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15話 記憶と記録、あと少しだけの感傷も。

 その日の帰り道。

 なんとなくハルカゼを家まで送り届けることになった。

 特に深い意味は無い。

 まだハルカゼが察知出来る程『影』の予兆もないようだし、家居れば安全というわけでもない。


 ただまあ、なんとなく帰る方向が一緒なので並んで歩いているだけだ。

 ちなみにオーマは一直線に居候先へと帰っていった。なんと今日のハンバーグには目玉焼きが乗っているらしい。

 知るかこの野郎と言いたいところだが、悔しいが俺もハンバーグに目玉焼きが乗っているのが晩飯として出てきたら少しはテンションが上がる。悔しいが。


 隣を見ると、頭頂部が見える辺り、本当に小さいなこいつ(ハルカゼ)。特に、最初の高圧的な態度の演技をしていた頃よりも小さく見える。怯えた子猫のように背中丸めて歩くのは癖なんだろうか。

 この状況、余りにハルカゼがビクビクとしすぎていて、俺が不審者に見えないだろうか。今はまだ学生服だからいいが、もし休日にでも行動を共にするときはちょっと従者(サーヴァント)として覚悟しておくべきかもしれない。警官に呼び止められて上手く説明出来るだろうか。

 キミたちどういう関係かな? 職業は? 学生さん? いえ、俺は勇者です。即頭の病院だわ。


「……あの、セトさん」

「ん?」


 アホなことを考えていると声を掛けられる。下の方から来る小さな声なので、少しだけ聞き取り辛い。


「ありがとう、ございます……」

「……何に?」

「あ、いえ、すみません」

「……いや、だから、何に?」


 本当しおらしくなったなこいつ……俺の苗字が葛切(クズキリ)なのを良いことに、散々クズさんクズさん、時に言い間違えてグズさんとかカスさんとかハゲさんとか言ってたハルカゼはどこ行った。最後のとか一個前のとか一文字も合ってねーよ。

 それだけハルカゼが真剣に俺を従者として使おうとしていた証拠なので、ある意味同情するが、今の状態は今の状態でやりづらいものがある。ハルカゼの明確な目的のために力を貸しているのだから、そこが揺らいでしまうのは協力者としては不味かった。


「今さらやめようぜ、そういうの。終わってからでいいよ。もう完璧に巻き込まれてるんだからさ」

「……はい、分かりました、ごめ、あ、いや、なしです。はいぱーキャンセルでお願いします」

「了解」


 笑いながら呆れたように肩を竦めると、手をわたわたとしていたハルカゼが薄い胸を撫で下ろした。そのまま、ぽつりと呟く。


「……さっき、私のこと、心配してくれたんですよね……魔法を、覚えるとか、覚えないとかの、話のとき、です」

「……まあ、ちょっとな。ハルカゼを餌として使うっていうのは、年下の女子を危険な目に合わすのを前提にした作戦だから、本人の了承は取っておきたかったし、最悪お前が嫌がるなら別の作戦考えようとしてたからな」

「いえ、そこは……セトさんを巻き込んだの、私ですから、気にしてもらわないで、いいです」


 ……俺が気にするんだよ、とは言わないでおいた。

 ただ、条件として後ろに守りたいものを守っているという状態は、俺が勇者になってからずっと俺が身を置いてきた状況なので、慣れているといえば慣れている。

 守れたこともあったし、守れなかったこともあった。守った後に石を投げられたことも、守れなかった後に抱きしめ許されたこともあった。……勇者に限らず、人の人生って糾える縄の如しっていうしな。


「……セトさんこそ、怖く、ないんですか……?」

「慣れてるからな。――って言い切れれば、格好いいんだろうけど、慣れてようが怖いもんは怖い。勇者だろうが、怖いものは怖い。だからお前も、怖いのを隠す必要ないからな。イヤだったらイヤって言えよ」

「だったら、何故……。私は、セトさんに、まだ何も聞いてない、です。……その、ずっと、戦力として、セトさんを召喚したと、割り切ろうとしてましたから……尚更」


 ということは、今は割り切る事は出来なくなってると。やっぱり少し会話をしすぎて情が湧いたと。

 ……まあ、俺としてはどちらでもいいんだけれど。女王様キャラ、本気で向いてないみたいだし。ただ、これからもちょくちょくネタにはしておこうと思っているが。最低だな俺。


