表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/55

32話 願望器が叶えてくれた、ありがた迷惑なその願い。

「成る程な――それが、カギか」


 上空から、幼女が降臨する。

 いつの間に元の姿を取り戻したのか、それが元の姿と言っていいのか、魔王もこちらの世界に来たときの幼女の姿となって、ゆっくりと舞い降りてくる。愉悦を隠せぬといった表情を俺達と『クァグラム』から生じた赤い煙に向け、魔王は笑声を上げる。


「ククク、よもや獅子の身中におるとはな。異世界の『危機』ではあるが、その度胸は褒めるに値する」

「お前、今頃何しに来やがった魔王」

「もう騙されないでありますよ! そんなに可愛くても魔王は魔王であります!」


 プリプリと怒りながらアリシアが魔王を指さす。

 意にも介さぬといった態度でゆっくりと『願望器』の隣へと移動し、その不定形の存在にいやらしい視線を送る。


「貴様がどのようにして出来たのか、そして願いを叶えると言った方法でどのように以前に居た世界を食い尽くしたかは知らぬが、中々に皮肉な存在であるな。そうか、人は願いを潰されることでも終わりを迎えられるが、願いを叶えられることでも終りを迎えるか。つくづく救えぬ存在であるな」

「この期に及んで、邪魔をする気か、魔王。この『危機』をこちらに呼び寄せておいて、まだ何か企んでんのか、お前は。……いい加減俺も我慢の限界ギリギリのところまで来てるんだ。そこをどけ、その『願望器』、俺が破壊する」

「魔王に、勇者の邪魔をするなとは酷な話だ。貴様はやはり、余を勘違いしているようだな。なあ『願望器』……彼の者は余の世界で、余という『危機』を退ける、人々の剣であったのだ。その身がいかに他者の願いを叶え得る絶対の力を持っていたとしても、気を抜けば狩られてしまうぞ……『世界の危機』よ」


 ――その、魔王の求めを受けて。

 『願望器』が大きくいなないた。周囲に魔力の嵐が起こり、煙自体が濁流となって俺達へと襲いかかる。

 俺はギリギリのところでそれを避け、セーナを片手に叫ぶ。

 

「てんめぇ! 魔王っ!」

「ハハハ、安心をしろ、余の願望を受けてか、今余らがいるこの空間は元居た世界とは断絶しておる。条件というものは単純であればあるほど興が乗るからな。貴様がこの『願望器』をどのように凌ぐか、高みの見物をさせてもらおう」

「お前後で絶対ハルカゼに言いつけてやるからな」


 イジメられたので親に言うレベルの情けない発言だったが、魔王は笑顔のまま少しだけ青ざめる。

 こればっかりは紋章に痛みを与えられた者にしか分からない痛みだ。せっかく男に戻ったので男の共感が得られそうな痛みに例えるなら、股間から鉄棒の上に落下したような痛みが腕に走るのだ。耐えれる耐えれないの話じゃない。

 『願望器』は不定形の形を維持したまま、こちらへと狙いを定めて、再度襲い掛かってくる。


「――『紅蓮剣・纏』」


 俺を庇うようにして前に出たアリシアが、炎を纏わせた大剣を振り回し、その煙を二つに切り裂く。

 実体を持たない煙のモンスターのような外見をしていたが、切断と蒸発を同時に食らって悶絶するように姿をくねらせた。


「……斬撃は効かないでありますが、熱などは効くようでありますな、セト様!」

「そうか、斬撃にかなり特化した俺よりは、お前が相手するほうが向いてるかもな」

「……そうやって、いつも必要としてくれていたこと、察せずに申し訳ないであります」

「申し訳ないと思うなら、全力で働け、アリシアっ!」

「了解であります!」


 嬉々として炎を纏った剣を構えながら、真っ直ぐに『願望器』へと向かう。

 跳躍で空中に飛び、揺蕩う煙を全て巻き込む勢いで振り下ろした剣は、だが煙によって今度は受け止められてしまう。


「ほう……?」

「何だ……!?」


 魔王の感心の声と、俺の驚愕の声が交じり合う。

 アリシアの剣を受け止めた煙は、徐々に形を変え、手のひらと腕を形作る。見る間にその体積は広がり、まるで巨人のような姿となって、俺達を見下ろす。異世界で言う、タイタン……いや、それよりもでかい姿に、俺は言葉を失う。

 その腕に剣を掴まれたアリシアは、そのまま『願望器の巨人』が腕を振ると地面に放り投げられ、ギリギリで着地をする。空中に居るとはいえ、アリシアの身体を放り投げるということは、それなりの膂力を持っているということだ。


「成る程。己の願望によって、己の身体すらも変換可能であるのか、貴様は。……であるならば、貴様はまさに『万能の願望器』であると言えるな。他者を変遷せしめ、自己を改竄する……貴様が余の世界に居れば、確実に近くに侍ることを許したであろう」

