14話 高位魔術師と勇者の適性とスキル。
本日二度目の『影』についての経緯の説明と考察を終え、俺は片手間に作っていた紅茶をハルカゼの前に置いた。
ついでに不本意ではあるが、若干濃い目のカルピスを所望した魔王の目の前にも望みの飲み物を置いてやる。少なくとも俺の説明中に余計な茶々を入れなかったことは褒めてやろう。
果たして、俺達の前に出てきた異世界の『影』が『世界の危機』そのものであるのか、それを生み出す紫電の歪みこそが『世界の危機』であるのかは分からないが、一応自分の考えも纏めて伝えておいた。
ハルカゼはこちらの世界の事情しか知らないが、今回俺達が呼ばれてからの全容は一番理解しているだろうから、意見を仰ぐという意味もある。
「……そう、ですね。確かに、オーマさんの召喚は、副次的な物でした……」
「ああ、やっぱりか」
すなわち、最初から全部私の手のひらの上だから大丈夫ですよ、的なハルカゼの態度は、俺に舐められないようにするための虚勢であったらしい。本当、お互いの意思疎通って大事だと思い知らされる。同時に、自分がそんなに怖い顔していたのか少しだけ反省もする。
「た、ただ、高位魔術師というのですか……その特性に気配察知があるせいか、オーマさんも私の召喚によってこちらの世界に来ていることは、知っていたんです」
「だから、とりあえず高校に呼び寄せたと」
「まさか、転校してくるとは、思っていませんでしたけど……」
二人で顔を見合わせてから、オーマ……魔王の方を向く。
オーマは暇なのかぶくぶくとストローでカルピスを泡立てている。行儀悪いからやめろと頭を小突く。
文句ありげにストローから口を離して、細い体を逸らして威厳たっぷりに魔王は言う。
「フン、どうせなら赴いてやろうと思うてな。余に掛かれば浮浪少女から謎の転校生少女にその身を変えることなど造作もないことだ」
「お前は自分の権能よりまず、日本の治安と日本人のお人好しさに感謝しろ」
「まあ、余は貴様の権能に相乗りさせてもらっただけなので、対価は払っておらぬがな」
古い学習机に肘を置いて、魔王はハルカゼを見る。見られたハルカゼは、少しだけ驚いたように表情を変えた。
「……やはり気づいておらなんだか。貴様はな、魔術師としてのクラスを机上で上げすぎたが故に、自分の中に溜まった魔力を上手く発散出来ておらんのだ。本来ならば正しい入力には正しい出力が着いてくるものだが、貴様はそれを誰にも教えて貰えなんだのだろう?」
「あ、う、うん……そう、かな」
「手順に従わねば魔法の一つも使えない魔術師に内在する魔力は、何らかの形で外に漏れ出す。常態を日常とするならば、その常態は異常で非日常を招く。悪漢にやけに絡まれやすい貴様の体質は、それが原因の半分だろう」
もう半分は、そのイジメてオーラだがな、と身も蓋もない事を言う。
確かに、素の状態のハルカゼは、付け入る隙どころか隙が服来て歩いてるようなものだ。昨日ドSの仮面がボロボロに朽ちてから尚更そう思う。
魔王は半ば呆れたという表情で頬杖を突いてカルピスを含む。
「垂れ流しているものを利用せん手はあるまい。余はそれを形にし、自らを誘う者の正体を確かめようとして、この学び舎に赴いたというわけだ」
当たり前だろうとばかりに言う魔王に、俺の胸ポケットのシャーペンが同意する。
『――パスワードも掛けずに室内で無線LANを使っているようなものだな』
「何ネットワーク機器の見地からの洞察みたいなの挟んでんだ文房具」
『――ネットワークセキュリティも守れず、世界が守れるか』
「お前ちょくちょく神剣だった頃と今の状態を同列に並べるけど、神剣だった頃のプライドもあっちに置いて来たのか!?」
