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17話 戦いの行方と、戦ってきたものの行方。

 ――姿勢を低くすると、そこを横薙ぎの刃が通り過ぎ、避け遅れた髪の毛が一房後方に飛んで行く。

 危ねぇ……! ちょっとでも反応が遅れたら首が落ちてた。相手の『影』で出来た刃の切れ味は前よりも上がっているらしく、まともに食らえば洒落では済まされない緊張に冷や汗が垂れた。


 後方で見塚平川を彩る街路樹が倒れる。河川敷の傾斜を転がり落ちて、川へと倒れこんだ。ごめんなさい、公共事業を担当している大人の人ごめんなさいと唱えながら今度は横にステップを踏む。

 炎を纏った大剣の一撃が、一瞬前まで俺達がいた場所に叩きつけられ、砂埃が舞った。河川敷の側道の地面には、何かで掘り起こしたような大穴が空く。空中に舞い上がった砂の粒すら燃やしながら、『影』は俺を、そして抱いたハルカゼを消し燃やそうと、距離を詰めてくる。


「あ、あ、あわ、あわっ……!!」

「大丈夫だ、落ち着け、全然余裕だし、もう既に追いつかれてて、全力で回避しないといけない状態だけど落ち着いて対処すれば全然大丈夫だ」

「貴様が落ち着け。今のところ一撃も貰っておらんではないか」


 全力疾走をする俺の右上空に、他人ごとの顔で呑気に言ってくる魔王。簡単に言ってくれる、割りと今本気で逃げてるぞ俺。

 言いながら、今度は機動力を殺ぐ目的か、低空に炎のなぎ払いが放たれた。俺はそれを軽いジャンプで避ける。地面に走る高熱で生じた火線のような燻りが、真新しい新芽すら焼き飛ばし、周囲に青臭さと焦げ臭さを撒き散らす。


「今のは良く避けたな。褒美を取らせようか」

「パンチラならさっきから何回も不可抗力でしてるから別に補給いらねえぞ!!」

「……っ。ククク、さ、サービスだ。初回無料だ」


 裾押さえんな!! 次回から有料みたいな言い方してんじゃねえよ!!


「フン、気づかぬか、勇者よ。あの『影』だが、胸を貫いても死なぬ特異性を持っていたが、傍から見ていれば一目瞭然なのだがな。特定の部位を庇いながら攻撃をしておる。……即ち、彼奴の弱点は、頭にある――」

「……そりゃ、最高のご褒美だっ」


 俺は走りながら足元の適当な石に目星をつけ、少し速度を上げて距離を取るとステップをして振り返り、それを後方に居る『影』へと蹴り飛ばす。

 地面との摩擦でそれこそ紫電すら起こりそうな俺の蹴撃によって飛ばされた石が、射出された弾丸のように一直線に『影』へと向かうと、その『影』の顔面に突き刺さり、四散させる。

 ――俺がガッツポーズを取ろうと思った瞬間、頭のない『影』が大剣を振り回し、俺はそれを仰け反ってかわす。

 腕で抱えたハルカゼギリギリのところを刃が通り過ぎ、「ひぁあ!!」という一際大きな悲鳴が聞こえた。


 体を捻って正面に戻すと、再び走り出し、魔王を思い切り睨みつける。


「――といいなぁ」

「願望かぁ!!」


 進行方向にある石を魔王の方に蹴り飛ばす。魔王はそれをひらりとかわすと、自分の予想が外れたことに首を傾げた。お前もうホント邪魔だけすんな今必死なんだから!!

 腕の中でハルカゼがガタガタと震える。


「あ、あああ、ああああああ……」

「落ち着け、ハルカゼ、パニックを起こすな、落ち着いて深呼吸だ」

「ひ、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「産まれる。それ産まれるやつだから。やめろ、産むな、産まないでくれ!」

「……貴様、最悪の男だな」

「うるっせえ!! 何のことだ!! 間違ったこと言ってねえよ!!」


 その間も迫り来る剣撃を一つ二つかわす。流石にその『影』は、アリシアの剣技を元にしているだけあって、正確で素早い。重量は見た目の半分程度とはいえ、軽々とその大剣を振り回す姿は、異世界に居た頃のアリシアの活躍を彷彿とさせる。

