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25話 あまりにも思惑の外側から訪れる『世界の危機』。

 ――洞窟。

 荒い、二つの息遣い。

 身体の重さ。

 それらの情報が、一気に頭の中に流れ込んできて……俺は、それが夢だということにいきなり気がついた。


 今、現実の俺はハルカゼ達と小旅行に来ているはずだし、何よりその情景は見た記憶があった。

 アリシアがいて、グラッドがいて、シンラが逃げ道を確保するために地上近くで単独行動をしていたはずだ。

 地底湖に潜む地底大蛇(アース・サーペント)を倒し、大地の沈下を抑える依頼だったが、肝心の地底大蛇(アース・サーペント)が膨大な年月と地下に溜まったエーテルのせいで成長をしすぎていた。

 余りにも大きな相手との戦闘によって、近隣のいくつかの洞窟(ダンジョン)が繋がってしまい、結果道が分からなくなり、二日ほど迷った記憶がある。


 今なら流石に死を覚悟するような無茶な行軍であったはずだが、当時の俺達はそんな無茶苦茶なことを毎日のように繰り返していたはずだ。……命知らずって怖いよな。


 だが、流石に一日以上ダンジョンで迷う経験は久しぶりだったため、俺の顔にもグラッドの顔にも疲労が色濃い。

 