多分おちょくられているのだとは思う。異世界に居た頃も最初はこいつ全く言うこと聞かなかったし。
ただ、それによって少し疑問に思っていた現在の魔王の状況に少しだけ解答が出た気分だった。
「ああ、じゃあ……クラスの連中や先生が何の疑問もなくお前を受け入れたのはそのせいか」
「それもやはり原因としては半分だな」
もう半分は、余の可愛いオーラのせいだ、と身も蓋もない事を言う。うるせえよ。黙れ。可愛いんだよ。
直視したくないので視線をハルカゼへと移す。
「ああ、というか……ハルカゼ、お前魔法使えないのか……? 高位魔術師のクラスなのに」
「あ、え、は、はい。そう、ですね……と、いうか、魔法って、使えるもの、なんですか……? 人が……?」
「……親父さんやお袋さんが残した魔術書には、魔法とか載ってなかったのか?」
「は、はい……そういうのは、余り……。自らの魔力を高めるための効率の良い集中の仕方とか、修練の方法とか……。あ、歴史とか成り立ちとか類型も、ありましたね。でも、そういう、実践的で直接的なのは、ありませんでした……」
なんだそれは。良くそんな修行じみたことが何年も続けられたな。
ラスボスすら楽勝で倒せるRPGに裏ボスがいないことを知っていながらレベルをカンストさせるような苦行だと思うが。
……ああ、いや、俺も含めて日本人は割りとそういうの好きか。簡単な難易度だとわざわざレベル制限して縛りプレイとかするし。そういえばそういうのが好きだみたいなことも言ってた気がする。
「ゆ、唯一、行使出来たのは……二回の『異世界召喚』くらい、ですね……あれ自体は、やり方はすぐ覚えられたので、習得していると言っていいかも、しれません。高位魔術師の私が、使えたんですから、セトさんも、頑張れば覚えられる、かもしれない、くらいの術です」
構成が分かっても魔力がギリギリ追いつくかちょっと分からないけどな。
それに、魔王やセーナを見ると少しだけ不完全であることが分かっているので、どんな弊害があるか分からないから齧ってみるだけにしておこう。
自分が召喚されたときのことを思い返していると、そういえばあの時それらしき本を拾い上げたことを思い出した。ハルカゼに尋ねる。
「あれは……この資料室にあったんです。元々、この高校に何処かから寄贈された本だったんですけど……だから、私はこの司書室の整理を自分から申し出た、んです……」
成る程、少しだけ納得した。
ということは、この資料室、僅かだけど実践的な魔術書が混ざりこんでいるのかもしれない。たまにそういうアーティファクト的なオーパーツが世界には存在していることは知っていたが、こんな近くにあるとは思わなかったが。大体、使用の出来ない魔術書なんて普通の人間には無用の長物だしな。
しかし……まさか召喚以外の魔法を何一つ知らない高位魔術師がいるとは思わなかった。
「無線LANの例えじゃないが、魔力垂れ流しはちょっと問題だな……」
「貴様が処理をすればいいではないか、勇者よ」
最高に嫌な言い方をしやがった。
『そうだな、拙いながらも経験者である主がハルカゼが悶々と溜め込んでいるものを解消してやるといい』
ノリやがった。
「そ、その、お願い出来るなら、お願いしたい、です。……で、でも、恥ずかしいですが、そういうの、本当に初めてなので、出来れば優しく教えて下さい……」
油注ぎやがった。しかも涙目で。
適当にガス抜き出来るように簡易魔術教えるだけの状況が、なんでこんなにいかがわしい響きになってんの?
というかちょっと何かを覚悟したように目を閉じるなマイマスター。本気で何かしてやろうかこいつ!!
