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22話 海にはしゃぐ異世界の住人と現実の住人。

 ――海である。

 容赦も何もあったものじゃない。


 昨日中に計画は練り上げられ、各々明日までの水着調達を義務付けられ、日を跨ぎ、始発に乗るために朝五時にたたき起こされて、気づけば既に海岸に立っていた。

 ……怒涛の勢いにも程がある。直属の部下だった四天王も、あいつが魔王だったことでかなりの苦労を強いられていたのだろうなと思うと同情の余地が多分にあるように思えた。

 初夏らしい爽やかな格好で俺達三人の前に立ち、海水浴場を前にして魔王がふんぞり返って言う。


「フン。この狭き国にしては十分な遊び場があるではないか」

「電車二本乗り継いだけどな」

「文句を言うな、貴様。誰が最寄りの宿を予約してやったと思っている」


 誰かと言えば、それを決めたのはお前だが、予約をしたのはセーナである。

 俺の神剣、既に宿を予約出来る機能までついてるんだが。俺の知らない所でどんどん便利になっていく神剣は最終的にどこに行き着こうとしているのか。このままだと魔王の心臓に刺すだけで魔王を倒せる機能とかも着くかもしれないな、ははは。


 ともあれ、泊まりである。

 一泊二日である。

 ……昨日の今日決まった予定にしては、もう心の底からがっつり遊ぶ気でいる連中だった。

 何しろその気合の入り具合たるや、魔王の命令によって着替えの時間すら惜しいとばかりに中に水着を着てくることを義務付けられている程だ。……どれだけ海に来たかったのかと。


「ほーう! こちらの海も綺麗でありますなー!」


 額に手を当て、アリシアが海の先までを見て嬉々として叫ぶ。


「は、初めて来ました……こんな近場に海水浴場あるんですね……!」

「普通電車を乗り継いで行く先を近場とは言わないけどな。というか、ハルカゼはずっとこっちなんだろ? 知らなかったのか、この海水浴場」

「あ、えと、はい……その、インドア、なもので……」


 そのインドアという言い訳の裏側に潜む、海という遊び場への敷居の高さを感じて、俺はそれ以上何も言わなかった。

 そうだよな、海なんてものは仲の良い男女がいて初めて選択肢の中に湧いてくる遊び場だもんな……。俺も、所在は知っていたけど、小さい頃に家族で来た以来だ。両親不在のハルカゼにとっては未知の領域でもおかしくない。

 俺も今度から使わせてもらおう。インドア派だから、っていう言い訳。

 突然の決定に何の反対もしなかったことに違和感を覚えていたが、ハルカゼもハルカゼで少し楽しみだったらしい。

 前髪に半ばまで隠れた目がキラキラと海を見て輝いている。


 持参したビニールシートを、各々の荷物で地面に固定し、拠点を作る。

 車で来たわけではないのでビーチパラソルのような洒落たものはないが、昼前には宿に入って今度は温泉を堪能する予定なので問題はない。

 どこで調べて来たかは分からないが、高校生の小遣い程度で泊まれる宿を探してきた神剣に少しだけ感謝する。神剣へ捧げる感謝としてはズレてる気がしてならないが。


 ――ビニールシートの上で女性陣が服を脱ぎ始める。


 何故だ。

 下に着ているものが水着だと理解しているのに、目を奪われる。

 ハルカゼが最初にその視線に気づき、スカートに手を掛けた状態で指先を振ると、手の甲の紋章が痛み出した。

 召喚主からの命令では従わざるを得ないので、俺は残念ながら後ろを向いて待つことにする。


『上から脱ぐより下から脱ぐ方が淫靡だな』

「淫靡ってお前……」

『日常からの乖離が激しいからだろうか。早めに胸を解放したいがために無意識に上から脱衣したアリシアよりも、胸に自信がないため上着を着たまま下を脱ぐハルカゼに、我は一票を投じたい』

「それ自体には賛成だけれども」


 淫靡とか言いながら全くエロさを感じさせない公平公正な目からの品評みたいなものを交えられても。

 俺が胸ポケットに挟んであるセーナに向かって呟くと、同時に後ろから突付かれる。

 振り返ると魔王が水着に着替え終え……というかワンピースを脱いだだけなのだが、準備万端といった感じで何かを差し出してくる。くしゃくしゃに纏められたそれを広げると、浮き輪だった。