「……ヤバいな、出られる気がしなくなってきた」


 俺が、呟くと、洞窟の深さを証明するように、その声は大きく響いた。

 夢の中だという自覚があるせいか、俺の思い通りに体が動かず、意思に反して過去をなぞるように言葉を紡ぐ。

 俺はどこか映画を見ているような気分でその情景を眺めていた。


 剣を壁に突き刺し、額を抑えて呻くと、その後ろで同じように憔悴した顔でグラッドが笑う。


「弱音か、セト。こりゃあこのダンジョンでの最多討伐者はオレに、オレ様になりそうだな」

「……うるせえ。今何体だ、てめえ。こっちは52体だ」

「55体だ。少しずつ差が付いてきたじゃないか、これが俺と貴様の実力差だな」

「言ってろよ、前衛の癖に俺より3体多いくらいで随分と楽しそうじゃねえか」

「貴様……ッ! 56体目の討伐対象にしてやろうか……ッ!」

「お前に出来るのか? 55体で討伐数が止まれば必然的に俺の勝ちになるぞ?」


 互いに血まみれ、泥まみれの中、目の下にクマを作った二人が互いに剣を向け合う。互いに虚勢だということは外側から見れば良く分かる。

 それを証拠に、耐え切れない疲労から、お互いが剣の重さを支えきれずに片や壁に激突し、片やそのまま床に倒れる。

 たったそれだけの言い合いで、ぜえ、ぜえと荒い息を落ち着けるように深呼吸を繰り返し、両者はようやく立ち上がる。


 ああ、あったな、こんな言い争い。

 この時点で確か二人共二日半寝ずに戦っていた上、洞窟の中の酸素が薄い深部で、これだけ大声を出せば息の一つも切れる。

 ……というか、虚勢を張る割に、何をするでもないままにどっちも瀕死じゃないか。

 過去の愚かな自分の行動を見せられていると思うと、少し面映い。


「あー……アリシア、おい、起きろ、寝たら死ぬぞ」


 俺達の近くで壁に横たわって眠っているアリシアに声を掛ける。

 取り囲まれていた魔族を全て倒し終えたので、先に進むために起こさないといけない。


「寝させておけ。この温度だ、死にはせんし、俺と貴様がいれば今は戦力として十分だ。多少は疲労を回復させてやったほうが戦力にもなるだろう」

「先に進むっつってんだよ。いつまでもこんな所で消耗戦強いられてたらいつまで経っても出れないだろ」

「じゃあ貴様が背負うんだな。万全な戦力なしに行動をした結果がこの迷走だろうが」


 痛いところを突かれて、俺の表情が変わる。……昔は俺の方が沸点低かったんだなと思う。

 その手を寝ていたはずのアリシアが掴み、制す。踏みだそうとしていた一歩が踏み出せずに、俺はたたらを踏んだ。


「だ、大丈夫でありますよ、寝てないでありますし、少しだけ休ませていただいたので、体力も回復しているであります!」

「……フラつきながら言うんじゃない。まださっきの地底大蛇(アース・サーペント)のときのダメージデカいんだろうが」

「ああ、確かにちょっと視線とかまだヤバいな。悪い、もう少し休んでていいぞ」

「いえ、行けるであります、進めるでありますゆえ、帰り道を行きましょう……シンラ殿も待っておりますでしょうし」

「あいつは気にするな。待つのには慣れてるだろう」

「だな、待てって言われたら一年でも二年でも待つタイプだ」

「で、ではせめて、後衛として殿(しんがり)を務めさせていただきますゆえ、やはり行軍はいたしましょう。ここで待っていてもジリ貧でありますよ」


 気丈に言って見せるアリシアの目の下にはクマまで出来ている。俺とグラッドは顔を見合わせ、互いに渋面を作ってから不承不承頷く。

 グラッドに顎で指示をされて、何で俺が伝えるんだと思いながらもアリシアに作戦を伝える。


「分かった。後衛は任せたぞ。俺も積極的に攻撃に加わってグラッドと並ぶ。本当ならバックアタックを警戒して中衛に置きたいんだが、前衛がグラッドだけだと陣形崩壊の恐れがあるからな」

「中衛で満足に討伐数も稼げない雑魚がどうしてもというので、前衛を二人にさせてもらう。後方から敵が来た場合、全力で道を切り開くから、着いてくるがいい。アリシア」

「セト様……グラッド殿……」


 アリシアを背後に守る形で、俺とグラッドが二人、洞窟の前を見据える。

 神剣『セーナトゥーハ』と神剣『ヨツンバルド』を携えて、二人の英雄が同じ方向を見た。


「さて、今55対52だったな……」

「ほう、まだオレと、オレ様と張り合う気か、セト」

「言ってろよ。俺が前衛に出てくる前に、討伐数稼げなかったことを悔やんで俺の前にひれ伏せ」

「抜かせ、皇国産の騎士が、帝国産の黒騎士に勝てると思うな」


 その俺達の罵倒の応酬に、後ろから場違いな笑い声が聞こえた。

 二人が振り返ると、そこではアリシアが身体をくの字にして笑いを堪え切れないといった感じで目尻に涙を溜めていた。

 俺とグラッドが自分の方向を見ていると気づくと、神剣『クァグラム』を引きずりながら、楽しそうに呟く。


「仲が良いでありますなぁ。セト様とグラッド殿は」

「仲良くねーよ」

「仲良くない」

「……息、ぴったりでありますよ」


 アリシアの揶揄に、俺達は牙を剥き合って相手に中指を立て、親指を下ろした。

 

 じゃれ合いはそこまでだとばかりに、前方の暗い洞窟奥から殺気が膨れ上がる。

 先ほどの群れよりも更に大きな群れがこちらを察知して回りこんで来たらしい。

 俺とグラッドは笑い、互いに自分の得物を構える。今度は防衛戦ではなく、突破戦を挑むつもりで、全力で駆け出す。


 ――息を吐き出し、血を呼吸するような時間が訪れる。

 もはやどちらが何体倒したかなど、どうでも良くなっていた。目の前にある肉を引き裂き、臓物をぶち撒け、生き残って帰ることだけを考えた行軍が、魔の者を一体残らず切り裂いていく。

 俺は笑っていた。グラッドも笑っていた。互いの剣がギリギリのところを掠めていくことすら見える程の集中で、感情のリミッターまでを制御出来なくなっていた。洞窟内にあるはずのない豪風と凍気が吹き荒れ、見る間に屍の山が築かれ、それすら道に変えて行く。