「聞きたいか? 俺が何で勇者になったか」

「もし、聞かせて貰えるなら……」

「多分な。凄い格好悪いぞ。それに、聞くことによって、やだ私を守るとか言ってたあの勇者、実は大したことないわ……ってなって、ハルカゼ自身が不安に思うかもしれん。そこまで責任取れないからな」

「そ、それは、私への侮辱でもありますよ、マイ・サーヴァント。私が召喚した勇者なんですから、その勇者の侮辱は許しません」

「……了解、マイ・マスター」


 俺は虚勢を張って冗談めかすハルカゼの頭を一度くしゃりと撫でてから、情けない話を始めた。略して、ナサバナだ。

 ……本当に笑い飛ばして欲しい、情けない話だ。



「……俺が召喚されたときには、もう異世界はある程度魔王に侵略されててな。世界中の国が団結するなんて夢物語も実現せずに、個別に順番待ちするように潰されて行ってた。最北端に魔王の根城があることは早い段階から高位魔術師ハイ・ウィザードによって感知されてたんだけど、それまでの道のりはそれこそ敵だらけで、誰も辿りつけてなかった」


 各国は選りすぐりの強者を排出し、それに対して援助を行い魔族に対抗する『勇者制度』を作ったが、戦闘力という面では生物として基本的に劣っていた人間の中に、勇者と呼べる人間は殆どいなかった。


「そもそもがな、あっちは人の熟練度や習熟度が、魔法で調べれば数値で分かる世界なんだ。馬鹿みたいな話だけど、人の才能や能力の上限が、ある程度の正確さで分かってしまう。だから保ってた秩序もあったらしいんだけど、結果としてどれだけ調べても魔族に対抗しうる冒険者としてのレベル上限を持った人間は、片手で数えられる程度しか見つからなかった」


 今でこそ俺はそのレベルやクラスを肉眼で確認できるが、これも瞳に掛けられた恒久魔法のお陰であり、普通の人はプライバシーの問題で他人にそのレベルを公表はしないことになっている。ちょっと考えたら分かる話で、緊急事態でもない限り、他人の才能の上限がわかると、人は簡単に優劣を付けたがるからだ。

 勇者にだけ許された特権であるとも言えるので、なるべくなら俺は他人のクラスやレベルは見ないようにしている。こちらで試しに見てみた妹のサブクラスにショック受けたというのもある。


「常人の才能上限が大体30くらいって言われてる。到達者って呼ぶんだが、ここまでくればそれを生業にしていいくらいの実力があるって証明になり、履歴書に書ける。そこから習熟に伴ってレベル99近くまで上げられる人もいれば、50程度で頭打ちになる人もいる。そこまでの数値を見れる技術はなかったが、そこが本当の上限っていうわけじゃなくて、必要経験が何倍もに膨れ上がるらしいんだけどな」


 事実、上限30と思われていた技術者が、長年研鑽を積んで31になった途端、いきなりレベルが上がり始め限達者と呼ばれるレベル99まで上がりきったという話もある。この辺りは俺も神じゃないのでどうなっているかは正直なところ分からない。


「でな、そんな状況で最後の希望みたいにあっちにとっての異世界から召喚された俺は、その上限レベルが、偶然にも99を通り越して255あったんだ」

「す、すごっ……!!」

「凄くない。レベルは1だった。いいか、十五年近く生きてきて、俺は人間としてのレベルが一つも上がってなかったんだよ。生まれたての十五歳だった」


 それが分かった瞬間、レベルの上限が255だったことよりも驚かれたので、異世界に来てすぐ城の窓から飛び出そうかと思ったくらいだ。セト様、十年以上生きてきて、何の研鑽も詰んでないなんて、今まで何をしてたんですか? と様付で罵倒される日々が続き、俺のメンタルは鋼の強度を持ち始めるに至る。何回か折れかけたけど。


「そこからは何のことはない。どうせやれるならやれるところまでやろうっていう変な開き直り方したせいで、大抵のことは苦痛じゃなくなった。元々死んだような生活送ってたからな」

