36話 異世界の勇者VS異世界の勇者。
――夕方の公園、誰も居ないことを確認して俺以外の資料室メンバーは各々の遊具へ向かう。
アリシアは馬の形をしたバネ付きの遊具に、魔王とハルカゼは錆び付いて上手く動かないブランコにそれぞれ座った。
その目の前で、墨桐が柔軟を始める。俺はまあそういう準備運動が余り好きじゃないので軽く手首だけを回すに留めた。準備運動が必要なように、身体を作ってないせいである。
「……一応、この時間帯人は来ないと思うけど、目立たないようにやりたいからルールを作っていいか?」
「ええ、いいわよ、じゃんじゃんやっちゃって」
「十回攻撃を避けるか防ぐか出来たらお前の勝ちな。それくらいで相手の実力は分かるだろう、俺もお前も」
「避けるだけ? あたしの方から反撃はしてもいいの?」
「いいよ別に。ただ、周りに被害を与えるようなことはやめろよ。前科持ちにはなりたくないだろ」
……この公園に関しては、俺は前科持ちだけどな。少し表面が溶解した中に入れる遊具を見ながら思う。正確に言えばあれは『影』が悪いので俺だけのせいではないが。
そのルールに承諾したようで、墨桐は柔軟を終えて前髪に付けていたヘアピン……聖杖『フラッズフラット』を手に取る。くるりと回すと魔力そのものを扱って、それを杖の形にすると、まるで杖術のように構えた。あれが墨桐の得物なら、間合い的には薙刀程度の間合いだろう。
俺もそれに倣って風を固めていつもの擬似『颶風剣』を作り出す。シャーペンを握りしめて構える怪しいお兄さんがそこに誕生した。……人来ませんように人来ませんように。
「とりあえず、行くぞ。一発で終わるとかやめろよ――」
言いながら、俺は即座に間合いを詰めてシンプルに剣を振り上げた。
速度だけは手加減抜きで、普通の人間では認識出来ない速度で動いてみる。
「――え、ちょっと待っ」
墨桐は何かを言いかけたが、視線が完全に俺を捉えていたので安心して構わず剣を振り下ろした。
少し強めに振った擬似『颶風剣』は魔力の杖で受け止められて、空中で紫電を発する。中々の練度で練られた魔力に、俺は相手の実力が少しだけ理解できて舌を巻いた。
伊達にレベル255ではないということらしい。……これは手加減いらないな多分。
思いながらも静止の声が出たので連続で攻撃はせずに後ろに跳び、最初の位置まで戻ると剣を肩に当てて体を休め、尋ねる。
「何だよ、何かあるのか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!? 実力を見るっていうなら、普通お互いにちゃんと準備してからやりあわない!?」
「……まだ準備出来てなかったのか」
「当たり前でしょ!? あたし肉弾系女子じゃないんだから、戦闘に入る前はいっつも準備してから入るし!」
……良く言う。さっきの一撃は加減したとはいえ普通の人間に受け止められるようなものじゃない。
肉弾系女子じゃないなら多分魔法系女子なんだろうなと杖を見て思ったが、魔術師系クラスにありがちな肉体能力の軽視もないようで安心する。たまにいるんだよな、魔法があれば別に体鍛えなくてもいいやって魔術師。しかもそういうのが魔術師協会とかの要職についてるもんだからマジ性質悪かった。
恐らく杖術系の嗜みがあるのだろう墨桐は、くるくると杖を回すと口内で呪文を唱え出す。
――俺はそれを見て、愕然とする。
「『――我望みしは揺蕩いし光輝の鎧、侍れその抱擁を以って、プラズマ・チェイン!』」
その求めに応じて魔力が高まり、雷を魔力で固めた球体が三つ、彼女の周囲を回り始め、その名の通り『雷の鎧』のように彼女を守護する。彼女の周りを等間隔を維持しながら衛星のように回るその球の向こうで、墨桐が不敵に笑う。
言うだけはあって、完璧な魔術構成で作られた魔法に、俺は冷や汗が流れるのを感じた。
「……ちょっと、これは……ヤバいな」
『……そうだな』
俺が小さく呟くと、セーナがその言葉に応える。セーナも相手の力が理解出来たようで、同じ意見らしい。
異世界に居るときは絶対相手にしなかったであろうその墨桐の姿に、俺は膝までが震え出す。
「……あいつ、まさかとは思ったが……本物の『中二病患者』だ」
――信じられるか、今の魔術の構成において前半の呪文部分は、魔術的には完璧に必要なかったんだぞ。
なまじ相手の魔術の構成を見ることが出来るから、その呪文が彼女が考えたオリジナルの詠唱であることが分かって、俺はその場から逃げ出したい程の恐怖に打ち震えていた。
――賭けてもいい。
あいつは俺と同じく、自分から異世界に飛び込んだタイプの勇者だ……!