「余と犬コロは先に浜で戯れてこようぞ。ハルカゼは少し休むらしいが、貴様には仕事を与えよう」

「そりゃありがとよ。溺れても助けてやらんからな。柔軟くらいはしていけよ」

「無論。貴様も早くそれを膨らまし、余に献上せよ」

「オーマちゃん、行くでありますよ! 海が私達を呼んでいるであります! キャホー!」

「ククク、今参るぞ犬コロ!! キャホー!」


 キャホーて。楽しそうで何よりだが。

 砂浜を走って海まで辿り着き、楽しそうにその水の感触を楽しみ始めるのを見ながら、俺はしぼんだ浮き輪に空気を吹き込む。

 一呼吸で全然膨らまず、思ったよりもそれが重労働であることに気づき辟易していると、その隣にハルカゼが座った。

 持参したのか、帽子とサングラスを装備して、頭の防御力が一番高い、間違った魔術師(ウィザード)のような格好になっている。


「浜で遊んでこないのか?」

「あ、えっと、はい……泳げない、ので」

「……浜だから別に泳げなくても大丈夫だろ」


 そもそも、泳げないのかよ。なんで海に来たんだお前。しかも水着もばっちり装備して。

 泳げないというか泳がないなら水着に着替える必要もないだろうに、雰囲気だけでも味わいたかったというやつだろうか。

 俺は再び浮き輪に空気を送り込みながら、視線を浜の二人へと戻す。


『……流石だな。内側に鍛えあげられた筋肉に押し上げられたあのバストは、さながら大剣の破壊力の如しだ。お前も鼻が高かろう、グラムよ』

『アリシア様を卑猥な目で見ないでください……!! 貴方は神剣の恥さらしです……!!』

『笑止。我は身体は龍の息を鍛えし素材で構築されておるが、心は男のそれである。――しかも中学二年の夏の男子のそれである』


 ……凄いな、一番エロいときだわ。見るもの全てが性の対象だわ。


『主も何か述べてみよ。男子の端くれであろう』

「俺を巻き込むか……そうだな……海に行くことになってから妹と買いに行ったんだろうが、市販の水着だとギリギリ入るか入らないかの身体してるせいで背中とか割と食い込んでるが、シンプルな白を選んだのはいいんじゃないか。リボンのワンポイントも嫌味にならない感じだし。素材の味を活かしたシンプルな味付けの料理みたいだ」

『……語るではないか。我は今日このとき初めて、主が我が持ち手であることに実感が湧いてきたぞ』


 お前と過ごした二年近くの異世界での冒険、何だったの。


『そのまま魔王も評してみるがいい』

「……イマイチ意図が分からんが。あー……なんだ、あいつ、良く見たらスクール水着かあれ。うわ、胸のところ樫和木って入ってるぞあれ、うちの学校指定水着ないのに!? わざわざ取り寄せたかオーダーメイドしたのか!? 馬鹿だろあいつ!!」

『我は今日このとき初めて、敵対する魔王の存在の強大さに実感が湧いてきた』

「今日だけで色々発見があっていいな、お前は。……んー、まあ、あれだ。食材に最適な調理法で伝統の味を表現した料理みたいだ」

『主は何故女体を調理法で例えるのだ』


 うるせえ。こういうの慣れてないからいい例えが思い浮かばないんだよ。

 あと、最近紅茶の淹れ方に続いて、何か簡単な料理でもできないかとちょっと調べてるせいもある。勇者やめたら主夫にでもなろうかと思っている。


『では主の主、ハルカゼ嬢はどう表現する』

「……あー」


 眉根を寄せながら、隣にちょこんと座っていたハルカゼの水着を見る。話題が自分に移ったのと、俺の視線を感じ、ビクッと小動物のように肩を震わせる。

 ……体躯が幼いことを気にしてか、セパレートを避けてワンピースにしたらしい。黒を基調にした落ち着いた感じではあるので、子供っぽさは感じない。落ち着いた感じで、色っぽいとか可愛らしいとかでなく、一番安心する出で立ちではある。

 ただ、黒は光を集めるだろうに。泳ぐつもりがないなら、尚更そんな水着を着てきたら避暑の意味がないと思うが。


「なんだろうな……手料理?」

「……ッッ!!」


 何故かその一言でハルカゼは完全に真っ赤になり、慌てて立ち上がると、


「は、浜で遊んできますっ……!!」


 と、大急ぎで砂浜を走っていった。途中、砂に足を取られて転ぶ様を見ながら、俺は再び浮き輪に空気を入れる。

 そんなに照れるようなことも、そんなに羞恥を煽るようなことも言ってないだろうに。むしろ無理やり料理に例えたせいで、軽い事故みたいな上手いこと言えてない感じになっただろうに。