「……し、死んだような、ですか?」

「……学校行って、誰とも会話せず、休み時間をやり過ごして、昼を一人で食べ、部活も入らず、家に帰り――」

「わ、分かりました、分かりましたから……!! 目が、目がはいぱー死んでますよ!!」


 リビングデッドという魔族に最初に会ったとき、妙に親近感が会ったのを思い出す。これが腐ってなかったら俺だったんだなあと思うと、倒した後に仲間になりたそうに起き上がってこないかなと思ってた。

 まあこっちの世界に帰ってきて本当に腐ってたのは妹の方だと知ったけどな。


「まあそれで、(おう)様もそれほど期待してなかったんだろうけど、一応ゼグルーン皇国第一特別騎兵属……ああ、ゼグルーン皇国って俺を召喚した国な。そこの第一特別騎兵として騎士登録して、魔族討伐部隊の一人として実戦経験を詰んだ。……ただ、そこちょっと割愛させてくれ……思い出しただけであの頃はちょっと吐きそうだ。……こっちは超越者(アブソリューター)候補とはいえ、ド素人だぞ。クソ師匠と会ったのもそのときだしな……」

「あ、えっと、お師匠さんが、いらっしゃったんですか……?」

「どうなんだろう、居たというか、居てしまったというか……」


 限界までしごいて指一本すら動かせない状況で、耳元で「今お前の目の前で、何の罪もない民が一人、引き裂かれようとしている。お前は一歩だけ前に進めば、それを救うことが出来るんだが、どうする……?」と囁くというような地獄の訓練が俺の基礎体力を作ったと言っても過言ではない。

 想像の中ででも、目の前の人間が救えない無力感と無常感に、俺は毎日泣きゲロを吐いていた。上手いんだ、師匠の語りが。しかも引き裂かれる民の生い立ちまで毎回設定してきて、克明にその悲劇を描写しやがる。

 お陰で最後の方はいくら想像の中で民を追加されても立ち上がれるようにはなったけどな。感謝は絶対にしたくない。


 ……嫌な思い出に心と胃がキリキリと痛んだが、別の所に思考を巡らせて回避する。

 ああ、第一特別騎兵といえば……。


「……『影』の元になった『赫剣のアリシア』って説明したろ、あれ、勇者パーティの一人なんだけどその頃の同期」


 年齢は、確か一個上だったか。

 入団当初、やけに先輩ぶり、お姉さんぶってたのを思い出す。


「……ゆ、勇者パーティ、ということは……アリシアさんは、優秀だったんですね」

「……どうだろうな。最初は公爵家出ってことで割りと国内でも優遇された立場だったんで、ちょっと周囲から浮いてたただのアホだったかもしれん。正直、アリシアより強い奴は何人もいたし、それを連れて行けって助言もされたけど……そのときまだレベルも一桁のひよっこだったから、アリシアくらいが丁度いいと思った、のか? まあそんなところだ」


 加えて言うなら、アリシアには、俺と正反対だが劣等感があった。公爵家ということで特別扱いされる自分と能力のギャップに苦しんでいたので、それもアリシアを連れて行くことを決めた理由の一つだと思う。

 苦しさとか、辛さとか、そういうものから人を救おうと本気で思える人間は、きっとそういう苦しみや辛さを経験してきたやつだと思うから。


『……まあ、胸がデカかったからな、赫剣のは』

「おい」


 ちょっとイイコト言おうとした瞬間印象最悪なことを言うなよ颶風の。いや、颶風のだと俺か。

 ハルカゼからの視線が絶対零度の冷たさを帯びた。ああ、なんか懐かしいなその視線の温度!! 最初の頃そんな感じだった!!


『主は尻派か。尻もデカかったな、確かに』

「お前魔王の身体に唯一傷を付けられる能力の他に、勇者の名誉に傷を付ける能力とか芽生えたのか? 人の苦労した思い出を思春期の葛藤みたいにすんじゃねーよ!! 人聞き悪い!!」

「大きかったんですか……?」


 マイマスター、何そのプレッシャー。貧乳代表として怒ってらっしゃる……?