 止まることは許されず、退()がることも許されないが故に、前へ前へと突き進む二つの暴力が、背後に守る誰かを生かすために獅子の牙と化していた。


「――セト様!!」


 背後から呼ばれた気がして、振り返ろうとしたところで――。





 ――初夏の太陽が、俺の目を焼いた。

 慌てて起き上がると、俺に声を掛けて起こしたアリシアの方が驚いて、のけぞる。

 昨日と同じ白い水着で一歩だけ引き、何か悪いことをしたのではないかという顔で俺を見る。


 声を掛けられて、起こされたのか。

 いつから寝ていたのか、俺はビニールシートの上で眠りこけていたらしい。

 寝起きのぼんやりした頭で今何時かを神剣で確認すると、昼を少し超えた辺りだった。


「……いつから寝てたか覚えてない」

「ひと泳ぎして、売店で色々買い物することになったときにはもう寝ていたでありますから、ほんの数十分でありますよ、セト様。買い出しに行って参りましたであります!」

「そうか。あー……変な夢見た」


 異世界の夢だった。内容は徐々に朧げになっていくが、冒険をしていたころの記憶がそのまま夢になっていたはずだ。

 俺とグラッドが前衛に回り、アリシアを後衛にして洞窟を突き進んでいく、まだ作戦も何もあったものじゃなかった頃の、苦い記憶だ。単独行動も多く、それぞれの持ち味も活かしてやることが出来なかった、未熟な頃の思い出だ。


「居眠りとは、不用心でありますなあ、セト様」

「お前が言うか!? 朝の段階で何回起こしても起きなかったお前が言うか!?」

「あ、あれは、起きてはいたでありますが、目を瞑っていただけでありますよ!」

「寝起きの悪い小学生を起こす母親ってこんな気分なんだろうな、って思ったよ。……昼の買い物に行ってきたのか?」


 両手に昨日の晩と同じような惣菜の入った袋を抱えて、アリシアが微笑む。幾分ビニールシートの上で食べても風情ある焼きそばなどを中心にしたラインナップが、日差しに透けて見えた。


