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29話 現象の犯人と、黒幕と、原因。


 自宅のベランダで、紅茶を飲む。

 ハルカゼが見つけてきたという紅茶の茶葉を少しだけ分けてもらい、日頃資料室で鍛えた紅茶淹れの技術を惜しみなく使って淹れた紅茶は……いつも飲んでいるペットボトルの紅茶と、何が違うのか分からなかった。

 確かに、何か独特の香りはするのだが、これが日数が経って劣化した紅茶と言われれば俺の舌は途端に拒否反応を起こすだろう。それくらいの安い舌しか持たない俺には、マスター選別の茶葉など豚に真珠な品なので、明日棚に戻しておこうと思う。


 夜になっても下がらない気温に、俺はうんざりとしながら部屋の中を振り返る。

 二階の自室、ベッドで小さくなって寝ている妹の姿が見えて、小さく嘆息した。

 昨日あれだけ熱弁してくれた俺にとっての未知の世界に、俺が全く興味が無いことを示すと、素直に引き下がってくれた。ありがたい。

 ハルカゼ曰く、どうしても危なかったら『×の前後を逆に言ってみて』という助言を貰ったが、その刀は抜かずに済んだらしい。ヘタすると血を見る危険な武器であるらしいので、使わないに越したことはない。

 ハルカゼがなぜそんな武器を持っているのかは謎だが。……謎にしておこう。


 隣の部屋……元々俺の部屋だったのだが、そちらでは一日中暴れまわったアリシアが大の字で寝ているだろう。

 寝ることに関しては剣技以上に天才的な才能を持つアリシアのことなので、明日の朝も起こすまで起きないんだろうなとため息を吐いた。

 けして夜更かしをする方でも、眠りが浅いわけでもないのに、しょっちゅう居眠りをするのは集中力が足りていないんだろうか。

 逆を言えば、戦闘中にそれだけ集中をしているから、どこかでバランスを取ろうとして眠くなるんだろう。そう好意的に解釈してやるくらいには、アリシアには世話になっているのでリーダーらしく許そうと思う。



「暇そうであるな」


 背後から声が掛かる。背中を預けているベランダの、更に向こうからだ。

 一瞬驚いたが、その声には聞き覚えがあったので、振り返らずに答える。


「この時間に忙しそうにしてると思ったか? 魔王」

「考えるべきことは多数あるであろうに、気を抜いているなという揶揄だ」


 低い声で笑う魔王に、俺は歯ぎしりをする。今回こいつは、完全なる傍観者であり、前回以上にこの問題を解決する気も理由も持っていない。

 元の姿に戻れた魔王にとっては願ったり叶ったりであるし、何も手を出す必要はない。俺達が慌てふためく様を見ているのはさぞ楽しいのだろうと思うと自然歯ぎしりくらいは出る。


「……考えてどうにかなるなら、いくらでも考えるが、これはそういう『世界の危機』じゃないんじゃないかって思ってる」

「何か、あれから、新しい情報でも増えたか、勇者よ」

「別に。ただ、今までの事実を整理して……整理してたら、見えてくるものもあったって話だよ」


 ただ、俺は気が進まなくなっていた。

 元から、この『世界の危機』は、俺のような努力と根性による力技で危機を打開してきた人間には不向きな難題であるし、これをスマートに解決してのけるようなら、俺は異世界になど逃げ込まなかっただろうと思ってしまう。


 俺は、この世界がイヤで、異世界に逃げ込んだ。

 異世界に行けばどうにかなると思っていた。

 この世界では何一つ成せなかったけれど、場所を変えれば自分はもっとやれると思っていたのだ。


 それは、客観的に見れば己の不足を環境に求めたとも言い換えれる。

 条件が悪いから、出来なかった。

 周りが評価してくれないから、出来なかった。

 もっと自分が輝ける場に行くことができたら、努力も出来るのに。

 だから、一度こちらの世界で培った物を放棄して、新しい自分に変わろうとした。


 そこにあるのはある種の変身願望で……そういう意味では、今こうやって女の身体に取って代わっている状態は、もしかしたら俺としても望むところなのかもしれない。心のどこかでは、だが。


 だとしたら。

 俺は、この問題からも逃げ出してはいけないと、そう思った。

 今自分を捨てて、別のものに変わりたいと願う心こそが罪だというならその罪は等しく、俺も背負わないといけないと思ったから。


 だから俺は、魔王を議論の壁に、その回答を差し出すことにする。

 