 そして、これは『影』の特性なのか、『影』がアリシアの剣技に慣れてきているのか、少しずつその剣の初速が上がり始めていた。現に、一番最後の一撃は、浅く腕を掠めて、軽い火傷と裂傷を負っている。

 ハルカゼには見えない角度なので無闇な不安を与えずに済むが、楽観視は出来ない状況らしい。河川敷から採掘場跡までの距離の半分くらいを走り終え、残り半分にまで差し掛かっている。


 と、後方で何かが輝く光が俺を追い越し、俺は後方へと視線をやる。

 ――不味い。炎を飛ばしてくる。近距離の繰り返しよりそちらの方が効くのではないかと試し始めやがった。大当たりだよこの野郎……!

 河川敷の周辺にも、住宅は多い。無差別に火焔をまき散らすような呪文を唱えられたら、対処し辛い。俺は舌打ちをしながら相手の構成を読み取ろうと目を凝らすと、


「……か、火球が飛んできます、三つ!!」


 腕の中の、頼りになるうちのパーティの高位魔術師ハイ・ウィザードが叫ぶ。最高のタイミングでの援護に、俺は応えるように大声で叫ぶ。


「セーナっ!!」

『――心得た』


 俺が叫ぶと同時に、『影』からハルカゼの予測通り、高速で火球が放たれる。セーナが呼応し、俺の身体を風が包み込み、飛来する火球の進行方向に魔力の構成を解き放つ。局地的な豪風が火球の勢いを殺し、火球は空中で燃料を失った飛行機のようにその進行方向をズラされ、風に追いやられるようにして見塚平川へと突っ込む。

 高熱によって何かが弾けるような音が響き、河川の中で小規模な爆発が起こる。それが巻き上げた泥臭い水が周囲に落下し、軽い雨を振らせた。俺は顔を拭い、挑発するように『影』へと手招きすると『影』は無言無音で憤慨したのか再び俺達を追いかけて走り始める。


「……今のは最高のサポートだ」

「は、はい、ありがとうございます!」

「違うだろ、良くやったって言うのはお前のほうだ、マイ・マスター」

「あ、えと、後で二足歩行の許可をあげます」

「今まで許可降りてなかったんだ……!! 知らぬ間に罪を重ねててんだ……!!」

「い、一日につき、二時間程度ですけどね」

「俺今の12倍頑張ろう……!!」


 いい線行った責めだと思うが、半泣きで覚悟を決めて言うのはやめてくれ。

 本当に俺がそういうのが好きでやらせてるみたいじゃないか。俺が好きでやらせてるんだけど。


「――勇者っ! 来るぞ、後方っ!」


 やけに鋭い魔王の声が聞こえ、僅かだけ視線を後ろにやると、距離を詰めてきた『影』が再び足元を狙って踏み込みながらの横薙ぎを放ってくる。一度食らわなかったものを二度目で食らうかよ、と思いながら軽く跳ぶと、その太刀筋が力任せに捩じ上げられて、大剣が空中にいる俺の左足を軽く捉えた。


 ――しまった、と思いながらも、左足を引きながら右足で刀身を横から蹴りつけるが、その刃は浅く足の裏を捉え、半ばまでをざっくりと焼き切っていく。靴が焼き溶けて傷口に触れる痛みが走り、俺は歯を食いしばって耐える。

 地面にたたらを踏み、傷口の状態を見ると、外側から内側に掛けて数センチ、バッサリと切り込みが入れられている。痛みに耐えて踏み出すが、先ほどまでの速度は出ず、再び距離を詰めてきた『影』の一撃が胴を狙い放たれる。


『――風王翼』


 俺の指示を待たずに、セーナが輝き、俺の魔力を馬鹿食いしながら俺を地面から浮かす。身体を包み込む風のヴェールが、短時間だけの飛行を可能とし『影』の一撃を回避した。

 この飛行魔法、魔力を思い切り食うので、あんまり使いたくはなかったが、ここから採掘場までの距離ならば問題はない。俺は『影』と一定の距離を保ちながらハルカゼを抱え、飛行状態で採掘場を目指す。