「……いや、やめとく」
「……甲斐性なし」
『――意気地なし』
「ちょっと幼女とシャーペン黙ってろ……ッ! ……今まで、使ってこなかった物をいきなり教えられて、それを上手く発散に使えるとは思えない。俺が異世界で勇者やってたときの経験上、大きな力っていうのはそれを行使するときに大きな責務と重荷を課すもんだ。今のところ、ハルカゼを戦力と考える気はないし、魔力漏れも魔王クラスでようやく利用ができるものなら、放っておいていいと思う」
「だが、それなら『世界の危機』はハルカゼを狙ってくるのではないか? ああ、成る程、貴様、それが狙いか。人と勇者の中間生物めが、打算的なことを考えよって」
何やら外野の魔王が一人納得したように頷いて嘲笑ってくるが、無視をする。
ハルカゼはまだ少しだけ理解出来ていないようだが、概ね魔王が読んだ通り、『世界の危機』がハルカゼを狙ってくるというのなら、俺にとっては好都合でもあるのだ。
「悪い、正直に言おう。ハルカゼ、ちょっと餌になってほしい」
「え、えええ、餌!?」
「……その体質のせいで、多分だが『世界の危機』が形を成すとき、ハルカゼやハルカゼの眷属……まあ、俺とか魔王とかに、集中して向かって来てるんじゃないかって思うんだ。だから、他の人間に被害が及ばないよう、ちょっとあいつらにとっての餌になって欲しいと思ってる」
「あ、えっと、はい、それは……分かりました」
俺は、小さく嘆息して、その簡単に返ってきた返事を咎める。
「……簡単に言うなよ。お前の身が危険に晒されるんだぞ。少しは悩め高校一年生女子」
「……そんなの、セトさんたちをこちらに呼んだ私が許される葛藤じゃないです、し」
確かに、それは俺達からすれば正しい言い分かもしれない。ただ、俺達を再召喚したのは先に『世界の危機』を察知していて、それをどうにかしようとした訳だから、本質的にハルカゼだけに責任があるというわけではない。
――俺は、このハルカゼの一人で抱え込むところが……実は人として少しだけ危ういと思っていた。
異世界で冒険をしていた頃、俺達のパーティは四人編成だった。四人とも神剣使いではあるのだが、それぞれに得意分野があり、パーティの中の役割ははっきりと決まっていた。前衛にアリシアとグラッドを立たせ、俺は中衛として全体を見、後衛にシンラを置いて殿とした。
全員、自分が倒れたときにパーティが瓦解することを知っていたから、危ないときは他人に頼ることは当たり前だったし、それ故に他の三人を信頼する最高のパーティ編成であったと思う。軽口こそ絶えないパーティだったがそれでもあいつらと一緒でなければ乗り越えられなかった試練も多くある。
ハルカゼには、そういう仲間に頼るという感覚が身についていない。
自分一人で抱え込んで、自分の力でどうにかしようとする。それは時に自己犠牲という美しい表現で表されるかもしれないが、それがもしダメだったとき、自分も、自分が支えていたものも共倒れしてまう。
何より、自分が召喚した自分より明らかに強い俺を完全に隷属しきれなかったときに垣間見えてしまった甘さや弱さが、ハルカゼが俺を頼りきれていない証拠であった。
……それは同時に、俺がハルカゼの信頼を勝ち得てない証拠なのだが。
勇者として、そこは反省すべきだとも思った。
だからこそ、ハルカゼに本格的な魔法を教えるべきではないと思っている。
大きな力を行使出来るようになれば、それだけ抱え込むものも大きくなる。今、何の力もないのに沢山のものを抱え込んで一人で処理しようとしているハルカゼが魔法という力を得てしまえば、きっとこいつはその力に潰されるだろう。
そういう人間も、異世界では何人も見てきた。
俺も、今でそこ多少落ち着いているが、神剣に認められてすぐは己の勇者の自覚も相俟って世界の全てが救えるものと思っていた。多分それを戒める為に全然言うこと聞かなかったんだろうなと、胸元のシャーペンを見ながら思う。