「あと、スイカ、買ってきたでありますよ」

「……ああ、昨日何か、スイカ割りをやるとか言ってたな」

「楽しみであります。噂には聞いておりましたが、オーマちゃんからは夏の風物詩であると聞いておりますゆえ!」

「多分な、お前が思ってるほど驚きや感動があるイベントじゃないと思うぞ」


 多分瓦割りとか試し斬りとかの一種だと思っているんだろうなと思い、釘を差しながら辺りを見回す。

 少し離れたところからこちらに向かって、ハルカゼと魔王が歩いてきていた。

 ハルカゼが重そうに、自分の頭ほどもあるスイカを抱えており、その隣では魔王が棒と目隠しを調達してきたようで、楽しげに話しながら近づいてくる。

 俺が起きているのを見て、魔王が口の端を持ち上げながら、手に持った棒と目隠しを投げ渡してくる。


「……フン、荷物持ちが寝こけているせいで、貴様の主直々にスイカを運ぶことになったぞ。最後くらいは役割を果たせ、勇者よ」

「お、お疲れのようでしたから……一応、小さめのスイカにしましたから、大丈夫ですけど」

「悪い、なんか、変に寝てた。っていうか、勇者の役割の中にスイカを割ることなんて入ってないんだけどな」


 ただ、一人だけ買い出しをサボって寝ていた後ろめたさから、道化にくらいはなろうと思った。

 俺は立ち上がって手に持った棒を軽く振り、振り心地を確かめる。


「フン、何なら神剣を使っても構わんぞ」

「ある程度破壊しなきゃならないんだろうが。真っ二つに切断してどうするんだよ」

「どうせなら、四等分に切り分けるように叩き割れば、手間が省けて済むが」

「そこまで効率求めるんならスイカ割りなんて体を取らずに、まな板の上で包丁で斬れよ! 目隠しした状態でそんな器用な真似出来るか!」

「大丈夫でありますよ!! 『颶風剣』なら可能であります!!」

「この世から存在出来なくなるくらいまで切断されるわ!!」


 ただ、力加減が難しいのは確かだ。

 全力を出してしまえば、跡形もなくなるくらい粉砕してしまうことは間違いないので、なるべく可食部が多くなるように、複雑な破壊なく対象に命中させないといけない。

 ただ、余り力を抜きすぎると割るという爽快感が失われて、スイカ割り本来の醍醐味というものが失われてしまう。


 少し離れた所でレジ袋を敷いた上に置かれたスイカを見て、俺は難しい顔をしていた。

 考えれば考えるほど、スイカ割りという遊びの最適解が分からなくなってくる。目的としては割れればオーケーなんだろうけど、割った後に食べることを考えると粉々にしてしまうわけにもいかない。破壊が目的であるが、破壊し尽くすのはダメという矛盾を抱えた力加減の難しいこの遊びに、俺という人間は向いてないのではないかと思う。

 しかも目隠しをするんだろう。

 目隠しをした状態で何かを叩くって行為自体、かなり危ないと思ってしまうんだが、そこのところどうなの? 日本の夏の風物詩かなりバイオレンスだよな。


「……お前ら、頼むから普通に誘導してくれよ。絶対に安全って確信した状態からじゃないと振らないからな」

「ククク、任せておけ」

「ファイトー、でありますよ!」

「が、頑張りますので、頑張ってください、セトさん!」


 ……俺は、常々仲間の大切さを実感している割に、今のこの状況においてこの面子を信用しきれていない自分を発見した。

 特に魔王。もう何かしてくる気満々なので、こいつの誘導だけは信じないようにしよう。


 布で視界を塞ぎ、右手に持った棒を構えて、スイカ割りはスタートした。


 剣聖(ソード・マスター)というクラスには、心眼というスキルが存在するらしい。なんでも、魔術師(ウィザード)の感知能力よりも精度の高いアンテナによって、例え目を瞑っていても対象との距離や間合いが正確に測れるというスキルだ。

 逆説、それが可能である資質がなければ、剣聖(ソード・マスター)というクラスには到達出来ないということだ。だから、視界を覆われた状態で殺気も持たないただの物であるスイカの場所が一切分からない俺は、剣聖(ソード・マスター)のクラスには成れないことが今分かった。

 視界がないって、怖い。あちこちから指示の声は聞こえてくるけど、三人が三人とも言ってることがバラバラで誰を信用していいか全然分からない。


 アリシア、そっちってどっちだ。お前の指示は漠然としすぎて何がなんだか分からん。

 魔王、上とか下とかいう指示はやめろ。せめて前後左右四方向で指示しろよ。上とか下に行けるかよ。

 ハルカゼ、頑張れはいいけど、頑張るから俺に情報をくれ。スイカの位置を指示してくれよ。


 適当に歩を進めていると、声が徐々に近くなってくる。

 そういえば、あいつらがスイカをセットしたんだから、声の方に進んでいくというのも手だと思い、砂浜をすり足で進んでいく。

 ――と、いきなり何か柔らかい物に手が触れ、俺は後ろに退がる。


「いひゃあ、触られたでありますよ! 危ない、ここ危ないであります!」


 アリシアの声が響く。え、今のなんだったんだ、今俺は何に触って、少しだけ幸せな気分になったんだ?

 こっちじゃないのか? と振り返り、一歩進むと――今度は何か硬いものに触れる。


「……!? 壁!?」

「………」


 目の前に突然出現した壁のようなものに俺の手が当たり、俺は一瞬だけ怯む。

 先ほどの柔らかい感触とは全く別の、何の起伏もない、真っ直ぐな壁に触れた。間違いない、触れたのは壁であると断言できるが、青空の下、砂浜にいきなり壁が出現することなんてあるのか? と俺は混乱する。

 少なくともそちらは行き止まりであるようなので、別の方向に進もうとすると、何故か右手の甲が猛烈に痛んだ。


「あっ痛ぇ!? えっ、何!? 何が!?」


 何か千切ってやろうくらいの本気で誰かが抓ってる!?