「魔王」

「……何だ、勇者よ」

「一つだけ質問に答えてくれ。それで、この『世界の危機』の原因が、多分『誰なのかが分かる』」



 俺が覚悟をした目で言うと、魔王は「面白い」とばかりに先を促した。

 どうしても、気は進まない。自分が立てた仮説がもし真実だとするならば、それは俺にとって余り面白くない結果を齎す。

 だが、いつまでもこの状態でいる訳にはいかないので、俺はその質問を、魔王に投げかける。



「……お前が、こちらの世界で仮初めの姿としていた幼女の姿は……お前が創りだした物なんだよな」

「左様。『影の魔王』が使用していたのと同じように、余は魂の器を作ることが出来る」

「分かった」


 俺は、小さく、溜息を吐いた。




「――多分……今回の『世界の危機』の原因は、アリシアだよ」



 その俺の言葉に魔王は、それは面白いとばかりに顎に手をやって笑う。

 何も面白いことはないけどな。何の引掛けもなく、ただストレートにそこに辿り着いただけの回答だ。

 他にどんな可能性が考えられるかと問われれば、どんな可能性も不自然に思えるような、消去法の回答でしかなかった。


「……その反応ってことは、お前、知ってやがったな」

「何のことか皆目見当も付かんな」

「……まあ、いい。お前に聞きたいことは、また別にある」


 俺はとりあえず魔王への糾弾を置いておき、事実の整理から入る。

 そうではないかと思っている自分への確認作業のようなものだ。


「思考の出発点が違ったんだ、そもそも」


 そう、最初は、この『世界の危機』は何らかの害意を以って、俺達の性別を入れ替えたのだと思っていた。

 そうすることによって俺達が何らかの不利益を蒙り、それが引いては『世界の危機』に繋がる、そういう類の事象が、この世界に召喚されたのだと思っていた。

 俺の戦力を削ることや、俺が男では不味いことがあるために、俺達の性別を入れ替えたのだと思っていた。


「違ったんだ。今回の危機は、俺達に害を齎そうとしたわけじゃない。むしろ逆だ、『願望を叶えよう』としたんだろう」

「それで、犬コロの性別が逆になったということか? では、貴様と、余の性別が逆になったのは何故だ」

「そこが、まず違う」


 俺は、真っ直ぐ魔王の姿を眺める。

 異世界に居たころ、直視することも出来なかったその壮年の男の姿を指さし、言う。


「お前は、性別が逆になったわけじゃない」

「……ほう」

「幼女の姿は、こちらの世界で依代としてお前が作り出した仮初めの姿は、お前が自分で創りだした物なんだろ。それがどの程度の精度で人間を再現しているかは知らないけど、お前は前にこうも言ってたな。身体が人であるがゆえに、思考も人に引きずられつつあると。だったら、お前のその身体は、お前が人として作ったものだ。だったら、『性別が反転』したら『男の子』の姿になるべきだろう」


 たったそれだけのことに気づくまで、丸一日掛かった。

 俺が女になり、アリシアが男になったという法則性に邪魔されて、魔王もまた性別が逆になることで元の姿を取り戻したのだと、勝手に思い込んでいた。この危機を一言で纏めるために『性別転換』という言葉を使っていたから、それが仇となった部分もある。

 魔王は、性別転換をしているわけではない。

 ただ、元の姿に戻ることを『アリシアに望まれた』から、元に戻ったんだ。



 そう、俺達三人の姿の変換は、全てアリシアの潜在願望を元にして行われているのだろう。

 俺を弱い女の姿に、自分を強い男の姿に、魔王をありのままの魔王の姿に。

 彼女が願ったから、それを叶えた何かが……今回の『世界の危機』だ。



「お前、最初から分かっていたな」

「……フン、何も複雑に考えることはない。『姿を変える』という行為が結果でなく目的だとするならば、余のこの姿を求めるのは貴様か、或いはあの犬コロだということは分かっていた」


 魔王は夜空で月を背にしたまま、言う。


「何しろ、こちらの世界にこの『危機』を手引したのは余であるからな」

「………」


 俺は、静かにセーナを手に取り、刃を出すように指示をする。

 空中に浮かび、腕を組む魔王に殺意を向けて思い切り振った。


「ああ、そうか。気付かなかったよ、ハハハー。今死ねぇ!!」

「ククク、不可侵の契約はどうした!」

「知るかっ! てめえ良くもいけしゃあしゃあと被害者面してやがったな! 犯人はアリシアっつったけど訂正してやる、黒幕は今回もてめえだ!!」


 『颶風剣』を振り回すと、魔王は華麗にそれをかわしてみせる。

 こいつ回避ばっかり上手くなりやがってんな……!


「ハハハ、手を下した訳ではない。ただ、そのような、余に都合のいい『世界の危機』がこちらの世界に来やすいように、誘導しただけだ。ハルカゼの魔力は芳しい餌のようなものだからな、それを余が操れることは、貴様も知っているだろう」


 ハルカゼの魔力が『世界の危機』を呼び寄せ、それを魔王が形にして現象を変化させる。

 その流れを応用して、魔王向きの『世界の危機』を選別したと言っているのか、こいつ。無茶苦茶過ぎる。


「仔細は分からなかったがな。ただ、その『世界の危機』は余と波長が合った。恐らくは、世界に対する現象同士の共鳴であろうがな。余もまた、人の姿を取ってはいるが、『世界の危機』の一つであったがゆえに出来た芸当だ。……まさか、貴様や犬コロにまで波及効果が齎されるとは思わなかったがな」