「すげえ上から目線だなお前」


 文字通りな。

 だが、魔王が言う通り、どのようにも姿を、そして性質を変えるという『願望器』の存在は、魔王とセットになることを考えるとあまり面白い話にはならない。他者を創造するのが魔王の性質であり、それを変化させるのが『願望器』であるのなら、この二つが同時に存在すれば、ありとあらゆる武力が魔王の下に揃うことになる。

 そして、半ばそういった状況が出来つつある今は、最悪の一歩手前というところだ。

 魔王が『願望器』の性質を完全に理解していない、助言をしあぐねている今であるからこそ、付け入る隙がある、そんな除隊だった。


 俺とアリシアは、その紅の巨人を見上げ。



 ……二人揃って、小さく笑った。


「そうだよな。『こういうの』こそ、俺達が相手をしたい『世界の危機』だよな」

「非常に分かりやすくて良し、であります。性別が変わったり姿が変わったりすることを相手にするよりは、こっちの方がよっぽどやりやすいでありますよ」

「わざわざ、そういう問題に変換してくれて、ありがとな『願望器』とやら。――そういう剣で解決出来るレベルの危機とか問題は……異世界で三年間経験してきたんだよ」


 ――俺達は、な。


 俺は、練り上げていた魔力で風を巻き起こし、何も言わずアリシアを上空へと打ち上げる。

 弾丸の如き速度で飛翔したアリシアを瞳で追うように『願望器』は見上げ、その目の前でアリシアは剣を空中で上段に構えた。

 丸太のような腕が振られ、先ほどと同じようにそれを防ごうとしたところを、俺はその紅の巨人の足元を風の刃で全力で打ち払う。


「――シッ!!」


 やはり、元の体はいい。力の加減が絶妙に利く。

 先ほどまで重力の軛から逃れていたはずの『願望器』は、重量感を出すためか律儀に重力に従っていたせいで、俺の足払いで思い切り姿勢を崩す。防ごうと思って振り上げた腕が虚空を掴み、上空でアリシアの大剣が閃く。


「――『紅蓮剣・纏』ッ!!」


 巨人の顔面に、炎を纏った刃が突き刺さる。

 その刃はブスブスと巨人の身体を焼きながら突き進み、半ばまでその刃が到達したところで、叫ぶ。


「アリシアっ!! 残せッ!!」

「了解であります!!」


 俺の言葉を一瞬で理解し、アリシアは纏っていた炎だけを巨人の身体の中に残し、剣を引きながら『願望器』の身体を蹴り、離脱する。

 今まで同様の作戦を行ったことはない。だが、それだけ言えば分かってくれるアリシアは、俺が誰にだって自慢できる俺のパーティの一員だ。その残してくれた見せ場のために、俺はセーナを構え、一気に魔力を高める。



「――『風火鉢』ッ!!」



 周囲から、風の刃が無数に巨人の身体へと襲いかかり、アリシアが残した火種へと向かう。

 剣撃を防ぐためか硬く変質させたその皮膚を突き破りながら風は火種へと触れ、新鮮な空気を提供された炎は共鳴反応と共に、一気に爆裂を起こす――っ。


 『願望器』の身体が、内側からはじけ飛んだ。


 周囲に細切れとなったその身体には、やはりダメージが残るらしく、弱々しく再び集合するその勢いにも、消耗が見えた。

 俺は風の刃を放ったセーナを二三度振り、アリシアを見る。

 アリシアは二日なかっただけでも懐かしいと感じるような、満面の笑顔で俺を見た。

 その顔が、何かに気付いたように眉根を寄せた。


「……あっ、これ、ムスペルヘイムではありませんか? セト様」

「ムス?」

「火の巨人でありますよ。セト様と最初に訪れた国で、封印されていたモンスターがいたと思うのでありますが。これくらいの大きさではありませんでしたか?」

「いや……あれは、もう少し小さいだろ。城の中でやりあったくらいなんだから」

「……そうでありましたっけ。では、我々はあのときよりも、強い相手でもどうにかなるのでありますね」

「当たり前だろう。何年一緒にやってきたと思ってる」


 俺が拳をアリシアに突き出すと、アリシアはそれに笑顔で拳を合わせた。

 その目の前で、徐々に願望器が元の煙の姿を取り戻し始めている。


 ――そろそろ、この馬鹿騒ぎも、終わらせていいかもしれない。

 

 俺は昔を懐かしみながら『颶風剣』を構えた。

 その隣で、アリシアが『紅蓮剣』を構え、並び立つ。


「あの頃は、さっきの姿くらい大きく見えてたけどな。……辛勝だったよな、あのとき」

「そうでありますな……自分より大きな化け物を相手にするのは、初めてでありましたから」

「剣も魔法もろくに使えない二人が、よく倒したもんだよ、あんな化け物」

「必死でありましたがゆえ。そして、失うものは何もなかったがゆえの無謀な挑戦でありました」

「……良く着いてきた、アリシア」

「セト様が居ればこそであります」


 勇者は風を纏い、その風は仲間の炎に力を与える。

 また、炎は風を巻き起こし、風を空へと連れて行くのだ。


 俺が『願望器』にトドメを刺そうと一歩踏み出したそのとき、魔王が『願望器』の傍らで低く笑った。

 ……あいつ、まだ何かする気なのか。



「そういうことか。……貴様の本質、ようやく理解出来たぞ『願望器』。そうだな……貴様が犬コロが隠しておいた願望を暴いたのと同じように、貴様は他者の記憶に干渉して、その事象を改変することが出来るのであったな。すなわち、先の巨人の姿もまた、犬コロか或いは勇者の記憶の中から拾い上げたトラウマの一種であるわけか」