絶対家にオリジナル詠唱とオリジナル武器を書き記した黒歴史の結晶とも言えるノートを持ってるタイプの人間だ……!
変な震えが出てくる。墨桐に対して俺が最初から抱いていた親近感の正体が何なのか分かって、愕然とする。
『……同類であるらしいからな、主と』
「やめろっ……! 俺はあそこまで酷くないぞ……!」
『我は主が必殺技の名を叫ぶ時点で同類だと思うがな』
「お前への指示だあれは! 意思疎通がなけりゃ剣を通した魔術撃てないだろ!?」
それと、加えて言うなら頭の中で魔術の構成を追うときに、単語を引き金にして外側に励起した方がいいというちゃんとした理由もある。ある程度反復練習が出来ていれば、引き金となる技の名前で自然に魔術の構成が出てくるのだ。
……一体誰に対して、俺は必死に言い訳しているというのか。それもこれも皆墨桐が悪い。
俺の懊悩などどこ吹く風で、墨桐は雷の鎧を纏った状態で杖を振る。
「いいわよ、この状態から始めましょう。……楽しい宴をね」
「……もう俺は、今に至ってはお前の全てが面白いから勘弁しろ、墨桐」
「何のことよ。で、さっきの一撃は有効ってことでいいの? そしたら後九回、攻撃を良ければいいのよね?」
「いいよ、んで、これを防げたら、後八回だ」
――言いながら、魔力で固めた風の球を相手に放ってみる。
予想通りではあるが、墨桐へと放ったその風の球は雷の球に防がれる。
およそ等量の魔力を練り込んだため、相殺の形になって二つの球は消え、墨桐を守る雷の球は残り二個になった。
追加で操作を加える魔力移動はなかったので、動体に対する自律防御か、中々器用なことしてるな。
ただ、相手の込めた魔力構成も攻撃を当ててみて完全に分かったので俺は追加で風球を二つ錬成し、墨桐に向けて放つ。
それを追うようにして姿勢を低くして駆け、目の前で二つの風球と雷球が相殺し合うのを見ながらその死角から、今度は掬い上げるような一撃を放った。
自動防御にしているくらいだから、少しは油断をしているかと思えばその一撃もやはり聖杖で受け止められて、しかも余裕なのか墨桐にやりと笑いやがった。流石にちょっと舐められすぎてるか? 俺は両手に魔力を集めながら思う。
「――『颯咆哮』」
心なし、発声が小さくなってしまうのは何故だろうと思いながら、相手に受け止められた風の剣の先から『風の塊』を錬成して目の前で爆発させる。俺自身は魔術の発動と同時に発生した魔力壁で守られているが、物理的な風圧に押されてひらりと空中で回転させられる。
吹き荒れる風がバタバタと街路樹を揺らして、周囲で見ていたハルカゼと魔王が髪とスカートを抑え、アリシアだけが俺達の戦闘に感心して見せ放題になっている。……いや、お前、ちょっとお前。
視線をそちらから逸らして地面に着地し、墨桐を見る。
墨桐はその至近距離での不意打ちすらも見切ったのか、全身に紫電を纏った状態で両手を振っている。どうやら魔力障壁で衝撃を相殺したらしい。本当に器用だなあいつ。
「う、腕で受け止めたら、し、痺れた……!」
……そんなレベルの破壊力じゃあないと思うんだがな。
これだけの攻撃を加えてなお余裕があるというのは彼女の実力ゆえだろうか。
いや、というよりは墨桐が持って生まれたものである説の方が有力だと思った。
こういう性格のやつに楽々倒されるのは魔王としても嫌だっただろうな。顔も知らない異世界の魔王に少しだけ同情をする。
「どう? 少しは見直した? 葛切先輩」
「かなりお前の実力については分かったけどな。……伊達に勇者名乗ってるわけじゃないのが分かって、少しは安心したよ」
「そう、先輩も流石って言いたいけど、全然手加減してくれてるの分かってるから、もう少し攻めてきてもいいけど。あたし、多分もうちょっとだけ強いから」
少し考え、俺は墨桐に言う。
「……携帯のメモリー、00番、きっと母親だろお前」
……効いたらしい。しかも予想以上に。攻撃に手応えを感じた。
その言葉の一撃を食らって、墨桐は膝と両手を地面に突いて落ち込む。
ああ、やっぱり俺が墨桐に抱いていた親近感ってそういうことなんだと思うと、慈しむような目になる。
「り、リアルが本当に充実してたら、携帯じゃなくて、スマホって言うと思うけど?」
……効いた。相手の予想以上に。防御に無意味さを感じた。
俺の勇者としての防御力を突き破ってきた予想外の反撃に、今度は俺が落ち込む番になった。
う、うるせえ、別に俺携帯もスマホも必要ないくらいリアル充実してるから、そんな呼び方とか気にしてねーし!