 俺は痛みに右手を振り回すが、誰もそこに触れていないことに気づき、それがハルカゼが紋章に与えてくる痛みだと気づいてとりあえず謝った。何故かは知らないが謝るべきだと思った。


 布の下で涙目になりながら、早めにこの地獄を切り抜けようと再び棒を構える。

 痛みの余韻のせいか、身体全体が悲鳴を上げているような気さえする。やはり俺は疲れているのかもしれない。

 無難に、適当にスイカを割って、早めにこの道化仕事を終わらせようと耳を澄ます。


 ……そこには、沈黙があった。


 誰も、何も口にしない。

 そこにいる気配だけは、僅かにあるのだが、さっきまでうるさいほどに投げかけられていた前だの後ろだの言う声が、一切ない。

 ……いや、それだと、スイカ割りという遊び自体が成立しなくなるんだが。


「……おい、何か言えよ。スイカ、どっちだ?」

「………」

「………」

「………」


 俺の問いかけにも、三人の無言の返事が戻ってくる。暗闇で一人置き去りにされたかのような孤独を感じて、俺は歯噛みする。

 誰の企みかは知らないが、完全無言とは本当にいい度胸だ。もう本当に知らんぞ、俺が誰の頭をかち割っても。

 俺は付き合ってられないとばかりに適当に歩を進めると、ゆっくり棒を振り下ろす。

 サクッ、という感触が棒の先に伝わってきて、目標を仕留め損ねたことを伝えてきた。


 だが、それに対しても無言だったので、俺はいい加減に目を覆っていた布を取り外した。



「………」


 俺も、無言になる。

 無言にならざるを得なかった。


 初夏の日差し。焼けた砂浜。地平線まで広がる、真っ青な海。寄せて返す、波の音。

 その中で、俺達は呆然と互いの姿を見たまま、無言で口を開けたまま、硬直していた。


 ――俺の目の前。


 そこには、異世界で俺が仇敵として追い続けていた、魔王の姿があった。

 幼女のそれではなく、元の姿で――威厳と荘厳を兼ね備えた雄々しき壮年の姿で、だ。


 ただしそれは、限界まで引き伸ばされた『スクール水着』を着ていた。

 異世界で一番の恐怖の対象であった魔王は、別の意味で恐怖を覚える格好で、呆然と俺の姿を見ている。

 余りにも醜悪な姿を晒していながら、自らの姿を省みることなく、俺を真っ直ぐに見ていた。


 視線を横に動かすと、そこにはイケメンがいた。

 がっしりとした体つきは、熟練の戦士のそれである。胸板は厚く、逆三角形の筋肉が夏の太陽を反射して美しさすら感じる。

 短めに切りそろえられた髪と日本人離れした鼻の高い顔の造形が、育ちの良さを匂わせる、完璧な青年の顔がそこにあった。

 ただ、その見知らぬイケメンも、こちらを見てきており、呆然と口を開いていた。



 俺はその二つの異質な視線を受け、混乱し――。

 自分のスイカ割りの棒が、スイカを破壊出来たのかという的外れなことが気になり、結果を確認しようとした。

 

 俺は、スイカが破壊されているかを確認が出来なかった。

 さっきまで存在していなかった、裸の胸が、俺の胸筋の上に乗っていて――それが、視界を制限していたから。


「……!?」


 俺はとっさにその裸の胸を隠し、隠したところで本格的に混乱を起こした。

 胸!? 胸っていうか、はぁ!? なんだこれ、身体が、女になって!? えっ!?


 混乱が喉につかえて、言葉が出てこない。

 とりあえずそうすべきであると思って隠した胸の感触が余りにも柔らかく、だからこそ余りにも気持ちが悪い、自分の身体が自分のものではなくなるその感触に、思い切り狼狽える。


 『俺』の身体に。

 そして、『魔王』と、もしかしたら、いや多分だが、『アリシア』の身体に。

 ――あり得ない変化が起こっている。



 今俺が目を隠していたたその間に。

 『俺達三人』の『性別』が、完全に『入れ替わってしまっていた』。

 男は女に、女は男に。


「え……えええええ!?」 



 ただ一人、何も変わっていない、少女のままの桜倉ハルカゼの乾いた声が響き。



 ――俺たちはその日、新しい『世界の危機』に巻き込まれていることに、ようやく気付いた。 

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