「ほう、器用な文房具だ」

『魔王に出来ることが、神剣に出来ぬと思うな』

「……貴様、それは購買で物欲しそうにしていると、誰かがそれを捧げてくれる程のカリスマを身につけてから言うがよい』

『その貴様の物欲の対象ともなり得る、文房具であることを、我は今誇りに思っている』

「いいから、その決着は異世界に戻った後につけてくれ。何にせよ、良くやった、セーナ」

『……しっかりと姫を送り届けるがいい、我が主よ』


 既に、目の前に採掘場の入り口が見えている。立入禁止と書いてあるが、子供の頃、良くここに無断で入って遊んでいたのを思い出す。もちろん、一人でだけどな。今考えると最高に危ないので皆はやめておいて欲しい。勇者として責任とりがたい。


「――目指すゴールが見えてきたな、勇者よ」

「まあな、ゴールしてからの方が重要かもしれないが」

「ほう、結婚はあくまで区切りで、終点ではないと、良く言ったな。確かにそれは一理ある」

「……どこからそういう話になった。愛の逃避行してるつもりはないぞ」

『もういっそ『世界の危機』など放り出して、そのまま娶ってしまえばよかろう。『風王翼』でハネムーンへと飛ぶなら力を貸すが?』

「詠唱はお前でも、燃料サーチャージ全部俺の自腹の魔力じゃねえか!!」

「ふ、ふつつつつつか者ですが、よろしくお願いしますっ……!」

「どもってんのか分かんねえけど『つ』がかなり多いし、もうすぐ終わるから混乱すんな!! 落ち着け!!」


 左足に走る痛みに意識すら行かない程アホなやり取りは、ある意味ありがたくはあった。

 飛行魔法の姿勢維持は、雑談より痛みの方に気を取られれば崩れてしまう。確実にそういう意図を以ってアホなことを言っているとは、絶対に思わないが。純粋に楽しんでやってることは断言出来る。





 ――採掘場跡へと、ハルカゼを抱いたまま、文字通り飛び込む。

 数年ぶりに訪れるが、相変わらずそこはただ無闇に山を削りとったような斜面と、かなり広い砂色の地形が広がっていた。今でこそ採掘のために掘っていた、今でも掘り進める意思は残っていると誰かに説明したいのか『採掘場跡』とされているが、恐らくはここより東部の高校の周辺のように、住宅街を作るために平地にしてしまいたかったんだろうなと思う。

 そんな思惑とは関係なく、周囲に何もないこの広い空間を作ってくれた、どこかのお偉いさんの無計画さに少しだけ感謝をする。

 空中で姿勢を制御して地面に降りる。左足に走る痛みに、少しだけ膝を折り、バランスを崩した。


「せ、セトさん……!?」

「ああ、悪い、ちょっと離れててくれ、マイ・マスター」

「……あ、あの、セトさん、足が」

「……自慢のマイ・サーヴァントなんだろ。だったら、少しは信頼してくれ」


 回復魔法を唱えようかと思ったが、入り口を破壊しながら訪れた『影』の姿を見て、ハルカゼを安全な距離まで退がらせた。どの道、飛行魔法回復呪文を放つ程魔力は残っていないし、それを集中する程の時間がないことはわかっていた。


 俺は胸ポケットのシャーペンを手に取り、『影』と向き合う。

 足に走る痛みに大きく深呼吸をすると、何も言わずにセーナが風を固めて擬似『颶風剣』を生み出してくれる。十中八九、文房具としての刀身に傷を付けたくないからだろうが。

 

 左足の痛みに、若干姿勢をぐらつかせながら、風圧の刃を構える。

 『影』もまた、それに合わせるように、『影』で作られた大剣を両手に構えて、その剣を真っ直ぐに俺に向ける。


 ――そこに、俺は違和感を抱く。

 その大剣の構え方は、明らかにおかしいところがあった。

 連鎖的に思い出す。初めて、この『影』と交錯したときのあの夜、こいつは『紅蓮剣』を広範囲に向けて放った。

 それすらおかしいことであるのに、俺はそのとき愚かしくも、初めて気がついたのだった。



 ……俺は、小さく嘆息をする。

 だらりと『颶風剣』を下ろし、大きく息を吸った。


 それは、良く見れば明らかな違和感であった。

 それを見過ごして今まで『影』を相手取って対策を重ね、逃げ惑ってきたのかと思うと、魔王の言う通り、俺がこちらの世界でどれだけ気を抜いていたかが分かるというものだ。


 