「……大きかった、かなぁ」

『――Fであったと聞き及んでいる』

「いつどこでだよ。お前は俺をどうしたいの?」

「……胸で選んだんですか?」

「違うッ! 絶対に違いますッ!! 信じてくれ、ハルカゼ……!! 俺は勇者だ……!!」


 酷い命乞いだった。ハルカゼは大きく溜息を吐いて、呆れたように視線を逸らした。

 胸ポケットのシャーペンに一発デコピンをやる。変なふうに掻き回しやがって。

 その様子を不思議そうに眺めているハルカゼに、苦笑いする。


「……こんなナリだけどな、元はこいつは『セーナトゥーハ』なんて大層な名前のついた神剣なんだよ。今は、なんか文房具だけどな」

『――冗談はよせ。我は生まれた時から文房具だ』

「アイデンティティを見失ってんじゃねえ!!」


 そうだったか? と嘯いてみせる神剣。本当にこいつは、俺を馬鹿にすることに全身全霊を傾けやがる。


「喋る剣、ですか……セーナさんとも、仲がいいんですね……」

「良いように見えるのか、これ。時々本気でへし折ってやろうと思うくらい腹立つんだが」

『主の主というなら、礼を欠く訳にはいかぬだろうな。四神剣、颶風剣などと名を冠したナマクラではあるが、以降宜しく頼もう、主の主、桜倉ハルカゼよ』

「あ、あ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 ……シャーペンに深々と一礼するやつ初めて見た。


『このセトという名の我が主を、せいぜい使い倒すがいい。本人もそう言うておったからな』

「主への礼は欠いていいのか、お前」

『どうせ使われるなら、ハルカゼのような可憐な女子の方が我も()になろう。引き継ぎは我が行っておこう。ご苦労だった運び手、()く力尽きよ』

「使い手だボケ!! へし折るぞ!!」

『知らんのか? すぐに野垂れ死ぬと思うておったが、意外と保ったので我とて驚いているのは事実だ』


 言いたい放題だなこの神剣。

 伊達に百年以上誰にも抜かれないように刺さった岩の中に縦横無尽に自らの刃を広げてた偏屈神剣じゃない。

 ちなみに俺がそれをどうやって抜いたかは、語りたくない。語るべきときが来たら語らざるをえないだろうが、正直最高に格好悪い方法で抜いたので、これは他の神剣使いにも言っていないのだ。

 俺は嘆息して胸ポケットを叩く。


「……一応、今の俺の戦力の一端を担ってるんだから、お前も気張れよ、クソ剣」

『――心得た。最大限、主の主の為に働こうではないか、クソ主』


 こいつとうとうはっきりクソって言いやがったぞ。

 その様子を見て少しだけ緊張がほぐれたのか、ハルカゼが笑ってくれなかったら尻の消しゴムを中途半端に使い倒してやろうかと思った。



 ……かなり脱線したな、と嘆息する。

 情けない俺の生い立ちや半生を語ることで少しでもハルカゼの自信につながればと思ったが、こういうのはやっぱり俺には向いてないらしい。

 昔から、周りくどい気遣いとか苦手だったからな。


「……人が強くなる理由なんて、そんなもんだよ。なりゆきで巻き込まれて、それに順応するために必死でやった結果、強くなっただけだ。俺にとって始まりは、ただそういう受動的な物だったんだよ。……それに比べればな、力も確証もないのに、勇者にも魔王にも喧嘩売って、更には『世界の危機』までを敵に回そうとしてるお前のほうが、俺は凄いと思うぞ」


 俺が改めて直接の言葉で言うと、ハルカゼは少しだけ照れたように笑った。


 隣で笑うハルカゼが胸に抱いているそれは、俺がこっちの世界に居る頃にはけして俺の中に芽生えなかった、勇気や覚悟というものだと思う。


 ……ああ、もしかしたら、だからか。

 俺はもしかしたら、ハルカゼのそういう部分が羨ましいのかもしれない。

 羨ましいと、思っているのかもしれない。


 だからそれに協力して、叶えてやりたいと。

 昔、誰かが助けてくれるのをずっと待ってた俺の代わりに救ってやりたいと、そう思っているのかもしれない。



 ――本当に礼を言うのは、俺の方かもしれない。

 あの頃の俺を救う機会が貰えた、俺の方なのかもしれない……なんてことを思っている間に、例の木で出来たお屋敷の前についた。

 ハルカゼはまた、ありがとうございました、と今度は自分の意思ではっきり礼を言って、そのお屋敷の中に入っていった。

 送り届けた大役を終えて、俺は大きく伸びをする。

 胸元のペンが淡く光った。



『……レンガ製の家ではないのに、狼は怯むのか?』


 ……こいつ、マジ折るわ。


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