「……中々やるわね……葛切先輩」
「ああ、お前もな……今のは反撃を俺も食らったのでノーカンにしといてやるよ」
「貴様ら言ってて虚しくならんのか」
外野の幼女が何かを言っているが、真剣勝負の最中にそんな声は届かない。
俺は改めて剣を構えると、墨桐の望み通りに少しキツめに攻めることにした。何にせよもうこちらとしても打てる手数が残り少ない。振り落とすための試験ではないが正確に墨桐の実力を見極めるなら、やはりギリギリまで攻めないといけないだろう。
一歩で、間合いを殺す。
やはり、先ほどよりも早い速度で近寄った俺にも、墨桐は反応出来ていた。ならば速度を上げる。
一瞬で、十七回フェイントを加えた突きを交えて、十八回目の一つだけを本命にして墨桐の胸の中央を狙う。
十七回目までの突きに完全に無反応だった墨桐はその十八回目の突きで初めて反応を見せ、その神速の突きを正確に聖杖で受け止めてみせる。
その時には、既に俺は墨桐の背後に回っていた。
突きを放ったセーナを空中に残したまま、俺は身体だけを入れ替えるようにして墨桐の背後に回り、その無防備な背中に向けて拳を放つ。
「――『インパルス・フィールド』!!」
――声は、後から聞こえた。
不味いと思った時には既に墨桐の身体を半円状のドームのように雷が走り、俺の身体はそれに反応して後方へと投げ出される。
地面に一度だけ背中でバウンドして姿勢を整えると、その目の前でゆっくりと墨桐が振り返った。
「一応、背後も間合いだから。大丈夫よ、先輩」
「……参った、勝負のためなら詠唱への拘りも捨てれるんなら、お前の実力は本物だよ」
俺が立ち上がりながら砂を払い、セーナを胸に戻すと、墨桐は口の形を「あ」の形にする。
……こいつ、詠唱のこと忘れてただけかよ。ちょっと感心したのに。
「『――わ、我望みしは、ええと、びりっと後ろに飛ばす』」
「いや、いいから。頭の中で纏められないようなら、次でいい、次でいいからその詠唱。次その魔術やるとき聞かせてくれ」
「ほ、本当はちゃんと言えるんだからね!? 全部覚えてるんだから、二百四十五個!」
「そんなにあんのかよ!!」
確実に中学三年間それに没頭してただろお前! 無闇にお前に優しくしたくなるからそういう情報やめろよ!