 ――『影』が公園のときのように、大剣を大きく振りかぶると、魔力の高まりを感じる。

 小細工は通用しないと悟ったのは『影』に学習能力がある証拠だ。そして、逃げない俺に対して『紅蓮剣』というアリシア・ファイルカスタム最大の奥義で相手をしようというのは、『影』が取れる戦略の中では、正しい選択であると思う。


 魔力が渦巻き。――大剣が振られる。

 熱波が周囲を襲い、放射線状に広がった『紅蓮剣』によって、大地が焼かれ、巨大な炎となって俺がいた場所を薙ぎ払った。


 『一瞬前に俺がいた』場所を、だ。


 俺は背後(・・)から、『影』の肩を叩き、膝の裏を蹴った。


「――膝はもう少し前だ」


 視界から消え失せ、背後に回られていたことを気づいたらしく『影』は後ろを振り返り、俺を瞳なき視界に収める。

 振り切った剣を引き戻そうとするのに合わせて、足元を払った。


「――スタンスはもう少し広げる」


 『影』は足を払われて地面に倒れる。

 握りが浅かったのか、手のひらから零れ落ちた大剣の形をした『影』が、空中に霧散する。


「――大剣は、小指から順番に両手でしっかり握れ。得物が大きければ大きいほど、振り切った後は必ず次の動作に移れるようにしとけ。それを意識して体重移動を行い、その動作全体を一つの行動として捉え、それが終わるまで手を抜くな。相手の死や戦闘不能を確認するのは、その後でもいい。動作が緩慢になりがちな大剣で後の先を取るのは難しいから、常に先の先を意識しながら動け。相手の攻撃自体を攻撃で防御するくらいの勢いで攻め切り、けして慢心はするな」


