俺のその様子に気づいているのか気づいてないのか、そのまま言葉を続けてくる。


「……それに、私、異世界からの召喚法は知っていても、送り返す方法は知りませんし」

「………早く言えや!!」


 ペット拾ったなら責任持って最後まで面倒見ろや!!

 ――誰がペットだよ!!


 心の中でツッコムと同時に、チャイムが鳴り響き、この資料室から自由になれる五時半が訪れたことを教えてくれた。

 ひとまずは家に帰れるらしいが、未だに俺にとっての本当の自由は訪れそうにはない。


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