「……俺が、どうにかするよ。任せろ」
少しキザに聞こえたなら、まあそれでもいい。それくらいの断言がなければ、人は安心しないだろうから。
呆れたのか、少しだけぽーっとなったハルカゼは、すぐに「……わかりました」と安心したような笑みで頷いた。まだ少しぎこちなくはあるが。
――今聞いた情報をメモに記しながら、俺は頭の中で現状を纏める。
異世界のパーティでも作戦を考えるのは俺の仕事だったが、今回は条件が簡単で、しかも考えても仕方がないことが多いのでシンプルな作戦でどうにかなりそうだ。
関係ないが、メモ用紙に芯を走らせるシャーペンが、文末まで書き終えるごとに顔もないのにドヤ顔してくるのが最高に鬱陶しい。
俺は全てを纏め終わると、用事は済んだとばかりにシャーペンを胸に戻した。今僅かに発光までしてたぞ。テンション上がりすぎだろ。
「……大体の現状は把握出来た」
「そ、そうですか、分かりにくい説明でしたよね、すみません……」
シュンとなるハルカゼ。……多分、最初から俺を信頼していればもう少しシンプルにことが片付いたことに気づいていて、それを気にしているのだろう。
俺はその頬を両手で潰す。頬を潰されて「ふゆ!」とタコのような口になるハルカゼに、小声で言う。
「違うだろ、マイマスター。お前のキャラはそうじゃない。そうじゃなくていいって言ったろ」
「あ、えと」
ハルカゼは居住まいを正し、少しだけ胸を反らして言う。
「分かりにくい説明でしたよね……セトさんの頭では」
「俺のせいかよ」
いいぞ。そうだ。それでこそ俺を召喚した桜倉ハルカゼだ。
「そ、それでも辛うじて理解出来たのなら、そろそろご、ゴミ虫から進化の兆候が見られるみたいですね……」
「未だに俺のクラスはゴミ虫止まりなのかよ!」
そうだ!! それだ!! 行けマイマスター!! 頑張れ!!
「セ、セトさんのようなゴミ虫に分かるようにゴミ虫語で喋るのは疲れましたから、早めに芋虫くらいには、はいぱー進化して欲しいものです。あと校舎の端にある大きめの石をめくったらセトさんのお仲間がいっぱい居ましたので今晩はそちらでお世話に、なって、みて、は……?」
いいぞ!! 女王様!! パンがなければ跪いて私の足を舐めればいいじゃない!!
その調子で言葉の刃で俺を突き刺せ!! 勇者の防御を貫くんだ!! お前なら出来る!!
でも少し言い過ぎじゃない!? 即興にしては結構仔細に俺をゴミ虫扱いしてくれてないかこれ!?
ていうか最後の方なんで涙目になってんだよ!! 俺が無理やりやらせてるみたいになってるだろ!!
「ゆ、許してください……」
――泣きが入った。
俺はいつの間にか目的と手段が入れ替わっていたらしい。なんかごめん、本当にごめんなさい。生まれてきてごめんなさい。
こういうの本当に向いてない女子だったんだな……なんか、序盤女王様っぷりに慣れてたころの俺が非常に恥ずかしい。内心ではこういう風に滅茶苦茶赤面してたんなら、俺は本物のゴミ虫かもしれない。
「……最低だな貴様」
呆れて言ってくる魔王。
完璧に反論不可だった。
萩原、もしかしたら俺のスキルツリー、少しだけ横に伸びたかもしれない。今更マゾなんて属性が取得できると思わなかったが。
そのとき丁度、何が丁度なのかは分からなかったが、五時半のチャイムが鳴った。
ハルカゼに帰宅するかを視線で尋ねると、小さく頷くので今日の会合は解散となる。
『世界の危機』に対抗する集まりにしては余りにも呑気で小規模であったが、案外世界はそういう細かな努力で守られて維持されているものかもしれない。
世界を救うことが出来る四人の神剣使いの一人は、今召喚主と魔王が飲んだ後のコップを自然に片付け始めるくらいの細かい努力から始めて、世界を守ろうとしている。
他の異世界召喚者の人たち。勇者業、辛いとは思いますが一緒に頑張りましょうね!