 『影』が立ち上がり、再び生み出した『影』の大剣で斬りかかってくる。


 本当に、余りにも醜悪だ。

 これを、アリシアと思った俺は、アリシアに二度と背を向けて寝れまい。

 あいつがしてきた研鑽の、一割だって積んでいない。

 ただ技術だけを丸写ししただけの、粗悪なコピーがこいつだ。


 俺がアリシアと積み重ねてきた三年を、こいつは経験していない。

 だから動作の全てに指摘すべき誤りがあり、そんなものじゃ初見で不意打ちに行う奇襲しか成功しないんだ。


「……お前、アリシアの何を知ってるんだ」


 『影』を前に、怒りが湧いてくるのを感じていた。

 こいつは、アリシアを知らない。

 アリシアがどんなコンプレックスを抱え、それを克服するためにどれだけ苦労をしてきたかを、知らない。

 血を吐く程の鍛錬も、それでも叶わぬ人助けを、自らの力不足で招く不幸を、それを乗り越えて得られた力で誰かを助ける喜びも。


 何一つ知らないまま、都合のいい結果だけを掠め取って、分かった気になっているだけの『醜悪な存在』だ。


 だから『紅蓮剣』には無駄な破壊が伴い、周囲に被害を齎す。

 本当に優れた力というものは、必要のない破壊を齎さないものだ。

 なのにこいつは、無闇矢鱈に広範囲で被害を広げるように『紅蓮剣』を放ってきた。


 ――本当は、気づくべきは最初の交錯時で。

 気づいていれば、こんな奴に。

 ……俺が、アリシアと三年も冒険をしてきた勇者が。



 ――『負けるわけはない』のに。



 俺は不可視の刃を振るう。



「――『颶風剣』」



 最速の刃は、最適な速度で、最良の軌跡で以って無駄なく振られ――。

 ――合計千にも及ぶ風の太刀筋を同時に生み出して、文字通り『影』を千々に斬り飛ばした。

 この世から存在出来なくなる程の、無数の切断により、無駄な破壊なくこの世から消え去った『世界の危機』に、俺は小さく溜息を吐いた。


「……俺の仲間に化けるなら、修練積んでから来いよ。――基礎からやり直してな」





 ………。

 ……説教臭くなってしまった。素直に反省する。

 まあ、少しだけ腹が立っていたのは事実だ。無論、相手にではなくあれを一時でもアリシアと思って強敵だと勘違いしていた俺自身にだが。

 少なくとも本物のアリシアを相手にすれば俺だって本気を出しても勝率は五割を絶対に越さないだろう。

 それだけあいつと過ごした日々は俺にとってもアリシアにとってもかけがえのないもので、だからこそあの『影』を許すわけにはいかなかった。


 すまん、アリシア。

 お前は自分の命まで賭けてくれたのに、そんな大した相手じゃなかったよ、こっちの『世界の危機』は。

 まあ、結果として簡単に退けることが出来たので、それはそれで良しとしよう。


「セト、さん……!」


 遠くから、ハルカゼの声が聞こえた。

 俺は、軽く手を上げて、全てが終わったことを伝える。

 ハルカゼも、まあ妙な逃走劇に巻き込んでしまい、申し訳なかったなと思う。もう少し誰にも迷惑を掛けないように世界を救えて、勇者としては初めて一人前なのかもしれないとも思う。



「……なあ勇者よ」


 斜め上から声が降ってきて、俺はそちらを見る。

 安全域に居たのか、高みの見物をしていた魔王がゆっくりと地面に降りてきていた。


「一つだけ、貴様に助言をやろう」

「……今更だなおい」

「いや、そうでもないぞ。貴様の人生において、重要なことやもしれんからな。本来ならそのような義理はないのだが、余もまたこの仮初めの身体に引きずられし同じ枷を背負っている。故に、これは元来あり得ぬ助言の形態ではあるのだが、魔王から直々に勇者へと託宣を与えよう」

「……周りくどいな、何だよ」


 いい加減、足の怪我を治したいんだが、魔王は少しだけ表情を変えて、詰まらないものを見るような目で俺を見てくる。


「貴様は、余というもの、そのものを勘違いしておる」

「お前を……? 魔王を、っていうことか?」

「左様。貴様は、余を見て、余から感じる今の印象に、余りにも引きずられすぎておる。故に、それはあの『影』を貴様の元パーティである犬ころと見間違えるようなことを起こすし、物事の本質を理解出来ないのだ」


 ……妙なことを言う。

 そして、その助言は余りにも分かりづらく、俺は眉根を寄せた。


「本来なら、これは余の有り様を覆す助言ではある。だから、せめてそれを行うタイミングは公平に、誰にも不利有利がないように、しっかりと計ってから行わせて貰おう。ここに居る余は、そのどちらの結果であろうとも、構わないのだからな。貴様は、魔王という存在を舐めすぎた」


 まさか。

 このタイミングで、お前が敵に回るとでも言うのか。

 だが、未だ額の上の数字はレベル1を指しているし、本人も今の状態では俺に勝てないことを分かっているはずなのだが。

 魔王はまだ理解出来ぬのか、と小さく嘆息する。


「貴様は、余と一番近い場所にいた。ある意味で余を求め、それを討つことに心血を注いでいたのだろう。であるなら、余の恐ろしさや、余の有り様というものを、少しは理解していると思うていたのだがな。……もし、余が貴様を討ち滅ぼす力があるとするならば『どのタイミング』で貴様に殺意を向けると思う。そして、重ねて尋ねよう。余は今レベル1の魔王(サタン)であるのだが……その、失われしステータスは、果たして『どこに行った』のだろうな」


 ――その言葉に。

 

 俺は、咄嗟に身体を捩っていた。


 だが、一瞬遅かった……俺の腹部を、既に灼熱の痛みが貫いた。

 僅かだが違和感を覚え、身体を捩っていなければ、その刃は心臓を貫いていただろう。

 口腔に、血が溢れる。溢れた血の海に倒れこみ、俺は背後を――。


 ――自分を貫いた者の姿を見た。



 紫電の召喚が、『三度(みたび)』行われ。

 ――『影』で形作られた、『魔王』がそこから這い出てきていた。


 アリシアの『影』を退けて、気が緩んだ俺を狙い打つように、その隙を伺っていたのだろう。

 ……本当の『世界の危機』がそこで、俺にとっての最悪のタイミングで笑いを零していた。


 倒れ伏した俺に、幼女(まおう)の言葉が降ってくる。

 これだけのヒントを与えられて、背後から『影』の『魔王』が狙っていることを察することが出来なかった俺に、侮蔑の視線をよこしながら。


「……愚か者が」



 ――ああ、俺も今。

 自分に対して、同じことを思ったよ。

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