『酷いことをさせますね、セーナは』

『自業自得であるな』

「……何のことか説明しろよ神剣ども」


 今の発言がどういう印象を与えたのかだけマジ教えて欲しい。俺はとりあえず目の前の浮き輪に注力する。

 何度か空気を送り込んでいると、ある程度の大きさまで浮き輪は膨らむ。吹き込み口をキャップで止めて押し込み、俺はそれを手の上で弄びながら浜へと近づく。

 波だ、貝だと遊んでいた面々に向けて浮き輪を投げる。横から魔王が走ってきて、見事にその穴に飛び込んだ。こいつ、やるな。


「ご苦労であった、勇者よ」

「俺の長い人生のこんな序盤で、魔王に浮き輪膨らましてやるイベントが挟まるとは思わなかったけどな」

「後世まで偉業として語り継いでやろう」

「ありがとよ。お前の墓標に刻む文字が決まって良かった」


 皮肉交じりに言うと、それを遮るように駄犬が走ってくる。

 まるでタックルのように全体重を預ける跳びかかりをギリギリで支えてやると、見えない尻尾を振り回して喜びを表現した。


「見て下さいセト様! 綺麗です! 輝いてます! これ絶対お宝ですよ、オーパーツであります!! 鑑定士コノサーに依頼して価値を確認するべきであります!!」

「分かった、落ち着け、異世界に持って帰れたときにやろうな」


 両手いっぱいに綺麗な貝殻を集めてきたのを、嬉々として見せてくる。頼むから薄着で密着するのはやめてほしい。

 ほら、マイ・マスターめっちゃ怖い目で見てるから、アリシアさん。


「余らはしばらく浜で遊ぶが、貴様は泳がんのか」

「……ああ、初日はパスで。一応お前がうるさく言うから水着は着てるが、大人しく荷物番しとくよ」

「詰まらぬやつめ。貴様に合わせてスイカ割りにでも興じようか?」

「妙な気回すなよ。単になんだ、女子と海で遊ぶ遊び方が全く分からんから、初日は見に回らせてもらうだけだ。スイカ割りは明日でいいだろ、どこに売ってるかも分からないし」

『凄まじく情けない理由を居丈高に断言したな、主よ』

 

 ……それに、土曜のほうが知り合いがこの海水浴場来てる可能性がある。

 シーズンから若干外れてるとはいえ、女三人連れで海に来てることがバレたら、俺は社会的に死ぬだろう。

 そういう打算もあって、俺は仕方なく付き添いで来たんですよという感じを初日は出しておきたい。

 根掘り葉掘り聞かれて一泊二日の旅行と化したこの催しまで追求が達成すれば、死刑まではいかないが私刑は免れないだろう。


「定番をことごとく外してくるな。おい、犬コロ、この青春のせの字もないこの男に、オイルでも塗らせてやるがいい。貴様の担当領分だろう」

「えっ!? 犬コロって私のことでありますか!? 何か可愛いでありますな? あ、オイルなら持参してるでありますよ! こんがりキツネ色の肌であります!」


 揚がる気かよ。小麦色だからな。


『なりません……!! はしたない……!!』


 俺の胸ポケットから、預かっている蛍光マーカーが赤い光を放ちながら止めに入ってくる。


「えー……グラムちゃんは厳しいでありますよ」

『乙女が簡単に肌を許すものではありません、アリシア様! ましてやセト様は思春期の男性でいらっしゃいます! どこを触られて何を塗られるか分かったものではありませんよ!』

「お前敬語で酷いこと言うなよ!! 『どこ』はまだしも『何』って何だ!? お前の方がよっぽどはしたないわ!!」

「心配性でありますなー、グラムちゃんは。セト様ともあろう人が私にそのような不埒なことするわけがないでありますよ。かつて異世界で剣を掲げ同志の誓いを共にした家族のようなものでありますし」

「か、家族……!!」

「……我々は一歩出し抜かれておるな、ハルカゼよ」

『だが、主従関係という関係を結んでいるということは我もハルカゼも似たようなものだ。共に頑張ろうぞ』


 お前ら一人一人好き勝手ボケるのやめろよ。俺しかツッコミいないんだから、収集つかなくなるだろうが。

 俺は蛍光マーカーとアリシアに向けて「オイルは自分で塗れ」と結論を投げて、拠点のビニールシートへを振り返った。


 後ろから再び呼び止められ、どこから出したのか魔王はまたしぼんだ浮き輪のようなものを手渡してきた。


 広げてみる。

 ――ビーチボールだった。


「……頼んだぞ」


 お前両足掴んで海の中に投げ込んでやろうか。

 っていうか、俺が勇者じゃなかったら、絶対やってただろうと思う。



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