少し涙目になりながらも言い訳をする墨桐は、聖杖を右手に持ったまま、小さく肩を竦めた。
「でも、あたし『避けられる』とは思ってなかったから、流石だなと思ったわよ? 普通、雷をゼロ距離で放ってるのに、それに反応して『後ろに跳んで逃げる』かしら」
「……一応、風属性代表として、速度で負けるわけには行かないからな」
まあ、そういう可能性もあるかもしれないと準備していたせいで、身体が勝手に回避行動を取ったとも言う。
それにしても後方にまで対処法があるって、便利だな雷属性。それ以上に墨桐の魔術への造詣が凄いんだろうけど。
俺の胸ポケットで、戦闘を終えたシャーペンが淡く光る。
『……頭はおかしいがそれなりの練度であると、我も認めよう』
「ちょっと喋ってみる? フラットさんと」
『良い。やめろ。困る。それは黙らせておけ。頼む』
……よっぽど苦手意識出てるんだな。二年以上異世界で相棒やっているが、こんなに焦った神剣見るの初めてかもしれない。
まあ無理もないが。俺だってできればもう一生関わりたくない相手だし。
俺は小さく嘆息して、墨桐へと疑問を投げる。
「なあ、墨桐。お前、異世界に居た頃仲間っていたのか?」
「な、何その質問。人をぼっちみたいに……い、居たわよ? その、百億万人くらい」
「……小学生の嘘かよ。別にぼっち扱いしてるわけじゃねえって。ただ、ちょっと聞いておきたかっただけだよ」
俺が言うと、墨桐は笑顔で答える。
「普通に居たわよ? ……だから、先輩が『そういう策』に出てくるのも『理解出来てる』から」
カツンッ! と二つの武器がぶつかる音がして、その刃は墨桐の聖杖に止められる。
……見事だな。俺は流石にそこまで完璧に読まれるとは思っていなかったので、素直に墨桐の実力を認めた。
背後に死角から回り込んで、出来るだけ音を立てずに『クァグラム』を墨桐の頭に向けて振り下ろしたアリシアも、同じことを思ったのか、感心したような顔を見せた。
「お見事、でありますよ」
「ありがとう! これで、十発よね!」
「いやー、読まれてしまいましたな、セト様! 相手ながら天晴れであります!」
「……後一発残してるところまではバレてるかもしれないとは思ったが、最後にアリシアに攻撃させるところまで読んでるとは思わなかった。アリシア、悪いな。負けだわ」
「だって、そういう角度に誘導しているように思ったもの。視線で時々アリシアさんの方を確認してたみたいだし、先輩が勇者ならそれくらいはやってくるかなって。アリシアちゃんも、結構いい太刀筋だったわよ。手が痺れた」
その一撃も、痺れるってレベルの一撃じゃないんだけどな。
だが、流石に実力が伴っていればその言葉にも少し重みがある。
けして墨桐が異世界で過ごしてきた時間を軽視していたわけではないが、これだけの練度を見せられれば俺には断る理由はなくなっていた。
「見ての通りだ、ハルカゼ。……多分、こうなったらもう引き下がらないと思うぞ、墨桐」
「……そう、ですね……。はい、では、多分大丈夫……なんじゃないでしょうか」
「良かったな、墨桐。お母さん、ちゃんと世話するなら飼っていいって」
「わーい! って、ナチュラルに他人をペット扱いすんなっ!」
「そこでパンダの鳴き真似!」
「パーンパンパンっ、ってやめーい!!」
シマウマと同じパターンじゃねーか。ただ、この状態でも振ったらやってくれる墨桐の芸人根性マジ凄い。
墨桐はブランコのところまで走って行くと、ハルカゼの手を取ってぶんぶんと振った。
ハルカゼも満更でない感じなので、もしかしたら同性同世代の友達が出来て、それなりには嬉しいのかもしれない。何故か保護者のような気分でそれを眺めている自分がいる。もしかしたらいい友達になれるかもしれないな、あいつら。
アリシアが俺の隣で腕を組んでその様子を微笑ましげに眺めている。
「流石といったところでありますねー」
「……あいつも、俺と同じ勇者らしいからな」
「心強いでありますね! 今後『世界の危機』が訪れれば、二人体制でありますよ!」
アリシアもアリシアで嬉しそうに両手を鳴らしている。
その向こうで、魔王だけが少しだけ退屈そうに欠伸を漏らしている。
墨桐それ自体のパーソナルは認めているのだろうが、俺と墨桐の勝負には全く興味がなかったというところだろう。
何にせよ、墨桐の加入を断る理由はなくなったし、何より俺は少しだけ墨桐のことを気に入り始めていた。
……なんだろうな、この感覚。墨桐自身に今までにない、俺の中の未知の領域の扉が開きかけていることを感じている。
打ったら響く鐘のような少女に向けて、俺は手を口に添えて言う。
「墨桐ー、『仲間』と掛けて」
「えっ!? だから何それ!? あたし別にそういうの得意じゃないんだけど!? えっと、『剣道の試合』と解く!?」
「その心は?」
「えっと!? 『すきだとおもえば、ついていっていい』ってだから何で先輩あたしに突然無茶振りするの!?」
……ヤバい。
本当に俺、墨桐という存在がツボに入ってるのかもしれない。