「じゃあ、お前はなんとなく自分の都合のいいように事が運びそうな『世界の危機』を、結果がどうなるかも分からないまま呼び寄せたのか?」

「面白かろう。よもや、貴様がそのような姿になるとはな。内心で常に笑っておったさ」


 殺すわ。

 俺はベランダの上から斬りかかる。魔王はそれを紙一重でかわす。

 庭へと落下する途中で『風王翼』を発動させ、ゆっくりと地面に降りる。上空に漂う魔王の姿を見ながら、牙を剥く。


「……お前の一番イヤなところは、お前だけを責められない状況を作るところだ。結果として、アリシアはお前の共犯者となった。お前が目的を達成するための、実行犯になった……しかも本人に自覚がないまま、な。アリシアが願う世界の改変の、副次的な効果で、元の姿を取り戻しやがって……」

「フン、あの犬コロの本懐は、恐らく自らと貴様の性別の入れ替えであろうからな。性差で埋められぬ彼我の実力を、そうして力づくで埋めることがあの犬コロの潜在的願望なのだろう」


 恐らく、その推測は当たっている。

 先程の手合わせのとき、俺は単純なる腕力の差でアリシアに後れを取った。

 それは、身体の変化に対応出来ていないことを差し引いても、単純な身体の作りの違いでの明暗だった。


 アリシアが、いつもこんな形で劣等感を負っていたのだとしたら。

 今回の『世界の危機』が、アリシアの願望としてそれを掬い上げたのも理解出来る気がした。


「泣かせるではないか。その劣等感を押し殺して、貴様と行動を共にしていたのだろう。貴様のパーティで唯一女であったのが、あの犬コロであるなら、劣等感も桁違いであっただろう」

「……それに、多分あいつが女だから言われてきた言葉も、俺が知らないだけで沢山あったんだろうな。今回、お前が自分の願いを叶えたことよりも、あいつのそんな隠れた願望を暴かれた事のほうが……俺は腹が立つ」

「結果として訪れたことだ。だが、それが最初から分かっていたところで、止めはしなかっただろうがな」

「やっぱ今死ねお前」


 適当に空中に向けて風の刃を放つが、やはり当たらない。どうにも、俺も本調子じゃないらしい。

 恐らく、本調子じゃないこと以上に、今更魔王を糾弾しても、今回の『世界の危機』すらどうしようもないことが分かっているからかもしれない。


 元を正せば『世界の危機』がこちらの世界にやってくる原因は、ハルカゼの魔力であり。

 今回、その『世界の危機』によって物事を動かしたのは、アリシアの願望である。


 俺は、その問題の根深さに、静かに溜め息を吐いた。



「で、だ。そこまで分かって、貴様はどうするつもりだ。その願望を叶えるという実体のない世界の危機を、どうやって調伏する。先も述べた通り、貴様は実体のない相手を斬るような術は持たぬのだろう?」


 俺は『風王翼』でベランダに戻り、紅茶入りのコップに口をつけながら、眉根を寄せる。

 呼んだお前が言うなとは思ったが、確かにどこに居るとも分からない、そもそも居るかどうかも分からない『現象』をどうにかするような術は持たない。

 あくまで俺の勇者としての力は、巨悪として存在していた目の前の魔王を倒すためのもので、そんな曖昧なものに対処出来る程器用に出来ていなかった。

 恐らくだが、この危機はそれに対応した勇者を召喚することが出来ず、この世界に流れ着いてしまったハグレとも言っていい危機なのだろう。……どこの世界だか分からないが、自分の世界のことは自分で処理して欲しいとも思う。耳が痛い話だが。


 原因も、目的も、そしてそれが起こった成り行きも理解出来た。

 

 ただ、それに対処することと、対処を行う相手が、未だ見当たらない。

 何らかのトリガーがあるのならば、それをどうにかすればいいのだろうが。


「どうにかするさ。ただ、少しだけ時間は掛かるだろうけどな。多分、3日くらいあれば、どうにかなるし、どうにかする」

「……そうか。楽しみにしていようではないか。余は、どちらであろうが、構わぬのだからな」

「そうかよ。もし、次呼んで来るならもう少しやりやすい相手を選んでくれよ、プロデューサー」


 皮肉を込めて言うが、どうせ神剣の一撃でなければ通じない相手なんだ。言葉の刃くらいではどうしようもないだろう。

 この『世界の危機』を解決した後は、魔王がどこまで出来るのか、何を出来るのかくらいは押さえておく必要があると思った。

 あいつがどういう理屈と方法で『世界の危機』を選別しているかは知らないが、そんな風にある程度自由になるというのなら、こちらとしてもやりようはある。

 魔王が俺達を玩具としてしか見ていないように、俺もまた魔王を上手く使う術を覚えないといけない。


 俺は部屋に戻り、妹を起こさないように自分の布団に入る。


 ふと。

 そこで、布団の中に、何かが落ちているのに気付いた。

 それを足でたぐり寄せると、何かの蓋のような細長いものだった。暗くて良く見えない。

 俺はそれを触り、回しながらそれが何かを確かめ……。


「………」


 静かに、それを妹の机の上に置き、額を押さえた。

 それは、恐らくだが、グラムの……蛍光マーカーとなった神剣『クァグラム』のキャップであった。


 ……本当に、不用心だな、あいつ。

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