「ああ、成る程。だから見覚えがあったのか」

「納得でありますよ!」

「……で、あるなら、少しばかり苦戦をするかもしれんな、勇者よ」


 ……魔王はいやらしい笑みで俺を嘲笑う。

 この笑みの前後にロクなことが起こった記憶がない俺は、その先に続く言葉に嫌な予感しか湧かなかった。


「『願望器』よ。余は貴様に助言をしよう。貴様が採るべき最高の策は、貴様が今したように、この者達の最も相手をしたくない存在へとその身を変えることだ。この者達が一番恐怖し、恐れる相手へとその身を変え、蹂躙せしめろ!! 貴様なら出来る、必ずやその姿へと己を変えることが出来る!!」


 そういう、ことか。

 俺は舌打ちをして、その魔王の思惑に気づき、口内に苦いものが広がるのを感じた。

 アリシアも、再び自分の心を読まれることへの不快感で、嫌そうな顔をしている。


 俺達が、最も相手をしたくない存在に変われば、俺達はそのトラウマに縛られて、動けなくなる。

 最悪、俺が認めるパーティの誰かになりでもすれば、人は人を見た目で存在を判断してしまうことから逃れられないため、心の底からやりづらくなるだろう。

 有効な作戦ではある。魔王の底意地の悪さが存分に発揮された、嫌らしさ溢れる策ではあるが。


 その魔王の言葉を受け、『願望器』は徐々に己の姿を変換していく。

 既に、俺達の心の内を読み取っていたのか、その変化は早く、そして的確だった。


「………」

「………」

「……ほう?」


 二つの沈黙と、一つの感心した声が放たれる。


 『願望器』は、余りにも優秀だった。

 俺達の心を完璧に読み取り、俺達が一番相手をしたくない相手へと、その姿を完全に変えていた。


「……そうか。やはり――『余の姿』になったか」



 前回に引き続き、そこには、魔王の姿を模した『願望器』の姿があった。

 魔王がその姿を見て、クツクツと笑いを零す。そして両手を広げ、俺達にその指を向けると大声で叫ぶ。


「――正確な読みによって、貴様は最強の外郭を手に入れた。余の姿を真似るという不敬は、問わずにおいていてやろう、その姿こそが己の最強の姿と思うておるのならば、それは正しい観測であるからな。そして、勇者を滅ぼすのは、いつの世も魔王であることを鑑みれば、その選択は余りにも正しいッ!!」


 俺は剣を構え、アリシアは剣を構えた。


「さあゆけ『願望器』よッ!! 我が指示に従い、この世に破滅と混沌を齎せッ!!」


 どう考えてもな。

 ――そりゃ、悪手だろ『願望器』。



 怒りに打ち震えながら、俺は獣の如く牙を剥き、殺意満面の笑みで『セーナトゥーハ』を担ぎ上げ。

 それに合わせて、本願叶ったりという殺意満面の笑みで、アリシアが『クァグラム』を構えた。


 ――死ねやぁ!!


「――『紅蓮――」

「―― 颶風剣』ッッ!!!」


 もはや魔王ごと巻き込むつもりで、全力で必殺技を放つ。

 躊躇いなく放たれた二つの極大の魔力は、この世に塵も残さないレベルの斬撃と、この世に灰も残さないレベルの炎熱を伴って巨大な龍と化し。


 ……一気に、その姿を飲み込むと『願望器』をこの世から完全消滅させた。


 よりにもよって、一番殺したい相手になってくれるとは、本当にありがとう『願望器』。

 最後の最後で、俺達が本当に願った、魔王の形をしているものを滅ぼしたいという願いを叶えてくれたことだけは、評価しようと思った。



 まさか、二回連続で魔王の姿をした何かを相手にするとは思わなかった。

 最悪、次回の『世界の危機』辺りでは、魔王本人を相手にすることになるのではないかと、服を切り刻まれ、焦がされた半裸の魔王を見ながら思う。

 ちっ……生きてやがったか、あの幼女。

 もう一発放ってやろうかな。


「フン。やはり、まがい物はまがい物か」


 幼女はしたり顔で、消滅した『願望器』の居た場所を見て、笑いを零した。


「――だが、奴は新生四天王の中でも最弱」


 ……まあ、あいつしかいないんだから当然最弱だよな。

 というかいつの間に新生四天王に入れられてたんだ『願望器』。


 俺は疲れた身体でもはやツッコむ気力もなく、強がって涙目になっている魔王を見ながら、小さく笑いを零した。


「……お疲れ様で、ありました。セト様」



 その隣で、昔と同じように笑ってくれるアリシアと共に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